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イースター島。気候は常夏、のんびりした風土でとても居心地のよい島だ。宿で旅行者とだべったり、マグロを食べたり、サーフィンしたりで、いつの間にか滞在は4日を過ぎていた。今日こそは本格的にモアイ観光に出掛けることにしよう。<br /><br /> <br /><br /> 重い腰をあげ朝から身支度をする。モアイは島の全土に散らばっているので、原付スクータを借りた。フルスルットルで切り抜ける風。海岸線の道はとにかく一直線。数々の倒れたモアイが横目で流れていく。そのあいだ、ずっと考えていた。ボリビアのラ・パスで知り合ったお父さんからの手紙について。<br /><br /> <br /><br /> <br /><br />『海外を歩く若い人の言葉で、一番大嫌いな言葉は“自己発見のための旅行”とかです。<br /><br /> 人間幾つ年を重ねても、自分の心を100% 知ることは不可能です。<br /><br />自分が何者で、何が好きで、何に適していて、どんな嫌らしい気持ちを隠しているか<br /><br />恐らく死の瞬間が来ても 分からないのではないでしょうか?さほどに人間と云うものは不可思議なものと思います。<br /><br /> <br /><br /> ですから、未知のものを見て、内省することは非常に大切な事ですが、自分の心の中に能動的なものがないと惨めなだけに終わるのではないでしょうか。』<br /><br /> <br /><br /> <br /><br /> そう、僕だってよくわかっている。<br /><br /> <br /><br /> “自分探し”なんていったって大した新事実の発見なんて見つからない。“貧乏旅行”といっても貧乏を演じてみてるだけ。“放浪の旅”と言いつつ、ガイドブックにある観光名所をまわり、誰からも干渉されない海外で“現実逃避”を繰り返しているに過ぎない。旅が終わってからは日本でのサバイバルな戦いが待っていることも重々わかっている(それは旅以前よりも厳しいものだ)。<br /><br /> <br /><br /> それでも思う。<br /><br /> <br /><br /> とにかく気の済むまで逃げて、逃げ切って、もう嫌というほど旅をすれば、ぶち当たって「何か」掴むものがあるのではないかと。<br /><br /> <br /><br /> 旅の経験は日本での戦いにおいて決して無駄にはならない。事実これまでの旅は、新しい価値観を生み出し、生き方に多様性を持たせ、大きな視野を持つきっかけにもなった。旅は100%の答えを生まなくとも、その答えのヒントを与えてくれるものだと僕は信じている。<br /><br /> <br /><br /> ここまではお父さんに自分の経験則で話すことができる。<br /><br /> <br /><br /> しかし、最後の文章。<br /><br /> <br /><br />『自分の心の中に能動的なものがないと惨めなだけに終わるのではないでしょうか。』<br /><br /> <br /><br /> <br /><br /> これについてはうまい答えが見つからない(うーん、今の僕にそこまで能動的なものはないんだよなぁ〜)。<br /><br /> <br /><br /> 考えながら走行していたため、海岸にポツポツと立つモアイを写真におさめるのも忘れ、島の北西部にあるラノ・ララクに到着した。<br /><br /> <br /><br /> <br /><br /> ここはかつてモアイの作製工場だったらしい。山の斜面には、まるで新興住宅地のように無数のモアイが立ち並ぶ。切り出し途中のもの、放置されたままのもの、巨大過ぎて石の塊にしか見えないもの。おそらく島で一番多くのモアイたちの顔が見られる場所だ。<br /><br /> <br /><br /> 過去から多くの研究が成されているにも関わらず、未だにモアイが何のためにつくられたのか、はっきりしたことはわからないという。<br /><br /> <br /><br /> 夥しい数のモアイを見ながら、僕なりの仮説を立てた。<br /><br /> <br /><br /> イースター島は、外部から隔離されたとにかく何もない島だ。今から数千年前に本土から漂流して辿り着いた原住民の祖先の時代もそうだったに違いない。島民たちは毎日変わり映えのない生活を送っていたのだろう。<br /><br /> <br /><br /> ある日、島の村長がモアイを立てるという大作業を思い立った。人間は何か能動的な生きがいを感じなければ人生に張りを感じない。モアイをつくるという大作業で島民たちの人生を満たしていこうと考えたのではなかろうか。その村長の考えは成功し、数が増え、形や規模が競い合われ、島の目立つ場所に次々と立てられていく。それはいつしか島の伝統となって後世に引き継がれることになっていった。<br /><br /> <br /><br /> 生きる目的としてのモアイ。そうでなければこれだけ多くの、そして何トンもの石像を削り取って、立てた意味を理解することは僕にはできない(おそらく一生涯をかけ一体立てるのがやっとだったんではなかろうか)。<br /><br /> <br /><br /> そこまで考え、はっと気付いた。もう一度、ラ・パスで知り合ったお父さんからの手紙にある最後の文章を思い出す。<br /><br /> <br /><br />『自分の心の中に能動的なものがないと惨めなだけに終わるのではないでしょうか。』<br /><br /> <br /><br /> なるほど、確かに人生にはモアイを作るぐらいの能動的な生きがいが大切だ。<br /><br /> <br /><br /> 20年前、日本からボリビアへ移住したお父さんにとっては、移住こそが命をかけた生きがいだったに違いない。旅はあくまで一過程のものであり、それが人生の目的には決してなり得ない。旅する行為と人生の目的が直結しないのならば、旅する意味がそもそも無いのではないか。。。その結果が惨めなものになると、お父さんは僕に警告しているのだ。<br /><br /> <br /><br /> “僕にとっての生きがい、人生の目的とはなんだろう?そして旅を続ける意味は何だろう?”<br /><br /> <br /><br /> お父さんからの手紙はモアイを見てやっと理解することができた。しかし、まだその返信は書けそうにない。また僕は、振り出しに戻ってしまったような気がしている。<br /><br />

