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国境には不思議な魔力が宿っている。<br /><br /><br /> 少なくとも僕の経験では陸路での国境越えは必ずといっていいほど何かが起こった。これまでに偽札をつかまされたり、バスにおいて行かれそうになったり、入国審査で嫌がらせされたり、タクシーをぼられたり。身構えていても国境では何らかの事件やトラブルに見舞われてしまう。<br /><br /> そもそも国境なんて目には見えない架空の線引きでしかない。しかし、その架空の線を越えると通貨、言語、政治、人種、文化が一気に変わってしまう場合もある。国境とは、長い歴史の中で紛争と妥協を繰り返し生まれたものだけに言葉では説明できないパワーが密かに秘められているのではなかろうか。<br /><br />とにかく、今回の国境越えも例外ではなかった。<br /><br /> ペルーのプーノからボリビア国境の町コパカバーナを経由してラ・パスに入ることにした。朝7時30分のバスに乗り込むと隣にアジア系の若い女性が先に座っていた。話しかけると韓国人で名前はシンネちゃんという。ソウル出身でヨーロッパからブラジル、アルゼンチン、ペルーと旅してきたらしい。すでに旅に出て8ヶ月目。南米で長期の韓国人旅行者と会うのは珍しい。お互い一人旅なので僕らはすぐに仲良くなれた。<br /><br /> しばらくするとバスの添乗員らしき人物が入国カードを配りだした。シンネちゃんは細かく彼に質問し出した。韓国とボリビアには国交がないため50ドルのビザが必要らしく、その詳細を確認したいようだ。しかし、添乗員と彼女の会話がさっぱりかみ合わず、大事な部分が意思疎通できない。20分も問答は続いたが「なるようになるわ」と彼女のほうが諦めてしまった。<br /><br /> シンネちゃん。会ってまだ30分程だが、かなりおっちょこちょいな性格とみた。添乗員と話をしている間にボールペンは落とすし、小銭は落とすわ、入国カードを書き間違えるわ。横で見ていて思わず笑ってしまう。<br /><br /> 退屈しないまま、まもなくバスはペルー側の国境ミグラシオンに到着。出国スタンプを押してもらうため乗客は一旦外に出なくてはならない。<br /><br /> そこで事件が起こった。彼女はペルーの出国カードを持ってなかったため、係員からスタンプを押してもらえなかったのだ。聞くとバスのトランクにある大きなバックに忘れてしまったらしい。<br /><br /> バスはすでにボリビア側のミグラシオンに行ってしまっている。彼女と一緒に僕も走ってバスを追い掛ける。やっと捕まえたバスの添乗員は、無常にもトランクを開けることはできないという。時間がないのが理由らしいが単に面倒くさいだけだろう。ミグラシオンに5ドル賄賂を払えば押してもらえるからそうしろと。彼女は泣く泣く5ドルを払いにペルー側に戻った。<br /><br /> 無事バスに帰ってきたシンネちゃん。表情が暗いので問うとペルーでの滞在日数がオーバーしていたため更に5ドル徴収されたらしい(入国時に何日滞在するか自己申告し、スタンプ横に記入される。彼女の場合、最初の申告日数が短すぎた)。<br /><br /> 「まぁ、これからいいことあるさ。」なんて横で励ましつつバスはボリビア国境の町コパカバーナへ到着。ここでバスを乗り換えなければならない。バスのトランクに詰め込んだ荷物を取り出すと、なんと彼女のバックのキャリアのパイプが一本折れてなくなっていた。さらにバック全体が凹んでひしゃげてしまっている。おそらくトランクへの詰め込み方が悪かったのだろう。<br /><br /> 彼女は抗議する気力もなく「もういいわよ、ご飯でも食べましょう」と自棄っぱち気味に言う。すでにキャリアの意味をなさないバックをズルズル引きずるのを手伝って町をさ迷う。彼女はあっさりサバサバしているので僕は気を使わない。彼女に従うまま、バスの発車時間まで湖岸沿いのレストランテでランチすることに。<br /><br />「今日は8ヶ月の旅行で最悪の一日よ。」彼女はそう嘆いた。<br /><br /> それでも彼女の明るい性格からか表情は暗くない。むしろ笑い話のネタとして喜んでいるようだった。