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1月19日に、カナダくんとユニバーサルスタジオへ行って、日本の女の子と知り合った。<br />翌日の20日には、その女の子から連絡があって、ダウンタウンやリトル東京を案内した。<br /><br />結局2日間も、本も読まずに、日米文化会館の英語教室にも出ずに、町をうろついて終わってしまったよ(涙)。<br />1月21日は、ちゃんと本でも読んで、夕方にはちゃんと英語教室へも行こう♪と決意する。<br /><br />朝食をとった後、部屋で、図書館で借りた「ロシアについて・北方の原形」(司馬遼太郎)を読み始める。<br />すると電話がかかってきた。<br /><br />また同じ女の子からだ…。<br />正直断ってもよかったのだが、僕も「中南米旅行に出る前なので結構暇だ」と話をしている。<br /><br />彼女の話では「UCLAとサンタモニカへ行きたい」という。<br />サンタモニカへは元庭師さんの車で行ったことがある。<br /><br />ただ、UCLAへは行ってない。<br />この1989年は西海岸ブームで、UCLA(カリフォルニア州立大学)は、日本人の憧れだった。<br /><br />いまは誰もわざわざ行かないだろうが、UCLAは観光スポットの一つでもあったわけだ。<br />だとすればこれをきっかけに見に行くのも悪いことではない。<br /><br />ということで、今日も女の子と会うことにした。<br />UCLAとサンタモニカへ行くとなれば、わざわざダウンタウンへ来てもらっても意味がない。<br /><br />彼女の宿のあるハリウッドからバスで行ける。<br />それで、わかりやすくチャイニーズシアターの前で待ち合わせをする。<br /><br />RTDバスの一番に乗って、ハリウッドへ。<br />チャイニーズシアターへはホテル加宝から1時間以上かかるので、僕が着いたのは正午過ぎになった。<br /><br />次に南のサンセットブールバードまで歩き、2番バスに乗った。<br />2番バスでウェストウッドへ行き、歩いてUCLAへ。<br /><br />UCLAでは、大学のショップへ行った。<br />この時期はUCLAが日本からのツアーも寄る観光地だった。<br /><br />僕たちが行った時も、日本からのツアーがいた。<br />この時期、大学のショップには日本語の表示も多く、JCBカードも使えたよ。<br /><br />ここでなぜか僕は、ジーンズ(リーバイス501)を2本買った。<br />中南米旅行のためにはすでにジーンズを買っている。<br /><br />ただ、ここでもジーンズが20ドルちょっとだった。<br />日本でこの時期リーバイスは、だいたい7千円以上していた。<br /><br />だから、買いすぎたものは、日本へ送ろうと考えていた。<br />ジーンズだから、古くなったところで、腐ることはないしね。<br /><br />UCLAは広大な敷地なので、大学の店と入り口の大学警察などの設備を見ただけだ。<br />でも、アメリカの大学は本格的だなー(涙)、と感動したよ。<br /><br />僕が通ってたころの京都大学なんて、敷地は狭いし、建物は古かった。<br />学生は自転車で移動して、ゴムゾウリで歩いてたし、ちっとも知的な雰囲気はなかった。<br /><br />僕もアメリカの大学に通っていたらよかったと思う。<br />それなら、どういう道に進んだとしても、もっと本格的な人間になってただろうけどね。<br /><br />だから、僕は若い人たちは、海外へ出たほうがいいと言うんだ。<br />日本なんかにいても、世界から取り残されるだけなんだから。<br /><br />というわけで、僕はUCLAの存在感に、完全に圧倒されてしまった。<br />ウェストウッドでピザを食べた。<br /><br />そのあと、320番の急行バスに乗って、サンタモニカへ。<br />サンタモニカのピアを軽く見て、そこからベニスビーチへビーチを歩いた。<br /><br />一時間ほど歩いて、ベニスビーチの土産物屋が並んでいるところへ到着する。<br /><br />ベニスビーチの砂浜の幅は日本では考えられないくらい広い。<br />このとき、だんだんと日が暮れてきた。<br /><br />ここで2人並んで夕日を見ると絶対ロマンチックだ。<br />女の子はベニスビーチの土産物屋に夢中だ。<br /><br />「早くしないと夕日が沈んじゃうよ!」<br />女の子をせかして、手を引っ張りながら砂浜を波打ちぎわまで歩く。