1995/02 - 1995/02
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worldspanさん
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1995年、ユーゴスラビアがボスニア内戦で独立を宣言したセルビア人共和国(スルプスカ共和国)への武器供与・加担の疑いで経済制裁を受けていた時の話だ。
私はブルガリアの首都ソフィアからユーゴラビア南部の町、ニシュへ列車で向かうため、ソフィア駅にいた。指定席の切符を取っていたので、チケットに記載された車両の座席を番号を見ながらコンパートメントを探した。コンパートメントは8人掛け、ガラス張りになっているので通路から中を覗くことができる。
私は自分の座席番号が書かれた個室を見つけ、扉を開けようとドアノブに手を懸けた時、通路からガラス越しに室内が目に入ったわけだが、同室の乗客を見て仰天した。コンパートメント内にジプシーの男女4人組が室内一杯に荷物を持って座っているではないか。本当に座席は間違ってないのか、チケットと個室番号を照らし合わせながらを何度も見直したが、間違いではない。
ジプシーと言えば、中東欧では貧困層を形成し、職を持たぬもの、また差別のために職を持てぬものも多い。また貧困層のジプシーたちの中には犯罪に手を染める者も少なくない。私がこの旅でソフィアに降り立った時、ジプシーたちに周りを囲まれ、お金を乞われたり、母親が子供に私のズボンのポケットに手を入れさせるように仕向け、ポケットの中を弄られた経験をした少し後のこと、私はジプシーたちに対し気持ち的にネガティブがはいっていた。そんな最中にジプシー達と一緒に旅をすることになるとは・・・。
私は困惑しながらも、不安を押し殺して意を決し扉を開け、「добър денドバルデン(こんにちわ)」とブルガリア語で挨拶した。彼らは通路に立つ東洋人の私を見て少々驚いた顔をしたが、直ぐに「どうぞどうぞ」と招き入れた。そして彼らは好奇心たっぷりに私を見ていた。
4人組のリーダー核の男性は「ヒーナ(中国人)?」とまず尋ねてきた。私は日本人であることを隠す必要もないので「ヤポーネッツ(日本人)」と答えると全員が感嘆の声を上げたし。すると彼は部屋から飛び出し、「オレ達の部屋に日本人がいるぞ!」と他の仲間達を呼び集め、ヅカヅカとジプシーたちが個室に押し寄せ、私の周りにジプシーたちの輪ができてしまったではないか。ジプシーの誰もが初めて見る日本人に興味津々なのだ。
残念ながら私はブルガリア語を話すことはできない。その為彼らと話す共通言語がなく、お互いに意思の疎通が殆どできなかったが、そんなこともお構いなしに彼らは私に話しかけ、そして胡桃やナッツ、ひまわりの種をご馳走してくれた。しかし私も何を言っているのかわからぬため、唯々愛想笑を振りまくだけだった。
引きつりそうな愛想笑いをしながら彼らとひと時を過ごしている間に列車が出発した。そして暫くすると、中年のベテランの車掌と若手車掌二人で切符の検札にやってきた。私は彼らに切符を渡し、何も問題なく検札を終えたが、ジプシーのリーダーは車掌に何か話し始める。そして彼は懐から札束を出し、ベテラン車掌に耳打ちを始めたかと思うと、車掌は札束を受け取り、何事もなかったかのようにポケットにスッと入れた。
札束からしても、切符代にしては多すぎるな、と思っていたが、このお金の意味することは凡そ察しがついた。ユーゴスラビアは当時経済制裁をされていたため、本来荷物の持込に関して隣国の税関が厳しく規制しなければならい。室内に溢れんばかりの荷物があることを考えると、彼らはこれらの荷物をユーゴ内で売り捌こうとしていることは一目瞭然である。彼らは税関に荷物に対する目を瞑ってもらおうと、恐らく車掌を介して賄賂を渡しているのだろう。もちろん車掌もその受け取ったお金の中から「手数料」をとっていることであろうが。
ベテランの車掌が何食わぬ顔でお金を受け取り、お金をポケットにしまいこんだのを見て驚いたのは、もう一人の若い車掌だ。彼は顔をこわばらせ、ジプシーたちに「俺達を買収する気か!」とでもいっているのだろうか、いきなり怒鳴りつけた。するとジプシーのリーダーはニヤッとして「お前も金が欲しいならやるよ」、 札束を彼の胸元に押し付けるように差し出したが、彼は撥ね付け烈火のごとく怒った。そして中年の車掌に「何故そんなものを受け取るのですか!」と言っているかのように激しい口調で抗議した。
しかし貰った本人は「まあまあ」と若い車掌を宥めながら、個室を後にした。以来彼らは我々のコンパートメントに戻ることはなかった。そして案の定ブルガリア側の国境ではパスポートコントローラーも税関も彼らに対して殆ど調べることない。彼らは見事経済制裁のユーゴにいとも容易く潜り抜け、物資を運び入れたのだ。経済制裁を受けているにも拘わらず、ユーゴのスーパーやデパートでは品物が溢れていたのは、こうした闇商売が一般的に行われているからであろう。セルビア人に尋ねてみても、以前と比較しても物価の高騰を除けば、店頭で売られているものは変わりないという。
一方個室内でのジプシーたちのマナーは最悪だった。禁煙の室内でタバコをモクモクと吸い、吸殻やひまわりの種の殻は個室がゴミ貯め場と勘違いしているのではないかと思うほど、どんどん床に捨てる。手持ちの車のオイルが漏れていれば、まるで自分の家の雑巾のように、ヘッドレストカバーを剥ぎ取って漏れたオイルをふき取る。私はこんな人たちと一緒にいる個室から一刻も早く立ち去りたかった。
ブルガリア国境を越え、ユーゴ側のコントローラーが個室に来ると、驚いた顔をした。東洋人とジプシーが一緒にいたからであろう。「君は彼らの仲間か?」と開口一番に言われたので、慌てて否定した。コントローラーは私のパスポートを見ると、荷物を持ってこっちに来なさい、と個室から出るように指示した。最初はパスポートに何か不備があって連れ出されるのだろうかと動揺していたが、コントローラーは私と私の荷物を個室から出すと、「彼らは危険なので、他の個室を手配するからそこに行きなさい」と言い、空いている個室に案内までしてくれ、セルビア人たちの部屋へ移ることとなった。親切なセルビア人のコントローラーのおかげで不快から一転、心が解き放たれたかのように、セルビア人たちの乗客たちと和やかに話をしながらにシュへと向かうことができた。
いずれにせよ、今回はまだジプシーの小集団での闇貿易だったが、翌年ルーマニアからユーゴへの移動で更に大掛かりな闇貿易に遭遇することとなる。このことはルーマニアティミショアラ編でお話したい。
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