2008/05/23 - 2008/05/27
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okuyanさん
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本日は今回のソウル旅行最大のテーマ、「軍事境界線見学ツアー」です。
私め、一度はこの南北分断線を見ておかなくてはいかん!と心に決めておりました!!・・・と、力説しても実は動機が不純といえば不純なんでエラソーなことは言えないんですけどね。(^^)ヾ
半日のツアー終了後に訪れた「西大門刑務所歴史館」も併せて、韓国の歴史の“暗”の部分に触れた一日でした。
三日目:忘れちゃならない緊迫感!編
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- JAL
-
ふわあぁぁぁ〜い・・・むにゃむにゃ・・・
おはようござイムニダ〜。(∋д∈)
あー・・・眠いっす。
ただいま午前6時でござイムニダ〜。 -
地下鉄で昨日と同じく市庁へ参りました。
「祭りのあとの静けさ」とでも申しましょうか、なんだか寂しげですなぁ。(−−;
さて、私めが本日参加するのは「DMZ半日ツアー」でございます。
明洞ロッテホテルに7:30集合とは・・・厳しいのぉ。 -
このあたりは街を歩いているといろいろなモニュメントに出会いますね。
中でも私めが気に入ったのはこのモニュメント。
この形、以前釜山から行った慶州(キョンジュ)にある古代の天文台「チョムソンデ」ですね。それを自動車のヘッドランプをレンガに見立てて作っています。
う〜ん、こりゃ面白いなぁ。(^o^) -
高層ビル群の間に朝日が昇ってきました。
今日もいい天気だねっ。(^ー^)v -
明洞ロッテホテル本館でございます。
ここも立派なホテルですなぁ。。。一度泊まってみたいものでございます。 -
ロビーでございます。すごいなー、ゼータクやなぁ。
(´o`;
ええっと、ピアノの前で集合だったな。
・・・おおおおーっ!?(@□@;
これ!バッハシュタインやん! -
ゴージャスなロッテホテルのロビーに圧倒されつつ、
ツアーへの参加手続きを済ませました。(現地支払い:49000w)
このツアーでは「第三トンネル」と「トラ展望台」などを半日で巡ります。
実は私め、本当は「板門店ツアー」に申し込むつもりだったんですが、残念ながら私めの滞在中は受付中止になってました。
うむむぅ・・・何か政治的なイベントでもあったのかなぁ?(?へ?) -
ガイドさんがツアー中の注意事項などを説明して出発です。
いろいろ私達ツアー客に問いかけられるのですが、そこはそれ、日本人の悪いクセで曖昧な反応しかしないので、ガイドさんちょっぴりキレてました。(^^;
ミアナンミダ〜・・・(−人−; -
バスは漢江(ハンガン)に沿って北上し、オドゥサン統一展望台を通り過ぎて臨津江(イムジンガン)沿いへと出ました。
ここからほんのしばらくだけ川を挟んで北朝鮮の地を眺めることができます。
だからどうってことない景色なんですけどね。(^^;
ただ、延々と張られた鉄条網と200メートル置きに立っている監視塔だけが“それ”を物語っています。 -
臨津閣休憩所でトイレ休憩。
ほんの10分程度しか時間がないので大慌て!(@@; -
ここが韓国の民間人(こういう呼び方は好きじゃないけど・・・)がパスポート無しで来られる最北端の場所。
パスポートがあってもそう簡単に北朝鮮への入出国が認められるわけがありませんから、事実上の北限となるのですなぁ・・・。 -
ここにも監視塔と鉄条網。ここまでは自由に写真撮影が出来ます。
でも、監視塔の兵士がこっちをにらんでるよぉ〜。
(・へ・; -
北朝鮮へと続く鉄橋。
南北融和政策により、北朝鮮の開城(ケソン)へと続く鉄路です。
つい、鉄条網の先の臨津江の向こう岸が北朝鮮なのかと誤解しそうですが、実はまだ韓国の領土。
この鉄条網は「民間人統制線」といって非武装地域(DMZ)の手前に設置された進入禁止区域との境界線です。 -
平和と南北統一を願う鐘。
おなじ民族、家族や友人が政治的対立により分断されてしまった悲しみがひしひしと感じられて来ました。
