2007/05/04 - 2007/05/08
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fujimotoaiさん
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ロンドン、パリからのつづきです。
画像のコピー、二次使用等は自由です。
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道
-
AM5:30起床。
15分で荷造り。チェックアウト。
パリ最後の朝という感慨にひたっている余裕はない。
車でシャルル・ド・ゴール空港。
写真や映画でみていたほどかっこよくもない。
ロンドンでかった傘を預けるようにいわれたが、いやな予感。
アリタリア航空でローマへ。
遅刻したイタリアーノを待ったから飛行機はややおくれて飛んだ。
遅れたくせに窓側だしエラそうだった。トッティの出来損ないみたいなやつだった。
無事、フィウチミーノ空港へ着陸したのだが、預けた傘が出てこない。
ポンピドゥー製のメモ帳に「かさ」の絵をかいてみせるが出てこない。
JALの現地スタッフも心配してやってきて、
「傘は置いていくお客様もいますけどねー」というが、
みんな働いてるんだし、とても大切なものなので、
とにかく待つことにした。
NOKIAを拾ったら、すぐセニョリータが探しに戻ったので、よかった。
ぼくの落し物も必ず出てくると思ってた。
1時間30分まって、ようやく、スーツケースが流れてくるトコから出てきた。
先っぽの金具がとれてた。
This ts Italian work.である。
この傘、まさにこの梅雨時大活躍だけど、
たしかにぼくといっしょに旅してきた、世界にひとつだけの傘だ。
空港の外に出ると、ちょうど雨はあがったところだった。
早起きしたので、ホテルに着いたら、まず休もうと思っていた。
天井が高い、またツインだ、便器までジノリだ・・・。
おやすみ・・・・・・。 -
-
●フランチェスコ・ボッロミーニ《サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ》
ローマには4日ばかりいただけだが、この小さな教会には3回は行った。
前を通った回数も含めたらもっとだ。
ホテルを出て、前の道を左に曲がって、坂を登ったら5分ほどでつくからだった。
ほんとうにみじかい滞在のなか、ホテルから最も近い建築が、ボロミーニのこの名作であったことは、
建築を志すものにとって大きなめぐみだった。
すぐご近所にこんなものがあるなんて、こんなに心強いことはないではないか。
ホテルで2時間ほど眠ったあと、まっすぐここにむかったのだった。
これは若いボロミーニのほとんどデビュー作だ。
バロックの記念碑となる、まったく独創的な形態が、
初めて建築する喜びや溢れる若さをつたえている。 -
非常に困難な条件に教会は建っている。
この狭い四つ辻の小さな敷地に、救いをもとめる子羊たちのためにボッロミーニがささげた努力をおもうと、
ほんとうに頭が下がる。これこそが偉大な建築家の仕事であると思わせる。
「曲げながら垂直に立てる」という、自分でもよくわからないメッセージをこのファサードからうけとった。 -
サン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネにせよ、サン・ピエトロにせよ、
パンテオンが特権的なリファレンスになっているのがよくわかる。
ところで、ぼくはキリスト教徒でも仏教徒でもないわけだが、
キリスト教の教会が好きだ。
(恥ずかしい告白をすれば、「ミッションスクール」みたいなものに憧れてて、
受験のときは、受けたりしたものだ。落ちたけど。)
結局、仏教のお寺になじめないのは、
「お化け屋敷」的というか、「怖い」からだろう。
閻魔様とか地獄とか。
こんなのはおかしな見方で簡単すぎるだろうが、
日本の仏教寺院というのは、
「地獄はこんなに怖くて恐ろしいところだぞ。
だからここに落ちないような生き方をしなさい。」という教えだとしたら、
キリスト教の寺院は、
「天国はこんなにすてきな所だから、
死んだらここに来なさい」ってことだと思う。
だけど、このちがいはぼくには大きいのだった。 -
外部は交通量のおおい交差点に面しているので廃棄ガスで煤だらけなんだが、
何年か前の改修を経た内部は、ほんとうに真っ白にかがやいている。
この中庭は静かで瞑想的である。古典主義的といえるくらいスタティック。
(だが、八角形の回廊の斜辺にはカーヴが使われている。) -
●ベルニーニ《サンタ・マリア・デッラ・ヴィトリア》
ロンドンの《ウェストミンスター》で感じたのと同じような、
ガクンと膝にくる衝撃をうけた。
「よりにもよって」ベルニーニの建築でこれほどの衝撃を受けるとは!
