2008/06/29 - 2008/07/14
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鹿野健太郎さん
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東北タイ(イサーン)南部で最大の町、ウボンラーチャターニー(以下ウボン)は、毎年7月、ろうそく祭りで大変にぎわいます。3年前からは、職場(タイ国政府観光庁)の主催で、International Wax Sculptureという国際部門を国立博物館の中庭で同時開催しています。昨年に引き続き、今年は10カ国のアーティストが参加しました。日本からは富山県の木彫家でいらっしゃる大丸晃世(だいまる・こうせい)さんにお越しいただき、僕も日本チームの一員としてウボンに2週間滞在してきました。
ろうそくは、かつて僧侶が夜に読書をするための明かりとして重宝され、寺院にろうそくを寄進することは、大きな徳を積むばかりでなく、目の前が明るく照らされるように人生の道が開かれるとも信じられてきたそうです。ウボンの町の旧市街には、町の規模から考えてもかなりの数の立派な寺院が並んでいますが、7月近くになると、いたる所で僧侶や地元の信者たちが巨大で美しいろうの彫像を山車に載せたものを作っています。パレードを見るだけよりも、この制作風景を見て、僧侶たちと話をしながら実際に細かい作業を手伝わせてもらう方が楽しいかもしれません。一般にウボンのろうそくと言えば黄色い蜜蝋だそう。ウボン産のろうそくは王室御用達にもなっているそうです。そう言われればウボンの町はミツバチが多いなぁとも思いました。ジュースなんかを数分放置しておけば、必ずミツバチがやってきます。でも、ミツバチは害虫ではないので、地元の人は追い払うこともしません。
ウボンは、コーラート(ナコンラーチャシーマー)、コンケン、ウドンターニーなどと並んで東北タイを代表する大都市。それだけに、市街地の面積がとても広く、バイクでかなりの時間走っても家並みが途絶えることがありません。でも、他の町が味気ないコンクリートの高層ビルで縦に成長してゆくのと違って、ウボンの町には高層ビルの類がほとんど見当たらず、中心部に大型のデパートもありません。大都市というよりは、「巨大な田舎町」という表現がいいかもしれません。それだけに、他の町よりも東北タイの生活文化が色濃く残されているような気がします。
ウボンでは、まずはやはり本場のイサーン料理を食べたくなります。でも、例えばソムタム(未熟パパイヤのサラダ)にしても、地元の人たちが食べているものは、普段バンコクのイサーン料理屋で食べているものとは別物。呼び方も「ソムタム」ではなく「タムバックフン」、「タムスア」、「タムムア」・・・・・などなどバリエーションに富んでいます。一部の同僚は、プラーラーと呼ばれるきつい匂いの発酵した魚のペーストや蟹を混ぜたものを「ううん、本場物は旨いねぇ」などと言って平らげていましたが、バンコク出身の子たちと僕は遠慮しておきました。食べると怒り(「なんでこんなに辛くしなくちゃいけないわけ?これじゃ、口が痛くて、味なんか感じる以前の話じゃん・・・」という怒り)を覚えるほど辛いし、また正直なところ、料理の見た目の美しさなどとは無縁の代物です。ま、「唐辛子を1粒くらいにして!」と念入りにお願いすれば、美味しいのですが・・・。そう、この「念入りにお願い」がポイントなんです。彼らには僕たちの「唐辛子1粒で十分」という概念がないので、何度も念を押さないと結局はいつも通りの辛い味付けになります。また彼らにはお客様の口に合わなかった・・・というような日本人的な反省の色は全くもってありません。その繰り返しばかりで結構疲れたかも。2週間の滞在でバンコクへのホームシックが何回か発症しました。若い頃は、屋台こそが旨い!とか決め込んで、どんなに辛くても強がって食べてたけど、最近は毎日プラスチック皿の大衆料理じゃ満足できなくなってしまったようです。
バンコクのイサーン料理屋さんにあるようでないし、今回ウボンで美味しいと思ったのは、「ヂェウホーン」というイサーン式しゃぶしゃぶです。牛肉や豚肉と野菜を土鍋で煮て、独特のたれにつけて食べます。市街の東北のはずれに大きな沼(貯水池?)があって、その水辺にいっぱい専門店が並んでいます。テーブル席もあるけど、僕は地元の学生さんたちと一緒にオープンエアのピクニック風ござ席に座りました。夕焼けがとてもきれいだし、日没後のウボンはバンコクと違ってさわやかな風が吹いて涼しくなります。なぜか分からないけど、蚊もほとんどいませんでした・・・。タイ人のグループと行くと、日本人の僕だけが蚊の餌食になるんですよねぇ。僕の行ったお店は「ウアイ(=お姉ちゃん)」という店でしたが、たれには?「辛酸っぱい」、?「辛くない」そして?「苦い」の3種類ありました。個人的には?と?のブレンドが美味しいと感じました。で、?がすごく苦いんです。食通になればなるほど苦味が美味しく感じるというようですね?でも、この苦味が何から作られるかを知ってしまってはちょっと躊躇します。現地では「ビー」、たしかバンコクでは「ディー」と呼んでいるはずの物体。それは牛の腸の中身、つまりは牛糞エキス???です。珍味好きはぜひお試しあれ。一緒に食べにいったのは、去年のろうそく祭りで日本チームとして一緒に頑張った学生さんたち。今はそれぞれ別の町の大学の芸術学部に進学していったけど、この時期に合わせて、みんなでウボンに集まってくれました。少し大人になった彼ら。でも去年の純粋な瞳はまだ健在でした。まっすぐ成長していい大人になってもらいたい。彼らには、地元の美味しいものをいっぱい教えてもらいました。
