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栃木市から宇都宮市に向かって北上していくと、その途中の壬生町に近い辺りに、総面積1万5千坪(4万5千平方米)を有する大神神社があります。<br />御祭神は「倭大物主櫛甅玉命」(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)=大国主命<br />配神 大山祇神(国土・山岳等の主祭神 咲耶姫の父)<br />   木花咲耶姫命(子育・安産・婦人の守護神 瓊々杵尊の妻 <br />     富士山浅間神社の御祭神)<br />   瓊々杵尊(皇孫、咲耶姫の夫 天照皇太神の皇太孫)<br />   彦火々出見命(お二人の長男 神武天皇の御祖父)<br /> <br />境内社 十五社(室の八嶋、護国神社含めて)<br /><br />第十代崇神天皇の長子豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が勅命を受けて東国治定の時、天皇の崇拝厚い大和三輪山の大三輪大神(奈良県櫻井大神神社)を勧請したのが始まりだといいます。<br />939(天慶2)年、平将門の乱の際、下野押領使(おうりょうし)藤原秀郷(ひでさと)が戦勝祈願をしました。<br /><br />1689(元禄2)年には松尾芭蕉が訪れており、境内の室の八嶋に「いと遊に 結ひつきたる けふりかな」の句を残しています。8つの浮島をもつ池から、絶えず水煙がたちのぼっていたといわれた室の八嶋は、藤原実方(さねかた)や藤原俊成らの古歌に詠まれ、連歌師宗長も訪れた歌枕の地です。<br /><br />

芭蕉の歩いた道 室の八嶋鎮座 大神(おおみわ)神社

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2007/05/21 - 2007/05/21

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前日光

前日光さん

栃木市から宇都宮市に向かって北上していくと、その途中の壬生町に近い辺りに、総面積1万5千坪(4万5千平方米)を有する大神神社があります。
御祭神は「倭大物主櫛甅玉命」(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)=大国主命
配神 大山祇神(国土・山岳等の主祭神 咲耶姫の父)
   木花咲耶姫命(子育・安産・婦人の守護神 瓊々杵尊の妻
富士山浅間神社の御祭神)
   瓊々杵尊(皇孫、咲耶姫の夫 天照皇太神の皇太孫)
   彦火々出見命(お二人の長男 神武天皇の御祖父)
 
境内社 十五社(室の八嶋、護国神社含めて)

第十代崇神天皇の長子豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が勅命を受けて東国治定の時、天皇の崇拝厚い大和三輪山の大三輪大神(奈良県櫻井大神神社)を勧請したのが始まりだといいます。
939(天慶2)年、平将門の乱の際、下野押領使(おうりょうし)藤原秀郷(ひでさと)が戦勝祈願をしました。

1689(元禄2)年には松尾芭蕉が訪れており、境内の室の八嶋に「いと遊に 結ひつきたる けふりかな」の句を残しています。8つの浮島をもつ池から、絶えず水煙がたちのぼっていたといわれた室の八嶋は、藤原実方(さねかた)や藤原俊成らの古歌に詠まれ、連歌師宗長も訪れた歌枕の地です。

  • 神社西側、県道方面からの入り口です。<br />遠方から来る人は、こちらから入る場合が多いと思われます。

    神社西側、県道方面からの入り口です。
    遠方から来る人は、こちらから入る場合が多いと思われます。

  • 西側入り口鳥居を潜ると、このような道になっています。<br />徒歩ならば、このまま入ればよいのですが、大抵は車なので、鳥居の前を通過して南側に回り込み、駐車場に車を置いてから入ることになります。

    西側入り口鳥居を潜ると、このような道になっています。
    徒歩ならば、このまま入ればよいのですが、大抵は車なので、鳥居の前を通過して南側に回り込み、駐車場に車を置いてから入ることになります。

  • 境内西側にある護国神社です。<br />下野国府が開かれると、下野国内の諸神を勧請し、総社と称したので、十五もの社があるのです。

    境内西側にある護国神社です。
    下野国府が開かれると、下野国内の諸神を勧請し、総社と称したので、十五もの社があるのです。

  • 境内にはまた歌碑も多く、これは「詠み人知らず」で<br /><br />「しもつけや むろのやしまに 立つけふり<br /><br />   おもひありとは いまそしるべし」<br /><br />というものです。