わずかな休憩後、バスは民間人統制線を越えて「DMZ第三トンネル」へと向かいます。
ここから先は厳しく写真撮影が規制されます。
ゲートでバスは一時止まり、乗客全員が武装した兵士(MP)によりパスポートをチェックされます。 -
無事ゲートを通過して民統線の内側へバスは進んで行きます。しかし、第三トンネルに到着するまでは写真撮影は許されません。
万が一撮影しているところを見つかればとんでもない事になります。日本の自衛隊とはちがいます、軍をナメちゃいけません。
バスの走るきれいに舗装された道の脇の森やブッシュには小さな赤い看板が点々と設置されています。そうなんです、地雷原を示す標識です。
ガイドさんがジョークを言っていました。
「プラスチック製の小さな地雷を踏んだ人はラッキーですよ〜♪手足が無くなる程度で済みますよぉ!」
・・・おいおい、笑えねーって。(−−;
そうして私たちは第三トンネルの入り口へと到着しました。
南北統一を願うモニュメントがありました。
その向こう側にあるのがトンネルへと降りるトロッコの乗り場です。 -
残念ながらトンネル内は撮影禁止でございます。
簡単に様子を解説しますと横幅は2メートル弱、高さは1.6〜1.8メートル。あまり背の高くない私めですら少し腰を曲げないと岩に頭をぶつけるおそれがあります。
掘りっ放しのごつごつしたトンネル内部は湿度が高く、少々息苦しさを感じます。
そんなトンネルをトロッコを降りた場所から260メートル奥にあるコンクリート製の隔壁まで歩いて見学します。というか、頭をぶつけないように歩くのに一生懸命で、軽い中腰で往復500メートル歩くのは結構しんどいです。
ところどころにあるダイナマイトの装填穴や黒く炭を塗りつけられた岩肌を見ることができますが、正直なところ、一度見ておけば十分かな?(^^;
さて次は併設されているDMZの資料館を見学します。 -
第三トンネル付近のDMZをジオラマで紹介していました。
赤く光っている線が「軍事境界線」。事実上の南北国境線です。
中央右寄りの赤い点が第三トンネル。現在位置でございますね。
その付近から左右に伸びる灰色の線が「限界線」。
この灰色の線と赤い線の間が「非武装中立地帯」(DMZ)でございます。
左下の川のそばにある木に囲まれたところが「臨津閣公園」です。川はもちろん臨津江。
臨津江に沿った南側が「民間人統制線」ですね。 -
前の写真の右手の部分のジオラマです。
中央に見える、北朝鮮側に突き出した部分の先の方で光っている赤い点が「板門店」でございます。
行きたかったなぁ。(−へ−)
次の機会にはぜひ行きたいと思います。 -
「限界線」の鉄条網の側を歩哨する韓国軍兵士の様子。
実際の「軍事境界線」はさして大きくもないコンクリートブロックがポツポツと並べてあるだけで、展望台などから視認することはまず無理だというウワサです。
まぁ、当然地雷原のど真ん中なので真相の確認は不可能でしょうね。 -
撤去された地雷が展示されていました。
こんなのがDMZには何百万個と飛行機でばら撒かれたのだとか・・・。 -
現在発見されている第一〜第四南侵トンネルの位置関係とそれぞれの比較表です。
えー、ハングルじゃさっぱり判りません。(苦笑) -
トンネル掘削の様子。
顔が見えないようにそむけているのはなぜ? -
トンネル内で発見された銃器類
私め、AK−58ライフルは好きじゃありませんが、AKB−48は好きです。(アホか。) -
板門店(パンムンジョン)=JSAのジオラマもありました。
「ポプラ事件」以降、北朝鮮管轄区域と韓国管轄区域が厳密に分割されていますが、それ以前は両軍が混在して管理していたのだそうです。
文字通り「共同警備区域」だったわけですなぁ・・・。 -
さて、そろそろ第三トンネルから移動しましょう。
なんだか可愛くない(失礼!)女性軍人のキャラクター人形がお見送りしてくださいます。
できればイ・ヨンエさんの等身大写真パネルとかにして欲しいにょ〜(ーへー; -
次に訪れたのは「都羅展望台(トラチョンマンデ)」。
室内はDMZを一望できる巨大なガラス窓に向かって、劇場のように段差をつけてベンチが設置されています。そこで景色とジオラマを観ながらガイドさん(あるいは軍の広報官)のDMZに関する説明を拝聴いたします。
残念ながら、こちらも撮影禁止。orz...
