2007/09/05 - 2007/09/30
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Hidechanさん
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聖地カイラス巡礼の旅もいよいよ新彊ウイグル自治区に入った。26日アクサイチンの荒野でのテントで夜明けを迎えてから、29日ウルムチから北京経由成田までの旅行記です。
なを、カイラス巡礼の旅の写真をDigiBookで公表しています。全面画像でごらんになれますので、興味のある方は下記のURLでご覧ください。
http://www.digibook.net/q/2FPlVpQ8mGJ_HuGK/
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9月26日。前日予定地まで到達できなかったので、今日は早朝まだ暗いうちにアクサイチンの山の中を出発した。今日も標高は5、000m以上の峠越えがあった。道の両側にある山々は雪で真っ白だ。
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峠越えを何度もしながら少しづつ高度が下がってきた。ほとんど人の住んでいないと思われる地域の道をロバとともに歩いてくるウイグル族の老人に出会った。
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砂漠状の荒土にラクダが遊んでいた。近くに人家もないので野生のラクダか、または飼い主が居るのだろうか。新彊に入っていることが良く感ぜられる。
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昼過ぎにマザルに到着。ここの道班で昼食をすることとした。ウイグル料理のラグメンと言ううどんのような麺料理である。日本人の我々には良く口に合う。ラグメンのできあがりを待っていると、外に中国軍のトラックが何台も止まる。近くにある同じような道班にも軍人が入り込んだが、あふれ出している。
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マザルの道班からいま通ってきた方向を振り返って見る。白く輝いている山々はカラコルム山脈だ。
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昼食後狭い谷間の道を走っていると、我々と同じようなランクルが対向車線を走ってきた。この車は、この度のトレッキングを主催した東京の旅行社でチャーターした3日前に我々と同じルートを旅行ていた車だった。参加者をカシュガルの空港で送ってツアーが終了したので、これからチベットのラサまで戻るのだ。運転手達は同じ会社の運転手で同僚だ、久しぶりの出会いで道端で話に花が咲く。
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8時過ぎにアーバンに到着。この時間でも太陽はまだ高い。びっくりしたのは子どもたちがランドセルをしょって下校しているのだ。北京の標準時1本の中国なのでこんな現象が起こる。今夜宿泊する交通賓館にチェックイン。ホテルの前はバザールが開かれている。夕食後ここでで冷やかして歩いた。果物が大変おいしい。ウリとスイカを買って食べた。ハミウリと言っていたが日本のメロンと同じ味だった、こちらは中国語もウイグル語も判らないので、ボディランゲージで話をしたのでよく判っていなかったのかも知れない。
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9月27日。朝、ホテル前のバザールは片づいているが多くの人々が集まっている。このホテルの隣はバスターミナルだったのでバスを待っている人のようだ。長距離バスはバスの定員が満員となってから発車する。運転手が大声で行き先を怒鳴りながら乗客の客引きをしている。
写真は民族服を着たウイグル族の老人。 -
バスターミナルの入り口。アラビヤ文字がここがウイグル族の地であることを示している。
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ホテルを出て新蔵公路を北上する。市街地を出ると少しづつ砂漠状の地域に入ってきた。ロバが頻繁に見られるようになってきた。この地では今もロバは現役の家畜なのだ。
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道の両側には綿の畑が頻繁に見られるようになってきた。家族で綿の収穫をしている人々も見えた。
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ロバは働き者だ、ほら、見てくださいこんなに荷物を積んだ荷馬車を引いてます。
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イェンギサール(英吉渉)の刃物商店。此処に寄ってみんなでお土産のナイフなどを買い込んだ。この地は刃物で有名な地である。
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イェンギサールの刃物店を過ぎて、この町の市街地に入った。昼食は此処でとることになった。イェンギサールの市街。
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イェンギサールで出会ったウイグル族の夫人。この地のイスラム教徒の女性は茶色のベールをかぶっている人が多い。
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カシユガルに入る手前で突然砂漠地帯に湖が現れた。此処を少し進むとダムサイトがあり、この湖がダム湖であるのが判った。
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4時過ぎにカシュガルの市街に入った。カシュガルの目抜き通り。看板には漢字とアラビヤ文字が並記されている。
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ホテルにチェックイン後夕食まで時間があったのでタクシーを捕まえて市の中心部まで出かけた。カシユガルの人民広場にて。
後ろの巨大な銅像は毛沢東。