    境内にはまた歌碑も多く、これは「詠み人知らず」で

    「しもつけや むろのやしまに 立つけふり

       おもひありとは いまそしるべし」

    というものです。

  • これは藤原定家の<br /><br />「くるゝ夜は 衛士のたく火を それと見よ<br /><br />   室のやしまも みやこならねば」<br /><br />

    これは藤原定家の

    「くるゝ夜は 衛士のたく火を それと見よ

       室のやしまも みやこならねば」

  • 手前(右側)が拝殿、後ろ(左側)が本殿です。<br />西側からの眺めはなかなかよいのですが、実は写真の前方は現在工事中で、一昨年(平成17年)、ここにあった社務所が焼失してしまったのです。<br /><br />社務所が再建されるとまた違った雰囲気になるのでしょうね。楽しみでもあり、きらびやかになりすぎたら困ると思ったり(あくまでも私自身の好みの問題ですがね)、いつ完成するのか聞こうにも、誰一人いませんでした。<br />この素っ気なさが好きなんです。

    手前(右側)が拝殿、後ろ(左側)が本殿です。
    西側からの眺めはなかなかよいのですが、実は写真の前方は現在工事中で、一昨年(平成17年)、ここにあった社務所が焼失してしまったのです。

    社務所が再建されるとまた違った雰囲気になるのでしょうね。楽しみでもあり、きらびやかになりすぎたら困ると思ったり(あくまでも私自身の好みの問題ですがね)、いつ完成するのか聞こうにも、誰一人いませんでした。
    この素っ気なさが好きなんです。

  • 本殿の千木(ちぎ)です。<br />大国主を祀っていますから、出雲大社と同じ「男造り(おづくり)」で、千木が垂直に天に向かって伸びています。<br />私は、この「千木」というものが訳もなく好きです。

    本殿の千木(ちぎ)です。
    大国主を祀っていますから、出雲大社と同じ「男造り(おづくり)」で、千木が垂直に天に向かって伸びています。
    私は、この「千木」というものが訳もなく好きです。

  • 境内南西、藤原実方歌碑近くには、水琴窟がありました。<br />竹筒に耳をあててみましたが、音は・・?聞こえなかったような気が・・・

    境内南西、藤原実方歌碑近くには、水琴窟がありました。
    竹筒に耳をあててみましたが、音は・・?聞こえなかったような気が・・・

  • 室の八嶋の入り口近くにある「手水舎」と鳥居です。<br /><br />室の八嶋というのは、奈良、平安朝から歌枕の地として名高く、惣社明神、室の八嶋明神ともいいます。<br />昔から「煙の名所」と歌に詠まれ、「室」という言葉と「八嶋」という組み合わせから、様々な説が出されています。<br />☆「かまど」から立つ「煙」説<br />☆「水煙」説<br />☆「恋いに身を焼く煙」説<br />☆「水蒸気の煙」説<br />☆「糸遊」説<br /> ・いとあそび と読み、意味不明とする説<br />  「いとゆう」とは「名のみありて実なきもの」。  陽炎もその一つとする考え。<br /> ・もう一つは「蜘蛛が糸を引いて空を飛ぶ」との説 <br /> 要するにいまだ一つに集約できないようです。<br /> みなさんは、どれだと思いますか? 

    室の八嶋の入り口近くにある「手水舎」と鳥居です。

    室の八嶋というのは、奈良、平安朝から歌枕の地として名高く、惣社明神、室の八嶋明神ともいいます。
    昔から「煙の名所」と歌に詠まれ、「室」という言葉と「八嶋」という組み合わせから、様々な説が出されています。
    ☆「かまど」から立つ「煙」説
    ☆「水煙」説
    ☆「恋いに身を焼く煙」説
    ☆「水蒸気の煙」説
    ☆「糸遊」説
     ・いとあそび と読み、意味不明とする説
      「いとゆう」とは「名のみありて実なきもの」。  陽炎もその一つとする考え。
     ・もう一つは「蜘蛛が糸を引いて空を飛ぶ」との説 
     要するにいまだ一つに集約できないようです。
     みなさんは、どれだと思いますか? 