軍人さんが脇から監視しているので下手なマネはできません。 -
説明会が終わると外にズラッと並んだ望遠鏡で北朝鮮の様子を眺めることが出来ます。(一回500w/90sec)
天気が良ければ巨大な国旗掲揚塔やら金日成立像が見えるそうです。
私めも「どこだ?うーん、これかな?」と探しましたが、よく判らないうちに「カチャン」と目の前真っ暗。(●д●)
なかなかアコギな商売してまんなぁ〜。 -
ここからの眺めを写真に・・・と思いきや、展望台の壁から5メートル以内での撮影は禁止。
床に黄色い線が引かれており、それを踏み越えてカメラを構えると監視している兵士にお叱りを受けます。
皆さん、黄線ぎりぎりに立って必死に手を伸ばして写真を撮っていますが、なんだか望遠鏡の写真を撮ったみたいになってしまいます。
超望遠のレンズでも装備しなきゃ、なんともなりませんな。。。(;へ;) -
展望台の脇にも平和統一を願う鐘楼がありました。
周りに綺麗なボンボリも飾られ、ほんのちょっぴり緊張がほぐれた気持ちがいたしました。
さあさあ、それでは次の場所へと移動しましょうかね。 -
次は「都羅山駅」でございます。
ほとんど観光客ばかりで利用客はあまりいないのに驚くほど瀟洒な駅です。 -
ほむ。金大中元韓国大統領とブッシュアメリカ大統領でございますな。
北朝鮮と分断されていた鉄道路線の連結事業は金大中元大統領が進めた“太陽政策”の一事業です。そのときの記念写真でしょうね。
でも、なんでブッシュなんだろね?本当なら金正日と並ぶべきだと私めは思うのですけど・・・。 -
両大統領のサイン入りコンクリート製枕木が展示されていました。
こちらが金大中(キム・デジュン)大統領のサイン。 -
そして、こちらがジョージ・ブッシュ合衆国大統領のサイン入り枕木でございます。
-
こちらが改札口。
後ろの電光掲示板は「列車出発案内(ヨルチャチュルバランネ)」です。上3列車は臨津江行き、4本目がソウル行きとなっています。
改札機の前ではかわいい憲兵さんが見張っていました。こう見えても厳しい軍人さんですから、話しかけても愛想はまったくありません。(^^; -
その後、臨津閣公園の食堂でプルコギの昼食でございます。
うーん、うまそーだねっ!(^Q^)
でも一人ぼっちの食卓はちょっぴり寂しいなぁ。 -
ほら〜。一人用のお鍋って、やっぱり寂しいでしょ。
火鍋や焼肉食べたいなーって思っても、たった一人前だと注文しづらいんですよねぇ。(TへT)
プルコギのお味はよかったですよぉ♪
サンチュにキムチやナムルと一緒に包んで食べると絶品でした。
サンチュが足りなくなって給仕のお兄さんに追加お願いしちゃいました。
「チョギヨー オッパー、サンチュ ト マーニ ジュセヨー!」 -
おなかも満たされたところで早速「臨津閣(イムジンガッ)」散策いたしましょう。
ハイッ!こちらが臨津閣でございます!\(^ω^;
・・・え?韓国宮殿風建築じゃないの?ってか?
