2007/03/06 - 2007/03/06
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井上@打浦橋@上海さん
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中国って、どういうわけだか、酒場らしい酒場がないんです。
つまり、一人でふらっと入って、簡単なツマミで酒を飲む・・・そういう酒場です。どうしても料理が主体であって、酒は二の次、そういった感じの店しかないような・・・。そりゃ、ホテルのバーは酒場と言えば酒場ですが、私の意味する酒場では、全くありえません。私のイメージするのは、下町の横丁にあるような一杯飲み屋です。
ところが、5年前だったかの上海歴史散歩の時に、やっと、それらしき店を案内されました。大いに気に入り、その後、何度か、一杯やりに来ました。一人のときもありましたし、数人で来たこともあります。また昼下がりに来て、ほろ酔い気分になったこともあります。そんな時、やはり、店には酔いどれ爺さんが一人で飲んでいたりします。私も酔いどれおじさんですが・・・。
その店は、沈永和と言う店でしたで。豫園の南側を東西に走る道・方浜中路にあったんです。そうです、今は無くなってしまいました。無くなって4年以上は経ちます。その後、龍華寺に、同じ沈永和と言う店が現れました。そこにも2・3度行きましたが、そこも去年無くなってしまったんです。
私の、この4travelのブログを見てる方から、、龍華寺の沈永和に一緒に行きましょうというメールが来ました。また、私が参加しています中国旅行関連のMLでも先週、沈永和の話題が上がりました。
方浜中路の沈永和も龍華寺の沈永和も、なくなってしまった今、沈永和は、どこに行ってしまったのか・・・下町をさ迷い歩きました。沈永和そのものでなくてもいい、それっぽい店でもイイ、と探し回りました。
表紙の写真は下町の市場通り・大境路です。
遠く向こうには、金茂大厦と建設中の上海ヒルズが見えます。
来年の今頃は、上海ヒルズが左隣の金茂大厦の高さをわずかですが追い抜いているでしょう。
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コレが初めてお目にかかったときの方浜中路の沈永和です。
2003年の10月に行われた上海歴史散歩の時の様子です。
この時は下町散歩した後は、文廟の孔乙己酒家で皆さんと食事をしました。
孔乙己酒家を知ったのもこの時です。 -
方浜中路の店が無くなって、新しく出来たのが、この龍華寺の沈永和です。
これは2006年の2月9日のものでして、この2週間後に、仲間とココで一杯やりました。
しかし、その2ヵ月後には、もう、もぬけの殻でした。そして周辺の建物も壊され始めていました。 -
経路は、この地図の通りです。
まずは寿寧路から入っていきます。人民路を渡り大境路に入り、東へ向かい、東端手前で長生街を北に行きます。途中で白衣街に入り、旧倉街をチョイ南に下がり、東青蓮街に入り、西へいき、青蓮街に出ましたら、南端まで南下します。 -
寿寧路に入りました。
はい、早速登場、パジャマおばさん。
真っ赤な派手なパジャマです。 -
今、上海では炭焼き牡蠣が流行っています。
「炭焼生蠣」と言う看板が掛かっています。
牡蠣なんて、2年前は、ごくごく一部の人しか食べていなかったはずです。と言いますか、上海には全く出回ってなかったでしょう。勿論日本料理屋には、あったんでしょうが・・・。
なんで、今、牡蠣なのか・・・・どこからの流行なのか・・・今後も牡蠣は定着するのか・・・分かりません。 -
チョット行って振り返りました。
赤いパジャマのおばさん、携帯のメールを見てるんでしょうか・・。
左では道端のテーブルでおじさんが食事中です。
上には、夏場だったら日除けになる蔦のような葉が絡まってますが、今の時期は、みすぼらしい状況です。いっそ、取り除いてしまったほうがイイのに、そのままですね。 -
寿寧路は、もう終わりです。
この店は人民路手前の店です。
広式烤鴨、つまり広東式のローストダック屋です。
人民路側の店先には行列が出来ていました。 -
人民路を渡り、大境路に向かいます。
前ではトランプをやっています。
向こうに見えますお寺っぽいのが大境閣です。
城壁があった頃の望楼です。
そこだけに城壁の一部が残っています。
大境閣の中は、当時の上海城内の様子などの資料展示物があります。
そして、ホンのわずか残ってる城壁も体感できます。 -
大境路に入りました。
南側一帯は、もう、昔の建物が殆ど壊されてしまいましたね。
遠く向こうには、金ぴか屋根の太陽都市花園マンションの建物が見えます。
河南南路と復興東路の北西角があの辺りと言うことです。 -
甕入りの紹興酒を量り売りする店です。
もう、スグ、ここも壊されるんでしょう。 -
チョイ行って振り返りましたので、こちらは大境路の北側です。
北側も、撤去なんですね。
屋根瓦は、また使うのか、丁寧に扱われています。
屋根の上から7人経由で、下に綺麗に山積みされていきます。 -
露香園路を越えて、大境路を更に東に行きます。
ココから先は、当分、撤去の憂き目には会わないようです。
まだまだ賑やかで生活感有ります。 -
靴屋さんです。
出来合いのものも売ってますが、修理もやるし、作る事もしてるのかも知れません。 -
生鮮食料の店も、まだ元気です。
ココは魚屋さんで、向こうは八百屋さんです。 -
北側も元気です。
洗濯物も道路に飛び出していて元気です。 -
こちらは北京ダック屋です。
1斤12・8元ということは、1羽で35元位か・・・・・
全部綺麗に切り分けてくれます。皮は薄切り小片にして、骨付き肉はぶつ切りに切り分けてくれます。
3元で、薄餅、糸きり葱、キュウリ、甜麺醤が付いてきます。
安いよなぁ・・・・全く!! -
興泰里という小区の入り口です。
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大境路から北へ伸びる道・長生街の角にある果物屋です。
砂糖キビがドサッと置いてあります。 -
こちらは大境路から南へ伸びる道・馬街の角の屋台です。
葱油餅を焼いていました。 -
大境路は、もうスグ終わりです。
向こうの道は、河南南路で、更に向こうには豫園があります。
