2006/01/04 - 2006/01/04
1502位(同エリア1853件中)
ndasbeさん
- ndasbeさんTOP
- 旅行記140冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 280,130アクセス
- フォロワー1人
こんにちは。岡山城旅行記にようこそいらっしゃいました。
家族にはマニアックと呼ばれ不評の旅行記ですが、歴史風岡山城に仕上げてみたいと思います。歴史はざっと調べたので、間違っている記述もあるかもしれません。もしありましたら教えていただけるとありがたいです。
岡山城は烏城とも呼ばれる黒いお城で、長野の松本城に似ています。
ちなみに長野に行った時の松本城の写真はどこかにしまい込んで消息不明です。
なのでその旅行記はないです(2回も行ったのですが)。心の中の思い出として残っています(いるかな?かなり忘れかけているかも)。
-
岡山城のお堀です。白鳥がいました。
まずここで白鳥の写真等たくさんとってしまい時間を使ってしまいました。一緒に泳いでいて仲の良い白鳥でした。夫婦かな。
和む風景なのですが、岡山城の歴史を。
南北朝時代(1346-1369)に最初に築いたといわれている。
戦国時代は金光氏が居城。
1570年 宇喜多直家入城。
1590年 宇喜多秀家(直家の子)が豊臣政権下で57万4千石の大名になる。8年に渡る大改修が行われる。
1600年 関ヶ原の戦いで破れた秀家は流刑になる。
代わりに小早川秀秋(ねね(おね)の甥、小早川隆景(毛利元就の三男)の養子)が52(55,50ともいわれる)万石城主となる。(2年後の21歳で死去。小早川家断絶。) -
石垣の中に大きな石。お城に行くと石垣にたまにこのような大きな石を見かけます。こんな大きな石どこで見つけてくるのでしょうか。
江戸時代の歴史
1603 池田忠継(池田輝政(姫路藩主)の次男)が5歳にて28万石城主となる(17歳にて死去)。
1615 池田忠雄(忠継の弟)が31万5千石城主となる。月見櫓造営。(東湖園も造りました)
1632 池田光政(池田輝政の嫡孫)が城主となる。以後池田光政の子孫が幕末まで城主となる。
1687 池田綱政(光政の子)が14年かけて後楽園を造営。 -
天守閣が見えてきました。どっしりとした黒いお城です。
明治時代以後の歴史
1873 廃城令により天守・月見櫓・西の丸西手櫓・石山門を残し破却。
昭和初期 上記建物が国宝に指定される。
1964−66 天守再建。
2006 日本100名城に選定。 -
お城にはつきものの鯱。
1996年に創建当時の天守には金の鯱がのっており、金烏城と呼ばれていたといわれることから鯱に金を施したそうです。
見た目も何か新しそうです。 -
天守閣の最上階に上りました。
後楽園が見えます。
日本三名園の一つです。池田綱政が造りました。
1884年(明治17年)に岡山県に譲渡され、一般公開されたそうです。 -
天守閣の中の展示です。
宇喜多家についてのビデオがあり、それが印象的でした。
盛者必衰の理ですね。 -
昔の人の暮らしの様子を展示したものだと思います。
-
いろいろな道具がそろってますね。
-
天守閣内の見学を終え、城の外に出ます。
-
石垣の角は尖っています。
そろっています。 -
後楽園側に降りてきました。
天守閣がそびえています。 -
ここでもたくさんの写真を撮影。
-
正面に見える位置まで回り込んでみました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
13