2007/12/19 - 2007/12/19
189位(同エリア226件中)
Kazさん
タイやベトナムと聞くと誰しもがピンとくると思う。でもラオスと聞いたら、それ国なの?という質問が返ってくるくらい日本人にとって地味な国。でもそうゆう人が目に付けてないようなとこに何かが眠っているものだ。ラオス出身の友人ケアーは以前俺に言った、「発展してなくて、貧しい国。おしゃれな店も遊ぶ場所もない。もしラオスの人が海外に一度出ちゃうとたいていの人達は二度と祖国に帰りたくないと言うわね。でも私は違う、この国に何か特別なものを感じるの。」彼女がいうラオスの魅力、その何か特別な物をこの目で確かめ、体で感じたい。いろいろな人に会い、新しい発見がある、もしかしたらそれが結果的に自分を成長させる糧になるかもしれない。そう思うとワクワクしてきて行くしかないなって!!
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- チャイナエアライン
-
− 「サバイディー」 −
ラオス語でこんにちはというこの言葉とともにラオス第二の都市パクセーの旅は始まった。
パクセーに着いて最初に行ったのは
ケアーのお母さんの経営する店だった。
さっそくケアーのお母さんと対面。
えっ、
すごく若くみえる方で、
日本じゃ、「お若いですね〜」と声をかけるシチュエーションだが、
なんとラオ語で言っていいのかわからん、
ということでケアーにそれを伝えたら、
そう言うと思ってただってよ。
てことはラオス人もお世辞を日本人みたく言うのか?
まあケアーのお母さんほんまにきれいだけどね!!!
しょっぱなから目が飛び出るような光景を目にしてうろたえてしまう俺。
というのも、ケアーのお母さんの店の大きさが半端なく大きいからだ。
Tang Chareon Co.,Ltd
という店でスーパーマーケット、家具、ホームセンターと三件連なっている。
しかも品揃えも店の規模も日本の大手チェーン店と比べても遜色ない。
てっきり商店街にあるような小さな店を営んでるのかなと思ってたけどとんでもない、
ケアーの母おそるべし!
P.S.
パクセー滞在中に物資の調達をと考えてるならばこの店はおすすめ、たいていのものどころか旅中に必要な物はすべて手に入るんじゃないかな。 -
− Worldly −
ケアーのお母さんと初対面した時、すでに店の従業員のみなさんは店を閉める準備に取り掛かってた。
従業員のみなさんはすごく人なつっこい人たちばかりで、
外国人の俺ををよそ者扱いせず、
俺と目が合うと、
「サバイディー(こんにちは)」と笑顔で声をかけてきてくれる。
ほかの言葉は何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、
俺に向けられるまなざしが暖かいことがうれしかった。
日本は島国でみんな結構外国人と接するということになれてないけど、
ラオスは五つもの国と国境を接してるから外国人と接するというのは極々日常なんだろうな。
日本人よりもよっぽどオープンで外国人に対してフレンドリーだ、
俺も彼らを見習わないと。 -
− ノスタルジック −
ケアーの母親の店を閉めた後、俺はケアーの弟を迎えに中学校に行くことに。
メコン河沿いの道を通っていくが車はほとんど走っていなくて、
たいがいすれ違うのはカブ。
そして人気は少なく、
数件ある飲み屋や屋台を除いてたいした明かりもなく、
メコン河の反対の岸に目をやると辺り一面真っ暗だ。
どっからどうみてもパクセーの第一印象は田舎そのものでしかなく、ケアーに
「ラオスは日本の100年前の姿だな。」
って思わず言ってしまう。
「ははは、じゃあ私達が生きてる間には日本みたいに 発展したラオスみれないね。」
とすかずケアー。
正直ラオスでも携帯電話が普及しているくらいだから100年というのは大げさに言い過ぎだけど、
昔まだ日本が発展していなかった時代、時間の流れが今みたいに早くなかったころの懐かしさが
自分の心に満ち溢れていた。
すでに経済的に発展して世界一の経済大国になるんじゃないかというくらい日本に勢いのあった時代に生まれた俺は正直、
