2008/05/10 - 2008/05/10
500位(同エリア945件中)
一歩人さん
ああ、旧交通博物館。
そして、今も、あの真っ黒なボディーに燦然と輝く、
島原鉄道から贈られた「惜別感無量」のプレート。
その昔、このプレートを発見したときの驚愕。
第一号機関車に魂が宿っているかのような、
錯覚に包まれました。私も、「感無量」。
今回の御題は、第一号機関車と
それを題材にした「やえもん」です。
え?やえもんって?とお尋ねの方々に、
お伝えしなければなりません。
あの旧交通博物館の思い出を!
今回も同じように一点に絞り、蔵出し写真の旅行記です。
でないとお涙頂戴の話題にならないもので。
申し訳ありません。
(鉄道博物館は、2008年5月10日撮影)
(旧交通博物館は、2005年5月12日撮影
但し、一部2004年10月23日撮影)
すみません。前回、1号機関車とやえもんの写真が
交互に並び分かりずらかったので、別々に書き直し
ました。一旦削除したため、約1時間アクセスできなかった
皆様にお詫び申し上げます。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- JRローカル
-
01 鉄道博物館の第一号機関車
『日本の鉄道の黎明期〜明治期』コーナー入り口で、
弁慶号とともに、人気の模様。 -
02 鉄道博物館の人気者
この日も、記念写真撮影が後を絶ちませんでした。 -
03 鉄道博物館の紹介看板
今も変わらない、その業績。
鉄道記念物指定 昭和33年10月14日。 -
04 「惜別感無量」の訳は?
なぜ?涙のわけは〜♭〜♭。
その後、鉄道建設工事から1911年まで使用されたのち、
島原鉄道に移り、20年弱、頑張りました。
その後、ああ!スクラップ直前の運命に!
その時、1930年国鉄に復帰し、
1936年から旧交通博物館で保存展示することに。と。
島原鉄道から贈られた感謝の銘「惜別感無量」。
まさに、子供を手放す、親心。 -
05 燦然と輝く『No.1』の番号
今も変わらない、真っ黒なボディーを飾る
1号機関車の証。 -
06 機関車の輸入秘話
国指定重要文化財です。なぜ?
この機関車は、鉄道開業にそなえてイギリスから
10両輸入した機関車の内の1両で、
水圧ブレーキ、木製のブレーキシュー、完全に
周囲を囲んだ運転室を持つなどの特徴。と。
明治5年(1872年)、日本ではじめての鉄道が
新橋から横浜間に開業した時に使用された機関車で、
当時、29Kmを53分で走った。と。 -
07 旧交通博物館の第一号機関車
ひっそりと奥にたたづむ、きかんしゃ「やえもん」くん
お子さんも、隣の鉄道模型のコーナーへ一目散。
まって!まって!触ってあげて!!!
(撮影2004年10月23日、以下同じ) -
08 旧交通博物館の紹介看板 「きかんしゃ やえもん」
作 阿川弘之のモデルとなった機関車です。
と、そっと書き添えられておりました。 -
09 旧交通博物館の第一号機関車の仕様
1872年(明治5)、日本ではじめての鉄道が
新橋〜横浜間に開業しました。
このとき使用された機関車で、No.1の番号をもつ
日本で最古の機関車です。
1871年 イギリス:バルカン・ファウンドリー社製
「鉄道記念物指定 昭和33年10月14日」
データ:全長 7.43m・・・・・。と。 -
10 旧交通博物館のやえもんストーリー
みなさん“やえもん”を知っていますか?
“やえもん”は1872年(明治5)、日本で
最初の鉄道がはじまったときに、新橋と横浜の
あいだでかつやくしました。
きょうは、そのころの鉄道のようすと、なぜ、いま
“やえもん”が交通博物館にいるのかお話しましょう。と。
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