2006/09/15 - 2006/09/15
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ぼすとんばっぐさん
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当初、モン・サン・ミッシェル日帰りツアーを申し込もうかと検討した結果、ツアー料金を調べると「う..た、高い..。」ということになり、節約家(セコイとも言う)の関西人の私たちは、誰もフランス語を喋れないことを承知で個人で行って参りました。何とかなるもんです。
《アクセス》
詳細は別の旅行記『アクセス編』にも書いていますので、宜しければご覧下さい。
パリ・モンパルナス駅⇒(TGV移動)⇒レンヌ駅⇒(バス移動)⇒モン・サン・ミッシェル
というルートが日帰りの場合は現在BESTです。レンヌ⇔モン・サン・ミッシェル間のバスの本数が少ないので、このバスの時間を調べてからTGVの時間を選択することになりますが、バスのHPにTGV〜バスのBESTな連結時間を掲載してくれているので、個人で行かれる方は是非チェックしてみて下さい。
バスのHP
http://www.keolis-emeraude.com/en/
※バス乗り場は、レンヌ駅Sorite Nord(北出口)を出てそのまま右へ真っすぐに進むとあります。
※バスのチケットはモンパルナス駅で、TGV券と一緒に購入出来ます。しかし、バスは指定席ではなく自由席なので、TGV券と一緒にバス券を買ったからといって、バスの席を確保してくれているわけではありません。そして座席以外の立ち乗車は禁止されているようなので、満席になれば残っている人がいようが、ブーッと置いてきぼりにして発車してしまいます。早めに順番並びした方が良いですね。(私たちが乗車したバスに最後カップルが乗り込んだのですが、空いている席は1席だけ。1人は「立って乗る」と運転手と交渉した挙句、許可が下りずに2人とも降ろされました。乗車時間が長いし、揺れるから危ないというのがあるんでしょうね。)
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モン・サン・ミッシェルの脇にバスは到着。降りてからすぐに写真の門をくぐり、賑やかな参道を歩いていく。
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参道の途中。ランプを支える部分には大天使聖ミカエルの飾りが。サン・ミッシェル=聖ミカエル、モン=山、ということで、モン・サン・ミッシェルは訳すと‘聖ミカエルの山’ということになる。
708年、オベール司教の夢に聖ミカエルが登場して、「岩山の上に教会を建てなさい」と命じ、その啓示を受けて建てられたところからモン・サン・ミッシェルの歴史は始まったらしい。当時の不安な歴史背景の中、聖ミカエルの信仰が深まり、モン・サン・ミッシェルには見る見る内に人が集まり始め、代表的な巡礼地の一つになっていったそう。
聖ミカエルは、多くのフランス国王にも崇められ、イギリスの侵入からフランスを守る守護神にもなった。ジャンヌ・ダルクにお告げをしたのもこの聖ミカエルなんですね。 -
長い階段を上って最初に辿りついたのは、‘西側のテラス’。目の前には「タング」と呼ばれる粘土石灰質の砂地が一面に広がっている。ここからの景色は抜群。右に見える建物は、後で訪れる‘ラ・メルヴェイユ’でモン・サン・ミッシェルの傑作と言われる建物。
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湾の景色。緑も近くまで広がっている。
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足を踏み入れると、ずぶずぶと砂地に引きずり込まれそうな気が..。
湾の潮の満ち引きはヨーロッパ最大で、新月と満月のときの干満の差は15m。引き潮の時は海岸線が20kmも後退し、潮が満ちてくる時の速さは毎分62m。これは相当速い!砂地を歩いて渡っている途中、あっと気が付けば波にのまれ..この為、巡礼途中に溺れて亡くなる方もいたらしい。命がけの巡礼だったんですね。 -
遠くに見えるのは、ここから3km離れたところにある‘トンブレーヌ岩’。トンブレーヌ岩も、モン・サン・ミッシェルも、岩の歴史は2千万年以上も前に遡るらしい。