自分でも意外だったが、旅はこうでないといけない。
けっして大きくもなく、天井もそれほど高くない条件のなかで、
そこらじゅうに天使が飛び回っている。
やや装飾過多だが、ぼくはこんなバロックの教会を求めていたのかもしれないと思い、
ここにも3回通った。今回のグランドツアーで、忘れがたい建築になった。
ローマ観光で、この教会を外すことはできない。
1回目にいったときは、修学旅行の女の子たちが、
お祈りのポーズで記念撮影してたのが、とても可愛らしかった。 -
この教会が有名なのは、なんといっても《聖テレサの法悦》があるからだろう。
テレサの恍惚とした表情や、自然的でない衣紋の流れなど、
明らかにルネサンス期の彫刻にはみられないものだ。
しかし、教会の空間そのものが、こんなに魅力的だったなんて、
おおきな発見であった。
●《バルベリーニ宮》(国立絵画館)
四つ辻の泉までもどって、下り坂の途中の《バルベリーニ宮》へ。
これも設計はボッロミーニだ。
エントランスの階段などが特徴的。
ローマの美術館は幾つかあるわけだが、
収蔵品はどこも大したことはない。
ヴァチカンが独占しているのだろう。
だが、ここにはカラヴァッジョが2点あった。
どちらも大変興味深かったが、うち1点の《ナルシス》は、
以前、目黒の庭園美術館での「カラヴァッジョ展」でみたことがあった。
これにかぎらず、いままで、この10年くらい、日本の展覧会で出会うことのできた名画に、
ロンドンでパリで、そしてローマで再会する喜びというのは、なんともいえないものがあった。
それは、この10年のぼくの美術行脚の旅でもあり、その作品にとっても旅である。
かつてみた名画を、もともとの場所で、最もすわりのいい状態でみる時、
「芸術のふるさと」に還ってきた、というような、ちょっと不思議な気分になるのだった。
ここにも実習でやって来ていた女子校生の団体がいたんだが、
ローマの女子校生はものすごくきれいでセクシーだった。
ぼくもそうだったが、高校生くらいは一番しんどいのか、
展示室のソファーにねそべって、天井画をみてた。
じつに贅沢な鑑賞スタイルではある。
夕食はホテル近くの観光客相手のリストランテで生牡蠣やらピッツァ。
しかし高かった。ぼられたかとおもった。
あと、ウェイターで、「マリオ」と呼ばれてる鼻の下にヒゲを生やした男がいたが、
「スーパーマリオ」のモデルだろう。
ワインの酔いをさますために、ジェラートを食べながらしばらく歩くと、もうスペイン広場だった。
カフェはすぐ閉まる。先日急死したジャン・フランコ・フェレの旗艦店は見つけられなかった。
いい夜だった。 -
この日は、日本ではちょうどこどもの日だった。
こどもに戻った気分で、サン・ピエトロをめざす。
地下鉄から歩いていると、すごい大通りに、
地べたに座って赤ちゃんを抱いている若い女の子がいる。
なにがあったのかはわからないが、なけなしのセントを渡す。
城壁をくぐると、ヴァチカンだった。 -
●《サン・ピエトロ寺院》
ブラマンテから始まり、ベルニーニなどさまざまな建築家が建設にかかわったわけだが、
ここではやはり、ミケランジェロ(とその弟子達)による建築物としたい。
どの柱も、やはり異常に太い。 -
世界中の魂が、ここに集まってくるかと思うと、
なんだか大変すがすがしい気分になるのだった。 -
-
つぎに、土曜日(-13:00)だけ開く《コロンナ宮》へ。
ここも、収蔵品にみるべきものはないが、
内装は、バロック式の豪華なもので、印象的だった。
パンテオンに行きたかったが、曇っていた。
休憩してるうちに晴れてくるだろうということで、ここでランチに。
ふつうの大衆食堂ってかんじのお店だった。昨日みたいに高くなかった。
パスタは、ごくふつうだった。
きのうのピザにせよ、このくらいなら、日本でもいくらでも食べられる。
が、つかない。
ロトンダ広場に。
広場に出ない。
パリでも迷ったが。
歩いているうちに、自然に広場に出たいのだが、出ない。
意地でも地図を見ないようにしていた。
雲は切れてきた。
だいぶパンテオンに近づいていたはずだが、