  • 鳥居を潜ると、このような流れがあり、橋もたくさん架かっていて、小規模ながら全国各地の神社が鎮座しています。<br /><br />香取神社、二荒神社、浅間神社、鹿島神社、筑波神社、天満宮、雷電神社(さすが栃木!)、大杉神社、祖霊社etc…

    鳥居を潜ると、このような流れがあり、橋もたくさん架かっていて、小規模ながら全国各地の神社が鎮座しています。

    香取神社、二荒神社、浅間神社、鹿島神社、筑波神社、天満宮、雷電神社(さすが栃木!)、大杉神社、祖霊社etc…

  • 水の流れは、このように澱んだ所もあって、全体的には澄んだ…とは言えないものがあります。

    水の流れは、このように澱んだ所もあって、全体的には澄んだ…とは言えないものがあります。

  • 神社は、このようなミニサイズですが、今回時間をかけて見てみたところ、実にたくさんあって驚きました。

    神社は、このようなミニサイズですが、今回時間をかけて見てみたところ、実にたくさんあって驚きました。

  • 流れが、このようにきれいな所もあります。<br />木が鬱そうと生い茂った中に祠があるので、夏でも涼しいのではないかと思います。

    流れが、このようにきれいな所もあります。
    木が鬱そうと生い茂った中に祠があるので、夏でも涼しいのではないかと思います。

  • このようなかわいらしい朱塗りの橋も架かっています。

    このようなかわいらしい朱塗りの橋も架かっています。

  • その中に、なんと「熊野神社」がありました!

    その中に、なんと「熊野神社」がありました!

  • 和歌山県の「熊野大社」だったなら、こんなに驚きませんが、この写真をご覧になってお分かりのように、なんとこの「熊野神社」は、おそらく知る人はそんなにたくさんいるとは思えない、島根県の「熊野神社」だったのです。<br />しかも、2005年に私は島根の「熊野神社」を訪ねていたので、こんな所で「島根県八束郡八雲村」という地名を見た時には、なんだかうれしくて思わず写真を撮ってしまいました(~o~)

    和歌山県の「熊野大社」だったなら、こんなに驚きませんが、この写真をご覧になってお分かりのように、なんとこの「熊野神社」は、おそらく知る人はそんなにたくさんいるとは思えない、島根県の「熊野神社」だったのです。
    しかも、2005年に私は島根の「熊野神社」を訪ねていたので、こんな所で「島根県八束郡八雲村」という地名を見た時には、なんだかうれしくて思わず写真を撮ってしまいました(~o~)

  • このような石橋も架かっています。<br />この神社の雰囲気としては、色がない方がふさわしいような気がします。

    このような石橋も架かっています。
    この神社の雰囲気としては、色がない方がふさわしいような気がします。

  • 流れのほとりに咲く小さな花(^-^)

    流れのほとりに咲く小さな花(^-^)

  • 流れに映る朱塗りの鳥居<br /><br />色がない方がふさわしいと言ってみたものの、水面に映えるのはやはり色つきの方がいいかもしれませんね。

    流れに映る朱塗りの鳥居

    色がない方がふさわしいと言ってみたものの、水面に映えるのはやはり色つきの方がいいかもしれませんね。

  • 芭蕉の歌碑<br /><br />いと遊に 結びつきたる 煙かな<br /><br />「奥の細道」 (元禄15年刊)<br /><br />室の八嶋に詣す。同行曽良が曰く「此の神は木(こ)の花さくや姫の神と申して、富士一体也。無戸室(うつむろ)に入りて焼き給ふちかひのみ中に、火々出見(ほほでみ)のみこと生れ給ひしより、室の八嶋と申す。又、煙を読習(よみならは)し侍るもこの謂(いはれ)也。」<br />将(はた)このしろといふ魚を禁ず。縁起の旨、世に伝ふ事も侍りし。<br />

    芭蕉の歌碑

    いと遊に 結びつきたる 煙かな

    「奥の細道」 (元禄15年刊)

    室の八嶋に詣す。同行曽良が曰く「此の神は木(こ)の花さくや姫の神と申して、富士一体也。無戸室(うつむろ)に入りて焼き給ふちかひのみ中に、火々出見(ほほでみ)のみこと生れ給ひしより、室の八嶋と申す。又、煙を読習(よみならは)し侍るもこの謂(いはれ)也。」
    将(はた)このしろといふ魚を禁ず。縁起の旨、世に伝ふ事も侍りし。

