2000/03/24 - 2000/03/27
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チューぱぱさん
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〜人民大会堂 大宴会〜
今般、きたる 2000年3月26日 夕刻17:30
人民大会堂大ホールにて晩餐会を行うことにしました
謹んで ご来訪をお願いいたします
北京旅行業務管理局
・・なんて招待状が届くツアーに参加しました。(^。^)
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
招待状の裏面です。
大宴会場の様子が描かれてます。
人民大会堂は日本の国会に相当し一般人の入場は出来ません。最近でこそ観光できるようになったようですが、人民大会堂の内部は今まで一度も見ていませんのでツアーに参加することにしました。 -
案内状の文面です。
しかし、実際は・・・
これは某テレビ局のヤラセでして、、(大笑)
客を大量に連れて行くからと、中国当局との話が出来ていたのです。
系列の旅行社を設立しテレビで募集をかけ、1000名の日中友好観光大集団の出来上がりです。(笑)
バス20台の先頭にはパトカーが付き、赤信号も何のその(笑) 完全VIP待遇での観光団でした。中国で言う「友好」とはたくさんお金を持ってくる人たちのことなのだけど。
良い格好したのは日中友好協会会長とテレビ局の社長だけ
旅行の様子をテレビで放映するとの謳い文句があったのですが・・ (涙) -
とりあえず、定番の観光地は後にしまして・・
目的の人民大会堂です。
正面玄関から入場します。
もちろん、服装も留意されてます。(^。^) -
宴会場以外は撮影禁止にされてましたが・・
途中での階段ですばやく記念撮影です。(笑) -
共産党集団の定番の記念撮影の光景です。
2班に分かれてまして、500名が一同に会し記念写真です。
カメラを中心にして円形に並び、カメラとスポットライトが回転しながら順に写していきます。競馬場の判定カメラと同じですね。(^。^)
500名いますから、写真にすると長さが1m近くになったとか?
当然、私は買いませんからスポットを浴びたときは横を向いてます。(爆)
ちなみに1枚¥3000ぐらいで、当時の中国人一般大衆の1ヵ月分の給料と同じだったと記憶してます。(^◇^;)
-
宴会風景です
人民大会堂内には何ヶ所も大ホールがあるそうで・・
毛沢東が毎夜ダンスパーティーを開いていたところとは雲泥の差があるようです。
急遽設えたのか、お粗末なこと!
ガタガタの椅子が多く交換の申し出が多数ありました。家内も、座った椅子は釘の頭が出ていてストッキングを破いてしましました。
貴賓に対して有り得ないことが起これば、「友好」の言葉の意味が実感できます。
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料理もさほどの物でなく、調理責任者が挨拶しましたが、党定番の宣伝文句を並べるばかりでお笑いモノでした。まあ仕方ないか(^。^)
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でも食べてる時はピースサインが出ます。(笑)
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舞台の幕には「熱烈歓迎迎賓北京の旅 ご一行様」とかかれてます。
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会場内風景です
ちょっと照明も薄暗いです -
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天井の照明飾りなど見栄えは立派です。
これらの天安門広場の横に立てられた10の近代的建物は、毛沢東の命によりわずか10ヶ月の短期間で建てられたとか。
人海戦術がお得意の国でしょうが・・耐震基準は大丈夫? (爆)
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北京観光でおなじみの天安門広場です。
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故宮の裏側です
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故宮内の珍宝館横の「九龍壁」です。
皇帝しか付ける事が許されない、5本指の龍が描かれてます
皇帝は龍を、皇后には鳳凰が象徴です。
そして、「虎」は災いのシンボルです。
この龍はどこかドラゴンボールのシェンロンに似てますね。(^。^)
たぶん、こちらが本家でしょう(笑)
「珍宝館」中国人ガイドが説明しにくそうに読んでました。(笑)
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万里の長城です
「不到長城非好漢」
「我登上了長城」
こんな観光記念証明書を持って歩いてますと・・
写真集を持ったオバさんが近づいてきます。
「ねえ、お兄さん!これ買ってよー」って
「不要!いらない!」とニソッと笑って答える私(^。^)
「そんな事言わずに・・いい記念になるよー」
・・・っと、しばし押し問答 (^_-)
しばらくして・・
「俺、始めて来たんじゃないよ!
