2007/02/11 - 2007/02/12
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tabijiisanさん
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ソフィアからリラの僧院を往復し、観光する。
翌日南東にあるプロヴディフ市を観光した後、更に南東に走り、トルコとの国境を通過。トルコの国境の町エディルネを素通りし、イスタンブールに到達するまでの旅を綴る。
写真はリラの僧院。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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アレクサンダル・ネフスキー教会内部。
中央に豪華な大理石の祭壇がある。メノウ、大理石のモザイク画が飾られ、ブルガリアの守護神ライオンの大理石を礎石にした柱があった。 -
泊まったホテルのプリンセス・ソフィアにはカジノが付属していた。翌早朝にもオープンしていたが、賑わっていないようだった。
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ソフィア市内に洒落た壁画のビルを発見。車窓より。
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リラの僧院の入口。
リラの僧院外壁は石造りで窓が小さい。この外壁は360度全て石造りであたかも砦のようだ。ルーマニアの要塞教会によく似ている。
14時前に寺院近くのレストランを発ち、リラの僧院に向かう。ソフィアの南120kmにあり、2時間半の道程だ。この道はギリシャに至る道で、ギリシャ・オリンピックの時に整備されたと言う。途中で左の小さい谷沿いの道に入り登っていく。尾根から導水管が下り、小さな水力発電所が見える。民家の煙突にコウノトリの空き巣が見える。4月にコウノトリはアフリカから戻ってくる。16時に岩山に囲まれたリラの僧院に着く。ここは標高1150mある。このリラ山塊の最高峰は2925mある。 -
世界遺産リラの僧院は12ー14世紀の第2次ブルガリア帝国の王の庇護の下で大きく発展し、360人の修道士をようし、華麗なイコン、ブルガリアの書物が出版され、キリスト教文化の花が咲いた。14世紀にオスマン・トルコの侵略により、多くの修道士は立ち去らねばならなかったが、僧院の破壊は免れた。16世紀にオスマン・トルコは、モスクワのロシア正教の援助を受けることをここだけ認めたため、各地から修道士が集まり、キリスト教は絶えることはなかった。モスクワからイワン雷帝が訪れたことがある。1833年に火災を受け、全焼したが、1870年に再建された。
外周にある多数の僧房からなる3-4階の建物(外陣)の中央部に聖母教会がある。この聖母教会の内部に、最後のブルガリア国王の真新しい棺が1966年に納められた。彼は第2次大戦の最中、ナチの要求を拒絶し5000人のユダヤ人を救った恩人として名高い。 -
左側は外陣、右側はフリリョの塔と聖母教会。
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写真は教会の左手にある5階建てのフレリョの塔。
この石造りの塔は、ここがオスマントルコとの戦いで、要塞の役割を果たした最古の建造物である。現在では、1階が売店になっている。 -
リラの僧院の回廊の壁画。
午後7時にプリンセス・ソフィアに到着。近くのレストランで夕食。3人の民族音楽の流しが来て、奏でてくれた。 -
翌日朝7時半にホテルを出発し南東のブルガリア第2の都市プロヴディフに向かう。約2時間の行程だ。ホテルの前で今日出国すると言うのに、闇両替屋に声をかけられた。緑と褐色の畑の向こうの谷筋に、朝霧がたなびいていた。トラキア平原。
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ブロヴディフ中心街の昼休み、男性が多い。オスマン・トルコの影響?
ブロヴディフは人口37万人。紀元前4世紀マケドニアの都市として栄え、フィリッポ・ポリスと呼ばれた。ローマ時代の遺跡が方々で残っている。オスマン・トルコ時代も交通の要衝として栄えた。 -
プロヴディフ市の公園にもあったオスマン・トルコから独立した時の首相スタンホロフのレリーフ。
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盛り場のロータリーの下でローマ時代の円形劇場の発掘、復元が行われていた。
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旧市街の社会主義時代の影響を色濃く残す壁画。
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旧市街にあるローマ時代の円形劇場跡。現在でもコンサート、演劇など催し物が行われている。
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旧市街のラマルティーヌ博物館。
ラマルティーヌは詩人。この張り出し窓の家はブルガリア・ルネッサンス様式とのこと。 -
民族博物館。
豪商の邸宅だった。(1847年建設) -
ネドコヴィッチ・ハウス。
富豪の邸宅。 -
ヒサール・カピア。
紀元前4世紀にマケドニア王により建てられた要塞門。
この界隈の旧市街は「プロヴディフの古代都市」として2006年に世界遺産を申請したが、20世紀に造られたものが多いとの理由から実現していない。 -
この旧市街の整備、復元に日本政府が資金援助している。そのレリーフ。
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旧市街の手回し芝居のおじいさん。
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プロヴディフの旧市街で昼食をとった後、13時に一路トルコとの国境に向け出発する。15時に国境に到着する。ブルガリア側の検問所とトルコ側の検問所があり、車が少ないのに、1時間も待たされた。中近東からEUに麻薬が流入するブルガリア・ルートがあり、チェックが厳しいのだと添乗員は説明した。国境の町エディルネを素通りして、雨の中、暗くなった道をひたすら走る。イスタンブールのトプカプ宮殿の城砦近くのレストランに着いたのは、夜9時になっていた。ここで、夕食後、トルコのバスに乗換え、運転手、ガイドがトルコ組みに交代する。ブルガリアの運転士がイスタンブールの道を良く知らなかったため、イスタンブールのタクシーを道案内にするハプニングがあった。
宿泊するホテルは金閣湾を渡った新市街にあった。(ホテルの名はデデマン・イスタンブール)
写真はイスタンブールのホテルの自室の窓から撮影したもの。
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