1989/01/21 - 1989/01/21
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みどりのくつしたさん
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1月19日に、カナダくんとユニバーサルスタジオへ行って、日本の女の子と知り合った。
翌日の20日には、その女の子から連絡があって、ダウンタウンやリトル東京を案内した。
結局2日間も、本も読まずに、日米文化会館の英語教室にも出ずに、町をうろついて終わってしまったよ(涙)。
1月21日は、ちゃんと本でも読んで、夕方にはちゃんと英語教室へも行こう♪と決意する。
朝食をとった後、部屋で、図書館で借りた「ロシアについて・北方の原形」(司馬遼太郎)を読み始める。
すると電話がかかってきた。
また同じ女の子からだ…。
正直断ってもよかったのだが、僕も「中南米旅行に出る前なので結構暇だ」と話をしている。
彼女の話では「UCLAとサンタモニカへ行きたい」という。
サンタモニカへは元庭師さんの車で行ったことがある。
ただ、UCLAへは行ってない。
この1989年は西海岸ブームで、UCLA(カリフォルニア州立大学)は、日本人の憧れだった。
いまは誰もわざわざ行かないだろうが、UCLAは観光スポットの一つでもあったわけだ。
だとすればこれをきっかけに見に行くのも悪いことではない。
ということで、今日も女の子と会うことにした。
UCLAとサンタモニカへ行くとなれば、わざわざダウンタウンへ来てもらっても意味がない。
彼女の宿のあるハリウッドからバスで行ける。
それで、わかりやすくチャイニーズシアターの前で待ち合わせをする。
RTDバスの一番に乗って、ハリウッドへ。
チャイニーズシアターへはホテル加宝から1時間以上かかるので、僕が着いたのは正午過ぎになった。
次に南のサンセットブールバードまで歩き、2番バスに乗った。
2番バスでウェストウッドへ行き、歩いてUCLAへ。
UCLAでは、大学のショップへ行った。
この時期はUCLAが日本からのツアーも寄る観光地だった。
僕たちが行った時も、日本からのツアーがいた。
この時期、大学のショップには日本語の表示も多く、JCBカードも使えたよ。
ここでなぜか僕は、ジーンズ(リーバイス501)を2本買った。
中南米旅行のためにはすでにジーンズを買っている。
ただ、ここでもジーンズが20ドルちょっとだった。
日本でこの時期リーバイスは、だいたい7千円以上していた。
だから、買いすぎたものは、日本へ送ろうと考えていた。
ジーンズだから、古くなったところで、腐ることはないしね。
UCLAは広大な敷地なので、大学の店と入り口の大学警察などの設備を見ただけだ。
でも、アメリカの大学は本格的だなー(涙)、と感動したよ。
僕が通ってたころの京都大学なんて、敷地は狭いし、建物は古かった。
学生は自転車で移動して、ゴムゾウリで歩いてたし、ちっとも知的な雰囲気はなかった。
僕もアメリカの大学に通っていたらよかったと思う。
それなら、どういう道に進んだとしても、もっと本格的な人間になってただろうけどね。
だから、僕は若い人たちは、海外へ出たほうがいいと言うんだ。
日本なんかにいても、世界から取り残されるだけなんだから。
というわけで、僕はUCLAの存在感に、完全に圧倒されてしまった。
ウェストウッドでピザを食べた。
そのあと、320番の急行バスに乗って、サンタモニカへ。
サンタモニカのピアを軽く見て、そこからベニスビーチへビーチを歩いた。
一時間ほど歩いて、ベニスビーチの土産物屋が並んでいるところへ到着する。
ベニスビーチの砂浜の幅は日本では考えられないくらい広い。
このとき、だんだんと日が暮れてきた。
ここで2人並んで夕日を見ると絶対ロマンチックだ。
女の子はベニスビーチの土産物屋に夢中だ。
「早くしないと夕日が沈んじゃうよ!」
女の子をせかして、手を引っ張りながら砂浜を波打ちぎわまで歩く。
