2008/07/12 - 2008/07/12
142位(同エリア151件中)
koiさん
エミレーツ航空で行く!哀愁のモロッコ9日間 7/6〜 (6泊9日)178000円
モロッコの概要
モロッコの正式国名は、モロッコ王国 Kingdom of Morocco で面積は、約45万9000km2(西サハラは除く)日本の約1.2倍、人口 約3224万人(2006年)。首都はラバト Rabat、元首 モハメッド6世国王 Mohammed VI。政体は、国王を元首とする立憲君主国家であり、民族構成はアラブ系65%、ベルベル系35%。宗教は国教のイスラム教(スンニ派)である。
祝祭日 【2008年】
1月1日 新年
1月10日 ※イスラム暦新年
1月11日 独立宣言記念日
3月1日 ハッサン国王即位記念日
3月20日 ※モハメッド聖誕祭
5月1日 メーデー
7月30日 国王即位の日
8月14日 ウェッド・ダハブ奪回記念日
8月20日 国王と国民の革命記念日
8月21日 モハメッド6世誕生日
10月2〜3日 ※ラマダン明けのお祭り
11月6日 緑の行進記念日
11月18日 独立記念日
12月9〜10日 ※犠牲祭メシュイ
12月29日 ※イスラム暦新年
※の付いた日はイスラム暦に基く休日。毎年変わるので注意。
ラマダン明けの祭りと犠牲祭前後の1週間は多くのモロッコ人が大都市から地方に移動する。鉄道、長距離バス、グランタクシーは大混雑するうえ、料金も高くなるので予定を立てるときは注意が必要。
★安心の添乗員同行・全観光食事付!★人気のエミレーツ航空利用! ホテルはスーペリアクラス(4つ星)
★4つの【世界遺産】フェズ、マラケッシュ、アイト・ベン・ハドゥ、メクネス観光!!
★ サハラ砂漠(メルズ−カ大砂丘)日の出観光!
★ オアシスの街並みカスバ街道ドライブ観光! 渓谷地絶景のトドラ峡谷観光
★迫力の騎馬軍団によるファンタジアディナ−ショ−!
★モロッコでのミントティ−とアフタヌ−ンティ−。や名物料理のモロッコ風串焼き「ケバブ」や「タジン鍋料理」、クスクスなど全食事付!
基本スケジュール
7/6 (20:45)中部国際空港集合。(22:45)中部国際空港発、エミレーツ航空にてドバイ乗り継ぎカサブランカへ。
7/7 朝 カサブランカ(昼頃着)、着後、専用車にてマラケシュへ。途中、モロッコでおなじみのミントティーのアフタヌーンティー。
モロッコ第2の都市【世界遺産】『マラケシュ』市内観光
夕方にモロッコで一番の賑わいを見せる「マラケシュ」観光。大道芸人や屋台の集まる「ジャマエルフナ広場」へ。
夕食はクスクスなどのモロッコ料理と迫力ある軍団によるファンタジアディナーショー。
7/8 午前【世界遺産】『マラケシュ』市内観光(広大な部屋に歴代君主が眠る●サアディン王朝の廟墓群、「バヒーヤ宮殿」、「クトゥビアモスク」、「メナラ庭園」を観光。
午後、ワルザザードへ。昼食は肉だんご「タジン(煮込み料理)」。
アトラス山脈の屋根ティシカ峠(標高2,260m)を越え、サハラ砂漠の北端の街ワルザザードへ 、途中、【世界遺産】『アイト・ベン・ハッドゥ』に立寄り。映画「アラビアのロレンス」の舞台となり、日干し煉瓦でつくられた要塞跡は迫力満点。
7/9 【終日】ワルザザード→170Km→トドラ渓谷(バス)→150Km→サハラ砂漠の入り口の街エルフードへ
オアシスをつなぐ砂漠の道『カスバ街道』をドライブし、途中、“バラの町”と呼ばれるエル・カーラ・マグーナ、途中、所々にカスバ街道最大のオアシス都市ティネリールを経由し、垂直に切り立った断崖絶壁がそびえ立つモロッコのグランドキャニオンと呼ばれ高さ200Mの断崖絶壁が続く『トドラ渓谷』に立ち寄り
◎トドラ渓谷で昼食は、ハリラ(野菜煮込みスープ)。夕刻、緑が美しいオアシスの街「エルフード」へ。
7/10 【早朝:04:00頃】4WDにて『サハラ砂漠(メルズーカ大砂丘)』へ行き、らくだに乗って砂漠に昇る日の出を見学して幻想的な夜明けを見る。ユニークな「化石探し」にも参加。
ホテルに戻り朝食後、エルフードからアトラス山脈の山麓の町ミデルト、ヨーロッパ風の保養地イフランを通り→460Kmフェズへ 。夕食は、ケバブ(串焼き)。
