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国境を越える 8 プエルトモン(チリ)〜バリローチェ(アルゼンチン)1989年7月<br />《インフレを耳にしたら、すぐに飛び込め!》<br />(注意)1チリペソ=0.5円<br /><br />チリ富士と呼ばれるオソルノ山<br />バスが出る前に、プエルトモンの町のカテドラルへ入って祈った。<br />バスは小さな町のピックアップポイントをぐるぐるっと回り、町を離れた。<br /><br />まず、ジャンキウエ湖の湖畔にあるカジノで有名な町プエルトバラスへ寄る。<br />ここでどどっと乗り込んできたおばさんたちを見れば、あれ〜、サンチャゴからの寝台車で一緒だったアメリカ人のオバタリアン軍団ではないか。<br /><br />中には僕を見つけて、わっはっはと笑いだす人もいる。<br />肩をぼんぼんたたかれたりするので、挨拶を返す。<br /><br />アメリカ人は、基本的には陽気な人たちだよ。<br />エンセナーダ(入り江)を越えて、雲の切れ間からチリ富士と呼ばれる(確かに富士山に似ているがこんなことを現地の人が言うかしらん)オソルノ山が望まれる。<br /><br />バスが停車する。<br />サルトスデペトロウエ(ペトロウエの滝)。<br /><br />滝というよりも急流だ。鮮烈な水が渦を巻いて流れている。<br />ここにはちゃんと展望用の奇麗なルートが作ってあって観光客が急流に乗り出して観察出来るようにしてある。<br /><br />こういった行き届いた所はさすがドイツ系の人たちの多い所だ。<br />ガイドの案内もきちんとしているし、彼の英語はクイーンズイングリッシュだ。<br /><br />ペトロウエの町に着いて食事。<br />僕以外の人はみんな全食事付きで申し込んでいるらしいが、僕もみんなと同じ定食を頼む。<br />1750ペソする。<br />これはぼったくりだ!<br /><br />『120』という名前のワインが1本で何と900ペソもする。<br />午後2時にボートに乗ってトドスロスサントス(聖人全部)湖に乗り出す。<br /><br />素晴らしい雄大な景色の中を快適な観光船に乗って2時間かかってペウージャに到着。<br />ペウージャは何もない所だ。<br /><br />船着き場からバスに乗ってほんの3分走ったら、近代的なホテルに到着した。<br />ここがこの国境越えツアーに宿泊代込みとなっている『ホテルペウージャ』だ。<br /><br />みんなはここに泊まるのだ。<br />このホテル以外は数件の民家しかないへんぴな国境の町に僕の泊まる所が本当にあるのかしらん。<br /><br />疑い始めたころガイドの青年がやってきた。<br />『ミスターニシモト、あなたは民宿に泊まってください。ホテルの正面出口を出て小川の橋を渡った左側にレシデンシアル・ラバニートという民宿があります。明日は8時に出発しますから、7時50分にはホテルペウージャの正面玄関に来て下さい』<br /><br />小雨が降っていたのでガイドは傘を貸してくれた。<br />こんなに気のきくのは日本の一流ガイドぐらいしかいないだろう。<br /><br />紹介してくれたラバニートは満室と断られたが、そこで聞いた隣の普通の家に泊まることにした。<br />朝食付きで1500ペソ。<br />30代半ばの男性一人で住んでいるところだ。<br />これまでも日本人が泊まったことがあるが男は君だけだよと、ノートを出してくれた。<br />見ると今年は2人日本人が泊まっていた。<br />5月に1人、6月に1人、2人とも女の子だ。<br />なかなかやるじゃないか。<br />正直言うと本物のとんでもない旅行をするのは女の子が多い。<br />なぜって、女の子は誰だって助けてくれるからだ。<br />特に日本の女の子は歳より若く見られるし、頭の中は見かけ通りのぱっぱらぱーなので、人気がある。<br /><br />だから女の子の書いた旅行記は楽しみで読むにはいいが実際の役には立たない。<br />なぜって、読んでみれば解るが、出会う人がみんな好い人で親切なのだ。<br /><br />誰だって親切にすればSEXさせてくれるのなら親切にするさ。<br />でも女は嘘つきだからお礼にSEXしたって事は書かないんだ。<br /><br />こんな女が思い込んだらどんな旅行だって不可能ということはない。<br />金がなくともSEXすれば何とかなるのだし。<br /><br />このおじさんはTVをつけてCNNを見せてくれたりする。<br />優しげな人だったがホモっぽかったので、身の危険を感じて寝る時はドアにイスを立てかけて置いた。