は〜い、そうなんですよぉ。私めも同じこと考えてて、ちょっとガッカリモードに突入しちゃったんです。 -
こちらから近くて遠い故郷に残して来た家族を思い、祈るのでしょうね・・・。(−人−)
-
望拝壇の脇の小道を通って「自由の橋」へやってきました。
あらっ!第三トンネルのところにいらっしゃった美人(?)女兵士さんじゃないっすか。
配置転換になったのかな?(爆) -
橋への入り口にこんなプレートが埋め込まれていました。
『ここまで来るのに50年』・・・重い言葉ですなぁ・・・。 -
自由の橋を50メートルも進むと無情にも鉄条網が・・・。
ここから先は民間人統制区域。入ることは許されません。
韓国国民の南北統一への“願い”が無数に取り付けられていました。 -
政治的対立の見えない壁が、この一面の青い空を無残にも切り分けているとは・・・。
離散家族の皆さんがいつか共に暮らすことができればいいんですがねぇ。政治的問題解決が難しいとしても・・・ね。 -
さて、私たちのバスはソウル市内へと戻って参りました。
いやはや、本当に近いです。戦争の最前線からたったの60キロしか離れていない首都ソウル。
朝鮮戦争は今だ“休戦”状態。つまりは現在もなお戦時下の街なのです。 -
ロッテホテルへ戻るとなにやら物々しい雰囲気。
どこかの国のVIPでも訪韓中なのでしょうか?
あ。・・・もしかして、こいつのせいか?板門店ツアーが予約不可能だったのは!(−−;
ま、しょうがない。次回のお楽しみにしておきましょう。
今回の半日ツアーもそれなりに充実してましたから。
ガイドさんにお礼を言ってお別れしました。
「シンセ マーニ ジョッスムニダ。カムサムニダ〜♪」(^▽^)ノ” -
市庁前広場では今日も何かイベント開催中。
ちらっと見ていましたが、どうやらストリートダンスのコンテストのようですね。
こんな平和な風景がいつまでも続くことを願っています。 -
徳寿宮(トクスグン)の前に人だかりが出来ていたので行ってみると、ちょうど「守門将交代式」の始まるところでした。
-
いやー、壮麗な交代式です。(@▽@)
-
こんなすごいイベントがタダで見れてしまうとは!
太っ腹だな〜♪(^▽^)v -
儀式が終わると守門将といっしょに写真撮影ができます。
お子様たちやお嬢様方がドッと駆け寄っています。 -
そののち、市庁駅から地下鉄を乗り継いで独立門駅へ行きました。
こちらで「西大門刑務所記念館」を見学しました。 -
記念館の全体図です。
いかにも刑務所という感じですにょぉ・・・。(・_・) -
入場料1500wを支払って入場しました。そろそろ3時過ぎなのでちょっと急いで見学しなくちゃ!
