2007/05/08 - 2007/05/09
39位(同エリア86件中)
よっしーさん
昨年の秋以来、2度目の邯鄲旅行。
叢台を除き、タクシーをチャーターして見学をした。
まずはまったく予定になく、地図に書いてあったからタクシーの運転手と一緒に探して見つけた趙王陵。
ここでは、趙王陵の管理者のおじいさんが、日本からの珍しい客に一般人には非公開の車馬坑と展示物も見せてくれた。
次に趙王城。
今後、超王城公園を整備する計画もあるらしい。
竜台には旗が立てられ、道路の入り口にも看板が設置されていて、とても行きやすくなっていた。
タクシーの運転手には、何度も道を尋ねて隘路を通って墓探しをしてもらったり迷惑をかけたので、当初150元でチャーター交渉をしていたのだが、気持ちをこめて180元と昼食をともにして、いい思いでも作ることができた。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
-
宿泊した邯鄲大酒店
部屋はきれいだが、風呂はお湯が出なかった
ホテル職員は、非常に親切 -
邯鄲博物館。今回、すでにしまっており行きそびれた。
中には、趙の時代の発掘物をはじめ、貴重な資料が多く展示されている。 -
刎頚の交わりで知られる藺相如と廉頗が和した際の様子を花で描く。
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そして武霊王の叢台へ。2度目
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「趙武霊王叢台遺址」の碑は、明の万暦帝時代のもの
今の叢台は、各時代に修築され、漢詩にも登場するらしい
叢台は閲兵ばかりでなく、ここで王のために舞を行うなど、さまざまな儀式、催しもなされたらしい -
古い版築などを見て歩くと、もっと大きなものだったのではないかと、いつもながら想像してしまう
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2日目は趙王陵見学。行ったのは2号墓。
恵文王の墓。有名な武霊王の子
そのほか1号墓、3号墓が周辺数キロ以内にあり合わせて三陵墓群などといわれ、恵文王墓から北方永年県にある4号墓、5号墓を望むこともできる。 -
前方後円墳のような感じで並んでいるが、ここは2つの墓がある。
右側が恵文王、隣は子供の墓という。
何度か聞いてみたけど、奥さんではないらしい -
恵文王墓
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子の墓。
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車馬坑
タクシーの運転手が管理人と話して、自分が日本人であることを知ると車馬坑へ案内してくれた。車馬坑は知る由もなく、思わぬ歓待と交流、発見に感動した -
管理人室からのぞいたものだったので、柵が邪魔だが、写真も撮らせてくれた
通常は非公開らしい -
アップ
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周辺の墓の説明、趙の遺跡分布状況の資料が展示されているところ。学術用のもので非公開
写真は撮影できないが、中に入れてもらえた
趙王の墓は百年がかりで作られ、車馬坑のほか、将軍簿が周辺に30数基発見されている。 -
恵文王墓の模型。ここだけ撮らせてくれた
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あれが確か1号墓だったろうか
墳墓を頂上として、周辺は何段もの段として整備されている様子がわかる -
あれが確か3号墓
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はるかに永年県を望む
4号墓と5号墓が見える。規則的な区画はないようだ -
次に趙王城遺址へ
昨年と違い、標識ができていてわかりやすかった -
まずは竜台へ
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登り道
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城門を望む
竜台などの宮殿区に通じる道と、そうでない道で整理されていたような感じになっていた -
城門2
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竜台の上
見事に耕されている -
少し離れたところから、竜台を撮ってみた
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城壁。趙王城遺址の四方を城壁が取り巻いている
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角度を変えて
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城壁。南門
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道は区切られていた
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城壁に近接するところにあった
これは当時のものか、近年のものか -
かわらが散らばっている
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かわら2
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宮殿遺址
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宮殿遺址の上
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宮殿があったと思われるところ
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南将台を望む
趙王城は、竜台、北将台、南将台の三つの宮殿遺址が「品」の字を作っている。 -
城壁
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竜台に通じる道は、地面に石が埋まっている
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一通り見学を終え昼食をとる
半日お世話になった運転手さん。電話番号と住所を教えてもらって、手紙を送る約束をした。 -
邯鄲駅でt586列車に乗り、北京西へ向かった
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邯鄲駅に、4月にデビューした高速列車、和諧号が。
たくさんのお客さんが利用していた。
時速200キロ運転で、北京西ー鄭州間の移動も5時間へ、2時間近く短縮されたらしい。
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