大境路の東端まで行かずに、ここから長生街に入り込みます。 -
こちらが長生街ですね。
ここを北に行きます。
ご覧のように狭い路地といった感じの道です。 -
銭湯もありますね。
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裕徳里と言う小区への入り口です。
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裕徳里の中をチラッと覗いてみました。
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右から来る小道は雲居街と言う道です。
この先は、クネッと曲がっています。 -
長生街から白衣街に入り、西へ進みました。
チョット先には高層マンションが迫っています。 -
白衣街から旧倉街に入りました。
この道を暫く南へ行きます。
道の上には洗濯物が横断しています。 -
旧倉街から東青蓮街に入り西へ行きます。
ココも狭い道です。 -
開明里と言う小区の入り口です。
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狭い路地ですから、路地全てが洗濯物を干す場所になっています。
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前を行く道は南北に走る露香園路です。
東青蓮路は、まだこの先に続きます。 -
露香園路の北方向です。
左が西側で、右が東側になるわけですが、西側には、もう人が住んでないのかもしれません。
チョット前までは、西側でも店を広げてましたが、今は東側のみです。 -
こちらは露香園路の南方向です。
上とは反対に左が東側で、右が西東側になりますが、やはり西側は店を広げてるのは、一軒のみです。 -
露香園路を越えて、更に東青蓮路を行きます。
もう、ほとんど、ゴーストタウン状態です。
向こうから来る小さな子供とパジャマおばさんしか、いないような・・・・。 -
ココに一人、店を出してるおじさんがいました。
ここは、智安里と言う小区の入り口だったようです。
中には、もう誰も住んでいないんでしょう。 -
先ほどの小さな子供ですね、振り返って撮りました。
パジャマおばさんは、この中に入って行きました。
この一帯の最後の住人なのか・・・。 -
コレも小区の入り口です。
奥のほうにも、まだ、住人が残ってるようです。 -
更に東青蓮街を行きます。
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もうスグ、東青蓮街は終わりです。
この辺りの右側に昔、青蓮庵と言うお寺があったそうです。 -
東青蓮街から青蓮街に出ました。
そして南方向に行きます。
右は道教寺院の白雲観です。更にその右隣に大境閣があります。 -
先ほど西から東へ向かいました大境路を超えて、青蓮街を更に南に行きます。
右側一帯は、ほとんど壊しつくされています。
左側も、もうスグ壊されるでしょう。 -
北方向を振り返りました。
2・3年後には、ここにも、向こうにあるようなビルが建つのか・・・ -
向こうに、なんか知りませんが不思議な建物が見えてきました。
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小区の入り口の残骸です。
種徳里という小区だったようです。 -
ガラクタばかりを並べて売っていました。
引っ越していく人達が、要らないものを売ってるんでしょう。 -
先ほどの不思議な建物は幼稚園だったんですね。
回民幼児園となっています。
回教徒の子供のための幼稚園でしょう。 -
東青蓮路を更に南に行きましたら左に小学校が現れました。
万竹小学となっていました。
ただ今、3時24分、下校時間なんですね。 -
校門を出てスグのところにある店は大繁盛です。
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上の店の脇の空き地では青空床屋が営業していました。
今は、髭を剃ってるところです。
いくらなんだろうか・・・・まあ、5元というところでしょう。
これで、「沈永和はいずこに?大境路&東青蓮街」は終わりです。
このあとは「沈永和はいずこに?方浜中路&四牌楼路&光啓南路」に続きます。
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この旅行記へのコメント (3)
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- カザMAXさん 2007/03/23 17:52:55
- 大境路なくなっちゃうんでしょうか?
- 井上様
こんにちは。
大境路は実は今回の旅行で行きたいと思っていて行けなかった場所のひとつです。
この写真でみるとだいぶ取り壊されていますね。
次回いつ上海に行けるか分かりませんが、
大境路少しでも残っていてほしいです。
万博の前に行けば大丈夫かな?
行きたいと思っていて、行けなかった場所を、
ちょうど井上さんの旅行記で見ることが出来て嬉しいです。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2007/03/24 07:56:26
- なくなることはないですけど・・・・
- カザMAXさん、どうも。
大境路という道は無くならないでしょう。
でも、あの道の下町風景はなくなるでしょうね。
ただし、今のところ、大境路の西端から露香園路まででしょう。
しかし、その先も、もしかしますと2・3年後のはなくなるかも・・・。
万博前がギリギリかも知れません。
今回、上海旅行は、どうも、不消化だったようで・・・
いずれ、またリベンジのため、訪れてください。
- カザMAXさん からの返信 2007/03/24 10:42:39
- RE: 大境路なくなっちゃうんでしょうか?
- 井上様
お返事ありがとうございます。
下町っぽい生活感のある道が好きなので、
「大境路」に行ってみたいと思っていました。
なんとか早いうちにまた上海に行けると嬉しいです。
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