2007/02/12 - 2007/02/12
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神田明神氏子その五さん
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紀元節の振替休日の日、今や東京ドームにすっかりお株を奪われた、小石川の後楽園に行ってきました。東京に残る数少ない大名庭園の一つで、広さは当時に較べ大分狭くなった様ですが、今でも凡そ2万坪はあるそうです。
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今日は、旧水戸藩中屋敷であった後楽園のお庭を概略御案内しよう、と思います。初代水戸藩主が作り、黄門様で有名な二代目の藩主 光圀が自分の趣味で作り変えたものです。
光圀は1600年代の中頃に活躍しましたが、元禄13年(1701)に73歳で亡くなりました。中国の有職故事、歴史に精通した光圀ですので、庭園内には相当数の中国所縁のものがあります。
この日はドーム球場に近い「東門」から入りました。東門を入って最初に目に入るのは池のある内庭?です。水戸藩邸だった頃は、ここに書院がありました。 -
池に沿って歩くと、唐門と呼ばれる堰があり、その先が大泉水?のある後園です。大泉水の右手の沿って歩をすすめると、「松原」と名付けられた開けた場所に出ます。
梅祭りの開催中とやらで、茶店が出て簡単な食事を提供し、納豆等土産品コーナーもありました。納豆類の中では、そのままで酒の肴にもなる「そぼろ納豆」が個人的にはお薦めです。 -
九八茶屋(物置になってました)、脇には遠州燈籠?何処が特長なんでしょうか。小振りの燈籠。
この辺りに曾っての正門「赤門」があったそうです。今はその外側に築地塀があり、見えません。 -
今は季節ではないので花のない菖蒲田を左に見て、邸内に水を引き入れた神田上水跡を越えると黄門さまのお好きだった梅林?が見えてきます。四、五分咲きといったところでした。
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その先、すこしこんもりした所を上がってゆくと、八卦堂跡?があります。光圀が、家光から拝領したという中国の文人「文昌星」の像が祀られていたらしいです。今はお堂の台座だけ。
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この八卦堂のある小高い所を下りると、神田上水を引入れた小川にかかっている中国風の石橋「円月橋」?があります。水面に映る形が満月に見えるところから、この名が付けられたとか。
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もう一度小高い所にあがると、「得仁堂」?があり、八卦堂とともに当時の姿をとどめる貴重な建造物です。伯夷と叔斉(はくい&しゅくせい)の木造が安置されているそうです。
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得仁堂を下りてくると、朱塗りの太鼓橋が目に入ります。通天橋(音羽の滝の後)?です。
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この辺りには音羽の滝、屏風岩、大堰川?、渡月橋etc. 関西の名勝地の見立ても多いようです。
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最後は良くわかりませんが、中国の景勝地盧山に見立てた小盧山と水掘れ石?。孫娘は松原に戻って茶店でお団子と豚汁を食べて機嫌が少し直りました。ヤレヤレ。
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