まずは歴史展示館を見学。内部は撮影禁止でございます。
なんだか今日は撮影禁止が多いな・・・。 -
・・・はぁぁ〜。(ーдー)
私め最初からかなり精神的に疲れました。
歴史展示館の地下には占領下の韓国で日本(“日帝”と表現されてます。)の機関が行ったとされる、政治犯として拘置された人々への拷問シーンを蝋人形で再現しています。
どこまで事実に忠実かはわかりませんが、事実無根ではないでしょう。
“ひと”としてとても後ろめたい気分になりました。
そんな時代があったことが悲しいだけでなく、「もしそんな時代環境に自分が置かれたら、私めも同じ事をしてしまうのだろうか?」と恐ろしさも感じていました。 -
獄舎の内部。
う〜ん、なんだかコメントしづらい気分です。 -
獄舎の外観。
何組もの韓国人の親子やカップルが見学していました。
「みんなどんな思いで観ているのだろう・・・?」
私めはそればかりが気にかかってしまいます。 -
死刑場の様子を再現した展示もありました。
案内リーフレットを見ると「死刑体験」なんて書いてあります。
冗談じゃないっしょ!\(`◇´;/
やめて欲しいです、そういう悪いイメージを植えつけるような展示は・・・。 -
慰霊碑の前で見学に来た若者が一心不乱に碑文を読んでいました。
どうか、「日本(イルボン)」と「日帝(イルチェ)」を一緒に思わないでください。 -
あああ〜・・・
ついに出ちゃいました。
ズーンと沈んだ私めの気持ちを決定的に突き落としてしまう場所。
その建物は広い敷地のほんの片隅にありました。 -
その建物の入り口の脇に一本のポプラの老木があります。
これが「慟哭のポプラ」と呼ばれている木です。
刑を執行される受刑者が連行される際、このポプラに一時しがみつき、慟哭したと言われています。 -
その建物はこの白い壁に囲われた一角の中に建てられていました。
その姿は質素な板壁のこじんまりとしたものでした。
韓国の史蹟に指定されているそうです。やはり「負の遺産」ということでしょうか。
私めはとてもまじまじと観ていられず、そそくさと囲いの外へ出てきましたが、ちょうどそのとき韓国人のカップルが二組囲いの白壁の中へと入って行きました。
彼らはそこで何を感じるのだろう・・・?(−−; -
出口へと重い足取りを進めていると最後の展示施設、「地下監獄」がありました。
女性収監者を入れていたものだそうです。 -
この、とても人ひとり立っていられない狭い独房でひどい尋問や拷問が行われていたといいます。
実はこの監獄は韓国へと主権が返還される際、犯罪行為の発覚を恐れて破壊、埋設されていたそうです。
この獄舎はそれを再現したものだそうです。 -
出入り口脇の監視塔。
西大門刑務所歴史館(ソデムン ヒョンムソ ヨクサグァン)をあとにするとき、私めは犠牲となった人々が安らかに眠られることを祈らずにはいられませんでした。
こんな“権力の暴走”が二度と起きないことを願います。 -
なんだかぐったりしてしまったので、近くの「独立門(トンニンムン)公園」のベンチでしばらく呆けていました。
奇しくも目の前にあったのは3・1独立運動の記念碑でした。昨日訪れたタプコル公園で撤去されてしまったものをこちらに移設したのだそうです。 -
私めがへたり込んでいたベンチの側のベンチでは地元のおっちゃん達がワイワイと縁台将棋を楽しんでいました。
それを眺めていたらなんだか少し気が楽になってきました。 -
独立館という建物が公園内にあります。
現在、ここには韓国の独立運動において殉死した烈士の位牌を祀っているのだそうです。 -
この立派な石造りの門が「独立門」です。
なんとなく判るようにフランスの凱旋門をモチーフにしているのだそうです。
ただ、この門が記念している“独立”とは日本の占領からの独立ではなく、中国(清)から独立して大韓帝国を建国したことだそうです。 -
地下鉄で「鐘閣(チョンガッ)」へ戻ってきました。
いやー、すごい賑わいですなー。
でも今はこれぐらい賑やかなところにいたほうが気がまぎれます。 -
晩ごはんをどうしようかと考えながら清渓川の方へ歩いていると何やら「ジャンガジャンガ・・・」とうるさい音が。。。
橋の上から覗き込むとおじさん、おばさんのパフォーマンス集団が伝統芸能の踊りを披露していました。
なかなか楽しくてしばらく見入ってしまいました。 -
晩ごはん、何がいいかな?ファーストフードじゃ寂しいし、鍋や焼肉は入りづらいし・・・。と、街をふらふらしていました。
「おおっ!」(@@;
ふと見た店頭のメニューに「Miso〜」の文字が!