ウボンは、イサーン料理だけじゃありません。ベトナム系住民も多いため、ベトナム料理が美味しいんです。特に「クイチャップ・ユエン」は食べ逃してはいけません。お店によって細麺だったりもしますが、とろみのあるスープで煮込んだうどんのようなお料理です。今回、彫刻作業をしている場所に何度か足を運んでくれて友達になったエー君。地元ウボンの出身の若手陸軍士官で、南タイのテロ集団との交戦地帯から一時帰省中だという。その彼が、ウボンで一番美味しいという露店に連れて行ってくれた。三輪自転車タクシーのせま〜い座席に軍人と日本人が乗って、初老の痩せた運転手をこき使ってしまったかも。せまくてお尻が痛かった。行き方・・・(ウボンの地図を見ながらどうぞ)市内中心の広場トゥンシームアンの西側を通るメインストリート。この通りを北上してゆき、トゥンシームアンを過ぎたらすぐ左折。少し行くと右手に豚ソーセージ屋さん(ムーヨーという名物)が並んでいて、セブンイレブンのある交差点に出ます。そこでもう一度左折、すぐに道の左側に2〜3のテーブルを出しておばあちゃんが麺を煮ているのが見つかるはずです。向かい側(右側)にはコーヒーショップがありました。飲み物はそこで調達。もっと早くこのお店を知っていればきっと通いつめただろうなぁ。「うまみ」の効いたおふくろの味という感じで病みつきです。後日、エー君から電話で「あのおばあちゃんが、この前の日本の子は一緒じゃないのかい?って言ってたよ。」と言われ、おばあちゃんが元気なうちにまた食べに行きたいなぁという思いに駆られました。
エー君には、他にも「牛の乳首」が美味しい店があると教えてもらいました。でも、今回は連れて行ってもらう時間が夜遅くなってしまい、すでに閉店・・・。次回の宿題です。歯ごたえがあって美味しいらしい。
深夜は、「レック・ノム・ソット」というミルク&デザートのお店に通いました。さきほどのメインストリートをずーっと北上、大きな交差点の左側に大きな麺屋さん、その先右側にTMB(タイ軍人銀行)、ぬいぐるみ問屋などをすぎて、次の交差点を左折、200〜300m入った左手にあります。ここは、地元の大学生や専門学校生のたまり場で、トースト+コンデンスミルク、ソフトな食パン+カスタードクリームなどの定番デザートにミルクやコーヒー、紅茶、ココア、仙草ゼリー、ヤクルトシェークなんてのもあります。僕はアイスクリームのパフェが大きくて気に入りました。となりの食堂も何だか美味しそうだった。
さて、今回は、バンコク(ドンムアン旧空港)からタイ航空で飛んできましたが、ウボンへのアクセスは大変便利で夜行バスでも夜行列車でも快適に移動できます。
ろうそく祭りはもちろん一見の価値がありますが、そのほかの季節に観光でウボンを訪れてもよいかと思います。ウボンの町でも東北タイの文化や味を楽しむ時間がほしいですが、ここを拠点にすると日帰りで雄大なメコン川流域の国立公園やラオスとカンボジアまで足を伸ばすことができるのです。
まずは、メコン川流域のパーテーム国立公園へ。おそらく百何十メートルくらいはあるでしょうか…断崖絶壁に立ち、眼下にメコン川、向こう側にはラオスの森が地平線まで広がっているのが見えます。古代の人々が残した壁画などを見られるハイキングコースもあります。日中の日照りは相当に暑いですが、この絶景はそんなことを忘れさせてくれることでしょう。公園管理事務所には飲み物も売っていますので、水分補給をお忘れなく。
続いては、ラオス。チョンメックという国境地点でラオスに入国。そのまま陸路でパクセー、さらにメコン川を渡ってチャンパーサックにアクセスできます。今回は時間の都合でラオスには入りませんでしたが、ラオスで数泊することを考えれば、コーンの滝や世界遺産のクメール遺跡ワット・プーにも足を伸ばせます。
そして、カンボジア。残念ながらここ数ヶ月、カンボジアと国境設定問題でもめている「プレア・ビヒア(タイ語名:カオ・プラ・ウィハーン」が暫定的に閉鎖されています。(2008年7月現在)国境が明確でないまま、タイ国前外相が「プレア・ビヒア」の世界遺産登録を支持したことでタイ国内で問題を引き起こし、カンボジア側でもタイの大タイ主義的な動きにけん制する動きが高まっています。崖のてっぺんに建つこの神殿、カンボジアの世界遺産として登録されても、実はここへはタイ側からのアクセスしか可能ではありません。よって、本来平和的に事が進めばウボンは東北タイ+南ラオス+カンボジアの世界遺産をすべて楽しめる観光拠点として機能する可能性を持ってるわけです。
