2008/09/20 - 2008/09/20
135位(同エリア166件中)
bon voyage mayuさん
- bon voyage mayuさんTOP
- 旅行記63冊
- クチコミ15件
- Q&A回答6件
- 66,481アクセス
- フォロワー4人
風情あふれる台湾の古都 鹿港を散策
17世紀、鹿港はオランダ人が台湾の物産を搬出する拠点となり、
1784年には、泉州蚶江へ渡る航路の出発点になり、中部の門戸として発展。当時、市内の街路には各種商店がびっしりと軒を並べ、長く突き出た庇が狭い街をおおったので、その発展ぶりは「不見天」と表現された。20世紀に入って、台湾を南北に貫く基幹鉄道が開かれたものの、保守的な風土もあって鉄路は鹿港を通らず、隣地の彰化を通り、衰退の一途をたどることに。そのうえ港が土砂で埋まる不幸が重なり、台湾第二の大都会がまたたくうちに辺鄙な小都市に没落していった。
しかし、いにしえの栄華の跡をとどめる古い家並みが町のあちこちにみられ、繁栄をきわめた当時の面影を今もなおとどめている。
-
第一市場から九曲巷にむかう
-
美味しそうな釈迦頭
-
からすみも売ってます。
お昼時間が過ぎているので、人気もまばらですが活気はあふれていました。 -
第一市場から美市街に曲がり少し行くと左手に細い路地があります。
ひっそりと朽ちたような「九曲巷」という看板があるので、見逃さないように。 -
九曲巷
現在は金盛巷と言われている。
鹿港の古街道はくねくねとした細道(曲巷)が多く、それは部落の発展の初期に住民が住宅をくねくねと曲がる川に沿って作ることから自然と形成されたという。鹿港古街道の泉州街、埔頭街、瑤林街、大有街、金盛巷、杉行街、石廈街はすべてが九曲巷の範囲に属される。 -
旧暦の中秋節が過ぎると「九降風」という東北季節風が吹くことから、強風や砂埃を防ぐために、くねくねと曲がった道が作られたという説明もあり、川に沿ってなのか、季節風の防衛なのか・・?
レンガ造りの壁と細い曲がりくねった道を歩いていると、昔の情緒が蘇ります。 -
しかし、ここは現在も住居として使われているので、狭い道にスクーターが駐輪されたり、ところどころに生活臭が。
-
-
-
路地を歩いてるだけで楽しい。
そしてなぜか人影もほとんどないので、往来に人に会うこともない。 -
ガイドブックにも紹介されているのに、なんで人がいないのかな?
なんて思ってたら、後になって判明。
台湾人の観光客のほとんどは、旧市街(埔頭街、瑤林街)に行っていた。
あとから旧市街に足を延ばしてがっくり。
古い町並みに、洪水のような音量の音楽とゲーセンとお土産やが軒を連ねている。たぶん天后宮からこのコースがお決まりなのかも。
九曲巷の情緒を楽しむなら金盛巷が一番。 -
-
十宜樓
廈郊慶昌(鹿港にあった商社の一つ)の陳氏邸宅の一部。
この十宜樓の家主は大変客好きの風雅な人であり、お客さんに高いところで木の柵に寄り掛かり月見をしてもらうために、連なる二件の楼台の間に渡り廊下を作た。文学の気風が盛んで風雅な文人墨客は誘いあるって、静かで夜気のすがすがしい夜に詩吟をするか、酒を温め心行くまで語り合うか、お茶を嗜みながら月見をするために、集まった。 -
十宜樓
「ここの廊下で琴を弾いても好し、囲碁を打っても好し、詩吟をしても好し、酒を飲んでも好し、絵を描いても好し、花見をしても好し、月見をしても好し、博打をしても好し、煙草を飲んでも好し、お茶をたしなんでも好し」ということから十宜樓となずけられた。 -
意樓
慶昌という昔の商社の敷地内にある棟の閨であったが、のちになって、さびしい愛情物語の出来事を書かれたことで名をはせた。