  • 寛永17年、徳川3代将軍家光公は、日光社参の折、この神社に参拝したそうです。<br />当時この神社は荒れたままの状態だったため、家光公はその荒廃を嘆き、社領30万石と杉苗1万本を寄進、復興に当たりました。随行の諸大名、旗本等からも多額の寄進を受けて再建され、天和2年、社殿が完成しました。<br />なお現在の社殿は、大正15年4月に完成されたもの。当時の社司が再び朽廃した社殿を見て、自らも私財を投じ、氏子崇拝者の協賛を得て改修されたもののようです。<br /><br />この御神木は2代目のものです。<br />先代の御神木は、御神庫の脇に切り株のみ残っているため、平成16年に当社の宮司によって設定されたそうです。<br />

    寛永17年、徳川3代将軍家光公は、日光社参の折、この神社に参拝したそうです。
    当時この神社は荒れたままの状態だったため、家光公はその荒廃を嘆き、社領30万石と杉苗1万本を寄進、復興に当たりました。随行の諸大名、旗本等からも多額の寄進を受けて再建され、天和2年、社殿が完成しました。
    なお現在の社殿は、大正15年4月に完成されたもの。当時の社司が再び朽廃した社殿を見て、自らも私財を投じ、氏子崇拝者の協賛を得て改修されたもののようです。

    この御神木は2代目のものです。
    先代の御神木は、御神庫の脇に切り株のみ残っているため、平成16年に当社の宮司によって設定されたそうです。

  • 樹齢については、残念ながら詳細は分かりませんでした。

    樹齢については、残念ながら詳細は分かりませんでした。

  • 御神木の根元に生えていた植物です。

    御神木の根元に生えていた植物です。

  • 「夫婦杉」というのは、羽黒山神社にもありましたが、これは根っこは一つですが、途中で4本の木に分かれていました。<br />このような木は初めて見ました(@_@)

    「夫婦杉」というのは、羽黒山神社にもありましたが、これは根っこは一つですが、途中で4本の木に分かれていました。
    このような木は初めて見ました(@_@)

  • 境内東側には「神楽殿」があります。<br /><br />大神神社の神楽は、日光東照宮(または二荒山神社)から上都賀郡石裂(おざく)神社を経て伝わったと言われています。神楽は古くからありましたが、天保4年に舞伎、舞面、装束、楽器等いっさいが完成し、現在も純粋な古い型を残しているとのことです。

    境内東側には「神楽殿」があります。

    大神神社の神楽は、日光東照宮(または二荒山神社)から上都賀郡石裂(おざく)神社を経て伝わったと言われています。神楽は古くからありましたが、天保4年に舞伎、舞面、装束、楽器等いっさいが完成し、現在も純粋な古い型を残しているとのことです。

  • 青銅の鳥居越しに、拝殿が見えます。<br />本殿は拝殿の後ろなので、この角度からは見えません。<br /><br />これらの鳥居や、その他の銅製品は、戦争中の昭和18年にはすべて供出させられたこともあったようです。<br /><br />平和であることは、すばらしいと思いました。