7/11 知的王都と称される【世界遺産】『フェズ』市内観光。1,000年以上に渡って発展を続ける世界一複雑な迷路【世界遺産】『メディナ(旧市街)』、アラベスク模様の装飾が美しい「ブージュルード門」、「アッタリン神学校」、「カラウィーンモスク」、なめし皮職人街タヌリなどを観光。(土産物店へ)夕食は、ケバブ(串焼き)
7/12 フェズ→メクネス→140Km→ラバト→100Km→カサブランカへ
【世界遺産】ムーレイ・イドリス、10世紀以来の歴史をもつ古都『メクネス』観光、ムーレイ・イドリス、10世紀以来の歴史をもつ果樹園やオリーブ畑に囲まれたメクネスは肥沃な土地として栄え、「マンスール門」、「ハディーム広場」を観光。この門は北アフリカで最も美しいと評されている。
首都ラバトへ。ラバト市内観光、スーク(市場)が並ぶ旧市街、「ハッサンの塔」、「ウダイヤのカスバ」、(赤い服に白マントの衛兵に守られた「モハメド5世廟」を見学。
観光後、映画『カサブランカ』の舞台となったカサブランカへ。
【警告】
油の高騰により燃油特別深運賃が高騰しているが、20008年7月から更に急高騰し、総旅費の半分以上になる場合が発生している。ゆえに当分海外良好は見送った方がよい。
■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
copyright(C)2006 Taketori no Okina YK. All rights reserved.
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ラバとの地中海
海水浴するモロッコ人 -
カスバ・ウダイヤ
カスバ・ウダイヤを囲む茶褐色の城壁は、ムワッヒド朝時代に建設されたもの。ウダイヤ門をくぐり中に入ると白い壁の家々が続き、迷路のような細い路地を抜けると対岸のサレや大西洋が一望できる広場に出る。アンダルシア風のウダイヤ庭園は植物が生い茂り、ラバトの人々の憩いの場になっている。庭園東側にはムーア風のカフェが人気という。庭園内のウダイヤ博物館には、モロッコ各地から集められた民族楽器と、ベルベル人の家具や衣装が展示されている。
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ラバトのムハンマド5世霊廟
ラバトの歴史は古く、12世紀「勝利王」と呼ばれたムワッヒド朝のスルタン、ヤコブ・エルマンスールが、その栄光の証としてこの地に都をおいた。エルマンスールは巨大なモスクの建設を企てたが、その死によって計画は中断し、現在ではハッサン塔と呼ばれているミナレットの部分だけが残っている。ムワッヒド朝の没落とともにラバトも衰退し、マリーン朝はフェズを新しい都とした。しかしその後、ラバトは商業貿易の中心としてふたたび勢いを取り戻し、1912年にモロッコの首都となり、今日に至っている。霊廟入口には、真紅の衣装をまとった衛兵が乗馬して門衛をしていた。このムハンマド5世霊廟は、モロッコの伝統工芸の粋を集めた美しい建築である。 -
ムハンマド5世廟の棺
建国の父と呼ばれる前国王ムハンマド5世の霊廟。
1961年に没したムハンマド5世を祀るため1973年に完成させた霊廟である。モロッコの伝統的建築技術と彫刻が美しい霊廟で、中には白い石造りの棺が2つ安置してある。中央がムハマンド5世のもので、もう1つはムーレイ・アブドゥラー王子(ムハマンド5世の弟)の棺である。 -
ラバトのハッサン塔ミナレット
ムハンマド5世廟と同じ敷地内に未完のミナレットがある。1ヒド朝の一部で、1195年ムワヒド朝の時代に構想したヤーコブ・マンスールが巨大モスクの建設に着手したが、彼が死亡したため工事は中断された。高さ88mの塔を建設する予定であったのが44mで止っている。広場に並んだ列柱もローマから石材を運んで来て建設に着手したが、これも中断されたままとなっており、高さ4〜5mの石柱が整然と並んでいた。 約360本の石柱とともに未完のまま残されている。ハッサン塔はマラケシュのクトゥビアの塔とともにムーア式建築の代表と言われている。
【警告】
油の高騰により燃油特別深運賃が高騰しているが、20008年7月から更に急高騰し、総旅費の半分以上になる場合が発生している。ゆえに当分海外良好は見送った方がよい。
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