2008/04/09 - 2008/04/09
3549位(同エリア5126件中)
4nobuさん
- 4nobuさんTOP
- 旅行記344冊
- クチコミ10件
- Q&A回答89件
- 799,601アクセス
- フォロワー38人
まえがき
かみさんが前から金沢に行きたいと言っていた。北陸といえば雪を連想しそれでは兼六園の雪吊りの松や琴柱灯篭の情緒ある冬景色の時期の観光を考えたが、やはり暖かい春それも桜の満開の時機がよかろうと計画した。
満開の時期にあわせるのには苦労した。今年は早い開花かと、例年より1週早く宿の予約をしたが今年の開花はそれよりも更に早くなりそうだった。しかしどうしてか北陸の開花情報は蕾から全然進まずやきもきする。その後の気温の低下が幸いして予約した宿泊日と桜の満開が一致して大満足の旅が実現した。
旅程は
4/9上越新幹線と特急はくたかで金沢へ。城址、兼六園と市の北東部を観光し 駅前のホテルに宿泊
4/10 市の東部と西部を観光後山中温泉に移動し宿泊
4/12 福井に移動し永平寺と一乗谷朝倉氏遺跡の観光後に米原廻りで帰宅。
第一日 前半
懐かしい剣岳など立山連峰の北面を眺めながら金沢に向かう。
金沢駅前のホテルに荷物を預け、周遊バス回数券を購入したすぐに兼六園に向かう。
兼六園下で下車し兼六園白門まで坂を上ると石川橋の向うにある金沢城址公園の桜がみごとで皆さんの流れはそちらに向かう。
前に兼六園に来た時(S31年)にはこの城址公園はまだ金沢大学で魅力が乏しく割愛し兼六園と成巽閣だけを見て金沢を発ったのを思い出しまず城址公園に向かう。
金沢は肩を張らない、庶民にやさしい観光が成功していると感じた。巡回バス、ボランティアガイドなど他の有名観光地に比べて同じような活動でもこちらがメンバーも亦利用する人もよほど気楽そうだし利用者も多そうだ。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 新幹線 JR特急
-
城下町金沢周遊バスという、駅を基点に市街中心部を一周するレトロスタイルのバスで兼六園下で降りる。兼六園石川門へと坂道を上がると左が兼六園への入口石川門、この石川橋を右へ渡ると金沢城址公園。
金沢城は、戦前金沢師団が戦後は金沢大学があったが返還されて今は公園として整備が進められている。橋から下の百間濠通りを見るとその両側は桜の満開。 -
城址公園の案内図。拡大してご覧を。
-
石川橋の兼六園側たもとから見た桜いっぱいの金沢城の石垣
-
同じく橋からの石垣と満開の桜
-
石川門。本当は正門ではないのだが今では公園を訪れる主門となっている。
横の櫓は多門造りの石川門の一部になる櫓。各階の高さは人の高さに相応したのに対して横幅は櫓の大きさに対応するから致し方ないが、姫路城などの大型城の櫓に対してバランスが悪いのっぽ型と感じる。これは後に出てくる菱櫓や橋爪門続櫓でも同じ印象。 -
石川門は枡形の多門造りで、右の最初の門(高麗門)をくぐってから左のもっと立派な門(櫓門)をくぐる。
-
天守閣が焼失した後で城内で最大の3層建物の菱櫓。
地形に合わせて直角でなく出来上がった石垣に合わせて菱形の形になったそうな。
手前の三の丸広場で憩う家族連れ -
石川門と桜
-
見事な桜
-
百間堀に面したなめこ塀にある変わった形の詰所?。京都の寺によくある高貴な客人のための玄関のような雰囲気だが外側に道がない。
-
2層の多聞櫓(塀の様に続いた櫓、ここでは五十間長屋という)の先に橋爪門と橋爪門続櫓が続く、長屋の手前に内堀がある。
-
石川門から入って左方向の本丸へ行く途中にある鶴の丸塀と内堀から橋爪門と続櫓方向を見る。正面の石垣上の2層の長屋が五十間長屋。
-
二の丸から本丸への極楽橋。この空掘はかっては水が張られていたのかは不明。
-
二の丸広場から下を見ると身障者のグループが介添え者と共に花見を楽しんでいた。
-
花見散策の車椅子
-
二の丸北側の内濠に沿った桜並木。
-
石川橋を戻って兼六園に入る直前の右手には土産物屋の通り茶店通り(江戸町通りとも)があり賑わっている。
-
兼六園の北側入口,桂坂口。
国の特別名勝でいまさら説明は不要なのだが・・。
5代藩主綱紀が起源で13代藩主斎泰の時代に本格的に工事して完成した庭園で水路と松・桜の調和が素晴らしい。 -
