2006/07/09 - 2006/07/09
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■肥前名護屋城
9年3ヶ月ぶりの想い出深い平戸島から4ヶ月前に訪れたばかりの肥前名護屋城・唐津・福岡周船寺・志賀島などを周ってきました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
-
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
平戸島から伊万里へ。
■佐賀伊万里焼会館
4ヶ月前にも来た会館です。そのときは陶器をひとつ購入しました。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■伊万里焼会館
展示即売場(お買得品コーナー)
伊万里焼の全てを一堂に集めてあります。
大壷から日用食器、コーヒーカップやアクセサリーまで豊富に品揃えしてあります。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県伊万里市
橋の欄干に。いたる所で焼き物が見られます。 -
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■佐賀県「浜の浦の棚田」
これは美しい! -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「浜の浦の棚田」
玄海町の浜野浦地区には、全国棚田100選にも選ばれた棚田が広がっています。
ここからの夕日は絶景です。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
うしろに呼子大橋。
全国から召集された大名たちは名護屋城の本丸から3km以内の範囲にそれぞれ陣屋を構え、その数は120余にも及んだ。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
規模は当時の城郭では大坂城に次ぐ広壮なものであった。
本丸・二の丸・三の丸・山里曲輪などを配し、本丸北西隅に5重7階の天守が築かれた。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
〜安土桃山時代〜サイトより
加藤清正、寺沢広高が普請奉行となった。九州の諸大名を中心に動員し、突貫工事で僅か8ヶ月後の文禄元年(1592年)3月に完成した。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
当時では、大坂城に次ぐ規模であり、金箔を施した豪華な天守閣は、まさに天下人の城であったことを表しています。
現在でも立派な石垣が残り、当時の面影を伝えています。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
築城は1591(天正19)年後半に始まり、諸大名による割普請によってわずか数ヶ月で完成したといわれています。面積は約17ヘクタールです。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城跡」
城跡からは金箔を施した瓦が出土しており、派手好きの秀吉らしく戦争の為に構えた城郭であっても絢爛豪華であったことが伺える。
城郭の周辺には各大名の陣屋が配置された。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城跡」
名護屋城は、今から400年程前、全国平定をなしとげた豊臣秀吉がさらに朝鮮半島、明国へ向けて出兵(文禄、慶長の役)するため、その前進根拠地として築かせた城です。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■肥前名護屋城
肥前名護屋城跡入り口です。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城跡」
しかし、この交渉は決裂。慶長2年(1597)再び朝鮮半島に十数万の兵を送るが、文禄の役以上に苦戦を重ねるうち、慶長3年(1598)秀吉が没したため日本軍は突如兵を引き揚げた。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城跡」
名護屋城が完成した直後の文禄元年(1592)4月、第一陣が朝鮮半島に出兵、文禄の役が始まる。
当初、十数万の日本軍は破竹の進撃をみせるが、やがて朝鮮水軍の反撃や民衆の蜂起、明国の援軍も加わったため苦戦となり、小西行長が中心になって講和交渉を始める。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
秀吉は、茶の湯の愛好者であったことでも有名です。
朝鮮半島での戦いが繰り返されていた頃、名護屋に在陣している諸国の代表を集め、遊興にひたっていたと思われます。
名護屋屋城跡周辺に点在している多くの陣跡からは、能舞台跡や茶室跡とみられる遺構も検出されています。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城跡」
その後、寺沢広高がこの地の領主となったが、秀吉の野望が露と消えた名護屋城を廃城にして、その遺材を運んで築いたのが唐津城である。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
秀吉が名護屋城に在城したのは前後を通じてわずか1年2ヶ月。
秀吉の生涯で最大の愚挙といわれる朝鮮出兵がこうして幕を閉じると、全国から集められた諸大名は早々と陣屋を引き揚げた。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城博物館」
名護屋城博物館は、この広大な遺跡の保存整備事業の中核施設となるとともに、過去の史実に対する反省の上に立って、日本列島と朝鮮半島との交流の歴史を調査・研究・展示紹介し、今後の友好・交流の推進拠点となることを目指しています。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城博物館」
「常設展示」
日本列島と「朝鮮半島との交流史」を主題として双方の友好関係を一時中断させた文禄・慶長の役と特別史跡「名護屋城跡ならびに陣跡」についてその歴史的位置付けを主な目的にしています。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城博物館」
開館時間 午前9時〜午後6時
休館日 月曜日(休日の場合は翌日)年末年始 -
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■肥前名護屋城 -
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■肥前名護屋城 -
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■肥前名護屋城 -
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■肥前名護屋城
名護屋城博物館内展示物。
名護屋城のジオラマ、発掘された埋蔵文化財を中心にその時代の歴史的な背景などをビデオなども交えて展示してあります。 -
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■佐賀県「肥前名護屋城跡」
遠景 -
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■佐賀県唐津市「呼子・風の見える丘公園」
4ヶ月前、ここにも立ち寄りました。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県「肥前名護屋城跡」
出入り口 ・・・4ヶ月前に訪れたばかりでした。 -
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■佐賀県呼子「風の見える丘公園」
中は売店があり、軽食も出来ます。 -
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■佐賀県呼子「風の見える丘公園」
おみやげ物やさん -
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■佐賀県呼子「風の見える丘公園」
北は玄界灘が青く広く広がり、南は呼子湾と眼下に呼子大橋そして、名護屋城跡、西に玄海原子力発電所が望めます。 -
<九州北岸沿い1000kmひとり旅>
■佐賀県呼子「風の見える丘公園」
風車はプロペラ型風力発電機として実動中、館内の照明等に利用されているそうです。 -
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■佐賀県「呼子大橋」
全長728m。呼子本土と加部島をつないでいます。 -
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■佐賀県「呼子大橋」
平成元年に開通。橋げたがプレストレストコンクリート製の斜張橋としては日本で最大だそうです。 -
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■佐賀県唐津市「唐津城」 -
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■佐賀県唐津市「ホテル飛鳥」
妻との旅行、最後になってしまったホテルです。ちょうど4ヶ月前のことでした。 -
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■佐賀県唐津市
唐津神社参道 -
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■佐賀県唐津市「ホテル飛鳥」 -
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■佐賀県唐津市「虹ノ松原」
このあと福岡へ入りました。
芥屋の大門・元寇の防塁・伊都国歴史博物館・志賀島などを周りました。 -
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■佐賀県唐津市「虹ノ松原」 -
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■福岡県前原市「伊都国歴史博物館」 -
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■福岡ドーム
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