写真の路地はどかだかわからない。
光の状態があんまり良いなあと思ったから。 -
やっと着いたのだった。
でも、食後のデザートにまずジェラートをかった。
●《パンテオン》
おそらく、この旅のみならず、生涯でみた建築で、
もっとも古いものだろう。
そういう点では、ふるえるものがあるが、
スケール的には、やはり大したこと無かった。 -
内部へ。
ラファエロの墓がある。
しばらくたたずんでいた。
この光線が入ってくるまで、まっていた。 -
歩いてナヴォナ広場。
この広場に面する《サンタ・ニェーゼ聖堂》に。
これもボッロミーニだ。 -
さまざまな色彩とパターンの大理石。
-
-
徒歩で《カンピドリオ広場》。
クレバス空間は、やはりそこで立ってみないと実感できない。
それにしても、原理は分かってるはずなのに、やっぱり不思議だ。
この面白さはドラッグ的だ。 -
《カンピドリオ》のむこうは、もう《フォロ・ロマーノ》。
このシークエンスはやっぱり興味深い。いかにも分析しがいがある。 -
ころがっている柱のあいだに、お花がさいている。
石ころを拾いながら歩いた。 -
そのまま歩いていると、《コロシアム》。
-
《コロッセオ》から地下鉄に乗って、
《サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂》。
ここは古い寺院だが、現在の教会堂は、ボッロミーニによる再建。 -
ローマには、あんまりスーパーやコンビニがなかった。
テルミニ駅の地下にあったから、パンを買った。
とくに用もないのに、ブラブラしてたら、
地下鉄A線が21:00で終わるのをすっかり忘れてた。
代替バスをやっとこさ探してのったが、ぎゅう詰めだった。
降りたら、お酒に酔った中年女性が、角の噴水の水を飲んでた。
噴水はこんな使い道もあるのか。 -
この日はフィレンツェまで足をのばそうと思っていた、が、まあトラブッたトラブった。
だいたい、フィレンツェに行こうと思ったのは直前だった。
2日前くらいまで迷ってた。下調べも不十分だったし、無茶なのはわかってた。
とにかく行ってみよう、ということでテルミニ駅まで行った。
ユーロスターで往復2枚買おうとしたのだが、なぜかお金が足りない。
66ユーロなんだけど、60ユーロと小銭しかない。なぜだ??
あせってると、駅の人が、「とにかく残りのコインを全部出して見なさい」的なことを言っている。
「足りないのに…」と思いつつ、出すと、
「OK」という。
まけてくれたのだ。なんて親切な人なんだろう。ローマの人は、親切だ。
が、しかし、一文無しである。
これでは行って帰るだけである。入場料も払えない。
仕方ないので、時刻を代えてもらう。10:30発のになってしまった。
昨日の夜は、バスで帰った、地下鉄2駅分のホテルまでの道のりを、歩く。
広場を2つくらい通り過ぎる。《サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ》の前の坂を下りていくと、
《バルベリーニ宮》の前に、赤ちゃんを連れた女性のホームレスがいる。
こっちも一文無しなのだが、見ないふりもできないので、とりあえず、
「Wait a moment」といっておいて、
急いでお金をとりにもどる。
「お金あったよー」ってことで、
2ユーロあげたのだった。
テルミニ駅まで戻った。まだ少しだけ時間があった。
画像は《サンタ・プラッセーデ教会》
《サンタ・マリア・マッジョーレ》のすぐそばにある、小さな教会。
ここには、古いモザイクがあるのだ。
中世のモザイクをみようと思えば、ほんとはラヴェンナ地方に行かないといけないのだが、
近くですまそうと思うなら、ここだろう。
本当に一目みて、すぐ駅に戻る。
列車に乗る前にトイレに行っとこうと思ったのだが、有料だった。
あせってたから、両替したおつりを便器に落とした。
時間があったら、とってただろうけど、なかった。
出かたもわからなかった。
電車の自動改札みたいになってて、横の黒いボタンを押すのだが、
やり方がわからなかった。