発展する前の暮らしぶりを経験しているわけではない。
でもね、
なぜか心の中ではそれを昔から知っていたんじゃないかというぐらい
ラオスの町並み、そこでの人々の生活ぶり、そしてゆるやかに流れる時間にノスタルジーを感じずにはいられなかった。
何かタイムスリップしてほかの時代に来たみたい。
だからケーアは心配してたんだね、あまりの未開ぶりにもしそうゆうのを見て俺がラオスに失望するんじゃないかって、
大丈夫その心配はなさそうだ。 -
−Downtown in Pakse−
今回の滞在ホテルはケアーの家のすぐ近所。
サンアルンというホテルでで彼女のおじさんが経営しているらしく、
あらかじめ予約しておいてもらったのですんなり宿にありつく。
チェックインをすませケアーの家へ向かう途中ふと思う、
そういえばここがメインストリートなはずなのに俺がイメージする繁華街のイメージからかけはなれているなって。
高いビルはないし人もちらほら、交通量も少ない。
派手なネオンなんてもってのほかで、
これでラオスで二番目?というのどかさだ、
正直日本じゃ市じゃなく郡だろうこの町は!?っていう規模!!!!だね。 -
−Dinnar at Kers’ House−
ケアーの家は三階建ての大きな家だった。
入ってすぐにケアーのおじさんの貿易会社のオフィスがある。
そして奥に台所と食事用のテーブルがあり
そこで夕食をごちそうになることに。
ケアーのおばあちゃん、おかあさん、アニー、ケアー、弟、そして女中の方二人(それぞれ料理担当と家事担当でケアーの家に住み込んでいる)でテーブルを囲む。
ありゃ親父さんは?
アニーいわく今日は仕事関係の人と飲みにでてるとのこと。
ラオスでも日本のビジネスマン見たく仕事後飲みにくりだすのか?真相はいまだなぞである。
ケアーのお母さんが「遠慮しないでどんどん食べて!」 といってくれるもんだから本当に腹いっぱいになるまで遠慮なく食べようとする.........
とそこで間一髪アニー、
「この後なんだけど私の友達呼んで焼肉にいくことにしてるから。」
っておーいすでに腹がふくらんできちゃったじゃん、もうちょっと早く教えてよ〜!(汗) -
−Anny’s Friends−
ケアーの家でゆっくりする間もなく
アニーの友達が焼肉屋に行くために迎えに来た。
しかもトヨタの最新型ピックアップトラックで!!
後から知ったことだけど彼は若くしてコンピュータービジネスで成功をおさめているらしく、
町の中でも知る人ぞ知る金持らしい。
どうりでこんないい車ころがせるわけだ。
ラオスみたいな発展途上国でもコンピューターの仕事ってのは儲かるんだね〜。
アニーの友達が「ハロー」と声をかけてきてすかさず握手。
おっ、英語が喋れるんだろうか?
「ハロー、俺はKAZ、よろしくね。あなたの名前は 何ですか?」
「僕の名前はイェン、よろしく。今日は楽しもう!」
彼の英語は流暢そのものだったから内心よっしゃ!とガッツポーズ。やっぱ言葉が通じることに越したことはないわ。
続いてもう二人、
アニーの友達がイェンと違う車でアニーの家に到着。
ユアンともう一人の名前は忘れた。
彼の名を聞いて10分後にはすっかり忘れてしまっていた......どうもラオスの人の名前は覚えにくいんだよな〜!!
三人全員流暢な英語を話すもんだからどこで習ったのか聞いてみると中学と高校で学んだとのこと。
たいしたもんだ、
日本でも高校まで英語みんな勉強するけどあんま喋れないのが普通だもんね。
今、日本の学校教育でも実践的な英語、
つまり英会話に力をいれようっていわれてるけど
まだまだラオス人を見てたら物足りないなって思う。 -
− トラックの荷台に乗るのは合法? −
ハワイと一緒でトラックの荷台に乗り込むのは合法らしく、
ケアーと俺は荷台へ、
他のメンバーは車の中に乗り込み、
焼肉屋に向けていざ出発!
夜のパクセーをひた走る。
街灯が少なく、
あるのは小さな店と民家のかすかな明かりのみ。
街中だというのに、
すれ違うのはわずかな車とバイクだけで
信号がないもんだから
ノンストップ状態!!
