2007/11/03 - 2007/11/03
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kokonoさん
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まだまだ、展示品は続いています
ここまで、ご紹介した展示品の写真枚数が282枚です
第三展示室で展示品は終了になりますが・・
残りの掲載予定の写真枚数は100枚程です
お付き合いの程よろしくおねがいします。
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緑釉鮑形大皿
豊前・・上野窯・・18世紀か
鮑の形を模した大皿、表面に緑釉を掛け裏面に黄褐色の鉄釉を施す
底部は3ヶ所にフジツボとサザエをかたどった足をつける
上野焼は、豊前小倉藩主・細川忠興が朝鮮人陶工・尊楷〔上野喜蔵〕に
窯を築かせたのにはじまるとされ、遠州七窯のひとつにあげられているそうです -
黄釉牡丹文瓶
肥前・・波佐見窯・・19世紀
ふっくらと丸い筒形の胴に細い首つく
全体に高台際まで黄釉をかけ、胴部に牡丹文を線彫りで入れる
波佐見焼きは江戸初期から現在まで続く磁器窯
くらわんか茶碗など、主に染付や青磁の皿、鉢、椀等を量産していました -
象嵌竹文急須
肥前・・瓊浦焼か 明治〜昭和初期 -
象嵌亀甲花文瓶
肥前・・龍石焼・・大正〜昭和11年頃
胴の中央で膨らんだ算盤玉形の瓶
胎土は赤褐色で手取りは軽い、胴部に亀甲花文を象嵌で表す
底部は平底で布目後が残り、「龍石」の彫銘が入る
大正の初め頃に馬淵龍石が長崎市松山町で開窯した龍石焼の銘で、
花瓶や茶器類を焼いたそうです -
褐釉壷
福岡 17世紀 -
・褐釉黄灰流瓶
筑前・・高取窯か・・17世紀
胴部に膨らみをもつ徳利状の瓶である、首部ですぼまり
口はひろげて折上げて作る
口から胴下部のなかばまで、褐釉を掛け下部は鉄泥を塗る
その上から黄灰釉を流し掛ける、底部は平底に作る
筑前・高取焼の製品であるだろう
・黄灰釉褐釉流瓢形瓶
筑前・・高取系・・18世紀頃
ロクロ成形によって瓢箪形に作った瓶で、胴に結ばれた
飾り紐は貼付けによって表す
黄灰釉に暗褐色の褐釉を流し掛ける、底部は平底で無釉とする
筑前・高取焼の小石原窯の製品と推定されるそうです -
褐釉藁灰釉流小壷
筑前・・高取窯・・17世紀初頭 -
褐釉藁灰黄灰釉流壷
筑前・・高取窯 小石原窯か・・18世紀後半〜19世紀前半 -
・褐釉掛分瓶
豊前・・上野窯・・18世紀頃
・褐釉灰釉藁灰流小瓶
豊前・・上野窯・・18世紀 -
・焼き締白釉流樹形瓶
豊前・・上野窯・・18世紀後半〜19世紀中葉
・刷毛目緑釉流捻形瓶
豊前・・上野窯・・18世紀末〜19世紀中葉
ほぼ筒形の瓶で胴部に大きく捻りを入れた器形で、縄目のような網み文を入れる
全体に白土で打刷毛目を施し、口部に鮮やかな緑釉を流し掛ける
高台内に上野焼・吉田家の印である「木」と巴の印刻銘が入る -
・刷毛目波文小瓶
豊前・・上野窯・・18世紀末〜19世紀中葉
胴下部に膨らみを持つ小形の瓶、首部と胴部に白化粧土を帯状に施し
波文の櫛目を入れる
口部に黒褐釉を掛けるが、一部、首部にまで流れている
底部は平底・無釉で、「木」と巴の印刻が入っています
・褐釉白釉流杓立
豊前・・上野窯・・19世紀
裾広がりの筒形杓立、ロクロで成形した後、胴の片面に
棒状のヘラなどで荒々しい彫りを入れる
全体に黒褐釉を掛け、彫りの入った面に緑、薄赤、白の釉を流し掛ける
底部は平底で、やはり「木」と巴の印刻銘が入っています -
・白釉緑釉流瓶
豊前・・上野窯・・19世紀
・褐釉白釉掛分瓶
豊前・・上野窯・・19世紀初〜中葉
横に大きく膨らみ、扁平になった瓶である
胴部に白化粧土を厚く打刷毛目するため、細かい皺状になり、
果実などの皮の表面を思わせる表現になっている
口部には黒褐釉を掛ける
底部は平底で巴と「亀〔か〕の印刻銘が入ります -
緑釉練込瓢形瓶
豊前・・上野窯・・19世中葉〜明治
