1985/01 - 1985/01
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みどりのくつしたさん
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僕はネパールのポカラからインドのバーラナシー(ベナレス)へと、バスを乗り継いで国境を越えた。
そのあと、鉄道とバスを乗り継いで、「乱交セックスレリーフ」で有名なカジュラホ。
カジュラホからは、オーストラリア人の若者2人と助け合ってバスでアグラへと到着する。
アグラといえば、誰がなんと言ってもみるものは一つ「タージマハル」だよね。
しかし僕はまず、「アグラフォート」へ向かった。
アグラフォートでは観光客を入り口でまとめて、グループにしてガイドがついて説明をしていた。
インドは本当に英語の勉強には最適のところで、誰でも物乞いの人でも英語を話す。
すべての案内は英語で表示してある。
そこで僕は「Collins Gem English Dictionary」をいつもポケットに入れて、わからない単語があればすぐに調べるようにしていた。
アグラフォートでは「booty(戦利品)」「turret(要塞上の小塔)」という言葉がわからなくて調べていた。
すると、「なにがわからないんだい?」と声をかけてきたイギリス人と親しくなった。
それで、彼に頼んで自分の写真を取ってもらった。
アグラフォートからタージマハルへ歩いていったが、リキシャーマンに声をかけられる。
適当に返事をしたのがまずかった。
一度くっついたらリキシャーマンはゼッタイに離れない。
「東京の佐藤さんを知ってるか?」などと聞く。
知ってるはずはないが、このころは僕はまだ旅行初心者だったので、ついうっかりと返事をしてしまう。
彼はオキマリのノートを取り出して僕に見せる。
そこには日本人旅行者が書いたらしい「このリキシャーマンは親切です」「彼がいて助かりました」などの推薦文がたくさんある。
結局、アグラフォートからタージマハルまで僕が歩いている横に、このリキシャーマンは着いてきてしまった。
「タージマハルに入ればこっちのもの、これでリキシャーマンとは縁が切れた」と思うようでは、君はインドの恐ろしさを知らないよ。
けっこうな時間を使ってタージマハルを見て、またホテルまでノンビリ歩いて帰ろうと外へ出る。
と、なんとあのリキシャーマンが待っていて、僕に声をかけてきた。
ここまでやられたら、普通の日本人はリキシャに乗ってしまう。
乗らないような日本人は鬼だよ。
だって、(このときの言い値が)ホテルまで2ルピーだというんだから。
で、僕もリキシャに乗ったのだが、ゼッタイに目的地には行かないんだ。
彼は僕を強引に土産物屋へ運ぼうとする。
リキシャに乗ったまま、勝手に土産物屋へ行こうとするリキシャーマンに、僕は言う。
アグラの地図をチェックしながら、「方向が違う!」「僕はホテルへ戻りたいんだ!」と声をかける。
が、どうしたって土産物屋へ向かってしまうんだよなー、ワトソン君(涙)。
結局、途中で降りて歩いて帰ることになった。
まあ、こういうリキシャーマンは土産物屋へ観光客を連れて行くだけでお金がもらえるらしい。
その上に連れて行った客が何か買ったらそのマージンももらえるようになっているんだよね。
精神的に弱い人は、インドでのこういう交渉に疲れ果ててしまうんだよね。
でもとにかく、誰でも声をかけてくるので、慣れてくると、それはそれでインド旅行の楽しみなんだろうけどね。
【旅行哲学】インドは本当に一人でいられないね。
注意:
僕がアグラへ行ったのは、1980年代の前半です。
思えばこのころは、まだまだのんびりしてたものでした。
今では、アグラはさらにひどくなり、有名な「アグラ日本女性監禁強姦事件」まで起きてます。
また慶応大生の篠崎耕太くんが行方不明になったのも、アグラです。
十二分に注意した方がいいでしょう。
タージマハルの入場料も高いですし、その割りに、タージマハルはたいしたものじゃありません。
http://www.midokutsu.com/asia/agra.htm
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