2007/05/22 - 2007/05/22
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またたびさん
昨日は、大阪・奈良の霊場を巡って、高野山「宝城院宿坊」に泊まる。
2日目の今日は、高野山で「奥の院・金剛峰寺・熊谷寺(何れも番外さん)」にお参りし、その後和歌山市「報恩講寺(第8番)」、大阪箕面市「勝尾寺(第5番)」を巡拝して、勝尾寺宿坊に泊まる。
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宝城院門
ここは、元閑院宮家菩提所だそうだ。 -
「クマガイソウ」ここにしかないそうです。
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宝城院正面
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金剛峰寺門
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金剛峰寺本堂
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境内にある樹齢300年の「しゃくなげ」
見事な大きさでした -
奥の院入り口 一の橋
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奥の院に続く道の中程に鎮座する、「圓光大師法然上人御廟所」。
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中の橋から望む「奥の院」。此処からが奥の院境内となる。
此処から見る目線の高さが「弘法大師御入定の石室」にあたるそうです。 -
熊谷寺(番外)
法然上人の弟子、熊谷法力房蓮生は建久元年(1190)が一の谷の源平合戦において戦死した平敦盛卿の七回忌に、法然上人の意を受け高野山に登り、父祖の菩提寺である当寺に寄寓し、敦盛卿の位牌及び石塔を建立して菩提を弔い、爾来十四年間高野山に留まり念仏に専念されたと言う。
建仁元年(1201)鎌倉将軍が源平両氏の戦死者大追悼会をこの山で営んだ時、法然上人はその特請に遭われ、親鸞聖人及び関白兼実公と共に登山され当寺に留錫された。 -
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第八番 「報恩講寺」 和歌山市
承元元年(1207)法然上人讃岐の配所から京へ帰る途中海上が荒れてこの油生浜に漂着された。
この時、土豪の孫右衛門や村人達に本願念仏のみ教えを説かれ、別れを惜しむ村人達に自らお姿を写した像を刻んで開眼され授けられた。この尊像を安置するために建てられた堂宇が、「報恩講寺」の由来です。
立派なご門でした -
本堂
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第五番 「勝尾寺」 大阪府箕面市
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勝尾寺門から本堂・二階堂に続く階段
両側は、「しゃくなげ」でいっぱい。 -
本堂
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本堂の右手200メートルの所に、法然上人の霊蹟「二階堂」がある。
此処は、法然上人が讃岐よりの帰途四ヵ年御留錫されて専修念仏された道場です。 -
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