2007/09/10 - 2007/09/10
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hirobekさん
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大阪城行くたびに新発見がある。
秀吉の天守閣は高さ40mであったが、徳川氏は幕府の威信を示そうと高さ58mの大天守を建築。現在の天守閣より高い物であったが、わずか39年後の寛文5年(1665年)に落雷で消失。現在の天守閣は、昭和5年(1931年)豊臣大阪城の天守を大坂夏の陣図屏風」などの資料をもとに再建したもの。
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
-
極楽橋
石山本願寺を織田信長が焼き払った跡に建てたので、仏教的な名前の橋になっている。 -
極楽橋の石碑
この橋は、ここから当時あった石山本願寺に行くための橋なので、極楽橋と名付けられたとか。 -
豊臣秀頼、淀君自刃の場所とされている
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堅固な石垣
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大工事をしていたが無事でよかったこの木も
もうすぐ紅葉する -
石垣刻印
取り替えられた古石垣の石
すべてに刻印されているので出自がわかる。 -
天守閣 8階よりの眺望
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タイムカプセル
1970年に あらゆる生活資料を詰め込み5000年後に開ける。
5000年後の人々が現在の生活を知る手がかりとなる -
大阪城天守閣は平成7年から9年(1995〜1997)にかけて大規模な改修工事が行われ、高齢者・身障者の為に車椅子に乗ったままで天守閣内に入れるようにエレベーターが天守閣の横に新設。
中国からの観光客で健康だけれどこれに乗りたいという人、或いは景観に不釣り合いだとクレームがでていた。 -
鉄砲
大正時代までお昼にドンとならしていたそうな
火薬の節約のため中止となる。 -
わずかに残る日本庭園
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豪華絢爛な天守閣
秀吉時代の天守は今の配水池のところにあったが、江戸幕府により現在の位置に再築されたとのこと。
秀吉の天守は約40mであったが、徳川氏は幕府の威光を示そうと高さ約58mの大天守閣を建築。
これは現在の天守閣よりも高いものであったが39年後1665年(寛文5年)に落雷で消失。
現在の天守閣は、昭和6年1931年、豊臣大坂城の天守閣を「大坂夏の陣図屏風」などの資料を基に再建したもの。 -
青屋口門
JR大阪城公園前に近い -
元大阪市立博物館 陸軍第四師団司令部 天守閣建設時に一緒に昭和6年3月完成 地上3階、地下1階
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