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ニコシアからの旅案内<br /> 飛行場のあるラルナカを出発してニコシア(首都)−北キプロスの東部ファマグスタ−南ニコシア−北ニコシア−キレニア−南キプロス・トロードス地方−オモドス村−パフォス−ペトロ・トゥ・ロミウ−アポロン神殿−クーリオン古代遺跡−リマソール・ヒロキティア遺跡−レフカラ村−旧市街−コロッシ城−ラルナカ−アギア・ナパ−ラルナカ−ドバイの旅のルートを訪れる。<br />紀元前8200年の頃の集落跡は新石器時代のもの。<br />地中海最古の遺跡や集落を訪ね歩く旅は<br />気の遠くなるほどの太古の世界。<br /><br />イスラム教とギリシャ正教と歴史と教会。<br />キプロスの初代大統領のマカリオスの像は10数mの巨大なもの、<br />17年間(1960〜1977)もの間この国を治めた。<br /><br />古代博物館には紀元前3000年からのものが<br />展示されているが残念ながら撮影は禁止。<br /><br />キプロスの歴史・文化はどの博物館でも<br />手の届く位置に置かれているのには納得できない。<br /><br />今から3000年〜4500年前の青銅器時代には<br />既にエーゲ海の島々へ銅の交易をしていたとされている。<br />ラテン語で銅をキプロスと意味するらしい。<br /><br />当時はひとつの島であったが<br />現在は南から北へ行くのにもパスポートが必要。<br />ガイドは北側の人しか出来ないが、生まれはトルコ。<br /><br />私が興味を持っている「ヨハネ騎士団」によって造られた<br />キレニア城には2300年前の難破船が保管されているのには驚いた。<br /><br />沈没船は(14m×9m)海底の砂に埋もれていた<br />原型のままの物をペンシルバニア大学が引き上げ復元したとされている。<br />4人乗りの貿易船でキプロスからは銅を、<br />ギリシャのサモス島からはアーモンドなどを持ち帰った。<br /><br />2300年の歳月を経た今も当時の状態のまま、<br />ガラス容器に保存されているのを見ると目が点になるほど引き付けられる。<br /><br />城壁のすぐ下の港町は散策するのにちょうどいい。<br />タベルナの店員は遠い日本に憧れを持ってしきりに話しかけてくる。<br />「東京まで何時間かかる?」<br />「気温は何度?」<br />だが残念ながら大阪は知らないと言う…。<br />南ニコシアの考古学博物館にある愛と美の女神「アフロディーテ」の銅像、<br />そして10cm位のガラスの容器が目に付いた。<br /><br />「これは何?」「涙の壷です」「エッ涙の壷」当時、<br />夫が戦場へ行くとき妻の「悲しみの涙」を<br />壷に入れて持って行ったと伝えられている。<br /><br />キプロス人のガイドのオルゴさんに<br />「キプロスの女性は皆そうなの?」…問いかけの答えは<br />笑顔だけが返ってきた。<br /><br />「昔の人は情が深かったんだネ!…」と小鉄(女房)を振り返ると、<br />もうその場を立ち去っていた。<br />北ニコシアの国境から南ニコシアを見る観光客。<br />簡単な国境に見張り番が一人。<br />ココが国境ですと言われなければ路地裏かと思うほどの所。<br />カメラを向けるとダメとのゼスチャーに怒っている様子も無い。<br />この壁も何時かは取り除かれる日が来るのだが、<br />ココに来るまでは壁の存在すら知らなかった。<br /><br />http;//www.tetujin60.com

地球の島巡り43縞目・キプロス島 ニコシアからトロードス地方

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2007/03/18 - 2007/03/29

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鉄人60

鉄人60さん

ニコシアからの旅案内
 飛行場のあるラルナカを出発してニコシア(首都)−北キプロスの東部ファマグスタ−南ニコシア−北ニコシア−キレニア−南キプロス・トロードス地方−オモドス村−パフォス−ペトロ・トゥ・ロミウ−アポロン神殿−クーリオン古代遺跡−リマソール・ヒロキティア遺跡−レフカラ村−旧市街−コロッシ城−ラルナカ−アギア・ナパ−ラルナカ−ドバイの旅のルートを訪れる。
紀元前8200年の頃の集落跡は新石器時代のもの。
地中海最古の遺跡や集落を訪ね歩く旅は
気の遠くなるほどの太古の世界。

イスラム教とギリシャ正教と歴史と教会。
キプロスの初代大統領のマカリオスの像は10数mの巨大なもの、
17年間(1960〜1977)もの間この国を治めた。

古代博物館には紀元前3000年からのものが
展示されているが残念ながら撮影は禁止。

キプロスの歴史・文化はどの博物館でも
手の届く位置に置かれているのには納得できない。

今から3000年〜4500年前の青銅器時代には
既にエーゲ海の島々へ銅の交易をしていたとされている。
ラテン語で銅をキプロスと意味するらしい。

当時はひとつの島であったが
現在は南から北へ行くのにもパスポートが必要。
ガイドは北側の人しか出来ないが、生まれはトルコ。

私が興味を持っている「ヨハネ騎士団」によって造られた
キレニア城には2300年前の難破船が保管されているのには驚いた。

沈没船は(14m×9m)海底の砂に埋もれていた
原型のままの物をペンシルバニア大学が引き上げ復元したとされている。
4人乗りの貿易船でキプロスからは銅を、
ギリシャのサモス島からはアーモンドなどを持ち帰った。

2300年の歳月を経た今も当時の状態のまま、
ガラス容器に保存されているのを見ると目が点になるほど引き付けられる。

城壁のすぐ下の港町は散策するのにちょうどいい。
タベルナの店員は遠い日本に憧れを持ってしきりに話しかけてくる。
「東京まで何時間かかる?」
「気温は何度?」
だが残念ながら大阪は知らないと言う…。
南ニコシアの考古学博物館にある愛と美の女神「アフロディーテ」の銅像、
そして10cm位のガラスの容器が目に付いた。

「これは何?」「涙の壷です」「エッ涙の壷」当時、
夫が戦場へ行くとき妻の「悲しみの涙」を
壷に入れて持って行ったと伝えられている。

キプロス人のガイドのオルゴさんに
「キプロスの女性は皆そうなの?」…問いかけの答えは
笑顔だけが返ってきた。

「昔の人は情が深かったんだネ!…」と小鉄(女房)を振り返ると、
もうその場を立ち去っていた。
北ニコシアの国境から南ニコシアを見る観光客。
簡単な国境に見張り番が一人。
ココが国境ですと言われなければ路地裏かと思うほどの所。
カメラを向けるとダメとのゼスチャーに怒っている様子も無い。
この壁も何時かは取り除かれる日が来るのだが、
ココに来るまでは壁の存在すら知らなかった。

http;//www.tetujin60.com

  • 9000年前の石積み円形住居<br />新石器時代

    9000年前の石積み円形住居
    新石器時代

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