何て事ない岩が湾にぽつんとあるなと思っていたら、ここには壮大なドラマがあった。 -
もともとこのトンブレーヌ岩は修道士たちの避難場所として利用され、小巡礼地として小さな修道院も建てられていた。
しかし百年戦争の時は、このトンブレーヌ岩の上にイギリス軍の要塞が建てられ、モン・サン・ミッシェルを攻略する為の激しい包囲攻撃がこの湾を挟んで繰り広げられる。モン・サン・ミッシェルの修道院長がイギリス軍に寝返ったりする衝撃的出来事もある中、現在より位置が高かった海と、堅牢な城壁、そして修道院を守っていた騎士たちにより最後までモン・サン・ミッシェルは陥落しなかった。ここは修道院でもあり、要塞でもあったのですね。(フランス革命後は修道院は閉鎖され、監獄にもなっている。)
※現在、トンブレーヌ岩には修道院も要塞もありません。 -
西側のテラスの足元には、1つ1つ数字が書かれている石が敷き詰められていた。この修道院を建築する際、別の場所から石が運ばれてきたのだけれど、運び職人の報酬を決めるために職人のNO.が定められ、それが石に彫られているのだそう。自分の数字が書かれている分だけ報酬が貰えると言うわけで、歩合制だったんですね。...と、日本語ツアーのガイドさんの話が隣から聞こえてきました。
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西側のテラスからいよいよ修道院付属教会内部へ。
966年になると、ベネディクト会修道士がモン・サン・ミッシェルに派遣される。それから修道院は更に繁栄を続け、修道士の数も増えていき、この修道士たちにより、11〜12世紀、ロマネスク様式の修道院が岩山の上に建てられることになった。ゴツゴツとした岩山なので水平に一度に建てることは出来ず、まず大聖堂を作り、その下に北、西、南側に分けて修道院の建物を作ったらしい。
最初ロマネスク様式で作られた内陣は崩れ落ちてしまい、ゴシック様式で再度作り直され、現在に至るのだとか。内陣以外はロマネスク様式のまま。この教会は広くかなり見応えがある。 -
ゴシック様式内陣。この大きな窓から太陽の光がたっぷり入ってくる。この内陣はフランボワイヤン様式の傑作と言われている。
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ゴシック様式内陣の下部。
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同じく教会内部の側廊。
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ここは‘大基柱のクリプト’。先程の建て直されたゴシック様式の内陣を支えている場所で、内陣のちょうど1階下にあたる。一度ロマネスク様式の内陣が崩れ落ちているから、今度はがっちり補強しようと太い柱が何本も建てられている。ここは柱の迷路のような..中世の雰囲気が漂っていた。(写真は友人です)
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この回廊から‘ラ・メルヴェイユ(西洋の驚異)’と呼ばれる、モン・サン・ミッシェルの傑作と言われる建築内に入る。
1204年、フィリップ2世はノルマンディー公国をブルターニュ軍の力を借りて打ち負かしフランスに併合するが、何とその同盟国のブルターニュ軍により、モン・サン・ミッシェルは火を放たれてしまう。その為聖堂の北側が消滅してしまい、その後、フランス王の援助を受け、驚異的な速さで建てられたのがこの‘ラ・メルヴェイユ’。
この回廊は、修道士が礼拝の為に通う聖堂と同じ階にあり、修道士はここで読書をしたり、瞑想をしたりしたのだそう。ここは天と地を結ぶ空間と言われた。
そしてこの回廊は修道院の重要な部屋とすべてつながっていて、主要機関を結ぶ中心点になっている。西側は海に向かって開かれていて、湾が一望に見渡せる。とても素敵な場所でした。 -
回廊にある柱の彫刻。どれを見ても凝っていて美しい。
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回廊から眺めた教会。
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尖塔のてっぺんには金メッキ銅の聖ミカエル像が。