<br /><br />歩いているうちに、あっという間に夕日は水平線に沈んでしまった。<br />うーん、これじゃロマンチックじゃない、間抜けなだけだ。<br /><br />そのあと、マリナデルレイのほうへ歩いて道に迷った。<br />であった人に道を聞いて、ひたすら歩いていく。<br /><br />マリナデルレイは行き止まりだからね。<br />ベニスビーチの方へ歩いて戻る。<br /><br />すると、前方に「ハワードジョンソン」というチェーンのホテルが見えた。<br />その向かいには、もっと安そうなモーテルもある。<br /><br />これは神様が、「今晩はここで泊まれ」と魔法で出してくれたのかな?と思う。<br />「ここで泊まって行こうよ。疲れたでしょ」と誘う。<br /><br />ところがこの女の子は、「お腹がすいたー」と言い出した。<br />遠くに派手なネオンを出しているレストラン「RED ONION」に歩いて行く。<br /><br />ぼろぼろのアーミージャケットを着ているので断られるかと思った。<br />が、日本人だと見破られたのか、ちゃんと入れてくれた。<br /><br />ここはメキシカンレストランで、きれいで愛想のいい女の子がウエイトレス。<br />サービスも非常にいい。<br /><br />このレストランはまともだったので、ウェイトレスはもちろんチップで生活しているわけだ(ちゃんとチップは弾みましたよ♪)。<br />フローズンマルガリータを飲むと空きっ腹に急に強い酒が入ったせいか、とたんに酔いが回る。<br /><br />女の子も「酔っ払っちゃった」という。<br />一応礼儀として、口説いたりしてみる。<br /><br />が、僕は基本的にお酒が好きなので、正直どうでもいい。<br />女の子と無理にエッチしたり、酔わせてどうこうしようなどとは、全く考えないからね、僕は。<br /><br />女の子にその気がないならば、とっとと帰りたい。<br />ただロサンジェルスは、かなり広い場所だ。<br /><br />帰るならば、レストランでタクシーを呼んでもらってもいいわけだ。<br />ただ、下手にタクシーを呼ぶと、いくらかかるかわからない。<br /><br />なにしろ、マリナデルレイから、ウエストハリウッドの女の子の宿に寄って、それからダウンタウンへ行くとしたら、大変だ。<br />ロサンジェルスの端から端まで大きく円を描くことになる。<br /><br />僕の感じでは、間違いなく近くのホテルに泊まった方が安いはずだ。<br />1989年だと、ロサンジェルスのホテル代も安かった。<br /><br />例えばはワードジョンソンで60ドル程度と見当をつけていたしね。<br />その向かいのモーテルならば、せいぜい40ドルではないか。<br /><br />だから、変に夜中に動くよりは、ホテルに泊まってしまったほうが気楽だ。<br />エッチをしないにしてもだよ。<br /><br />しかし、女の子は自分のB&Bに戻りたいわけだ。<br />仕方ない、本物の旅行者の安く旅する能力を見せてやる。<br /><br />レストランを出てリンカーンブールバードまで歩く。<br />そこでサンタモニカビッグブルーバスの停留所を見つける。<br /><br />これを捕まえてサンタモニカまで行き、オーシャンアベニューとの角でRTDバス4番に乗り込む。<br />このバスは24時間運転だ。<br /><br />このままバスに乗って行くと、ダウンタウンまで1時間半ぐらいで着くだろう。<br />しかし、今はもう夜11時、バスを降りて、女を送って、またバスを捜せば、3時間はゆうにかかる。<br /><br />そこで、バスが彼女の宿の近くへ来た時に、わかれることにした。<br />「バスを降りたらどこかの店に入って、タクシーを呼んで貰った方がいいよ」と親切なアドバイスをする。<br /><br />僕はそのまま4番バスに乗り続けて、ダウンタウンまで戻った。<br />ヒルストリートの南行きで、一番街で降りればいいところを、ぼんやりしてて、うっかり3番街で降りた。<br /><br />しかし降りた所を少し歩くと、遅くまでやっているリカーショップを見つける。<br />僕の好きなフォスターズの6パックを買った。<br /><br />いやはや、3日も連続で女の子に付き合わされてしまった。<br />でもまあ、そのおかげで、あちこち見物する理由ができたから、いいことにしましょう。<br /><br />http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/carver1989/0121.htm