今日は特別日本から来た息子のためなんよ」
「ぎゃー!あんたったら・・※○◆□※▲?・・
じゃー、早く言ってよねー」と老板
「最初から要らないって言ってるよ」
「あははーー、さいならー」だって (爆)
庶民のオバさんはどこの国でも陽気です。(^。^)
ちなみに、全部中国語です。
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その昔、西太后が海軍を作る予算を横流しして造った頤和園です。
権力の中枢に在るものが自らのことしか考えないと・・
以後の中国の歴史は悲惨でしたね。 -
人力車に乗って胡同めぐりです。
途中に宋慶齢の住宅があり感激♪ -
この北京旅行はツアーとしては最低レベルでした。
だって、考えてみてください。約1000名が同時に動けるわけがない。(^。^)
各地の観光スポットでも、集合時間など有ってないようなもの。平均して高齢者が多かったせいか、いつまで経っても出発できない。道中はパトカー付きだから速いとは言え、待たされっぱなしの旅程でした。
添乗員も寄せ集めなのか、苦情を言っても態度をはっきりさせることが出来ない。
思い余って、一日の予定が終了しホテルに帰るだけの時点で離団を申し出ても拒否ばかり。めっちゃ、時間の無駄遣いが多い旅行でした。 -
やむなく夜暗くなってからホテルの崑崙飯店を抜け出し、繁華街の王府井へ
北京百貨店や隣の本屋で買い物をし、ついでにブロンズ像に乗って記念撮影です。でもフラッシュが届かなくてほとんど見えないね(-.-)
街を歩いてると「おっ、台湾人がいる」なんて声も聞こえました。(爆)
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好吃♪
色々不満はありますが、
食べてる時だけは最高の顔をしてます (^○^)
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これはお金ではありません。
お金に替えることができる「券」です。
最初、中国大陸へ行った時は外国人は必ずこの「兌換券」を使用する事と決められてました。家内との北京旅行時にはもう使用不可になってました。 -
お粗末さの証明ですが・・
帰国時、中国東方航空機で名古屋空港の滑走路に着くや否なや添乗員達が走って機前方に集合します。それを見た乗客も荷物を降ろし準備を始めます。まだ飛行機は動いている最中ですよ。
CA達が慌てて静めようとしても言葉が通じません。
一人のCAが私に「まだ停まってない!危険!」と声を掛けて来ました。私が、大きな声でその旨を伝えると、やっと皆冷静になり席に戻りました。
こんな状況を作ったのは添乗員の責任で無責任です。
お粗末な企画、
お粗末な添乗員
お粗末な同行者
これぞ旅行、最悪3兄弟です (笑)
大集団の寄せ集めでは、こんなものでしょうか?(^_-)
でも、そんな中・・ちゃんと抜け出して、それなりに楽しみ、元を引いて来たのは中国通だからできたことでス。 (笑)
なお、ツアー募集時のふれ込みに、旅行の様子をテレビで放映するとありましたが・・
実際は5分ほど2回放映されただけで拍子抜けしました。
「不到長城非好漢」 長城に到らずんば好漢に非ず
毛沢東の言葉です。(^。^)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- makkoさん 2008/06/17 11:13:45
- 懐かしの北京
- チューぱぱさん、お早う御座います。
忙中閑有り。
来月から三泊四日で北京へ女房と行くので、下調べにこのサイトを見ていたら貴方の旅行記が出てきたので読ませていただきました。
北京は2004年、06年と2回訪れておりますが、一回は現地日本人と次は一人で、公共交通機関を利用して歩き回っただけですので、限られたところしか回ってません。
