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高野山は真言弘法大師の山である。頂まではロープウェイもあるし 全行程 歩けば その景色も季節によって 彩りを変えた趣であろう<br /><br /><br />高野山、という名はだれもが耳にしたことある山であろう。<br />弘仁7年、816年る空海こと弘法大師が時の嵯峨天皇からこの地を賜り、金剛峰寺を始めとする幾多の金堂建設に着手、以来今日にいたるまで真言宗の総本山として、さらに世界遺産、霊場としてはば広く知られている。<br /><br /><br />秋深まる新緑の候、高野山は緑の衣装をまとい、水流豊かな自然に恵まれ、ヒノキなどまっすぐに悠然と<br />大地を見下ろしている。<br /><br /><br />明治5年までは女人禁制、修行の場として神秘の山とさえ言っても過言ではないほどの、自然の景色を保っている。<br />高き山に登るにも汗を流しながら何日もかけて参拝する以前と比べて、現代では、修行と言うよりむしろ<br /><br /><br />参拝、観光のためにケーブルは設置され、道路は整備され、バス路線は充実し、宿坊はどこの寺でもたいていしているから、宿泊にも困らない。<br /><br />なんと至りつくせりの高野山であろう。<br /><br />難波から南海特急こうやで極楽橋まで1時間48分、わずか片道1620円の距離である。<br />観光ツアーもさかんである。若き女性や60代を過ぎたであろう老男女が、さらには最近では外国人たちも頻繁に訪れる、かの地の魅力はなんであろう。<br /><br />自然の山、何万という墓所の一群、、言うなれば見るところは少なく、食べ物さえ豊富ではない。<br /><br />けれど人は年間を通じて訪れる。<br />夏は暑きに天気変わりやすく、秋はひんやり新緑の風吹き、冬には一面銀世界の雪化粧。。<br /><br />かってもこの地に墓所を立てるには金だけでは建てられぬという威厳と尊厳があった。<br />名誉、社会的地位、名声そしてお金を必要とした時代は過ぎ、近年では金さえあれば<br />墓所を建てられるようになったと言われるが、さだかではない。<br /><br />今をさかのぼり、偉大な先祖を持つ人たちが建立し、それを維持しなければならないその子孫たちも並大抵の努力ではないだろう。<br /><br />私の友の一人もこの高野山に納骨、法事などに訪れる。<br />かっの不便さをよそに、今では時折高級車が高野への路を走行している。<br /><br />まさに寺てらてら。。墓墓墓、の霊場にふさわしき自然環境である。<br /><br />人の定めはいつしか落命、そして墓所。<br /><br />芭蕉、徳川、浅野匠野守、近世の豪商、現代の有名企業の殉職の碑、前田利長の五輪塔。。<br /><br /><br />いたるところに新しき墓所から、何百年は得たであろう苔の輝き、樹齢何百年の大木、<br />そして澄み切った玉川のせせらぎが静かに流れ続けている。<br /><br />そして哀しき歴史を歩んだであろう。。無縁仏の一群たちの物言わぬ語り。。<br /><br />極楽橋からケーブルにて高野山駅、そして後は一日乗り放題のバスが800円、無論本数は少ないが<br />女人堂から奥の院までわずか4キロ程度、<br />こんな素晴らしい景色をよそに車で走るなどもったいない限り。<br />寺に立ち寄り、かるかん餅をほおばり、木立を眺めながら散策するが一番。<br /><br />昨日の小さな旅。。<br />ちよっぴり歩き。ちょっぴり流した汗。心地よい風に打たれて<br /> 少しはやせたかな、、 ううーん。。<br />若いときは56キロで体が軽かったのに。。軽業師 転じていまでは、、重金属。。 とほほほ<br /><br />ではでは。。<br />いくつかの写真を掲載しておこう。<br />ケーブル線。 高野山駅、町並、寺、奥の院、無縁仏、英霊殿、高野警察署、、、、<br /><br />ただこれは高野山のほんの一部に過ぎません、、あしからず。。<br /><br /><br />、<br />