    青銅の鳥居越しに、拝殿が見えます。
    本殿は拝殿の後ろなので、この角度からは見えません。

    これらの鳥居や、その他の銅製品は、戦争中の昭和18年にはすべて供出させられたこともあったようです。

    平和であることは、すばらしいと思いました。

  • 神楽殿は鳥居の手前右にありますが、今度は鳥居を潜ると、すぐ右側に「神具庫」と呼ばれる小ぶりの建物がありました。<br />

    神楽殿は鳥居の手前右にありますが、今度は鳥居を潜ると、すぐ右側に「神具庫」と呼ばれる小ぶりの建物がありました。

  • ここの軒下の彫刻が、けっこうよくできていると思いました。<br />木札には「伊勢神宮大大麻奉齊所」と書かれています

    ここの軒下の彫刻が、けっこうよくできていると思いました。
    木札には「伊勢神宮大大麻奉齊所」と書かれています

  • 拝殿の奥はこのようになっていました。

    拝殿の奥はこのようになっていました。

  • 拝殿奥の上の方には、「正一位惣社大明神」の額が掛かっていました。

    拝殿奥の上の方には、「正一位惣社大明神」の額が掛かっていました。

  • 「大神神社」の額も。

    「大神神社」の額も。

  • 拝殿正面です。

    拝殿正面です。

  • 拝殿から鳥居の方を見てみました。

    拝殿から鳥居の方を見てみました。

  • 鳥居近くの石垣の苔が、辺りの新緑に映えて美しかったです。

    鳥居近くの石垣の苔が、辺りの新緑に映えて美しかったです。

  • 「此処が室の八嶋」の立て札と、「室の八嶋」についての説明板です。

    「此処が室の八嶋」の立て札と、「室の八嶋」についての説明板です。

  • 「御足(おみあし)ひたし所」の案内板です。

    「御足(おみあし)ひたし所」の案内板です。

  • ここだけは、流れの所まで直接降りてゆけるようになっています。<br />しかも、水が澄んできれいでした。

    ここだけは、流れの所まで直接降りてゆけるようになっています。
    しかも、水が澄んできれいでした。

  • その「ひたし所」の近くにあるのは、「雷電神社」?だったような気が・・・<br />「天満宮」も近くにあったので、どちらかだと思うのですが・・・

    その「ひたし所」の近くにあるのは、「雷電神社」?だったような気が・・・
    「天満宮」も近くにあったので、どちらかだと思うのですが・・・

  • 「ひたし所」の水に触れてみたら、冷たくて気持ちよかったですよ。

    「ひたし所」の水に触れてみたら、冷たくて気持ちよかったですよ。

  • 「室の八嶋」の尽きた所が、拝殿に向かう参道です。<br />向かって右に進めば拝殿、左に行くと大神神社の入り口が、鬱そうと茂った木々の中に見えます。

    「室の八嶋」の尽きた所が、拝殿に向かう参道です。
    向かって右に進めば拝殿、左に行くと大神神社の入り口が、鬱そうと茂った木々の中に見えます。

  • 入り口から見ると、参道の向こうに鳥居が見えます。

    入り口から見ると、参道の向こうに鳥居が見えます。

  • 再び最初の場所に戻り、本殿を見ようとして、ふと傍の藤棚に目をやると、棚の真ん中で藤の木がこのように絡みついて、あちらこちらに枝をのばしているのを見つけ、藤のしぶとさというか底力というようなものを感じて脱帽しました。<br /><br />そういえばどこかで、藤は藤原氏が代々自家の木としたと言うようなことを読んだような気がするのですが・・・なるほどなぁ、だから藤原氏はしぶといのだ!とその時頷いてしまいました。<br />

    再び最初の場所に戻り、本殿を見ようとして、ふと傍の藤棚に目をやると、棚の真ん中で藤の木がこのように絡みついて、あちらこちらに枝をのばしているのを見つけ、藤のしぶとさというか底力というようなものを感じて脱帽しました。

    そういえばどこかで、藤は藤原氏が代々自家の木としたと言うようなことを読んだような気がするのですが・・・なるほどなぁ、だから藤原氏はしぶといのだ!とその時頷いてしまいました。

  • 花の季節に訪れたなら、さぞやきれいだったのだろうと悔やまれました。<br /><br />青々とした藤の葉越しの本殿と、空に向かう千木です

    花の季節に訪れたなら、さぞやきれいだったのだろうと悔やまれました。

    青々とした藤の葉越しの本殿と、空に向かう千木です

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 義臣さん 2007/05/29 17:49:51
    未知
    恥ずかしながらここも知りませんでした。
    栃木市は国分寺遺跡 国分尼寺遺跡を通った時代があったのに。
    静かですね

        義臣

    大神神社は奈良だけかと思っていました。

    前日光

    前日光さん からの返信 2007/05/29 22:17:41
    RE: 未知
    こんばんは!

    大神神社は、本当にいつ行っても人っ子一人いない、よく言えば静かな神社です。
    もう少し観光に力を入れればいいのにと思う反面、いやいやこのままの方が神社の雰囲気が失われずにすむのだろうとも思い、複雑な気分です。
    後で旅行記にも書きますが、一昨年神社の社務所が火災に遭っているのです。もっか再建中です。

    田園のただ中にある大神神社は、とても神寂びたいい感じの社です。
    機会がありましたら、ぜひいらしてください。

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