走って電車に飛び乗った。面白かった。
ユーロスターは長い。
一番はしっこに乗ったから、自分の席まで5分くらい歩いた。
トスカーナ地方の景色はきれいで、スケッチした。
1時間30分後、やっとフィレンツェに着いた。 -
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に到着したのが12:00。
18:37発の帰りの電車に乗らないといけないから、フィレンツェ滞在時間は6時間半である。
とにかく、いちばん観たいものから観ようと思った。
●フィリッポ・ブルネレスキ《オスペダーレ・デッリ・インノチェンティ》
まず、まっすぐに向かったのはここ。
フィレンツェといえばブルネレスキだろう。
ブルネレスキを入れると、さすがに建築ツアーらしくなる。
その彼の作品のなかでも、この捨て子養育院がいちばん気になっていた。
《サンタ・マリア・デル・フィオーレ》のところから曲がって、広場に出ると、
1:1のリズミカルなアーケードがみえてきた。 -
中庭にでて、びっくりした。
なんだろう、この壁は。 -
空をイメージした青に、かわいらしい赤ちゃんが浮かんでいる。
この時代、修道院は堕落していて、尼僧は父親のわからない子供をたくさん産んだが、
その子供たちに「罪なし」(インノチェンティ)ということで、
こんなにすばらしい、教会や美術館(実際、現在は美術館)のような建物をプレゼントするなんて、
ブルネレスキは本当にすばらしい人間である。 -
柱の柱間の比は、1:1。
-
くりかえしになるが、ここは教会か美術館みたい。
捨て子養育院として、どんな風に使われていたのか、なかなか想像できなかった。
こんな感じだったんだろうか? -
ひととおり観て回って、出たら、雨が降ってきた。
ロンドンで買ったとびきりの傘は持ってきていない。
ここのアーケードは「雨宿り」にもってこいだった。
それにしても、かなり強い降りだ。
こりゃ夕立だな。
時間が無くなっていく。 -
雨が小康状態になってきたので、とにかく孤児院のアーケードから出ることにした。
シャツいっちょで、なんだか寒かったから、隣のカフェでカプチーノを頼もうとしたら、
間違えて冷たいのを頼んだので、ホットに代えてもらったりした。
しかしお金が無さ過ぎたので、すごいちっちゃかった。
もう14:00を回っていた。
●フィリッポ・ブルネレスキ《サンタ・マリア・デル・フィオーレ》
大理石の緑 ヴェルデ が印象的だった。 -
ここは内部だが、このくらいのスケールになると、これはもう広場である。
-
このくらい傘の花がひらいている光景は、ある意味美しいと思い、撮った。
-
まだ雨が降り続いている。
土産屋のおっさんたちが折り畳み傘を売ってくる間をぬけて、
ラウレンツィアーナ図書館に入ろうとしたが、もう閉まっていた。
とても残念だったけれど、落ち込んでいるひまもなかった。
●《メディチ家礼拝堂》
ここはノーマークだったが、感動は大きかった。
ここでもブルネレスキは緑を使っていた。
●《サン・ロレンツォ聖堂》
《捨て子養育院》の中庭でひっかかったことだが、このファサードをみて、
確信をもっていうことができそうだ。
ブルネレスキという人は、ファサードのデザインに関心が無かったのだろう、と。
内部も、列柱が並ぶだけの、ミニマルな空間だった。 -
雨のなか、ヴェッキオ広場をめざして歩く。
着いたら、ちょうど雨があがった。
もう、17:30にもなっていた。
●《ヴェッキオ宮殿》
好きな形。 -
着いたのが17:30で、セキュリティーチェックにも相当時間がとられそうだったので、
《ウフィッツィ美術館》はあきらめた。
上野で《受胎告知》はみたけれど、もう一生行けないかもしれない。
かわりに、隣のヴェッキオ宮にのぼった。 -
ここにも、たいした美術品はなかった。
-
おみやげを買ってる時間が、2分くらいあった。
駅の近くの、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局に。
でも、お金が全然なくって、いちばん安い石鹸一個(それでも8.5ユーロした)だけ買う。 -
