2000/02/16 - 2000/02/19
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Mugieさん
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モロッコ〜チュニジア旅行のモロッコ編。
大まかなルートを決めていたものの、かなり行き当たりばったりの旅。
結果的にはカサブランカ、マラケシュ、ワルザザード、カスバ街道、エルフード(砂丘)、エルラシディア、フェズ、タンジェ、セウタ(スペイン領)、カサブランカと巡った。
「深夜特急」を何度も読み返し、バックパッカーにあこがれていた私は初めてバックパッカー(的)な旅に挑戦!
まずは王道を、とチケット代をケチり、飛行機はアエロフロートに。
でも、リュックなんて背負って歩けない…と中型のキャリーケースで出発(ちょっと挫折…いや根本的にバックパックじゃない)。
星なしの安ホテルにも挑戦!
でも…安ホテルの薄暗さに気が滅入り、次第に☆が1つ増え、2つ増え、3つ増え、4つまで増え…
目指していたバックパッカー的貧乏旅行は完全に挫折…
失敗を通しある意味「自分らしい旅」というのが発見できたような旅だった。
ここではマラケシュ、ワルザザードについて。
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
-
<1日目>
アエロフロートは荷抜きや行方不明が多いことで悪名高い。
本当は機内持ち込みサイズよりも大きなキャリーケースだったけど、搭乗手続きのときに乗り換えの時間が短いから手荷物にしたいと言ってみたら通った。
機内に入るとなんだかみんな適当に好きなところに座っているらしい…
背もたれが倒れているシートもあるので、あまり壊れていなそうなシートを選んで座る。
飛行機はやっぱりボロい。
でも、パイロットは軍隊上がりだから腕がいいという根拠のないうわさにすがり出発!
日本出発の便のせいか、機内では日本茶が振舞われる。
すると、斜め前に座っていたロシア人らしき男性が日本茶に砂糖を入れて飲みだしたのを目撃!
うーん。日本人からするとかなり異様だけど、外人にしてみれば紅茶と同じ感覚なのかな〜
そして飛行機は無事、モスクワに到着。
着陸した瞬間、乗客から拍手喝さい!
「ロシア人て意外に陽気なんだ〜」と思っていたら、これはアエロフロートではよくある光景で無事に地上に戻れたことを祝っていたとか。
夜やや遅くカサブランカの空港に到着。
列車で市街地まで行き、さらにタクシーで予約しておいたホテルへ行き、就寝。 -
<2日目>
早朝、カサブランカからマラケシュまで鉄道で移動。
ホテルからはタクシーで駅まで行く。
カサブランカは排気ガスがひどかった。
まだ半日くらいしか滞在していないというのにのどが痛くなってきた。
列車では8人掛けのコンパーメントに現地の人と混じって座る。
カサブランカを出発してしばらくすると、一面砂の大地。
防砂のためか、サボテンが横一列にずーっと植えられている。
同じコンパートメントのモロッコ人家族が話しかけてきた。
言葉がわからないので、会話になっていないけど(^_^;)
子供に日本から持ってきたお菓子を上げると「おいしい」と言っていたが、微妙な表情だった。
後から、モロッコ人は日本人に比べるとかなり甘党だと聞いた。
日本のお菓子では甘みが足りないとか。
逆にモロッコのお菓子はチョコレートなどにもローズオイルの香料が入っていて、いい香りなんだけど、石鹸を食べているようで私からすると気持ち悪かった。
マラケシュの駅からバスに乗り、旧市街、メディナへ。
このバスでさっそく日本人パッカーに遭遇。
なんとなく一緒にフナ広場まで行き、宿を探そうとウロウロしていると、いきなり西洋人からちょうど4人になるから一緒に部屋をとろうともちかけられた。
いきなり知らない人と部屋を一緒にするのはこわいので断り、同行者がご希望のホテルアリへ向かう。
あいにく、従業員たちの控えの横にある裏部屋しかあいていないという。