女の子とハリウッドで会って、UCLA、サンタモニカ、ベニス、マリナデルレイと見て歩きました

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1989/01/21 - 1989/01/21

3966位(同エリア4213件中)

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん

1月19日に、カナダくんとユニバーサルスタジオへ行って、日本の女の子と知り合った。
翌日の20日には、その女の子から連絡があって、ダウンタウンやリトル東京を案内した。

結局2日間も、本も読まずに、日米文化会館の英語教室にも出ずに、町をうろついて終わってしまったよ(涙)。
1月21日は、ちゃんと本でも読んで、夕方にはちゃんと英語教室へも行こう♪と決意する。

朝食をとった後、部屋で、図書館で借りた「ロシアについて・北方の原形」(司馬遼太郎)を読み始める。
すると電話がかかってきた。

また同じ女の子からだ…。
正直断ってもよかったのだが、僕も「中南米旅行に出る前なので結構暇だ」と話をしている。

彼女の話では「UCLAとサンタモニカへ行きたい」という。
サンタモニカへは元庭師さんの車で行ったことがある。

ただ、UCLAへは行ってない。
この1989年は西海岸ブームで、UCLA(カリフォルニア州立大学)は、日本人の憧れだった。

いまは誰もわざわざ行かないだろうが、UCLAは観光スポットの一つでもあったわけだ。
だとすればこれをきっかけに見に行くのも悪いことではない。

ということで、今日も女の子と会うことにした。
UCLAとサンタモニカへ行くとなれば、わざわざダウンタウンへ来てもらっても意味がない。

彼女の宿のあるハリウッドからバスで行ける。
それで、わかりやすくチャイニーズシアターの前で待ち合わせをする。

RTDバスの一番に乗って、ハリウッドへ。
チャイニーズシアターへはホテル加宝から1時間以上かかるので、僕が着いたのは正午過ぎになった。

次に南のサンセットブールバードまで歩き、2番バスに乗った。
2番バスでウェストウッドへ行き、歩いてUCLAへ。

UCLAでは、大学のショップへ行った。
この時期はUCLAが日本からのツアーも寄る観光地だった。

僕たちが行った時も、日本からのツアーがいた。
この時期、大学のショップには日本語の表示も多く、JCBカードも使えたよ。

ここでなぜか僕は、ジーンズ(リーバイス501)を2本買った。
中南米旅行のためにはすでにジーンズを買っている。

ただ、ここでもジーンズが20ドルちょっとだった。
日本でこの時期リーバイスは、だいたい7千円以上していた。

だから、買いすぎたものは、日本へ送ろうと考えていた。
ジーンズだから、古くなったところで、腐ることはないしね。

UCLAは広大な敷地なので、大学の店と入り口の大学警察などの設備を見ただけだ。
でも、アメリカの大学は本格的だなー(涙)、と感動したよ。

僕が通ってたころの京都大学なんて、敷地は狭いし、建物は古かった。
学生は自転車で移動して、ゴムゾウリで歩いてたし、ちっとも知的な雰囲気はなかった。

僕もアメリカの大学に通っていたらよかったと思う。
それなら、どういう道に進んだとしても、もっと本格的な人間になってただろうけどね。

だから、僕は若い人たちは、海外へ出たほうがいいと言うんだ。
日本なんかにいても、世界から取り残されるだけなんだから。

というわけで、僕はUCLAの存在感に、完全に圧倒されてしまった。
ウェストウッドでピザを食べた。

そのあと、320番の急行バスに乗って、サンタモニカへ。
サンタモニカのピアを軽く見て、そこからベニスビーチへビーチを歩いた。

一時間ほど歩いて、ベニスビーチの土産物屋が並んでいるところへ到着する。

ベニスビーチの砂浜の幅は日本では考えられないくらい広い。
このとき、だんだんと日が暮れてきた。

ここで2人並んで夕日を見ると絶対ロマンチックだ。
女の子はベニスビーチの土産物屋に夢中だ。

「早くしないと夕日が沈んじゃうよ!」