ローマに戻ると、地下鉄代がなくなったので、
また2駅分歩いて帰った。 -
ローマ4日目。
早起きして、ヴァチカン博物館へ。
8:45開館だが、長い行列ができるときいていたので、7:30にはついた。
すでに、200mくらいの列が。
ところで、8:45というのは違和感があった。
地下鉄の切符も75分間有効だし。
教会の鐘も、10:00の後、10:15にも鳴るなど、
15というのが、きっと特権的な数字なんだろう。
たしか建築家の西沢立衛が、イタリアの車は小さいと書いていたから、
並んでいる間注意してみていたのだが、そうでもなかった。
それでも日本よりはマシだが。
日本は国土の小さな国なんだから、おっきな車に乗ることは真剣にあきらめたほうがいい。
9:30くらいからやっと列が動き出した。
丸2時間並んだ。
●《システィーナ礼拝堂》
けっこう長い時間、とどまって、じっくりと見上げていたのだが、
「スタンダール・シンドローム」はやってこなかった。 -
-
サン・ピエトロは2度みることができ、
いい旅行になった。
いい気分でヴァチカンをあとにしたら、
2日前会ったホームレスの女の子がまたいたので、
ラスクをあげた。 -
そのあと、ボルゲーゼ公園にいって、《ヴィッラ・ジュリア》をみる予定だったのだが、閉まってた。
仕方が無いので、暑かったし、バスに乗ることにした。
どこに行くかは、よくわからなかった…。
ウトウトしてて、気づいたら、コロッセオのあたりまで来ていた。
それから、トラステヴェレの方にきたので、降りてみた。
しばらく歩いた。
市場のなかを通った。
ジュースを買った。
広場に出た。
ローマは春を通り越して夏ってかんじで(スイカを買ってる人もいた)、暑かったし、
ずっと歩いて少し疲れてもいたから、
噴水のあるこんな広場が天国のように思えた。
人間にとって、本当に必要なものが、この旅を通じてわかった。
それは水である。
それにしても、噴水はいい。
若い娘が水浴びするような噴水が、日本にもあったら。
ところで、ここに面して建っている教会は、目指していた《サン・ピエトロ・イン・モントーリオ》だと思っていたのだが、まちがいだった。
《テンピエット》は、みつからなかった。
《サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場》と《サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会》だった。 -
さらに歩いた。
テヴェレ河をこえて、《パラッツォ・ファルネーゼ》まで歩いた。 -
広場に、テーブルや椅子やパラソルを出しているリストランテがあったから、
ここでお昼ご飯を食べることにした。
ミケランジェロの建築をみながらというのは、実に贅沢な体験である。
ペンネ・アラビアータを頼んだのだが、イタリアで食べたパスタの中で一番おいしかった。
ペンネはアルデンテだし、トマトソースが、さっぱりしていた。
しかし、パスタは前菜の国なので、しきりに「セコンド、セコンド。
セコンド・ピアットはどうする?」といってくる。
パンもついてるし(ぼくはパンみたいなものだ好きなのだ)、
赤ワインも高かったし、お昼にはもう十分だからいらないというと、
とてもがっかりした顔をしていたので、
ミネラルウォーターをたのんだ。
アックア・ナチュラーレを注文したはずなのに、美炭酸で、
いままで飲んだことの無い、おいしいお水だった。
昼間っから飲んだワインにけっこう酔ったけど、
デザートはカプチーノは他の店ではしごしようと思い、
ふらふらと歩き出そうと思った。 -
酔っていた。
気分はよかった、はずだった。
しかし、酒のせいだろうか、
あるきながら考えごとをしているうちに、
なぜかぼくは機嫌が悪くなってきた。
なぜか、「神」について考えていた。
ロンドン、パリと旅してきて、とくにパリなんか
楽しすぎたのだが、ローマにきてから、
だんだん元気がなくなってきた。
よく分からないが、おそらく「人間」だろう。