私は断りたかったけど、同行者の希望で仕方なく、宿泊。
部屋はベッドが4つ。
これで、「4人になるから」という意味がわかった。
食堂の上にあり、夜遅くまでうるさい部屋だった。
他の部屋をのぞいたら、もう少しこぎれいだった。 -
自分が地図を見るのが苦手と言うこともあるけど、外敵から守るために迷路化されたというメディナ(旧市街)では地図はあまり用を足さない。
街自体が見ていて飽きないものだから、適当に気に入った小道をブラブラしているだけで、かなり楽しい。
狭い道を大きな荷物を背負わされたロバが通る。
スークと呼ばれる小さな商店が軒を並べてる。
お店の高いところに主人は座しているけど、入り口らしきところは見当たらないと思っていると鉄棒で自分の体を持ち上げるかのように支えにつかまり、商品の隙間から出入りしている。
肉屋には頭付きの羊さんたちがぶら下がってる。
他には洋服屋、香辛料屋、金物屋、香水屋など生活用品が売られている。
こんなに生活観のある世界遺産は他にないのでは? -
レストランでランチを取り、フナ広場へ繰り出す。
まずは名物の水売りのオジサンがいたので一緒に写真をとってもらう。
すると、おじさんが自分が被っていた帽子を私に被らせてくれる…
サービスのつもりかもしれないけど、臭いがきつい(涙) -
ガイドブックに書いてあった通り、自称ガイドらしき人たちが寄って来て、勝手に説明してくれる。
断っても断ってもしつこくついてくるけど、ふとした隙に逃げたり、隠れたりするといともあっさりまくことができる。
見たいと思っていたタンネリという染料工場もお店の客引きに連れられ、高い場所から見ることができた。
自称ガイドや客引きはしつこいので、これをすべて避けて通るのは難しい。
でもある程度利用すれば、いいスポットを教えてくれたり、いい話し相手になる。
この「距離の取り方」がやっぱり難しいけど(^_^;) -
夕方帰ろうとすると、ちょうど小学生の子供たちの下校時間。
子供たちは制服を着ている。
途中買い食いを楽しんでいる子供たちに「ジャマエル・フナ?」と聞くと(おそらく)「フランス語は話せないの?」と聞き返される。
英語しかわからないと言うと、指差して教えてくれる。
指差すほうに進んではまた誰かに聞き、また指差すほうへ進む、と繰り返していたら、なんとか無事広場に出た!(^^)! -
フナ広場で、ヘンナに挑戦!
ヘンナはモロッコではおしゃれの一つで手や足にデザインを描いていく。
赤茶と黒の2色あるけど、黒いほうが高いそう。
ペラペラのカタログを見ながら、気に入ったデザインを選び描いてもらう。
お店の数と熱気に圧倒されながら、食べられそうなものを物色していると、小学生くらいの女の子が来て、ヘンナをしてくれると言う。
「もうやってもらったの」と手を見せて断ったのに、女の子は反対側の手をわしづかみし、勝手に絵を描きだす。
一度描くと1週間から10日ほど消えないと言うのに、へったくそな絵を描かれ、ショック…
さらに「描いてあげたんだからお金ちょうだい」と付きまとわれる。
子供相手にかわいそうかなと思いつつ、少女の図々しさに嫌気がさして「勝手に描いたんでしょ!絵もへたくそだから払わない」と跳ね除けてしまった。
今思うと、大人気ない自分… -
適当な屋台を選んで食事をする。
おいしいものではないけど、まずくもない。
食べていると、隣の席に代わる代わる西洋人のバックパッカーがやってきて、話しかけてくる。
みんなもう何ヶ月もモロッコにいるそうだ。
話し相手がほしいのかと思っていたら、口々にモロッコのすばらしさを語り、独演が終わると人の話は聞かずに去っていく…
なんだろう…私、ノリが悪かった?
食事が終わる頃には広場のあちこちで大道芸人がショーをしたり、ゲームをする露天が出たり、まさにお祭りみたい。
毎日がお祭り。
そんな非日常感にたっぷり浸かってしまうと、帰るべき場所を見失っちゃうのかな〜? -
ホテルに帰ってシャワーを浴びてから屋上のバルコニーに出るとまだフナ広場の喧騒がよく見えた。
祭りはいつ終わるのかな?