瓢形の瓶である、素地は灰白色の土に黒褐色の土を練り込んだもの
口から胴上部にかけて緑釉を掛ける
底部には巴と「甫」の印刻銘が入る
筑前の上野皿山本窯の十時家でこの銘が使われており
幕末から明治頃の製品と考えられるそうです -
・褐釉瓶
肥後・・八代窯か・・17世紀後半〜18世紀
・刷毛目線条文瓶
肥後・・八代窯か・・19世紀
・象嵌桜花文小盃
肥後・・八代窯・・19世紀 -
刷毛目文長皿
肥後・・八代窯・・19世紀か
丸皿の二方を切り落として長皿にする、暗褐色の素地に白化粧土で
刷毛目文を口縁の斜め対角の位置に入れる
八代焼は、細川氏の肥後転封にともない、上野焼の尊楷〔上野喜蔵〕らが
肥後に移り、熊本県八代市奈良本に開窯したのにはじまるという -
黄灰釉藁灰釉流皿
肥後・・小代窯・・19世紀
平らな皿で口縁部でわずかに反り上がる
胎土は茶褐色で石混じりで荒い、表面には黄灰釉に藁灰系の白濁釉を流し掛ける
底部は平底で無釉とし「□□」の印刻銘が入る
小代焼は細川氏の肥後入封の際、小野の陶工・牝小路家、葛城家が移り住み
藩主の命により陶器を焼いたことにはじまるといい、
江戸時代は茶陶や食器を中心に焼造されたそうです -
褐釉貼花唐花唐草文甕
薩摩か・・17世紀
いわゆる平胴甕と呼ばれる甕
口が大きく開き、胴部に唐花唐草文を貼付で表し、全体に褐釉を施す
胴の底部際には蓮弁文の削りを入れる
底部は平底で無釉
産地年代ともに明らかではないそうです -
色絵京劇面蝶文耳付大瓶
鹿児島・・薩摩焼・・明治 -
・三彩釉酒注
薩摩・・龍門司窯・・19世紀前半〜中葉
・緑釉褐釉掛分瓶子
沖縄・・壷屋窯か・・18世紀
中央部に膨らみをもち、細い首が立ち上がる
胴下部は末広がりに広がり、底部は平底となる、口から首部に緑釉を掛け
胴の膨らみから下は黒褐釉を掛ける
鶴首瓶に高い高台がつく壷屋焼の一般的な瓶子の形と比べて特異な器形である
壷屋焼は沖縄県那覇市にある窯場で琉球王朝時代から続く
沖縄の陶器生産の中心地であったそうです -
鉄絵幾何文耳付瓶〔宗胡録手〕
薩摩・・苗代川窯・・19世紀
胴部に膨らみを持たせ、長い首部をもつ瓶で、その首部の両側に獅子形の耳がつく
口部から首、胴部まで幾重にも段状に圏線を入れ、
それぞれに格子文などの幾何学文様を描く
いわゆる宗胡録手、宗胡録写といわれる陶器で薩摩焼でも
竪野窯や苗代川窯で盛んに作られた -
褐釉飴釉流瓢形瓶
薩摩・・龍門司窯・・19世紀後半頃 -
・染付楼閣山水文角形段重
肥前・・亀山窯・・1820〜1860年代
方形の四段重、蓋及び側面に染付で水墨画風に楼門山水文を描く
高台内に染付で「亀山製」の銘を入れる
亀山焼は長崎・伊良林に文化元年頃開窯した磁器窯で、文人趣味を反映した
染付製品などを多く焼いた
・染付唐花唐草魚藻文蓋物
肥前・・亀山窯・・19世紀前半
被せ蓋になった蓋物である、蓋はほとんど膨らみの無い器形で、
身も浅い鉢状になる、 身、蓋に染付で唐花唐草文を隙間なく描き込み
内面には魚藻文を配す、箱の蓋裏に墨書「文政元年戊子春〔1828〕とあるそうです -
白磁玉取獅子置物
肥前・・1850〜1880年代
左前脚で玉を押さえて座る獅子が台座の上にのる
獅子は白磁に仕上げ、台座は染付で牡丹唐草文が入る -
銹釉瑠璃釉玉取獅子置物
肥前・・三川内窯か・・明治
左の前脚と後脚で玉を捕らえた姿の獅子置物である
獅子の全身に銹釉を掛けるが、歯や爪には銹釉が掛からず
透明釉を掛けるため白磁の白さが印象的である
眼も白磁に黒の瞳で表現する、玉は瑠璃釉を掛ける -
色絵婦人文羽子板形硯
京都・・京焼・・1690〜18世紀前半
羽子板に乗る鞠を持ち上げると蓋が開き、内部が無釉で硯面になっている
長さが13cmの可愛らしい硯である
金彩で文様を縁取り、内を緑と青で塗る、婦人の顔と髪は黒で描き
口は赤で彩る、硯面には墨を磨った痕跡がある
蓋裏には「清」の字が印刻されている -
糸目徳利
岡山・・備前焼・・17世紀後半〜18世紀
首が細長く伸びた鶴首形の徳利
胴部上半に細かなロクロ目が残り、糸目状の装飾となっている