『よい子の皆さんは、こんな悪ふざけをしてはいけません』。
この写真を撮って、ひょいと右手を見ると、道の反対側に公安が居るではないか、やばい。北朝鮮の平壌で金日成の銅像の前で同じ様な悪ふざけをした日本人が捕まったことが頭の中にその記憶が過ぎる。
よく見ると公安は笑っている、ほっとした、北朝鮮で無くて良かった。此処では、少しは冗談が判る公安も居るのか。
帰国してこの街の市街図を見ると、この箇所の道を挟んだ所に公安局(外事処)が有った。アブナイ、アブナイ。もう、こんな悪ふざけはいたしません。はい。 -
カシュガルでは夕食を外に出て採った。ものすごい豪華なレストラン、キンキンギラギラの感じ。ALTUN ORPAと言うレストランであった。靴を脱いで絨毯の上にお座りをして食事を食べる。各自の脇には枕状の物がある、昔の貴族は横になって食事をしたのか。確か、ローマ時代の貴族は横になって食事をしたと本で読んだような気がするが、
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これは、シシカバブー、羊の肉の串焼きだ。大変おいしかった。何本も食べた。
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9月28日。午前中はカシュガル市内見物、午後から空港へ、ウルムチへは飛行機で移動が今日のスケジュールだ。
早速市内中心部に出かけた。エィディガル、モスク前の広場。 -
モスク横の建物群。これは新しい建物のようだ。
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モスク内部。
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ミフラブ。この方向がメッカの方向である。
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モスクの回廊。
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モスクの前庭で休むウイグルの老人。
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美しい民族帽子が売られている。私も1ツ買ってきた。
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その後、職人街に出かける。パン屋さん。
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香辛料屋さん。
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肉屋さん。
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カシュガルのバザール、品揃えは豊富、なんでもある。
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道端会議中のウイグル族の女性達。
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ウイグル族の老人。
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ウイグル族のパン屋の親父さん。
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ウイグルの子ども。
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ウイグルの子ども、その2
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カシュガルの古い住宅密集地を訪問して家庭内を見せてもらった。この子は2005年にNHKテレビで放映されたシルクロードの番組に出ていた少女。ウイグル民族舞踊の踊り子だ。
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モスク前の広場にいたラクダちゃん。観光客を乗せて歩く為に此処にいたようだ。
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昼過ぎに街にコーランが流れ出し、人々がモスクや礼拝所に集まってきた。礼拝所に入りきらない人が道路の脇に並んで礼拝をしている。
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午後、ウルムチへ移動するために空港へ向かう途中で出会ったウイグル美人。
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カシュガル空港の近くで。
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ウルムチ空港ビル。
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明日は朝早くウルムチを出て北京に向かう。中国最後の夜はホテル24階の回転レストランで豪華バイキングとなった。残り金をはたいてワインなどとしゃれ込んだ。
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ウルムチで泊まったホテル(環球大酒店)の料金表。
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9月29日、早朝ウルムチ空港へ移動。ここで、長い旅をともに過ごしたチベット族のガイド、タシさんとここで分かれた。彼はここから1人でラサへ帰っていく。
『長い期間本当にありがとう』。 -
飛行機はウルムチから北京へ、ここで出国手続きをとる。北京空港のカウンター。
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空港では成田へ向かう中国国際航空の飛行機が離陸準備に入っている。
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飛行機は現地時間17時に北京空港を成田に向け離陸した。夕闇が迫る雲海の上を飛行する飛行機。
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