2006/02/18 - 2006/02/19
114位(同エリア135件中)
山菜迷人さん
徳島のKの誘いで、今年も池田町の新酒の会に参加した。いつも、彼の家に泊めてもらうので、安上がりの旅となるのだ。今年も、前泊させてもらって、朝、奥方に阿波川島駅まで車で送ってもらった。少し時間があるので、川島城跡にあがる。お城そのものは鉄筋コンクリートになっており、見るべき価値があるのかないのか・・・、そこに、表紙の写真の『川島小唄』の石碑が立っている。昭和45年に作られた小唄なのだ。
この地域の歴史を少々。藩政時代には藍で、明治に入ると養蚕で、そして、米作りと農業の町であり、それに由来する独特の文化をはぐくんできた。たとえば、婚姻の成立過程で「夜這い」が公然と行われていた。「夜這い」と聞くと、「若後家さんの寝屋に夜中に忍び込み・・・」とたちまち想像力たくましくしてしまいがちだけれども、少し違う。若連達が娘のいる家に、4人、5人と集まって遊びに行くのである。娘たちが、糸をひいたり、針仕事をしたりと夜の仕事をしている合間に、歌合戦をしたり、食材を持ち寄って鮨を作って食べたり、そんな風に娘一人に男4〜5人の集団的な交流が進む。そのうちに、だんだん一人の男が気になるようになり、若連の中で認められると、娘の寝屋に招かれ、中身も認められながらめでたく合体ということになると、親の方もその婚姻を承認するという仕組み全体のことを夜這いというのだ。
それから、川島町には、「阿波の北方女の夜這い、男らしくて寝屋で待つ」、という言い伝えも残っている。これは昔、豪農の家で、農繁期に若い男女をたくさん雇う。そして、男は下男部屋に、女はひろしき(母屋の内庭の高いところ)に部屋を設けて男女の寝床を区別したので、男部屋から女部屋へは監視がきびしくとても行き難いので、女が外へ小便に出るふりをして男部屋へしのびこむ、ということなのだ。女が男とのところに夜這いするという何とも豪快な話なのだ。
そんな川島町の歴史を勉強しながら待つことしばし、やっと列車がきて1時間余列車に揺られて阿波池田へ。駅前のアーケード街はすたれてりまっており、シャッターを閉じた店舗が多い。そのアーケードを抜けて右へ曲がると阿波池田商工会議所の建物があり、この3階で阿波池田新酒の会が催されるのだ。
入口でチケットを渡すと利き酒用のガラスのぐい飲みが渡される。これをもって、中に入ると阿波池田だけではなく、四国各地の蔵元も参加し20余の蔵が自慢の酒を並べており、自由に利き酒することができるのだ。
同時に、今日は、地元の蔵が開放され、自由に蔵の中を見学することができるようになっている。商工会議所でしこたま利き酒をしたあと、「今小町」「三芳菊」の二つの蔵を回って、こちらでも無ろ過の生原酒の利き酒、甘酒などの接待をしていただき、千鳥足で再び列車に揺られているうちにますます酔いが深まり、前後不覚、酩酊状態となり、これが不思議なところなのだが、気づいたら、彼の家の客間で寝ていたのだった。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
-
阿波川島駅
-
今日は、蔵が一般公開されている。来客者を待つためにこのように、蔵自慢の酒が並べられている。
-
蔵元のシンボル
-
「今小町」の菰樽
-
今小町の蔵へ続く小道
-
三芳菊酒造の門。この奥左手が蔵になっており、搾りたての生原酒をいただいた。
-
町の酒屋、清酒『阿波踊』の文字が読み取れる。
-
酒屋の店先の麒麟麦酒の古い看板
-
同じく歴史のある店の看板
-
同じく、もう閉店したように見えるタバコ屋の店先
-
廃れてしまった商店街にこんなディスプレイだけが残っていた。
-
歴史の表舞台から姿を消しつつある
-
昔、僕の家もこんな風だったな〜。
-
法話を掲示する寺
-
頑張れ商店街!僕は応援しているよ。
-
翌日、帰宅する前に立ち寄った四国霊場第8番札所の「普明山熊谷寺」の多宝塔。円柱形の構造が珍しいと思い、撮影したもの。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
16