2007/09/09 - 2007/09/09
332位(同エリア414件中)
もろずみさん
♪汽笛一声新橋を・・・で始まる鉄道唱歌。
日本で初めて鉄道の開通したのが明治5年(1872年)の新橋〜横浜間。東京駅開通までは新橋が始発駅でした。当時の新橋ステーションの場所は今の汐留で、横浜は今の桜木町だそうです。
鉄道こそが文明開化の象徴でした。
そんな鉄道発祥の地も旧国鉄の民営化によって売却されることになり、遺構の調査が行われました。
いくつかの遺構が発見され、当時のステーションのあった場所に「旧新橋停車場の駅舎」を再現しました。
昨年閉館した交通博物館の代わりの鉄道博物館も汐留に建てればよかったのになぜか大宮です。
別段、鉄道ファンというわけではありませんが明治開化の貴重な史跡ということで訪ねてみました。
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
先週の築地居留地歩きは勝鬨橋まででしたので、築地の続きから歩き始めます。
築地も1丁目から4丁目は昔の風情は残っていません。
見所と言えば本願寺くらい。 -
2丁目に築地小劇場跡のレリーフがあります。
大正13年(1924年)に設立した新劇の常設小屋です。
プロレタリア演劇を上演して当局に目をつけられていたらしいです。
東京大空襲で焼失しました。 -
さて、本願寺境内に向かいましょう。
築地本願寺は京都の西本願寺東京別院です。
インド風の不思議なデザインは帝大工学部の伊藤忠太の設計で、昭和9年(1934年)に建てられました。
元々は浅草横山町にありましたが、明暦の振袖火事で焼失して現在地に移ったものです。 -
歌川広重の名所江戸百景「鉄砲洲門跡」に大屋根が描かれています。昔は普通のお寺だったのですね。
埋立地に建てられたので海に浮かんでいるように見えます。 -
西本願寺の大谷家出身の九條武子女史の記念碑。
銀座や築地を歩いていると関東大震災の凄さが身に染みてわかってきます。
震災復興にいち早く手を差しのべた女史の活躍は至るところで目にしました。偉い人がいたものです。
「おおいなる もののちからに ひかれゆく
わがあしあとの おぼつかなしや」 -
隣には、シーボルト事件に連座した土生玄碩の墓、赤穂浪士・間新六供養塔、佃島開発者・森孫右衛門の墓と並んでいます。
さすがに古刹だけのことがあります。 -
本堂の中は見事なまでの仏教ワールド。
これだけ荘厳で華美な雰囲気のお堂はあまりありません。 -
しかし、古代インドの寺院デザインとは思い切ったことをしたものです。
見物に来ていた外国人に話しかけられました。
「Temple or a shrine?」
なるほど日本人でも迷うところです。
彼はこのあと「Sakana market」に行きたいというので案内しました。 -
元の築地川の小田原河岸にあった門跡橋の親柱です。
どうも本願寺の敷地は今よりずっと広かったようで、この橋も境内にあったとか。
真偽のほどは不明です。 -
築地市場の勝鬨橋に寄りは幕府の軍艦操練所のあった場所です。
オランダから購入した軍艦の操練をするための施設で、安政4年(1857年)に設立。頭取には勝海舟が就任しました。
そこへ海洋大学の学生が通りかかったのでちょっとびっくり。銀座に遊びに行くのかな? -
軍艦操練所は元治元年(1864年)に焼失して移転。
その跡地に慶応4年(1868年)に建てられたのが日本初の洋式ホテルである「築地ホテル館」でした。
外国人には「Edo Hotel」と呼ばれていた洋館風(実は日本建築)の建物でした。
わずか4年で焼失したのですが文明開化の象徴的建物として多くの錦絵が残っています。 -
で、今その場所には築地市場の立体駐車場が建っています。
何とも風情がない建物ですね。 -
仕方がないのでジオラマで我慢しましょうか。
彩色は錦絵の如くだったと思いますが、こうして見るとやはり日本建築だとわかってしまいますね。 -