<br /><br />翌日は大雪だった。<br />7時に起きておじさんと2人で朝食を取り、さよならを言って、時間通りにホテルの前に行くとバスが待っていた。<br /><br />ホテルを出てすぐにチリのイミグレーションがあった。<br />ここでチリの出国スタンプを押してもらう。<br /><br />ペウージャからプエルトフリーアス(寒い港)へはとんでもない急な山道で、しかも大雪が降り続いている。<br />僕たちは大型バス3台だが坂道でタイヤが滑ってはかどらない。<br />除雪車が出て、一所懸命に動き回り何とか通れるだけの道をあける。<br />しかし難所は一部だけで、途中のチリ〜アルゼンチンの国境ではバスを泊めて写真を撮ったりする。<br />雪が木々に降り積もってとても幻想的だ。<br />国境を越えるとプエルトフリーアスの町はすぐだった。<br />ここはアルゼンチンのイミグレーションがぽつんとひとつあって後は桟橋があるだけのさびれた所だ。<br /><br />表面に薄く氷が張っているフリアス湖をカタマランに乗って渡る。<br />約20分かかってプエルトアレグレ(喜びの港)に着く。<br /><br />そこから更にバスに15分乗ってプエルトブレストに到着。<br />ここで昼食をとることになる。<br />他のみんなは昼食込みなのだが僕は入ってないので売店でサンドイッチを買ってワインを飲む。<br />ここはもうアルゼンチンの世界的に有名な観光地サンカルロスデバリローチェから近いのでそちら側からの湖遊覧ツアーで来ている人もいるらしく、大勢の人で賑わっている。<br /><br />レストランで両替をしようとしたが、レートはU$1=630オーストラルだという。<br />とんでもない話だ。<br /><br />『インターナショナルヘラルドトリビューン』をチェックしていた僕のノートに依ると7月7日は1アメリカドルが260オーストラルのレートだった。<br />インフレで7月14日が650オーストラルまで一気に落ち込んでいるのだから、2週間たった今日7月28日が630と戻っているのはおかしい。<br /><br />国境の両替なので騙そうとしているのだと決めて、両替を食事代だけに止めることにする。<br />しかしワイン1本がレストランで約1ドルというのだから、これは確かに安い。<br /><br />プエルトブレストから大きな船に乗って約1時間半かかりナウエルウアピ湖を渡り、プエルトパニュエーロ(ハンカチの港)に到着。<br />ここで行き先別に名前を呼ばれてバスに分乗する。<br /><br />僕が乗ったバスは30分かかってバリローチェに着いた。<br />これで4台のバスと3隻の船を乗り継ぎ、国境の町で1泊する旅が終わったわけだ。<br /><br />バスの窓から見たバリローチェは思ったよりもずっと大きい観光都市だ。<br />大きなホテルが沢山ある。<br />インフレで経済がめちゃくちゃと言う話はどこへやら、ヨーロッパ風のスキーファッションに身を包んだ人たちがたくさん歩いている。<br />さて、バスに乗り込む時はアルゼンチン側のガイドが『ホテルを紹介します』と言っていたのだが、着いた所は閉まる寸前の観光案内所であった。<br />何も言わずにドアが開いて降ろされた。勝手に相談しろと言うことらしい。<br />これが、アルゼンチンのいいかげんさに出会った最初だ。<br /><br />ここでどうやって宿を取り、また次の朝どんなふうにそのホテルを追い出されたかというのは人種差別物語『ブエノスアイレスで2時間宿さがし』の一部として、また別の機会にお話をしよう。<br /><br />さて、この日、町の両替所に行くと、U$1=635オーストラルであった。<br />インフレが止まっているので胸騒ぎがして、旅行代理店に賭け込み航空運賃を聞いた。<br /><br />『ウシュアイア(フエゴ島の町だ)まで80300オーストラル、約127ドル』との答だ。<br />ウシュアイア経由でブエノスアイレスへ飛ぶと19万オーストラル(300ドル)を越える。<br />4万円だ。<br />20ドルでどこまでも飛べると言う話は嘘だったんだろうか?<br /><br />『この前、アルゼンチンでは国内線はどこへ行くにも20ドルと聞いたんですけれど〜』<br />口髭をはやしたおじさんはにやっと笑ってこう言った。<br /><br />『ああ、それは2週間前までだよ。残念。もう少し早く来れば良かったのにね』<br />チャン、チャン。 <br /><br />【写真】なし<br />【旅行哲学】インフレの話を聞いたらすぐに突入せよ<br /><br />http://www.midokutsu.com/south_america/bariloche.htm<br />