『かつてここには尹娘という女性が住んでいました。伊娘は新婚でしたが、夫は功名を立てるため、彼女を置いて試験に出かけます。夫は彼女の寂しさを和らげるため、意楼の壁のそばにスターフルーツの樹を植え、「樹を見るは、人を見るが如し。試験が終われば帰ってくる」と言い残し出て行きます。しかし、夫からは何の便りもありません。伊娘は意楼で夫の帰りを待ち続けますが、寂しさの余りついに死んでしまう。』というストーリ。
建物の窓は瓦で瓢箪と古銭が交差するようにできた窓の細工で、ひょうたんの中国語・葫蘆(= hulu) は、福 (fu )と音が近く、幸福を願うという意味で、古銭は「財を成す」という意味で、幸福と富貴を象徴している。
意樓の傍らに植えられた楊桃の枝が垣根の外まで伸びている様子は健在。 -
九曲巷の家の軒先にあった蓮の花
-
-
興安寺
1684年福建省の移民により、媽祖を祀る廟として建立した。興化媽祖宮という通称で呼ばれ、鹿港において最初の媽祖廟の一つであり、同郷廟(移民してきた同じ地方出身者たちが共同出資してたてた廟) -
-
南国なんです。台湾は。
-
龍山寺に到着。
暑いので木陰でちょっと一休み。 -
龍山寺
「台湾紫禁城」の異名を持つ台湾の国定古蹟に指定されている寺。
鹿港龍山寺は明末清初に創建され、おもに観音菩薩を祀っている。
鹿港龍山寺はそもそも路地にあったちっぽけな廟に過ぎなかった。が、のちに地元の有力者の手によって移転改築され、今日のような大規模で優美な廟へと面貌を変えた。建物は西向きに建てられ、平面構成は方正になっている。主な建物は台湾ではめずらしい「四進三院」が採用され、格式や規模は大陸泉州の温陵龍山寺を模倣して建てられた。かつて99の門があり、構造と装飾のいずれにも華麗な彫刻細工が施され、鮮やかな絵はこれを勝る。そのため、「中国建築芸術の宝」との誉れを受けている。 -
何を意味するかは不明
でもすごくキュートな人々3連発 -
-
-
正門前
花崗石製のとぐろを巻いた龍の石刻柱がとても立派。 -
-
龍山寺は、国定史跡になっているにも関わらず、天后宮よりも、ずっと閑散としていて、かえって趣が感じられる。
台北のロンサンスーよりも素敵。 -
五門殿(神に感謝する芝居を演じるための演劇場)から、正面門を見たところ。
演劇場にある藻井様式の天井(蜘蛛の網のような形をする華麗な天井のつくり)が台湾の中でも最も早期の作品。
音量増大の効果をもり、八卦の形も魔除けと平安を意味するとのこと。 -
こちらがその八卦の藻井様式の天井。
ものすごい必死に、地べたに寝転ぶ寸前の体勢で写真に写す人々に絆されて、チャレンジ。 -
五門殿の屋根に象発見
-
五門殿(演劇場)
-
龍山寺正殿
寺院内の建物は奥に行くほど高くなり、順風満帆を象徴しているらしい。 -
龍山寺正殿
-
鳳山寺
見逃してしまうぐらいあっさりとしたお寺。廣澤尊王が祀られているそうです。 -
鳳山寺の隣の文房具屋さん。
こっちのが目を引く -
甕垣
紹興酒の空き甕を垣根にしたもの。リサイクルの観点とともに外観もなかなか。
こちらは鹿港小学校の前にあったもの。甕がつやつや光ってたので昔の物かどうかはわかりません・・・ -
摸乳巷に行く途中で、お線香を天日干ししていました。
とても良い香り。 -
摸乳巷
「胸に触れる小道」という名で、大人 1 人が通れる幅の狭い道。すれ違う時に胸に触れてしまうぐらい幅が狭いことから、この名前がついたとのこと。 -
-
もともとは、入り口が狭く奥行きのある、うなぎの寝床な家屋が並ぶ地域の防火道として作られたらしい。
-
阿振肉包で遅いランチ
地元の人が、ものすごい量の蒸しパンを購入。好吃。
世田谷の上町で日本人のお弟子さんが「鹿港」という肉包のお店を出しています。 -
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
鹿港(台湾) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
43