2005/06/17 - 2005/06/17
1408位(同エリア1853件中)
松村博司さん
友人と買い物ついでに立ち寄った岡山城です。
天守閣は戦争にて焼失、現在の天守は鉄筋です。
中は資料館となっています。
見所は別名金鳥城と呼ばれる黒い壁の天守閣。
安土城を模したと言われます。
また、その天守閣から三大庭園の一つ、後楽園が一望できます。
本来、岡山城と後楽園はセットで回るのがお約束なのですが、私たちは次の予定があったため(買い物途中だったため)早々に撤収しました。
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「ちょっと寄り道」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-entry-12.html
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
-
休日出勤の代休です。
運がいいことにホームセンターに勤めている友人も休みと連絡が。
早速二人で遊びに行くことに〜。
が、出発しようとしたら、
パンクしてる
去年も同じ所をパンクしてるんです。
同じようなもの拾って。 -
同じような場所でバスって音したのでいやな予感したんですが。
去年、一本だけ新品に変えたタイヤを再びパンクしてしまった悲劇。 -
結局、友人の車で出発となりました。
スペアタイヤを履いた我が車。左は友達の車、今日のお供です^^;
凹んだまま、まずは昼食。
新しくできたバイキングの店に行って来たのですが。
まずい><
90分あったのですが、わたしは20分ほどでリタイヤ。
その後、友人は黙々と食事を続けていました。
それを眺めつつ、たばこを吸ったりアイスを食べてみたり、コーヒー飲んだりw
結局、ほとんど時間いっぱいまでいましたw
その後、少し買い物をしてから、ブログ用のネタがほしいので近所の観光地に行こうという話に。
で、選んだのは岡山城! -
岡山県庁。
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県庁の反対側〜。
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で、到着、目の前には堀と石垣。
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反対に学校跡地にできた県立図書館。
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橋を渡っているとワナワナと鳩や白鳥、あとアヒルなんかもよってきます。
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よく見ると鯉もよってきてる。う・・・飢えてる^^;
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案内図、左下の「P」に車を止めてきました。
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実は生まれも育ちも岡山なんですが、岡山城来たのは初めて。
で、初めて知った岡山の由来。
そう、この地域は吉備国から始まり、備前、備後、備中と細分化していったわけで、なぜ岡山の名が付いたのか私も初めて知りました。疑問には思ってたんだけど。 -
鉄門跡。
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鉄門跡、その2。
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鉄門のすぐ隣の櫓。
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不明門。
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で、天守閣来た〜!
入らずに1時間ばかりジュースを飲みながら休憩w
結構、観光客来ます。若い人もちらほら。
中にはいると撮影禁止でした。 -
入り口。
まあ、よくある資料一式って感じで、火縄銃とか鎧兜、あとは手紙類等々、我らが家康公の直筆サインとか、秀吉の書簡などもありました。
資料館としては結構おもしろかったです。第二次世界大戦で消失、復元城のため鉄筋コンクリート製ですが、おかげでエアコン効いてましたし。 -
撮影禁止場所ではない所をパシャリ。
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天守最上階から後楽園。
宇喜多家、池田家の貴重な資料も、地元にいながら知らないこと、結構ありました。
岡山の土地は大和に吉備国を滅ぼされて以来(桃太郎の起源と言われていますね)ガチガチの保守派です。
宇喜多秀家は戦国時代は織田、豊臣家について、57万4千石の大大名まで出世、また五大家老に列し豊臣家の中核に上り詰めながら関ヶ原の後、 八丈島に流されました。
維新の際も幕府側でしたね。
革命とは縁遠い土地柄です。恵まれすぎてますよ、ここは^^;
現在でもよく、他県からこれだけの史跡がありながらそれ有効利用しない。観光地として大成する可能性を秘めているのに現状に満足しているとの批判を聞いたことあります。
しかし、一緒に行った友人曰く、
ずいぶん、変わってきれいに整備されたと。
吉備路にある鬼ヶ島の言い伝えのある鬼ノ城も現在発掘作業後順次復元されています。
ちょっとずつ変わっているのかな、そう感じます。
三時過ぎ、岡山城を出て帰路へ〜。
19時前までデジカメで撮った写真をPCに落とし品評会をして、解散となりました。
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