第二次世界大戦でまわりの国へ侵略していったのは
ドイツ、イタリア、日本だった。このうち、
のちに大変反省したのはドイツだけだ。
イタリア、日本はどうか、そんなことをぼんやりした頭で考えていたのだろうと思う。
また、ここローマには教会がたっくさんあるが、
路上のホームレスを救えていないじゃないか。
なにが神だ教会だ。大したことねえんじゃねえのか。
神様ってそんなものなのか。
世界に不幸なひとが一人でも居るのだとしたら、俺は神なんか信じないね。
いつの間にか、ぼくは《パンテオン》のなかにいた。
天井をみあげながら、ぼくは泣いた。ローマで泣いた。
雨がふってきたので、ホテルまで歩いて帰った。2,3時間、眠ろうと思った。
傘をもって外にでたが、ちょうど雨は上がったところみたいだった。
ポポロ広場のほうへ歩くことにした。
途中のレストランでフルッタでも食べようと思った。
ほとんど何にも残ってなくて、
パイナップルとメロン2切れくらいで10ユーロもした。
しかもお金が無かった。
初日にも行ったが、またスペイン階段に行った。
雨で階段がぬれているからあまり人は座っていなかった。
一回目に行ったときのほうが人が多くて印象はよかったが、
ここはいい広場だと思う。
恋をしたくさせる場所である。
ジェラートを食べたら気分がよくなってきた。
ローマ最後の夜だった。 -
ぼくの短くて長かったグランドツアーも終わり。
今日の午後には帰らないといけない。
そういえば、4日泊まったホテルにルーフガーデンがあるのを
今頃思い出したので、登ってみた。
見えないだろうと思っていたら、サン・ピエトロがみえた。
やはり、この建築はあのクーポラ(天蓋)を眺めるのが一番いい。
建築は見た目だ、エレヴェーションだ。 -
空港に行くまで、まだ少し時間があったので、ぎりぎりまで散歩することにした。
2日前に会った赤ちゃんをつれたホームレスの女性にまた会うことが出来た。
またサン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネとサンタ・マリア・ヴィットリアにも
行くことができた。
クイリナーレ広場まで歩いたら、最後に、またサン・ピエトロがみえた。
ぼくのローマ旅行は、サン・ピエトロにはじまりサン・ピエトロに終わったといっても過言ではない。
世界中の建築のなかで、いちばん見たかった建築をたっぷり見ることができたのだ、
胸をはって日本へ帰ろう。 -
アルタリア航空でヒースローへ。
途中、アルプスを越える。
ところで、傘は機内に持ち込めた。
なんかいやな予感。 -
ロンドンにもどってきた。
うれしかった。
コンタクトしてたから、ビッグベンが、ロンドン・アイが、ウエストミンスターが、バッキンガムがよくみえる。
が、ゲーテがいったように、そうしたものをもぼくは、何事も無かったかのようにふり捨てて行かねばならない。 -
ヒースロー空港にもどってきた。
やっぱり、傘は捨てられかけた。
広〜い空港内をひたすら歩かされ(途中で外にまで出た!)、
もう一度ランディング・カードを書かされ、チェックインしなおした。
それでも時間があったから、空港でゆっくりしようと思ったんだけど、
お金が2000円しかなくって、両替所で職員さんに失笑された。
あ、それと、中一くらいの時、
「What time is it now?」という英文を暗記させられて以来、
はじめて空港で使った。
イタリアと時差があったから、腕時計を直すため。
おなかが空いてきてたから、レストランでなんか食べたかったが、高すぎた。
移民(何人かな?中東系だった)の愛想のいいバイトに、
「6ポンドしかないけど、一番安いのどれ?」というと、
「帰るしかないね」と言われた。
仕方ないから、紅茶だけ頼んだ。
「砂糖ないの?suger pease.」というと、
「suger? tomorrow!」といわれた。
ビールは2種類のんだけど、初日に飲んだ感動は蘇ってはこなかった。
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