歩いているうちに、あっという間に夕日は水平線に沈んでしまった。
うーん、これじゃロマンチックじゃない、間抜けなだけだ。
そのあと、マリナデルレイのほうへ歩いて道に迷った。
であった人に道を聞いて、ひたすら歩いていく。
マリナデルレイは行き止まりだからね。
ベニスビーチの方へ歩いて戻る。
すると、前方に「ハワードジョンソン」というチェーンのホテルが見えた。
その向かいには、もっと安そうなモーテルもある。
これは神様が、「今晩はここで泊まれ」と魔法で出してくれたのかな?と思う。
「ここで泊まって行こうよ。疲れたでしょ」と誘う。
ところがこの女の子は、「お腹がすいたー」と言い出した。
遠くに派手なネオンを出しているレストラン「RED ONION」に歩いて行く。
ぼろぼろのアーミージャケットを着ているので断られるかと思った。
が、日本人だと見破られたのか、ちゃんと入れてくれた。
ここはメキシカンレストランで、きれいで愛想のいい女の子がウエイトレス。
サービスも非常にいい。
このレストランはまともだったので、ウェイトレスはもちろんチップで生活しているわけだ(ちゃんとチップは弾みましたよ♪)。
フローズンマルガリータを飲むと空きっ腹に急に強い酒が入ったせいか、とたんに酔いが回る。
女の子も「酔っ払っちゃった」という。
一応礼儀として、口説いたりしてみる。
が、僕は基本的にお酒が好きなので、正直どうでもいい。
女の子と無理にエッチしたり、酔わせてどうこうしようなどとは、全く考えないからね、僕は。
女の子にその気がないならば、とっとと帰りたい。
ただロサンジェルスは、かなり広い場所だ。
帰るならば、レストランでタクシーを呼んでもらってもいいわけだ。
ただ、下手にタクシーを呼ぶと、いくらかかるかわからない。
なにしろ、マリナデルレイから、ウエストハリウッドの女の子の宿に寄って、それからダウンタウンへ行くとしたら、大変だ。
ロサンジェルスの端から端まで大きく円を描くことになる。
僕の感じでは、間違いなく近くのホテルに泊まった方が安いはずだ。
1989年だと、ロサンジェルスのホテル代も安かった。
例えばはワードジョンソンで60ドル程度と見当をつけていたしね。
その向かいのモーテルならば、せいぜい40ドルではないか。
だから、変に夜中に動くよりは、ホテルに泊まってしまったほうが気楽だ。
エッチをしないにしてもだよ。
しかし、女の子は自分のB&Bに戻りたいわけだ。
仕方ない、本物の旅行者の安く旅する能力を見せてやる。
レストランを出てリンカーンブールバードまで歩く。
そこでサンタモニカビッグブルーバスの停留所を見つける。
これを捕まえてサンタモニカまで行き、オーシャンアベニューとの角でRTDバス4番に乗り込む。
このバスは24時間運転だ。
このままバスに乗って行くと、ダウンタウンまで1時間半ぐらいで着くだろう。
しかし、今はもう夜11時、バスを降りて、女を送って、またバスを捜せば、3時間はゆうにかかる。
そこで、バスが彼女の宿の近くへ来た時に、わかれることにした。
「バスを降りたらどこかの店に入って、タクシーを呼んで貰った方がいいよ」と親切なアドバイスをする。
僕はそのまま4番バスに乗り続けて、ダウンタウンまで戻った。
ヒルストリートの南行きで、一番街で降りればいいところを、ぼんやりしてて、うっかり3番街で降りた。
しかし降りた所を少し歩くと、遅くまでやっているリカーショップを見つける。
僕の好きなフォスターズの6パックを買った。
いやはや、3日も連続で女の子に付き合わされてしまった。
でもまあ、そのおかげで、あちこち見物する理由ができたから、いいことにしましょう。
http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/carver1989/0121.htm
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