そんなトラックの荷台で心地よい風にふかれながら
ケアーとハワイについておしゃべり。
15年以上前、まだ保育所に通ってたころの事、
ハワイのカウアイ島に親戚を尋ねた時おばさんのトラックの荷台でいとこ達と過ごしたあの日々、懐かしい過去を思い出しながら。
パクセーに着いてまだ3時間弱、
何かを思い出し懐かしんでばかりだな。
一体全体どうしっちゃったんだろう俺、
すでにラオスマジックにかかってしまったのか?
それとも長く海外で生活してて色々な物を吸収してきたけど、
その分いろいろな物を失ってきたからなのか?
自分自身でもそれはわからない。 -
− シャイガール −
焼肉屋に行く途中ケアーの親友を拾う。
あら、どこかであったような.....
そうだ!ケアーのお母さんの店で働いてた子だ。
さっそく話しかけてみる。
「サバイディー、名前は?」
「ヨーヨー.....」
この後気付いたら俺が質問攻めでそれに質問の答えがたどたどしい英語で一言返ってくるという図式ができあがっていた。
英語をちょっとしかしゃべれないというのもあるんだろうが
やたらモジモジしている。
そんな俺達のやり取りを見て、
ケアーがここで俺にささやく。
「彼女はシャイだから。Kaz質問しすぎ〜、緊張してるじゃない!!」
そうかい、そりゃこまった。俺は人の緊張をほぐすの得意じゃねえしな〜!
そういや前ケアーが話してたな、
ラオスの女の子は恋愛に関して相当奥手であると。
ということはシャイな子が多いのかな?
あ〜なんて初初しいんだ、
俺も高校の時初めて留学した時とか
全然英語なんてしゃべれなくてかわいい女の子に話しかけられたらすごい緊張してたけど
その時のおれもこんな感じだったんだろうな〜。
環境が人を変えるってのはあながちウソじゃないかもね。
だからね、
もっともっと今まで自分が知らなかった世界に触れたいんだ! -
− 酒とラオス人 −
着いたのは、
看板だけやたらはでな
古めかしい
シンプルな造りの店。
夕食時ということもあってかなり繁盛している。
主たる客層は若者か、
年配層のグループといったところ。
家族連れを見ないところからして飲みが目的で来るとこなんだろうか焼肉屋は?
ラオスじゃあんまり外食しないみたいだし、
なによりもケアーが
「飲むことしか夜の娯楽がないんだよ、ラオスじゃ。 だからまだ未成年のうちから酒を飲み始めて成人に なるころには酒豪になってるよね」
と言ってたからな。(あんまり飲めないラオス人も中にはいるけどね)
たしかにここの店の客でも未成年だろう?
という子達がビールをがぶがぶ飲んでいる。
ビールをオーダーするときアメリカみたいにIDの提出なんてしないみたいでごくごく日常の光景らしい。
本当かいな?
まあ、特に社会問題にもなってないみたいだし、
高校生ぐらい(もっと若い子も運転していたかも)の子がカブを運転してるからな〜、
公道で.....
