2007/08/18 - 2007/08/18
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tomofukiさん
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子供の頃、鉄道にはまり山陰線の夜行鈍行で、鳥取から京都まで夏休みに行ったこと、数多くの特急列車がまだ、山陰線に健在だったころ、餘部陸橋に写真を撮りに来た事を思い出しました。
青春 18切符の1人分が余っていたので、播但線経由、山陰線、餘部陸橋まで行ってみました。
平成21年までには、新しい橋に掛け替えとなる予定であり、今年が最後の完全な橋の状態で撮影可能な時期のようです。
夏休みで 同じような思いを寄せる人で一杯でした。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
-
朝6:30AM 姫路発 寺前行き電車にのり寺前でジーゼル車で和田山に向かう。
今頃のジーゼル車も冷房が効いているので快適 -
和田山で、豊岡行き電車に乗り換え、ローカル線なので、待ち時間が列車を乗り換える毎に30分程度ある。駅をでてぶらぶらとし、時間つぶしをする。
-
豊岡からは、またジーゼル車に乗り換え。
山陰海岸あたりを通るが、トンネルと深い谷が交互につつぐ。
海辺も近く、夏の日差しがまぶしい。
鎧と言う駅を通過しているときの風景 -
鎧からトンネルを2つ程度抜けると、いよいよ餘部陸橋となる。
ローカル線であるが、多くの人が餘部陸橋を見に来ていた。
トンネルを抜け餘部陸橋にさしかかるときの列車ないの様子。
一斉にみんな外を、写真を撮り始めます。 -
列車が餘部陸橋を渡っているとき、見える風景。
青い空、碧い海 夏の光がまぶしい。
41mの高さなので、相当小さく見える。 -
橋ができたのは、明治45年とのこと、やく98年もつかわれていることになる。
橋の材料は、アメリカのペンコイド工場から艀でここまで延々と運ばれてきたとのこと。
当時、この場所は、陸からのアクセスはなく海からしかない。
もし、鉄骨材料を間違って海に落としたらアメリカから再度運んで来る必要あるので、工期が大幅に遅れるので、海に鉄骨を落とさない様に細心の注意とのこと。
延長 310.59m 高さ41.45m 。 -
陸橋横の撮影ポイント
多くの人がカメラを構える、
東京等、夜行できたひともいた。
また、道路には水戸ナンバー、岩手等遠距離から車もあった。 -
餘部ロマン号、夏休みの間、3往復程度運転される。
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橋の横から見た様子、相当高い事が分かる
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餘部陸橋を渡る唯一の特急列車
181系 はまかぜ1号 -
昭和61(1986)年12月28日13時24分、餘部鉄橋から、回送中のお座敷列車「みやび」の客車7両が折からの突風にあおられ、鉄橋より転落。真下にあったカニ缶詰加工工場を直撃し、工場で働いていた主婦ら5人と最後尾にいた列車車掌の計6人が死亡。
この6人の犠牲者の慰霊塔。
丁度、昭和62年正月頃、列車が転落したあと、ここにきたことがあった。
そのときは、列車の残骸がここにあった。
犠牲者がたのご冥福をお祈りいたします。 -
はまかぜ 4号
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特急 きのさき
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城崎温泉駅まで、気動車で帰ってきたが、次の列車まで、40分程度あったので、城崎温泉の街を歩いてみた。
駅前に、ある湯飲場。
手で触れて見たが、相当熱い。飲むのは丁度良いかも -
駅から続く、商店街。
電信柱がなく、すっきりとした景色。 -
弁慶蟹
甲羅の模様が弁慶の形相を連想させるからと言われる -
城崎の地ビールを売っていました。
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パンフレット似よく出てくる柳が植えてある温泉街。
駅から歩いて10分程度です。 -
駅前に、無料で足湯ができる場所がありました。
餘部陸橋では、足に多数の蚊が刺し、足を掻きどうしでしたが、湯の中に足を入れると、清潔になり、かゆみもおさまりました。 -
足湯は、それそれの場所にかえるの置物がおいてあり、口から湯がでてきます。
駅前にこのような施設があるには,感動ものです。
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