庭内にある一番大きな池、霞が池のことじ灯篭。池にはみ出して見える枝は有名な唐崎松の枝。
ことじ灯篭の二本の足はかっては同じ長さだったのが維新後の荒廃期に何者かによって折られたのだそうな。それが皮肉にもかえって風情があると喜ばれ破調の美といわれ、兼六園のシンボルともなった。 -
霞ヶ池に架かる名物唐崎松。近江唐崎から種を取り寄せた。
-
霞ヶ池畔のことじ灯篭と内橋亭。
-
内橋亭。藩政時代は今の茶屋店通りにあったが堅田の浮身堂になぞらえて霞ヶ池に移築された。
-
唐崎松の右に蓬莱島。霞ヶ池を海に見て不老長寿の神仙島をなぞらえた島で亀に似て亀甲島ともいう。
-
桜を下にした眺望台からの白山につながる医王山の山並み。内灘砂丘、日本海も眺められるそうだ。
ほかの大名庭園は必須の水を得るために谷筋、川際となり眺望はいまひとつだがここは違い、子立野台地にありすばらしい眺望とともに今も豊富な曲水の流れを見せてくれるのに感嘆する。だって今はどの有名公園も豊富な水量を確保できず水がよどんで汚れているので。 -
展望台から満開の桜を愛でる。
-
雁行橋。雁が並んで飛ぶ様から名づけられる。個々の石の形は亀甲に似ているので亀甲橋ともいわれる。
-
雁行橋の上流の曲水。この付近は190mに及ぶかきつばたの群生がすばらしいそうだ。
その向こうに成巽閣の建物が見える。 -
かきつばたの間の清い水面を遊ぶ鴨.
この豊富で上等な水は犀川の水を辰巳村で取り入れ8.5kmを導いたもので、寛永の大火の経験で浄水と消火用水の必要を痛感して造られた辰巳用水という。なおこの用水はさらに逆サイフォンで金沢城まで引かれた。 -
成巽閣軒下。こんなところでも豊富な流れ。
-
成巽閣の謁見の間(公式な対面所)。12代藩主斉広が36歳で隠居してからいまの兼六園の地に建てた第二の政庁というべき竹沢御殿を、13代藩主が取り壊し兼六公園を造園するとともにその片隅に母の隠居所として建て他のヶこの成巽閣で巽御殿とも言われる。
江戸末期大名屋敷として代表的な建築で重要文化財指定。 -
成巽閣には書画・人形など江戸時代上流階級の生活小物の展示が面白い。これは雛人形
-
つくしの縁庭園に面する廊下は21mの長さにかかわらず眺望のために柱がない。
-
二階から見下ろすと柿(こけら)葺きのきれいな屋根が見えて思わずシャッターを切る。
オリジナルはさわら材の柿葺きで、明治に桟瓦に、さらに昭和に銅板に葺き替えられた。昭和59年に創建時の柿葺きに戻る。 -
これも別のこけら葺き屋根
-
一階の御殿風に対して二階は数奇屋風で白木の多い落ち着いた風情。二階廊下の手すりも細かい優美な細工が見られる。
-
階段横の手すりも凝っている。ほかにぎゃまん入りの雪見障子、タイル入りの壁など当時としてはすごく贅沢なデザインが見られた。
-
長谷池そばにある時雨亭。5代綱紀によって噴水近くに建立された8,10畳室と小さな茶室で成り蓮池御殿とか蓮池御亭とよばれた。 現在のは平成12年に図面により再現した。
-
時雨亭の居間。ここで抹茶が供されるがパスする。
-
霞ヶ池から瓢池に落ちる翠滝。
-
翠滝そばの椿の落弁
-
瓢池に中ノ島。この一帯が兼六園の発祥の地。ここには翠滝を愛でるための夕顔亭があるが訪れず。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- とらいもんさん 2008/05/19 21:28:05
- 兼六園
- 1980年代まで、三回訪れました!
当時と随分と変わったことと思います。
場内は、入ったことはありませんでした。
アリガトウゴザイマシタ
- 4nobuさん からの返信 2008/05/19 22:07:30
- RE: 兼六園
- トライモンさん こんばんは
いつも一番に訪問くださりありがとうございます。
20歳代に慌しく訪れたのですが、やっと再訪できました。この記事を書いててまだまだ行かなかったところがあることがわかりもう一度行きたくなっています。
サン・モリッツでお会いできればよかったのですが、既に貴君の旅程が決まってた後なので残念ながら断念しました。悪しからず。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
41