日曜日の活気のない築地市場を抜けていくと波除稲荷神社があります。
万治2年(1659年)築地の埋立工事が荒波で難儀した時に、光を放ち海に漂う稲荷大神の御神体が見つかり、これを祀ると波が穏やかになった。よって「波除」の名がついたのだそうです。 -
境内も社殿は大きくありませんが、左右に獅子殿と弁財天社があります。
両方とも大きな獅子頭が祀られていて、こちらが弁財天社の通称「お歯黒獅子」です。 -
狭い境内には魚河岸に因んだ石碑がいくつもあります。
この「すし塚」の他に、海老塚・安鱇塚・玉子塚など。 -
波除稲荷神社の大祭は3年に一度。
千貫神輿と言われる宮神輿が築地界隈を練り歩きます。
魚河岸の関係者が多いので威勢がよいのが有名です。
写真は2005年6月11日撮影 -
祭礼では先ほどのお歯黒獅子も担がれます。
こちらを担ぐのは女性に限られます。
なかなか見所が多いお祭りです。
写真は2005年6月11日撮影 -
築地市場の中にはもう一つの神社「水神社」があります。
魚河岸は元々日本橋にあったものが昭和10年(1935年)に築地に移ってきました。
日本橋魚河岸はもちろん神田明神の氏子地域で、明神様の境内に「魚河岸水神社」があります。
築地の水神社は遙拝所と言って、ここに手を合わせるとその方向から神田明神の水神社を拝むことになります。
こんな雑学は語りだしたらきりがないのでこの辺で・・・。 -
見事なまでに店が閉まっている場内市場を出て、腹ごしらえに場外市場へ。
お昼時にはちょっと早いが寿司屋の前には行列ができていました。
というか、ここは寿司屋しかないのか?というくらい。
大体がおまかせで3000円を切るくらい。 -
新鮮さが売りの築地場外市場ですが、まだ歩くので海産物をお土産に買うわけにはいきません。
函館や小樽なら買ってクール便で送ってしまうのですが・・・。 -
さて、午後に入ってようやく本来の目的である新橋駅へ。
鉄道唱歌の1番の歌詞の碑があります。
♪汽笛一声新橋を
♪はや我汽車は離れたり
♪愛宕の山に入り残る
♪月を旅路の友として
夜汽車のイメージですね。 -
新橋駅での待ち合わせスポットの代表格のSL。
C11形蒸気機関車は旧国鉄のそのまた前身である鉄道省が製造した機関車です。デビューは昭和7年(1932年)。
大井川鉄道で動態保存されているのと同型。
関東では真岡鉄道で走っていると聞いたことがあります。 -
旧汐留駅(貨物駅)は再開発されてシオサイトになりましたが、その一画にあるレトロモダンな建物。
これが復元された新橋駅です。 -
営業当時の写真がありました。
復元にあたって設計図も何もなかったので、遺構とこの写真を元に再現してみたということのようです。
ですから完璧な当時の姿とは言えません。 -
でも十分に文明開化の頃の雰囲気を漂わせています。
正面玄関の前には当時の石段が覗けるようになっています。
ワイドで撮っても全体が入らないのはご愛敬ということで。 -
内部は「旧新橋停車場・鉄道歴史資料室」です。
入場無料。ただし旧新橋停車場の遺構は撮影禁止です。
早速入ってみます。 -
重要なものは撮影禁止なのでタペストリーなどで雰囲気だけを紹介。
なかなかレトロな雰囲気がして良くできています。 -
中は狭いし展示品はごくわずかですのでJR東日本のショールームと言う感じ。
天井の照明のレトロ感で十分とも言えますね。
一応古い映像も見られるので、それなりに楽しめます。 -
撮影OKの模型は東京駅赤煉瓦駅舎の復元計画です。
3層のドームに復元されるというのは実に楽しみです。
こんな構造になるのですね。 -
錦絵に描かれた新橋停車場です。
「東京名所之内・新橋汐留蒸気車鉄道局停車館之真図」とあります。
右下に「安藤徳兵衛」とあるので3代広重ですね。
この絵は資料館で300円で購入した絵葉書のうちの一枚です。 -
表に出ると当時のプラットホームが再現されています。
こちらは撮影OKですから遠慮なく。
今の駅のホームに比べると高さがありません。