ほんとこの国は適当〜な空気が蔓延しているな、
あまりにやる気のなさにトホホ笑いがとまらいよ。 -
− ラオス流ビールの飲み方 −
着いてしばらくすると、ビンビールと山盛りの氷が入いったカンカンが運ばれてきた。
イェンが氷をコップにガンガン入れ始める。
「えっ、ビールに氷を入れて飲むの?」
「そうだけど、日本じゃ入れないの?」
「入れないね、日本だけじゃなくアメリカでもいれな いよ」
「そうなのか!? ラオスじゃビールをアイスでガン ガン冷やすのが普通なんだけどな」
今までどこにいってもビールに氷を入れて飲むなんて経験したこともなかった。
それだから冷やされた状態でビールが出てくるのが当たり前という認識が自分の中であった。
でもすんなりとラオス流を受け入れられた、
何かこういうちょっとした日本との違いを経験できるのが楽しくてたまらないから。
たかがビールされどビール、その土地ごとにスタイルがあっておもしろいな〜。
どうやらラオスじゃビールを冷やす冷蔵庫がない店が多いらしく、
ビールは氷を入れて冷やすというスタイルがごくごく普通らしい。 -
− ラオス風焼肉、シンダーッ −
以前ハワイで行った韓国料理屋でもこのタイプの鍋を使った焼肉を食べたことがあるけど、関連性はあるのかないのか不明。
真ん中の山になってる部分で肉を焼いて周りのへこんだ部分で野菜やヌードルを煮る。ぶっちゃけタレもヌードルスープも韓国の物とは別物。辛くないしスープはあっさりしてて食べやすい。 -
− ビアーラオ −
みなが片手にビールをもってスタンバイ、
「日本じゃ飲むって何ていうの?」とイェン、
「乾杯!」と教える。
すると全員がまねして「イェー乾杯!!」
席の真ん中で7人のグラスが交わされる。
外国に出てうれしい時....やっぱりこういうふうにちょっとでも日本に興味を持ってくれるときかな。
あらためて言葉は違がえど酒は人と人をつなげるなぁと実感。
なんでかしらないけどラオ語じゃなく日本語で乾杯することになったんで、
今度は俺が「ラオス語で乾杯は何というの?」
と聞いてみる。
アニーが「ニョだよ!」って教えてくれて
俺も真似てみる、「ニョ〜!!」
もう一度みんなで乾杯、
あおられた俺は勢いでごくごく一気飲み。
見る見るうちに俺の顔は真っ赤になっていった。
このビール(ビアーラオ)すきっりしたのどごしで飲みやすい!!
ラオスの蒸し暑い気候にぴったり、やみつきになりそう、マジ!! -
- Whatever wanna learn something from U-
やわらかくてシコシコした肉とタレが絶妙な焼肉、
あっさりとしたスープが病みつきになりそうなヌードル、
ダシもしっかり利いてて新鮮な野菜いっぱいの鍋、
どれもおいしく大満足!!
おいしい地ビールと食べ物にかこまれ同年代のラオスの若者とわいわいおしゃべり、
なんて幸せな事なんだろう、本当にありがとう。
時間がたつのなんてすっかり忘れちゃってね。
彼らと話すことでラオスの同年代の人が
どんなことに興味や関心があって、
どのようなことを考えているのかということに、
ふれることができた、知れたというのは自分の中ですごく大きい。
何を得たのって?
話し始めたら長くなるからここじゃ触れないけど
何より実際現地に行かなきゃ学べないことも多かったかな。
何時ごろだったんだろうか、
お開きになってお金を出そうとするとケアーが
「いいよ、いいよKazは払わなくて」の一点張り。
みんなも、
「Kazはお客さんなんだからいいんだよ」
ってひきとってくれない。
なんて気のいい連中なんだ。
この恩はいつか返さないと! 本当に彼らに感謝!! -
− Take Away the Pain -
そういえば今夜みたいに、いついつまでに何々しなきゃいけんとか考えず、心おきなくのんだり笑ったりしたのっていつ以来?
旅立つ前の息抜きをする暇もないほどの過密スケジュールの日々がウソのようだ。 (自分で選んだライフスタイルだから自分が悪い)
正直飲みに出たとしてもいつも心の片隅にあったのは明日への不安。
しかも日々の生活の中で常に結果を求め続け、
そのつど一喜一憂していたから心にゆとりはなかったしつねに何かに追い立てられていた。
ぶっちゃけ自分を支えてたのは負けたくない、現実から逃げたくないという意地。
自分の未来への投資と思い突っ走ってきた、
でも、ゆとりのなくなったこの半年は幸せじゃなかった。
あのまま旅に出ず自分を追い込み続けてたらきっといつかつぶれてたんじゃっないかな〜。
夢に向かって努力するのは大切だけどゆとりが生活からなくなるのはまずい、
だから息抜きって大事、
ここの人たちの自分とは正反対のあくせくした感じがないゆるいライフスタイルを見て強く思った。 -
− 明日への希望 −
もうここにいる間はむずかしいことを考えるのはやめよう、今を、この一瞬を楽しみたいんだ!!
結構物事ってのは何でもシンプルなのかもしれない、結局なるようにしかならないんだから。
こんなふうに思えたことここ数年なかったかも、自分の中で何かが急激にかわりはじめている。どうやら本当にラオスマジックにかかっちゃったみたいだね、俺。
− 写真 −
左からイェン、アニー、ヨーヨー、Kaz、ケアー、ユアン
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
15