モアイと自分探し@イースター島

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2007/03/01 - 2007/03/01

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フーテンの若さん

フーテンの若さんさん

イースター島。気候は常夏、のんびりした風土でとても居心地のよい島だ。宿で旅行者とだべったり、マグロを食べたり、サーフィンしたりで、いつの間にか滞在は4日を過ぎていた。今日こそは本格的にモアイ観光に出掛けることにしよう。



 重い腰をあげ朝から身支度をする。モアイは島の全土に散らばっているので、原付スクータを借りた。フルスルットルで切り抜ける風。海岸線の道はとにかく一直線。数々の倒れたモアイが横目で流れていく。そのあいだ、ずっと考えていた。ボリビアのラ・パスで知り合ったお父さんからの手紙について。





『海外を歩く若い人の言葉で、一番大嫌いな言葉は“自己発見のための旅行”とかです。

 人間幾つ年を重ねても、自分の心を100% 知ることは不可能です。

自分が何者で、何が好きで、何に適していて、どんな嫌らしい気持ちを隠しているか

恐らく死の瞬間が来ても 分からないのではないでしょうか?さほどに人間と云うものは不可思議なものと思います。



 ですから、未知のものを見て、内省することは非常に大切な事ですが、自分の心の中に能動的なものがないと惨めなだけに終わるのではないでしょうか。』





 そう、僕だってよくわかっている。



 “自分探し”なんていったって大した新事実の発見なんて見つからない。“貧乏旅行”といっても貧乏を演じてみてるだけ。“放浪の旅”と言いつつ、ガイドブックにある観光名所をまわり、誰からも干渉されない海外で“現実逃避”を繰り返しているに過ぎない。旅が終わってからは日本でのサバイバルな戦いが待っていることも重々わかっている(それは旅以前よりも厳しいものだ)。



 それでも思う。



 とにかく気の済むまで逃げて、逃げ切って、もう嫌というほど旅をすれば、ぶち当たって「何か」掴むものがあるのではないかと。

 

 旅の経験は日本での戦いにおいて決して無駄にはならない。事実これまでの旅は、新しい価値観を生み出し、生き方に多様性を持たせ、大きな視野を持つきっかけにもなった。旅は100%の答えを生まなくとも、その答えのヒントを与えてくれるものだと僕は信じている。



 ここまではお父さんに自分の経験則で話すことができる。



 しかし、最後の文章。



『自分の心の中に能動的なものがないと惨めなだけに終わるのではないでしょうか。』





 これについてはうまい答えが見つからない(うーん、今の僕にそこまで能動的なものはないんだよなぁ〜)。



 考えながら走行していたため、海岸にポツポツと立つモアイを写真におさめるのも忘れ、島の北西部にあるラノ・ララクに到着した。





 ここはかつてモアイの作製工場だったらしい。山の斜面には、まるで新興住宅地のように無数のモアイが立ち並ぶ。切り出し途中のもの、放置されたままのもの、巨大過ぎて石の塊にしか見えないもの。おそらく島で一番多くのモアイたちの顔が見られる場所だ。



 過去から多くの研究が成されているにも関わらず、未だにモアイが何のためにつくられたのか、はっきりしたことはわからないという。



 夥しい数のモアイを見ながら、僕なりの仮説を立てた。



 イースター島は、外部から隔離されたとにかく何もない島だ。今から数千年前に本土から漂流して辿り着いた原住民の祖先の時代もそうだったに違いない。島民たちは毎日変わり映えのない生活を送っていたのだろう。



 ある日、島の村長がモアイを立てるという大作業を思い立った。人間は何か能動的な生きがいを感じなければ人生に張りを感じない。モアイをつくるという大作業で島民たちの人生を満たしていこうと考えたのではなかろうか。その村長の考えは成功し、数が増え、形や規模が競い合われ、島の目立つ場所に次々と立てられていく。それはいつしか島の伝統となって後世に引き継がれることになっていった。



 生きる目的としてのモアイ。そうでなければこれだけ多くの、そして何トンもの石像を削り取って、立てた意味を理解することは僕にはできない(おそらく一生涯をかけ一体立てるのがやっとだったんではなかろうか)。



 そこまで考え、はっと気付いた。もう一度、ラ・パスで知り合ったお父さんからの手紙にある最後の文章を思い出す。



『自分の心の中に能動的なものがないと惨めなだけに終わるのではないでしょうか。』



 なるほど、確かに人生にはモアイを作るぐらいの能動的な生きがいが大切だ。



 20年前、日本からボリビアへ移住したお父さんにとっては、移住こそが命をかけた生きがいだったに違いない。旅はあくまで一過程のものであり、それが人生の目的には決してなり得ない。旅する行為と人生の目的が直結しないのならば、旅する意味がそもそも無いのではないか。。。その結果が惨めなものになると、お父さんは僕に警告しているのだ。



 “僕にとっての生きがい、人生の目的とはなんだろう?そして旅を続ける意味は何だろう?”



 お父さんからの手紙はモアイを見てやっと理解することができた。しかし、まだその返信は書けそうにない。また僕は、振り出しに戻ってしまったような気がしている。

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