《インフレを耳にしたら、すぐに飛び込め!》

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1989/07 - 1989/07

48位(同エリア51件中)

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん

国境を越える 8 プエルトモン(チリ)〜バリローチェ(アルゼンチン)1989年7月
《インフレを耳にしたら、すぐに飛び込め!》
(注意)1チリペソ=0.5円

チリ富士と呼ばれるオソルノ山
バスが出る前に、プエルトモンの町のカテドラルへ入って祈った。
バスは小さな町のピックアップポイントをぐるぐるっと回り、町を離れた。

まず、ジャンキウエ湖の湖畔にあるカジノで有名な町プエルトバラスへ寄る。
ここでどどっと乗り込んできたおばさんたちを見れば、あれ〜、サンチャゴからの寝台車で一緒だったアメリカ人のオバタリアン軍団ではないか。

中には僕を見つけて、わっはっはと笑いだす人もいる。
肩をぼんぼんたたかれたりするので、挨拶を返す。

アメリカ人は、基本的には陽気な人たちだよ。
エンセナーダ(入り江)を越えて、雲の切れ間からチリ富士と呼ばれる(確かに富士山に似ているがこんなことを現地の人が言うかしらん)オソルノ山が望まれる。

バスが停車する。
サルトスデペトロウエ(ペトロウエの滝)。

滝というよりも急流だ。鮮烈な水が渦を巻いて流れている。
ここにはちゃんと展望用の奇麗なルートが作ってあって観光客が急流に乗り出して観察出来るようにしてある。

こういった行き届いた所はさすがドイツ系の人たちの多い所だ。
ガイドの案内もきちんとしているし、彼の英語はクイーンズイングリッシュだ。

ペトロウエの町に着いて食事。
僕以外の人はみんな全食事付きで申し込んでいるらしいが、僕もみんなと同じ定食を頼む。
1750ペソする。
これはぼったくりだ!

『120』という名前のワインが1本で何と900ペソもする。
午後2時にボートに乗ってトドスロスサントス(聖人全部)湖に乗り出す。

素晴らしい雄大な景色の中を快適な観光船に乗って2時間かかってペウージャに到着。
ペウージャは何もない所だ。

船着き場からバスに乗ってほんの3分走ったら、近代的なホテルに到着した。
ここがこの国境越えツアーに宿泊代込みとなっている『ホテルペウージャ』だ。

みんなはここに泊まるのだ。
このホテル以外は数件の民家しかないへんぴな国境の町に僕の泊まる所が本当にあるのかしらん。

疑い始めたころガイドの青年がやってきた。
『ミスターニシモト、あなたは民宿に泊まってください。ホテルの正面出口を出て小川の橋を渡った左側にレシデンシアル・ラバニートという民宿があります。明日は8時に出発しますから、7時50分にはホテルペウージャの正面玄関に来て下さい』

小雨が降っていたのでガイドは傘を貸してくれた。
こんなに気のきくのは日本の一流ガイドぐらいしかいないだろう。

紹介してくれたラバニートは満室と断られたが、そこで聞いた隣の普通の家に泊まることにした。
朝食付きで1500ペソ。
30代半ばの男性一人で住んでいるところだ。
これまでも日本人が泊まったことがあるが男は君だけだよと、ノートを出してくれた。
見ると今年は2人日本人が泊まっていた。
5月に1人、6月に1人、2人とも女の子だ。
なかなかやるじゃないか。
正直言うと本物のとんでもない旅行をするのは女の子が多い。
なぜって、女の子は誰だって助けてくれるからだ。
特に日本の女の子は歳より若く見られるし、頭の中は見かけ通りのぱっぱらぱーなので、人気がある。