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小さくて全くわかりませんが、このてっぺんにあるミカエル像は1897年に彫刻家エマニュエル・フレミエによって制作されたものらしい。像の高さは4.2m、重さは500kgもあるとのこと。(1987年に修復)
実はモン・サン・ミッシェルは過去10回以上落雷に合い、火事になっている。(そりゃ、この立地では仕方がない気がする)あえて金メッキというところから、避雷針の役割を果たしているんでしょうか?それとも普通に聖ミカエルを輝かせる為? -
何のこっちゃかわからないミカエル像で終わらせたくないので、こちらの写真をご紹介。これは先ほどの尖塔のてっぺんにあった聖ミカエル像の石膏モデル。
聖ミカエルは、最後の審判の時には善悪の行いを秤にかける天秤を持ち、悪魔が人々を地獄に連れ去る一方、選ばれた者たちの魂を天に導く。そして龍を打ち倒した聖人で、龍=悪、ということで悪に対する善の力の勝利を象徴しているのだとか。
足元で踏まれているのは龍、つまり悪。このフレミエのミカエル像には複製が2つあり、その内の1つはオルセー美術館に収蔵されているらしい。 -
回廊から進み‘僧院食堂’へ。
ここでは、説教壇で読師がその日の殉教者の名前を呼んだ後に聖人伝を読み上げ、それを聞きながら修道士たちは沈黙を守って食事をしたらしい。
この食堂の脇には小さな窓が沢山つけられていて、真っすぐ歩いていくと、目の前は窓がパタパタ開き、後ろを振り返るとパタパタ窓が閉まっていく錯覚を受ける、とガイドブックに書いていたのでやって見ると、まさにその通りだった。是非一度試して見てください。 -
同じく‘ラ・メルヴェイユ’内の‘貴賓室’。リブ・ヴォールトに目が行きます。この部屋は巡礼者を迎える場所で、13世紀中頃から16世紀終わりにかけて、ルイ9世、フィリップ4世、ルイ11世、フランソワ1世などの国王も、この貴賓室で修道院長よりもてなしを受けたらしい。
部屋には大きな暖炉があり、宿泊設備も整い、訪れる客の為の食事も随時用意していたのだそう。
モン・サン・ミッシェルの建築は、数人の建築家により時代をまたいで建てられているが、後で建てた建築家が前に建てられたものを尊重して調和するように作った為、統一感あるハーモニーが全体に生まれている。
美しい外観だけではなく、建築や歴史について興味深いものがたっぷり詰まっていた。
※上記詳細については、購入した日本語パンフレット
(7ユーロ)より引用 -
見学を終え、賑やかな参道を見学。観光客向けに店を沢山作ったのかと思いきや、中世の頃からこんな風だったらしい。昔から巡礼者が沢山訪れた為、当時から商人が住み着くようになり、ホテルやお土産物屋で賑わっていたとのこと。今日のホテル、お土産物屋は当時巡礼者をもてなした商人の末裔に当たるそう。
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可愛い看板が沢山ありました。
色々見て歩くと楽しいです。 -
入口付近にある、オムレツの有名店「ラ・メール・プラール」。当時巡礼者の為に作った巨大オムレツが大好評ということで、是非!と思ったのですが、16時前後に行くと、昼から夜の準備の切り替えとかで、一時閉店になっていました。ざ、残念〜。
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と言うことで、参道を少し上がったところにあるお店に入り、ガレット(そば粉で出来たクレープ)を注文。初めて食べたんだけれど、結構クセがありますね。友人はオイシイと言っていました。
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最後に、全景を。湾も一緒に含めて写真を撮ろうと思えば、相当歩くことになります。
19世に作られた堤防の影響で川の流れが変えられたことにより、モン・サン・ミッシェルを取り巻く湾に堆積する砂の量が急激に増え始め、近い将来周囲の海底が上がり「モン・サン・ミッシェルが海に浮かばなくなる日がくるかも知れない」、と現在危惧されているそうです。
そうならない様にする為の大掛かりな工事が現在計画されていて、その計画の一つ、脇にある駐車場を遠ざけて堤防の一部を壊し、細い歩道橋をかわりに作る予定だとか。そうするとバスを降りてからはてくてくと歩くことになるんでしょうね。でも、その方が景観を楽しめ、雰囲気も盛り上がるような気がする。モン・サン・ミッシェルは離れたところから湾と一緒に見る方が美しいと思います。 -