韓国で「みそかつ」とな?
うーん!みそかつもメジャーになったのぉ。
こりゃ、みそかつの本場の人間としては食わねばなるまいっ!(TへT)
ということで迷わず注文したのがコレッ!
期待を込めてひとくち「パクッ」
私め、度肝を抜かれました。「味噌カツじゃなーいっ!」(>◇<)ψ
これ、“メンチカツのデミグラスソースがけ”でございます。きっと日本の人気メニューを本か何かで知って形だけマネしちゃったんでしょうねぇ。。。
まぁ、味は悪くなかったので完食させていただきました。 -
食事も済んで、この街のシンボル「普信閣(ポシンガッ)」へ。
まだ明るかったのでイマイチでしたがそろそろライトアップが始まっていました。 -
さて、腹ごなしも兼ねて清渓川(チョンゲチョン)の夜景散策をしながらホテルへ戻りましょう。
-
鐘路付近から東大門まで東に向かってのんびり歩いてみましょう。
-
きれいですね〜♪
それにしてもカップル率高くて、私めちょっと悔しいです。 -
ふぅ・・・結構遠いな。
足が痛くなってきたぞ・・・。 -
ハァハァ。。。
キ、キツイっす。(−д−; -
一時間以上歩いて東大門付近にたどり着きました。
あう〜、もう二度とやんねー! -
ライトアップされた東大門がきれいです。
私めは疲れた足を休めながらしばらく見入ってしまいました。 -
窓口のアガシから切符を受け取り、一目散にホテルへ戻りました。
ホテルまでの道のりが長かったなぁ・・・。
部屋に戻ってベッドに倒れこんだときの幸福感はもう、天国のようでした♪
それでは皆様おやすみなさい・・・(ーー)zzz
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この旅行記へのコメント (2)
-
- きっちーさん 2008/07/09 12:48:01
- okuyanさん、こんにちは!
- 昼休みにマイページをのぞいたら、いっぱい投票して頂いて、ありがとうございました。
すっごい、うれしいです!
私も、ちょくちょくおじゃましているのですが、行った先がかぶってたりすると、なんだかもう一回行けたみたいで得した気分に(笑)。
韓国は友達がいるので、わりと身近ですが、軍事境界線は行ったことが無いので、
「へええ〜。こうなってるんだー」
と、興味深くみせて頂きました。
『ここまで来るのに50年』
って、すごい言葉ですね。
ドイツの壁が崩れたように、いずれ往来できるようになったらいいと思います。
西大門刑務所歴史館も行きましたが、あれは凹みますね。
凹むけど、やられた側はへこむとかそういう問題じゃないから、やっぱり行って良かったなーと、思いました。
韓国はお年寄りが公園とかでよくお散歩していて、韓国の友人と日本語で話していると(私はハングルできないので)、皇民化教育世代のお年寄りが日本語で話し掛けてくれたりして、チョット複雑な気持ちになったことがあります。
ああして、身体的に残っている植民地の記憶も、あの世代の方たちが亡くなったら、少しづつ薄れていくのかもしれません。
朝鮮半島は、身近で親しみのある地域です。
また行ってみたいなーと思いました。
また来ます!
ありがとうございました。
- okuyanさん からの返信 2008/07/10 03:51:49
- おいでませ〜♪(^▽^)/
- きっちーさん、いらっしゃ〜い!
いや〜、きっちーさんの旅行記をぼちぼちと読ませていただいていますが、
率直に「すごいっす!」
女性の一人旅でこんな『体当たり旅行』をしてしまうなんて私めは本当に尊敬してしまいます。
訪問した先々でいろんな人達と交流できるのは、きっちーさんの人柄によるものだと思います。
中国の世界遺産には私めも多大な興味を抱いておりますので、少しづつでもきっちーさんの足跡をたどって行きたいなと考えております。
まだまだ読みきれていない旅行記もこれからゆっくりと楽しませていただきますね。(^ー^)
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