現在、カンボジアとの国境には両国の軍が兵力を増強させているようです。でも、この地域をエー君が危険な任務を果たしている南タイ3県のような観光客の訪れられぬ危険地帯とさせてしまった二の舞を踏むのか、それとも両国が平和的に文化遺産を共有してゆくのかは、両国民の良識、さらには世界の世論にかかっているのではないでしょうか。
ウボンには何事もないように平和な時間が流れています。カンボジア国境にも一日も早く平和が戻ってきますように。そして、ウボンの町の人々も観光の洗礼を受けて東北タイ(イサーン)文化をもっと魅力的に再開花させていけたらいいと思います。実は、東北タイで残念に思うことがあるのです。それは、他の地方に比べて地元の人々が独自の伝統文化の真髄にこだわらず、何でも取り入れてしまう点です。イサーンの人たちは、細かいことにこだわらず、寛容であることがイサーンらしさと言うかもしれません。でも、「Fusion」と「Confusion」は別物であることに気がつかないと、俗化の怒涛に飲み込まれてしまうのではないかと心配になります。例えば、ピンと呼ばれる3線のギターのような楽器がありますが、何とも言えない郷愁を帯びた響きで、魅力的です。しかし、最近ではどれもこれも電気アンプを接続してエレキギター化率が高まっています。エコーがきいてしまったりして、せっかくのフォークな響きが台無しです。また、ちょっとしたお祭りの寸劇も純粋な笑いではなく、女装した役者が卑猥な動作や言葉を連発して強引に注目を集めているのが痛々しいです。
イサーンの人たちが、チェンマイやバリなど、観光の力で独自の文化のルネサンスを迎えている他の町などにも目を配り、本当のイサーンらしさをさらに追求していけたらすばらしいのに。「伝統」というのは、今も歴史の一場面なのだから、何も何百年も前のものだけが本物ということはなく、逆にいつの時代に作り出されてもいいものでしょう。幸い、ウボンの若手アーティストの中には、そうゆう点に気づいている人が出始めたようです。2008年の4月には、旧市街のメインストリート(博物館の斜め前)ウボンホテルとラーチャタニーホテルの間に「ラワーン・ターン」というウボンやイサーンの生活文化をかわいいイラストにして小物をクリエートするアーティストのお店がオープンしました。滞在中、毎日通って新しい作品を買い集めました。詳しくはこちらのサイトを→(www.rawangthang.hi5.com)
バンコクに帰ってきて、また忙しい毎日が始まりました。疲れたら、またみんなに会いにウボンへ帰ろう。
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- タイ国際航空
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アーティストの大丸さんと、11チャンネル国営放送NBTの生放送に出演。早朝の番組で眠さ隠せず・・・。
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日本代表、大丸さんのお手伝い。
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会場となったウボン国立博物館の夕暮れ。
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毎日10カ国のアーティストたちと夕食会。
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ウボン出身のタイ国観光スポーツ大臣の訪問を受けて、コンセプトなどを説明。
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もうまもなくお披露目。日本チームの作品「地球愛」。2段目は籠彫りという伝統技法で、中がくりぬかれていて、タイ人の常識を破って注目を得た。
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ちなみに、こちらは2007年の日本チームの作品。
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パーテーム国立公園の断崖絶壁から、雄大なメコン川とラオス側の地平線まで広がる森の眺め。
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去年のろうそく祭りでウボンに来た時には、入ることのできた新・世界遺産「プレア・ビヒア」。
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プレア・ビヒアは、タイ側からしかアクセスのできない絶壁の頂上に建ってました。足元はなんと600メートルも下らしい…。
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