モン・サン・ミッシェルから戻り、夜のパリを見学することに。写真はシャイヨー宮前から撮ったエッフェル塔。ここからは、建物に邪魔をされることなく、エッフェル塔を満喫出来る。絵葉書に出てきそうな景色でした。
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同じく、シャイヨー宮前からの眺め。人気SPOTらしく、沢山の人が夜景を見に集まっていました。
忘れていましたがエッフェル塔も世界遺産の1つなんですね。
そういえば、パリの街はスッキリしているなぁと思ったら、電線がどこにも無かった。美観を壊すということで、地下にでも埋めているんでしょうか?(今回周遊したフランスの全地方に於いてもそうでした。良く観察して見ると、日本も都心は電線が無くなっていますね。) -
これは、エッフェル塔前のイエナ橋横から撮ったもの。シャイヨー宮は高台から眺めるけれど、イエナ橋は目前にエッフェル塔が迫ります。
そして、エッフェル塔の照明は1時間ごとにキラキラと点滅を始め、白いライトの灯花に包まれるのでこれは必見!毎時55分〜10分までの約15分間、点滅するようです。(写真は昨年撮影) -
続いて凱旋門を見学。
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凱旋門の内側にも、細かい彫刻が沢山ありました。
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パリの老舗カフェ‘フーケッツ’。映画にも登場する有名店。せっかくだからお洒落にお茶してみようかと、オープンテラスに腰をかけることに。キビキビとした動きで颯爽と歩くウェイター。オーラたっぷり。
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私はコーヒーを注文。1杯6ユーロで約900円。出てきたのは一気に飲み干せそうな超スモールサイズカップ。900円。ナメたらあかんでと言いたい金額。
この、口にも入りそうなミニミニカップを置き、きびすを返し颯爽と歩いていくウェイターに「まて〜い!マグカップで持ってこい!」と叫びたくなるのは私だけではないはず。 -
フーケッツで15分程お茶して(何せあの量ですから)、同じシャンゼリゼ通りにあるスーパーマーケット‘モノプリ’へ晩御飯を調達に。
モノプリは深夜0時まで営業をしていて、食品や衣料品他、沢山の品物を売っていた。しか〜し、閉店間近になると猛烈な客の追い出しにかかり、無視して粘るとキツイ口調で怒られる(閉店時間まで15分あっても)。フランスってこんな国なんや〜、と出口へ向かうと、何やら人だかりが..。野次馬根性で覗いてみると、店員と頭から血を流している客が言い争っている..!どうやら閉店5分前に客がスーパーに入ろうとしたら、店員が中へ入れてくれず、無理矢理入ろうとした際に店員が扉をバーンと閉め、扉が客の額に当たって血がダラダラ..ということになったらしい。客は「閉店時間までまだ時間があるじゃあないか!」ということで怒り、店員は自分は正しいとスカし(フランス語わからないので雰囲気ですが)、両者一歩も引かず..。この追い出しについてフランスでの常識なのか、このスーパーでのやり方なのか、このやり取りを見て??ですが、きっと閉店時間はシャッターが下りる時間なんでしょうね。しかし、それにしても客にケガをさせて謝らないのは、おかしいんじゃあないの?
あ〜だ、こ〜だと言いながらシャンゼリゼ通りを突き進み、コンコルド広場に到着。 -
この写真は昨年の冬に撮ったもの。エジプトのルクソール神殿から送られたオベリスクの向こうには、昨年は大型観覧車があったのだけれど、今回は無くなっていました。
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夜のオペラ座。ライトアップがとても綺麗。空港から直通のロワッシーバスは、このオペラ座脇から発着。
モン・サン・ミッシェル日帰り観光後も、気合があればまだまだ観光が出来るものですね。ホテルに戻ったのは深夜0時半。部屋で宴会を始め、カオールから必死に持ち運んだワインはあっという間に空になり、意識もあっという間に吹っ飛んで朝を迎えてしまいました。
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