釉は光沢がわずかに出る程度に鉄泥が薄く塗られている
底部は平底で、菱形の「田」のような押印と「せ」の字の墨書銘がる -
糸目丸形徳利
岡山・・備前焼・・17世紀後半〜18世紀
胴部上半には細かなロクロ目が装飾として付けられている
碁筍底状の底部には、○内に十字の印刻銘が見られる
窯内で灰が被ったところは茶色の釉となって変化をもたらしている -
・火襷糸目丸形徳利
岡山・・備前焼・・18世紀〜19世紀
・焼締小盃
岡山・・備前焼・・19世紀 -
褐釉線条文瓶
岡山・・備前焼・・彫銘「慶長拾三年」1608年
胴下部に「十一月作之」の彫り銘がある
底は平たく、ヘラ削りの跡が同じ方向に4筋ほど見られる
備前焼は岡山県備前市伊部を中心に平安末期から続く陶器窯
焼締めを特徴とし、甕や擂鉢のほか水差や花生などの茶陶も作られたそうです -
青磁燭台
関西系か・・19世紀か 箱書〔明治三年〕1870 -
青磁瑞雲鹿文角手塩皿
兵庫・・三田焼・・1820〜1870年代 -
軟質施釉陶器人物像
兵庫・・姫路・・鷲脚焼・・1880〜1920年代
楽焼の一種であり、素焼き程度〔800℃位〕で焼成され
全体に透明釉が施されている
平底の底部には「鷲脚造」の線彫銘がある
鷲脚は姫路の元藩士、中川勇次郎の号
明治9年に士族授産で始まった永世舎で、大川内山の陶工
柴田善平〔号鴨脚〕に手捻りの指導を受けた
退舎後、明治14年〔1881〕に独立して開窯
大正11年〔1922〕に没した -
・色絵陶器楼閣山水菊花文瓶
広島・・備後か・・19世紀
・呉須絵唐草詩句文瓶
関西系・・19世紀前半〜中葉 -
色絵笹梅文瓢形瓶
京都・・京焼・・古清水・・18世紀前半
釉に細かな貫入がある薄茶色の素地であり、薄手に作られている
瓢は上房が大きく、重心が比較的高いため傾けやすい
色絵の緑と青で梅と笹が描かれ、部分的に金彩が加えられている
緑と青と金による彩色は、古清水焼の典型的な色使いである
底部は平底で無釉 -
色絵唐人文鉢
京都・・京焼・・奥田穎川・・18世紀末〜19世紀初頭か
高台内に色絵赤で「陸方山」の銘が記されている
「陸方山」は京都の磁器創始者として知られる奥田穎川〔1753〜1811〕の号
穎川は中国の呉州赤絵や古染付などの写しを得意とした
この鉢は素地が厚く作られ、口部は部分的に釉剥ぎを行い明末の中国磁器の
虫食いを意図的に表しているそうです
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 迷子さん 2008/01/05 01:10:08
- 今年もヨロシクでありますだ〜♪
- ノンビリお正月を過ごされただしょーか?
今年も健康でよい年を送って下さいどす。
糸目の焼き物は・・・・・・
これを作るのも焼きを入れるのも
大変な技術だしょーなぁ。
迷子も細く長く、胴体はブットク?!生きたいでありますだー。
- kokonoさん からの返信 2008/01/06 13:28:07
- RE: 今年もヨロシクでありますだ〜♪
- 迷子さん、こんにちは
まずは、謹新です ♪
なんか紛らわしいタンゴ モトイ 単 語 またまたモトーイ 謹賀新年です あはは・・
せわしないお正月でしたよ 本日までは 孫たちへの接待役・・ 大袈裟な言の葉
いやぁー ほんと 迷子さん経験ありますかぁ〜
糸目の一輪挿し〔徳利〕 流石のさすが 目をつけるところが 普通と違う迷子さん 尖がり目 ??
通常、有田では鶴首と言います お酒には使いませんね〔私だけの考えですよ〕
下の部分、胴は普通の壷作り 上部に移り鶴首にしていくんですが
細首なので指が入らない 其処で使うのがヘラです
詳細は知りませんが 各人に秘儀を尽くしたヘラを使うようです
私も未熟ながら容にほれて 一度だけ挑戦しましたが 敢え無く完敗でした
鶴首部分をカットして 一輪挿しの変形を作りましたよ
後日、別ブログで紹介できるようになったら こっそりとお知らせしますね
kokono
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