高野山紀行写真

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2005/09/16 - 2005/09/16

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浅山 (あさやん)

浅山 (あさやん)さん

高野山は真言弘法大師の山である。頂まではロープウェイもあるし 全行程 歩けば その景色も季節によって 彩りを変えた趣であろう


高野山、という名はだれもが耳にしたことある山であろう。
弘仁7年、816年る空海こと弘法大師が時の嵯峨天皇からこの地を賜り、金剛峰寺を始めとする幾多の金堂建設に着手、以来今日にいたるまで真言宗の総本山として、さらに世界遺産、霊場としてはば広く知られている。


秋深まる新緑の候、高野山は緑の衣装をまとい、水流豊かな自然に恵まれ、ヒノキなどまっすぐに悠然と
大地を見下ろしている。


明治5年までは女人禁制、修行の場として神秘の山とさえ言っても過言ではないほどの、自然の景色を保っている。
高き山に登るにも汗を流しながら何日もかけて参拝する以前と比べて、現代では、修行と言うよりむしろ


参拝、観光のためにケーブルは設置され、道路は整備され、バス路線は充実し、宿坊はどこの寺でもたいていしているから、宿泊にも困らない。

なんと至りつくせりの高野山であろう。

難波から南海特急こうやで極楽橋まで1時間48分、わずか片道1620円の距離である。
観光ツアーもさかんである。若き女性や60代を過ぎたであろう老男女が、さらには最近では外国人たちも頻繁に訪れる、かの地の魅力はなんであろう。

自然の山、何万という墓所の一群、、言うなれば見るところは少なく、食べ物さえ豊富ではない。

けれど人は年間を通じて訪れる。
夏は暑きに天気変わりやすく、秋はひんやり新緑の風吹き、冬には一面銀世界の雪化粧。。

かってもこの地に墓所を立てるには金だけでは建てられぬという威厳と尊厳があった。
名誉、社会的地位、名声そしてお金を必要とした時代は過ぎ、近年では金さえあれば
墓所を建てられるようになったと言われるが、さだかではない。

今をさかのぼり、偉大な先祖を持つ人たちが建立し、それを維持しなければならないその子孫たちも並大抵の努力ではないだろう。

私の友の一人もこの高野山に納骨、法事などに訪れる。
かっの不便さをよそに、今では時折高級車が高野への路を走行している。

まさに寺てらてら。。墓墓墓、の霊場にふさわしき自然環境である。

人の定めはいつしか落命、そして墓所。

芭蕉、徳川、浅野匠野守、近世の豪商、現代の有名企業の殉職の碑、前田利長の五輪塔。。


いたるところに新しき墓所から、何百年は得たであろう苔の輝き、樹齢何百年の大木、
そして澄み切った玉川のせせらぎが静かに流れ続けている。

そして哀しき歴史を歩んだであろう。。無縁仏の一群たちの物言わぬ語り。。

極楽橋からケーブルにて高野山駅、そして後は一日乗り放題のバスが800円、無論本数は少ないが
女人堂から奥の院までわずか4キロ程度、
こんな素晴らしい景色をよそに車で走るなどもったいない限り。
寺に立ち寄り、かるかん餅をほおばり、木立を眺めながら散策するが一番。

昨日の小さな旅。。
ちよっぴり歩き。ちょっぴり流した汗。心地よい風に打たれて
 少しはやせたかな、、 ううーん。。
若いときは56キロで体が軽かったのに。。軽業師 転じていまでは、、重金属。。 とほほほ

ではでは。。
いくつかの写真を掲載しておこう。
ケーブル線。 高野山駅、町並、寺、奥の院、無縁仏、英霊殿、高野警察署、、、、

ただこれは高野山のほんの一部に過ぎません、、あしからず。。



交通手段
私鉄 徒歩

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