で、今回は行けていない、い和園、八達嶺などが含まれているツアーに参加したのです。
ところでタイトルに書いているように、なぜか北京は気に入っており、そこを女房に見せたいのも今回の動機のひとつです。(上海よりも北京が良い。他にいずれも仕事ですが、天津、大連、広州と行ったが、この中では広州が良かった。要は古いものが残っているところが好きなのです)
懐かしの北京、それは勿論胡同が第一で、鼓楼や鐘楼の北東部にある胡同、同じく西側にある羊房胡同、瑠璃ちゃんの東側や南側にあるそれと随分行きました。落花生を買い(ひまわりの種は辛気臭くてよう食べません)、食べ物屋さんや、やたらと沢山有るトイレやらを見ながらぶらついた出張中の休日は最高でした。貸し自転車もあるよと旅行会社の親父が英語で勧めてくれましたが、時間が無く泣く泣く諦めたことも思い出します。
後は景山公園。いろんな人たちがコーラスをしてたり、ささやかなるバンドを控えて女性が歌っていたり、なんともいえないのどかさが好きでした。この光景は公園と名の付くところでは、どこでも見受けられますよね。
地下鉄席を譲ってくれたお母さんと一緒の小さな男の子の、別れ際の「再見!」という可愛い声、固辞したのにやはり席を譲ってくれたバスのおばさん、同じくバスで小銭が無く困っている小生を見かね両替してくれたこれもおばさん。
いろいろ楽しく思い出します。
来月の旅行が楽しみで、わくわくしてきました。では行ってきます。
以上
- チューぱぱさん からの返信 2008/06/17 17:26:47
- RE: 懐かしの北京
- ご来訪ありがとうございます
私の北京旅行記は古く、また知識も古いものですのであまりお役に立てず申し訳ないと思います。でも日本人は悠久の歴史と広大な大地に憬れるのですよね。(^。^)
私は、1989年に最初に台湾を訪れてから面白半分に中国語を勉強し始め、2000年北京に家内を連れて行った時が一番ベストの時でした。でも、中国は知れば知るほど嫌になる部分が残ってまして、一般庶民の暖かさとは別な部分が相当あります。(^_-)
大陸はシルクロード方面に3回、東北の戦争傷跡関連に1回、それとこの人民大会堂に惹かれての計5回行きました。毎回、北京が最終地でしたので写真はたくさんあるのですが整理が追い付きません。(笑)
もう今は、北京は大都会でしょうから公共交通機関も整備され個人で旅行されても大丈夫と思います。私の頃は、他人を蹴っ飛ばして押し退けなければ乗れないバスばかりでしたので、タクシーがメインになってました。当然、ホテルの前から乗るとボッタクリに合いトラブルの連続です。北京名物の人力車でも同じでした。まあ承知でしたから平気でしたけど (^◇^;)
ですから人の集まる名所旧跡は旅行会社に任せるしか方法がありませんでした。でも旅行会社は高いですが利点もあります。中国人の人の波に勝つには人民元ではなく兌換券を使用しないと無理でした。
上海のテレビ塔や慕田峪のロープウェイ乗り場での大行列は、おとなしく待つと3時間ほどかかります。ならば庶民の五十倍近い値段でも為替格差の大きかった時代です全然構わない。行列の最前列へ割り込みできる貴賓の扱いの方がベストでした。
もう今はそんな事はできないと思いますけど。(^。^)
繁華街の王府井も変わってるでしょうね。
碧春茶店で1Kg1万円のジャスミン茶を買い、北京工芸美術服務部で伝統工芸品をお土産に買いあさり、北京百貨店で食料品を買い求めたものでした。
お帰りになったら旅行記をお願いしますね。
是非とも、奥様孝行なmakkoさんの旅行が楽しいものになりますように! (^◇^;)
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