何で今のホームはあんなに高くなってしまったのか不思議。 -
ホームがあれば軌道も当時のサイズと工法で復元。
レールは1873年英国製の双頭レールということです。
じゃ、レールは残っていたのか?というと、日本中を探して当時のレールを見つけだしたのだそうです。
JRさんもやりますね。 -
絵葉書からもう1枚。
同じく3代広重の「新橋ステンション蒸汽車鉄道図」です。
この絵も参考にされてホームは復元されたのでしょう。
初代広重の「江戸名所百景」は散歩の参考にしてますが、3代広重の錦絵をこのところ良く目にしましたね。 -
軌道の終わり(はじめ?)には「0哩標識」があります。
日本の鉄道のスタート地点はここだったのかと思うと感慨がありますね。
歴史的意味から「0哩標識」であること間違いなしです。 -
汐留まで来たので浜離宮恩賜公園に寄ってみます。
潮入の池からニョキニョキと伸びている高層ビル群。
まるでおもちゃみたいに見えますね。 -
かつては将軍家の鷹狩場だったのを埋め立てて御殿に整備されました。
忠臣蔵で有名な甲府宰相綱豊(後の6代将軍・家宣公)の浜御殿とはここです。
昔の名残の鴨場も残されています。 -
将軍家の庭園ですから、側用人・柳沢吉保の造った六義園や水戸黄門・光圀公の造った後楽園とはスケールが違います。
歴代将軍は船でやってきたそうで、将軍専用の桟橋「お上がり場」がありました。
しかし建物が残っていないのが何とも殺風景な庭園です。 -
季節的にはちょうど見頃のキバナコスモス。
満開ですが連日の暑さで花の状態は良くありませんでした。
コスモスはこれからでしょうかね? -
今日のイベントは江戸大神楽の実演です。
「さてお立ち会い!」と甲高い声で口上を述べるこの姐さんは、前にもどこかで見掛けています。江戸博だったかな?
おっと、今日のテーマは明治開化であって江戸ではありませんでした。 -
汐留の再開発地域もたまには歩いてみます。
どんどん昔の風情が無くなっていくのが東京ですね。
まるで外国の風景のよう。少しは考えてもらいたいものです。 -
新橋はちょっと来ないうちにイタリアになってました。
新設の港区イタリア公園です。 -
線路をくぐると今度はイタリア街に出ます。
確か、ここはそろそろグランドオープンのはずです。 -
ということで明治開化は3部作になりました。
変貌を遂げた東京の街も一皮むけば文明開化の痕跡を探し出すことができます。
ちょっとしたタイムスリップ気分を味わうこともできました。
いろいろと調べながらのコース作りも、現地での思わぬ発見も楽しめました。
しかし今年の残暑は厳しかったなぁ。
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この旅行記へのコメント (2)
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- めぐみ☆さん 2007/09/19 10:13:06
- 海洋大学。。
- 友人の子供さんが在籍中です。
こんな制服なんですね〜。。
入学式に付いて行った時は、スーツでした。。
パワフルなおカンで、子供が手続き中に同室の子に「夕食おごるから」と引越し荷物を運ばせたらしい、、ついでに先輩達の部屋に行きレイアウトなんか見せて貰ったとかで「おカン、止めてくれよぉ〜」と言われたらしいです
- もろずみさん からの返信 2007/09/19 23:15:10
- RE: 海洋大学。。
- 唐八景さん、こんにちは。
この辺りは昔の海軍兵学校やら海軍経理学校があった所だなぁと思っていたので、水兵姿の学生に出会った時は錯覚かと思いました。
真っ白な制服姿はなかなか颯爽としてましたよ。
顔出しはまずいのでぼかしましたけど雰囲気は出てるでしょ?
お友達の息子さんは寮生活を送ってられるんですね。
何だか楽しそうで良いなぁ。
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