2008/04/13 - 2008/04/13
274位(同エリア330件中)
ひま人さん
飯田は県南部(南信州)中央に位置し、伊那谷の中心都市として開かれた。都市的起源は桃山時代京極氏が飯田城下を形成した。市街地は京都にならい碁盤目状に区画され、風雅なまちなみを作っていた。昭和22年4月の大火で大半を失い、今は新しい都市に生まれ変わったが、自然の景観に恵まれ、史跡も多く、さらに芸術、文化の町として知られ見所の多い所です。
城は天竜川の支流松川と谷川に挟まれ段丘上の突端にある平山城であった。建武年間(1213〜19年)鎌倉幕府から地頭に任ぜられた坂西(ばんざい)長由の築城でその後、武田氏の支配、織田、徳川、豊臣、幕府管理を経て、堀氏(外様大名2万石)が12代続いた。城郭は東に三の丸、二の丸、本丸、出丸が一列に並ぶ平山城。城主はたびたび変わっているが、その顔ぶれはそうそうたるもので、城の規模も立派なものであったに違いない。が22年の大火で城も含め殆ど焼失、今日、城を偲ぶ手がかりはない。
写真は城の石積み、現在は民家が建っている。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
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飯田城赤門、正式名は「桜丸御門」、門全体がベンガラで塗られているので赤門の通称。宝暦4年(1754年)堀氏の時代に造られた。
入母屋造り、瓦葺、鬼瓦には堀氏の家紋「向梅」が使われている。 -
八間門、二の丸入り口にあった。門は明治4年廃城にあたり、市内松尾久井の木下家に移築され現存する。切妻造り、瓦葺、櫓門西側に門長屋がある。
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二の丸跡、復元したもの。
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本丸跡に建つ長姫神社。この周りには、日夏記念館、柳田國男記念館、観耕亭碑等が見れる。
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旧小笠原家書院、江戸時代、旗本伊豆木小笠原氏の陣屋。城郭を思わせる建物であったが、明治になってすべて取り除かれ、現在は玄関と書院だけ残るのみになっている。
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専照寺、枝垂れ桜。飯田城址の付近には桜の名勝が多い。満開が過ぎ散りかけていたが見事であった。
樹齢推定400年。 -
正永寺、枝垂れ桜。樹齢推定450年。
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正永寺の近くの「黄梅院」の枝垂れ桜、樹齢推定400年。
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