ジャマエルフナとはアラビア語で「死人の集会場」を意味するそうだ。
夕闇にまぎれて集まる人々。
夜更けまで続く喧騒。
そんな姿を見ていると、妙にぴったりな名前だ。
マラケシュも車の通っていないメディナにいるというのに、やはり排気ガスのせいでのどが痛い。
夜はマスクをして寝た。 -
この日は一日マラケシュ観光。
まず伝統工芸博物館へ行くと、日本人のパックツアーに遭遇。
すると現地ガイドが一緒に説明してあげるといってかなり強引にツアーに入れてくれた。
頼んでないのに…
最後にチップを請求されるのかな?とやや不安だったけど、夜デートしようと誘われた(笑) -
その後サアード朝の墳墓群へ。
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イスラム文化圏では色鮮やかなモザイクがきれい。
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隣のバイヤ宮殿。
モロッコのアルハンブラ宮殿と呼ばれてるそう。 -
この後は、マラケシュ新市街をブラブラ。
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夜はベルベルダンスのショー(ディナーつき)を見に行った。
会場はホテルの中。
リゾート感にあふれ、すごくリラックスした雰囲気のホテル。
こっちに泊まりたかったな〜という心の声を打ち消し、やっぱりマラケシュはメディナに泊まらなくちゃ!!と自分を励ます。 -
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食事はレモンチキンのタジン。
ここで食べたタジンが旅行中、一番おいしかった。 -
マラケシュからワルザザードへ移動。
アトラス越えだ。4000メートル級の山だそう。
10日ほど前に積雪のため通行止めになったと聞いたけど、この日は快晴。
バスに乗ると、乗客の7割は日本人だった。
ちょうど卒業旅行シーズンのため多くは男子大学生。
女性の個人旅行者はなかなかいない。
バスからの眺めはよかった。
波打つ荒々しい岩山はバルセロナのモンセラットを思い出した。
急なカーブを右に揺れ、左に揺れながらいつのまにか雲の上の世界へ。 -
山頂付近へで一度トイレ休憩。
さすがに寒い。
そして山を下ると、どこまでも続く茶色い大地と、青い空。
砂漠に近づいたからなのか、マラケシュとはがらりと雰囲気が変る。 -
ワルザザードのバス停で降りてホテル探しへ。
「もう星のないホテルは嫌だ!!」とがんばって主張し、高台にある中級ホテルへ。
部屋はコテージ風の一軒屋で、バスタブもあって私はかなりご満悦。
荷物を置いてから町外れにあるカスバを見に行く。
ここで、ばったりJICAの青年海外協力隊員と会い、夕食を食べに遊びに行くこととなる。 -
その後、ツーリストインフォで砂漠ツアーについて聞いてみると、明日出発のツアーに入れという。
ツアーといっても4WD一台と運転手兼ガイドを雇ってカスバ街道をめぐり、メルズーガの砂漠で一泊し、エルラシディアで降ろしてもらうというものだ。
「明日はアイト・ベン・ハッドゥに行くから明後日がいい」と言うと「このツアーにはアイト・ベン・ハッドゥにも寄るから大丈夫」と言う。
さらに「ドライバーは簡単な英語なら話せる」と言う。
この言葉を信じた私は翌日、痛い目にあった(T_T)
(写真はカスバ) -
夜は隊員宅で焼きそばをごちそうになる。
久しぶりに食べる和食はおいしい。
日本語でモロッコについていろいろ教えてもらえたのもよかった。
私にとってはとてもいい思い出だ。
(写真はカスバ) -
でも、帰国してから何年かたち、たまたまモロッコにいたという別の青年海外協力隊員と会い、彼の話題が出た。
「あいつは女の子を家に引きずり込むことで有名だった。気をつけたほうがいいよ」と言われた。
気をつけろといわれても、もう過ぎたことだし、一人じゃなかったし、なんにも変なことはなかったんだけどね(^_^;)
そういうご本人はモロッコであった女性と結婚したんだけど、彼女はフランスの大学に行きたいと留学してしまい、結婚後すぐに日本とフランスで別居だそうだ。
日本でまだ定職もないので仕送りが大変と言っていたけど、その後一緒に暮らすことはできたのかな〜?
(写真はカスバにある集落の子供たち)
長くなってきたので、?へ続く
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