2007/09/11 - 2007/09/16
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satoshi.s2さん
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トラピックス主催の「中国シルクロード秋の鉄道旅行」に参加して、旅行好きの紳士・淑女12名にめぐまれ和気藹々の楽しい旅行を楽しんできました。
特に寝台特急列車にて仏教美術の宝庫敦煌へ〜古のオアシス都市が点在する、祁連山脈と砂漠に挟まれた「加西回廊」を22時間で走破。車窓からシルクロードの大地を堪能してきました。〜
世界遺産兵馬俑坑、世界遺産莫高窟、鳴沙山・月牙泉をラクダに乗り観光等に感動し有意義の旅行でした。
一日目
→関空→上海・上海→西安→夕食(陝西料理)→西安寶館(宿泊)
二日目
→ホテル→西安北の城門(入場式典見学)→西安大学(井真成の墓誌見学)→華清池→昼食(四川料理)→世界遺産兵馬俑坑→夕食(餃子の宴)→唐歌舞ショー→西安寶館(宿泊)
三日目
ホテル→西安駅→寝台特急列車(祁連山脈と砂漠に挟まれた「加西回廊」を22時間走破、車中からシルクロードの大地堪能。昼食(和食弁当)、夕食(食堂車内)、朝食(食堂車内)→敦煌へ
四日目
→敦煌駅→世界遺産莫高窟→昼食(敦煌料理)→玉門関→漢代長城→鳴沙山・月牙泉(ラクダの乗る)→工芸品店→夕食(イスラム料理)→敦煌寶館(宿泊)
五日目
ホテル→白馬塔→総合民芸品店→敦煌空港→北京空港→ホテル→夕食(北京ダック料理)→華潤飯店(宿泊)
六日目
朝食(バイキング料理)→北京空港→煙台空港→関空(帰国)→
莫高窟
敦煌市の東南25kmに位置する鳴沙山(めいささん)の東の断崖に南北に1600mに渡って掘られた600あまりの洞窟があり、その中に2400余りの仏塑像が安置され、壁には一面に壁画が描かれ、総面積は45000平方メートルになる。
作られ始めたのは五胡十六国時代に敦煌が前秦の支配下にあった時期の355年あるいは366年とされる。仏教僧・楽僔(らくそん、僔は人偏に尊)が彫り始めたのが最初であり、その次に法良、その後の元代に至るまで1000年に渡って彫り続けられた。
現存する最古の窟は5世紀前半にここを支配した北涼の時代のもので、それ以前のものは後世に新たに掘った際に潰してしまったようである。窟のうち、北部は工人の住居となっており、ここには仏像や壁画は無い。
壁画の様式としては五胡十六国北涼、続く北魏時代には西方の影響が強く、仏伝・本生譚・千仏などが描かれ、北周・隋唐時代になると中国からの影響が強くなり、『釈迦説法図』などが描かれるようになる。期間的に最も長い唐がやはり一番多く225の窟が唐代のものと推定され、次に多いのが隋代の97である。
北宋から西夏支配期に入ると、敦煌の価値が下落したことで数も少なくなり西夏代のものは20、次の元代の物は7と推定されている。この頃になると敦煌はまったくの寂れた都市となっており、以後は長い間、莫高窟は忘れられた存在となる。
この莫高窟が再び注目を浴びるのが、1900年の敦煌文献の発見によってである。
しかしその後も莫高窟自体にはあまり注目が集まらず、その価値が認められ、保護が行き届くようになるのは中華人民共和国成立以後のこととなる。
しかし、現在砂漠化が進み、も埋没も近いと見られている。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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写真撮影禁止で、カメラの持ち込みも駄目でした。
莫高窟をすべて観光するには2ヵ月かかるとガイドさんが言っていました。
外観、96窟
(初唐 618-704) 則天武后によって、西暦695年頃に造営された最大窟です。朱塗りで九層楼の建物で、清の時代に建てられました。 中には、130窟の南大像に対して北大像と呼ばれている弥勒大仏(高さ34.5m,幅12.5m)が、安置されています。 -
130窟
写真はインターネットで入手
(盛唐 705-780) 莫高窟で、2番目に大きな南大像が安置されています。(H:26m) -
外観、148窟
(盛唐 705-780) 涅槃経の壁画に囲まれた、15.5m の大きな釈迦涅槃像(タイ、バンコクに行かれたことがある方はタイの涅槃像を想像して欲しい。あのようなきらびやかさはないが、姿形はとてもよく似ている)が、安置されています。 後ろには、72体の仏像があります。 -
249窟
写真は絵葉書
(西魏 535-556) 伏斗式の天井一杯に描かれた壁画は素晴らしく、窟頂には須弥山、その回りに阿修羅や風神・雷神、西王母・東王公等が描かれています。 -
251窟
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259窟
(北魏 -534) 今までに、修復はされていないそうです。 かなり広い窟で、一寸眉の上がった、親しみ易そうなお顔のご本尊です。 -
427窟
(隋 581-618) 中心柱のある大きな窟で、これも大きな三世仏(過去、現在、未来)が安置されています。 前室の両側には、仁王と四天王の像が置かれています。 -
428窟
(北周 557-581) 少数民族の時代に作られた塔廟窟として最も大きな窟です。 壁画には、サッタ太子の捨身飢虎やスダーナ太子の布施の本生図等が描かれています。 -
16窟
(晩唐 705-780) 主室には、ご本尊を安置する須弥壇があります。 その回りの壁画は、晩唐時代のままですが、甬道の壁画は西夏時代に書き直されたものだそうです。 甬道の北側には、17窟の入り口がぽっかり開いています。
17窟
(晩唐) 敦煌を有名にした、沢山の古文書が密閉されていた窟「蔵経洞」です。 16窟の前室から本室に至る甬道の右側にある耳窟で、もともとは16窟を作った洪べん(字がありません)を祭る御影堂と言われています。 今は正面の台座に洪べんの塑像が安置され、後ろには樹下供養者像が描かれています。 -
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お土産店
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お土産
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お土産
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駐車場から
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