だから女の子の書いた旅行記は楽しみで読むにはいいが実際の役には立たない。
なぜって、読んでみれば解るが、出会う人がみんな好い人で親切なのだ。

誰だって親切にすればSEXさせてくれるのなら親切にするさ。
でも女は嘘つきだからお礼にSEXしたって事は書かないんだ。

こんな女が思い込んだらどんな旅行だって不可能ということはない。
金がなくともSEXすれば何とかなるのだし。

このおじさんはTVをつけてCNNを見せてくれたりする。
優しげな人だったがホモっぽかったので、身の危険を感じて寝る時はドアにイスを立てかけて置いた。

翌日は大雪だった。
7時に起きておじさんと2人で朝食を取り、さよならを言って、時間通りにホテルの前に行くとバスが待っていた。

ホテルを出てすぐにチリのイミグレーションがあった。
ここでチリの出国スタンプを押してもらう。

ペウージャからプエルトフリーアス(寒い港)へはとんでもない急な山道で、しかも大雪が降り続いている。
僕たちは大型バス3台だが坂道でタイヤが滑ってはかどらない。
除雪車が出て、一所懸命に動き回り何とか通れるだけの道をあける。
しかし難所は一部だけで、途中のチリ〜アルゼンチンの国境ではバスを泊めて写真を撮ったりする。
雪が木々に降り積もってとても幻想的だ。
国境を越えるとプエルトフリーアスの町はすぐだった。
ここはアルゼンチンのイミグレーションがぽつんとひとつあって後は桟橋があるだけのさびれた所だ。

表面に薄く氷が張っているフリアス湖をカタマランに乗って渡る。
約20分かかってプエルトアレグレ(喜びの港)に着く。

そこから更にバスに15分乗ってプエルトブレストに到着。
ここで昼食をとることになる。
他のみんなは昼食込みなのだが僕は入ってないので売店でサンドイッチを買ってワインを飲む。
ここはもうアルゼンチンの世界的に有名な観光地サンカルロスデバリローチェから近いのでそちら側からの湖遊覧ツアーで来ている人もいるらしく、大勢の人で賑わっている。

レストランで両替をしようとしたが、レートはU$1=630オーストラルだという。
とんでもない話だ。

『インターナショナルヘラルドトリビューン』をチェックしていた僕のノートに依ると7月7日は1アメリカドルが260オーストラルのレートだった。
インフレで7月14日が650オーストラルまで一気に落ち込んでいるのだから、2週間たった今日7月28日が630と戻っているのはおかしい。

国境の両替なので騙そうとしているのだと決めて、両替を食事代だけに止めることにする。
しかしワイン1本がレストランで約1ドルというのだから、これは確かに安い。

プエルトブレストから大きな船に乗って約1時間半かかりナウエルウアピ湖を渡り、プエルトパニュエーロ(ハンカチの港)に到着。
ここで行き先別に名前を呼ばれてバスに分乗する。

僕が乗ったバスは30分かかってバリローチェに着いた。
これで4台のバスと3隻の船を乗り継ぎ、国境の町で1泊する旅が終わったわけだ。

バスの窓から見たバリローチェは思ったよりもずっと大きい観光都市だ。
大きなホテルが沢山ある。
インフレで経済がめちゃくちゃと言う話はどこへやら、ヨーロッパ風のスキーファッションに身を包んだ人たちがたくさん歩いている。
さて、バスに乗り込む時はアルゼンチン側のガイドが『ホテルを紹介します』と言っていたのだが、着いた所は閉まる寸前の観光案内所であった。
何も言わずにドアが開いて降ろされた。勝手に相談しろと言うことらしい。
これが、アルゼンチンのいいかげんさに出会った最初だ。

ここでどうやって宿を取り、また次の朝どんなふうにそのホテルを追い出されたかというのは人種差別物語『ブエノスアイレスで2時間宿さがし』の一部として、また別の機会にお話をしよう。

さて、この日、町の両替所に行くと、U$1=635オーストラルであった。
インフレが止まっているので胸騒ぎがして、旅行代理店に賭け込み航空運賃を聞いた。

『ウシュアイア(フエゴ島の町だ)まで80300オーストラル、約127ドル』との答だ。
ウシュアイア経由でブエノスアイレスへ飛ぶと19万オーストラル(300ドル)を越える。
4万円だ。
20ドルでどこまでも飛べると言う話は嘘だったんだろうか?

『この前、アルゼンチンでは国内線はどこへ行くにも20ドルと聞いたんですけれど〜』
口髭をはやしたおじさんはにやっと笑ってこう言った。

『ああ、それは2週間前までだよ。残念。もう少し早く来れば良かったのにね』
チャン、チャン。

【写真】なし
【旅行哲学】インフレの話を聞いたらすぐに突入せよ

http://www.midokutsu.com/south_america/bariloche.htm

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