2006/09/13 - 2006/09/13
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よっしーさん
中国最期の帝国、大清が興る前の清の首都は遼寧省の瀋陽(盛京)にありました。
清が山海関に入関し、中原を支配するようになった後も、盛京は大清帝国成立後も満州族(とりわけ八旗)を束ねる重要な都として、愛新覚羅一族の宗廟の地として重要な機能を有する都市でした。
まだ山海関を通過する前、清は明と対等の地位を示すために紫禁城をまねた城を作りました。もちろん明は激怒します。これが現在の瀋陽故宮というわけです。
実際行ってみると、見事にミニ故宮でした。
飾り物なども中国と同じようにしているつもりでも、何かかわいらしくなってしまったりしているところが、何か面白い。
歴史の深みと面白みを見ることができました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 航空会社
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瀋陽故宮は、世界文化遺産に指定されています。
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ここから先、官員などは下馬して進まなければなりません。ということが書かれています。
中国語のほか、満州語、モンゴル語、チベット語でも書かれています。 -
入り口の狛犬
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たしか大清門といっただろうか。
入城ゲートになっています -
崇政殿は、確か皇帝が政務を行ったところ。
表紙の建物。 -
皇帝の玉座
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宮廷の中庭。
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八旗
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赤ちゃんをここで寝かしたのですね
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確か、皇后の座
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裏庭
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屋根瓦におかれている動物たち
なんかかわいいです -
神を祀る儀式で使われた神竿。
神に対して皇帝が感謝の意を伝えるための儀式で使われた -
大政殿の中。
皇帝の玉座。瀋陽故宮の中の建物の中でも、ヌルハチの時代に最初に作られたもののひとつ。 -
清の太祖となる後金のヌルハチが明軍と戦った際に、ここで明軍に勝利し、それを記念した碑
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大政殿。皇帝の式典が行われました。
この式典は、北京に遷都後も、定期的に皇帝は訪れて先祖を祭る儀式を行いました。もちろんこの儀式は、同時に満州の八旗を統治する上でも重要な役割を果たしていました。 -
清皇帝の先祖の位牌
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