2006/09/01 - 2006/09/01
73位(同エリア86件中)
カンゲンさん
今回の旅の目的は、北京周辺部でこれまで訪れたことのない『世界遺産』に行ってみることです。
限られた日程ですが効率よく回れたらと奮発し専用車をチャーターしました。
清朝の皇帝陵は遼寧省にある関外三陵の、福陵(瀋陽東陵:初代・太祖ヌルハチ)・昭陵(瀋陽北陵:第二代・太宗ホン=タイジン)・永陵(ヌルハチの祖父や父などを祀る)と
北京遷都後に河北省に造られた東陵・西陵がある。
『清東陵』(世界遺産:1004)は 北京から北東に125キロ、遵化市にあり北側に昌端山、西側を西大河が流れ東側・南側にも川が流れ自然に恵まれた地で中国伝統風水学に基づいて造られている。
陵墓の総面積は78平方キロ、埋葬されたのは5人の皇帝と1人の王子、151人の女性の157人である。
孝陵(3代・順治帝)・景陵(4代・康煕帝)・裕陵(6代・乾隆帝)・定陵(9代・咸豊帝)・恵陵(10代・同治帝)と皇后陵四つ、嬪妃園寝五つがある。
工事は1661年の孝陵から、1908年の西太後の慈禧陵までの約2世紀にも渡った。
乾隆皇帝の「裕陵」隆恩殿
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第6代・乾隆帝の陵墓「裕陵」の碑楼
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裕陵の3本のアーチ橋
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裕陵の地宮
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裕陵地宮
1928年軍閥の孫殿英に盗掘された。 -
「裕陵」地下宮殿
壁面の経文やレリーフが素晴らしい -
明堂の入口
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乾隆帝の妃嬪の墓群(園寝という)
后36人が埋葬されている -
裕陵妃嬪園寝
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園寝の屋根の色は緑色
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墓群
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裕陵妃嬪園寝の地宮
容妃(伝説の香妃)地宮 -
慈禧陵(西太后)の陵墓
1895年日清戦争時に、海軍予算を流用し既に22年間かけ造ってきた三殿の建物を取り壊して建て直した。
この工事は14年間かかり慈禧が亡くなるまで続いた。 -
慈禧地宮
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奥に見えるのは「慈安陵」
(東太后:咸豊皇帝の孝貞顕皇后)
西太后が自分の陵を東側(上位)に造らせた。 -
慈禧地宮
慈禧の死後、一生に渡り収集した財宝を棺桶に入れたと言われるが、軍閥による盗掘にあっている。
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