女の子をせかして、手を引っ張りながら砂浜を波打ちぎわまで歩く。

歩いているうちに、あっという間に夕日は水平線に沈んでしまった。
うーん、これじゃロマンチックじゃない、間抜けなだけだ。

そのあと、マリナデルレイのほうへ歩いて道に迷った。
であった人に道を聞いて、ひたすら歩いていく。

マリナデルレイは行き止まりだからね。
ベニスビーチの方へ歩いて戻る。

すると、前方に「ハワードジョンソン」というチェーンのホテルが見えた。
その向かいには、もっと安そうなモーテルもある。

これは神様が、「今晩はここで泊まれ」と魔法で出してくれたのかな?と思う。
「ここで泊まって行こうよ。疲れたでしょ」と誘う。

ところがこの女の子は、「お腹がすいたー」と言い出した。
遠くに派手なネオンを出しているレストラン「RED ONION」に歩いて行く。

ぼろぼろのアーミージャケットを着ているので断られるかと思った。
が、日本人だと見破られたのか、ちゃんと入れてくれた。

ここはメキシカンレストランで、きれいで愛想のいい女の子がウエイトレス。
サービスも非常にいい。

このレストランはまともだったので、ウェイトレスはもちろんチップで生活しているわけだ(ちゃんとチップは弾みましたよ♪)。
フローズンマルガリータを飲むと空きっ腹に急に強い酒が入ったせいか、とたんに酔いが回る。

女の子も「酔っ払っちゃった」という。
一応礼儀として、口説いたりしてみる。

が、僕は基本的にお酒が好きなので、正直どうでもいい。
女の子と無理にエッチしたり、酔わせてどうこうしようなどとは、全く考えないからね、僕は。

女の子にその気がないならば、とっとと帰りたい。
ただロサンジェルスは、かなり広い場所だ。

帰るならば、レストランでタクシーを呼んでもらってもいいわけだ。
ただ、下手にタクシーを呼ぶと、いくらかかるかわからない。

なにしろ、マリナデルレイから、ウエストハリウッドの女の子の宿に寄って、それからダウンタウンへ行くとしたら、大変だ。
ロサンジェルスの端から端まで大きく円を描くことになる。

僕の感じでは、間違いなく近くのホテルに泊まった方が安いはずだ。
1989年だと、ロサンジェルスのホテル代も安かった。

例えばはワードジョンソンで60ドル程度と見当をつけていたしね。
その向かいのモーテルならば、せいぜい40ドルではないか。

だから、変に夜中に動くよりは、ホテルに泊まってしまったほうが気楽だ。
エッチをしないにしてもだよ。

しかし、女の子は自分のB&Bに戻りたいわけだ。
仕方ない、本物の旅行者の安く旅する能力を見せてやる。

レストランを出てリンカーンブールバードまで歩く。
そこでサンタモニカビッグブルーバスの停留所を見つける。

これを捕まえてサンタモニカまで行き、オーシャンアベニューとの角でRTDバス4番に乗り込む。
このバスは24時間運転だ。

このままバスに乗って行くと、ダウンタウンまで1時間半ぐらいで着くだろう。
しかし、今はもう夜11時、バスを降りて、女を送って、またバスを捜せば、3時間はゆうにかかる。

そこで、バスが彼女の宿の近くへ来た時に、わかれることにした。
「バスを降りたらどこかの店に入って、タクシーを呼んで貰った方がいいよ」と親切なアドバイスをする。

僕はそのまま4番バスに乗り続けて、ダウンタウンまで戻った。
ヒルストリートの南行きで、一番街で降りればいいところを、ぼんやりしてて、うっかり3番街で降りた。

しかし降りた所を少し歩くと、遅くまでやっているリカーショップを見つける。
僕の好きなフォスターズの6パックを買った。

いやはや、3日も連続で女の子に付き合わされてしまった。
でもまあ、そのおかげで、あちこち見物する理由ができたから、いいことにしましょう。

http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/carver1989/0121.htm

  • サンタモニカのピア

    サンタモニカのピア

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