<br /><br /> 伸びきったパスタを食べながら、彼女は身の上話を切り出した。彼女はソウルでCMをつくる広告代理店でプレゼンテイターの仕事に就いていたという。若いのに結構大きな仕事を任されていたにも関わらず、3年半働いて仕事を辞めてしまう。その理由はお金至上主義の世界に絶えられなかったかららしい。仕事を受注するためには全て金、金、金で左右され、夜遅くまで絶え間なく働く毎日。そんな人生に嫌気がさして旅に出たという。<br /><br /> お隣の国、韓国でも日本と状況はあまり変わらないようだ。そして僕が旅に出た理由ととても似ている。そんな話を聞いてさらに彼女に親近感を持つようになった。<br /><br /> ラパス行きのバスは定刻から40分も遅れて出発した。やっと座り込んだ席で僕が文句をいうと彼女はいう。<br /><br /> 「南米が時間にルーズなのは仕方ないわ。自然がこんなに広大であればルーズにもなるわよ。その代わり、彼らは私たちにない心の余裕を持っていると思うの。人生はお金や仕事よりもそっちのほうが大事だと思う。南米をずっと旅行して私はそんなことに気が付きつつあるわ。韓国社会に復帰できるかちょっと心配だけれども。」<br /><br /> 彼女のほうが僕よりも5歳以上も年下だったが、南米の旅と考え方についてはぜんぜん先輩だった。彼女は長い旅を経て大事なことに気が付きつつあるようだ。<br /><br /><br /> ボリビアに入り、窓からの風景はさらに美しくなった。太陽の光に反射して映えるテティカカ湖の蒼さのなんと美しいことよ。<br /> <br /> その光景をカメラのレンズで必死でおさめようとする彼女。不器用で何度撮ってもブレてしまう。「横着しないで首枕をまずは外したらどうかな。」と思ったが口には出さず、風景よりも愛くるしい彼女をずっと眺めていた。<br /><br /> 到着時間は相当遅れそうだが、なんとか無事ラ・パスにこのまま到着できそうだ。いつも国境越えで起きるトラブルは全て彼女が請け負ってくれたのだと思う。<br /><br /><br /> ペルーからボリビアに入ってもそれほど違いは感じられない。バスから眺める町並みも人の顔も変わらないように思える。もともとこの辺の国境なんて曖昧で遥か昔は存在しなかったのだから当然か。<br /><br /> そして、ペルーとボリビアの国境の差がほとんど感じられないように、日本人の僕と韓国人の彼女の差もほとんど感じられない。国境、国籍なんて人の意識、気持ちの問題だ。<br /><br /> 実は、国境越えのバスのなかで時間が経つに連れ、僕は彼女のことが好きになりつつあった。おっちょこちょいな彼女は飽きさせず可愛らしい。そして打たれ強く、無邪気で、純粋な姿が好きだ。何より人生に関する考え方に深く共感できる。横で座っている彼女がたまらなくいとおしく感じてきた。できればこの国境バスに永遠乗って、無国籍なまま彼女とずっと旅していたいとも思う。<br /><br /><br /> こんな気持ちになるのも国境の不思議な魔力によるものなのだろうか。国境では必ず何かが起きる。やはり今回もそれは例外ではなかった。<br />

国境バス@コパカバーナ

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2007/02/19 - 2007/02/19

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フーテンの若さん

フーテンの若さんさん

国境には不思議な魔力が宿っている。


 少なくとも僕の経験では陸路での国境越えは必ずといっていいほど何かが起こった。これまでに偽札をつかまされたり、バスにおいて行かれそうになったり、入国審査で嫌がらせされたり、タクシーをぼられたり。身構えていても国境では何らかの事件やトラブルに見舞われてしまう。

 そもそも国境なんて目には見えない架空の線引きでしかない。しかし、その架空の線を越えると通貨、言語、政治、人種、文化が一気に変わってしまう場合もある。国境とは、長い歴史の中で紛争と妥協を繰り返し生まれたものだけに言葉では説明できないパワーが密かに秘められているのではなかろうか。

とにかく、今回の国境越えも例外ではなかった。

 ペルーのプーノからボリビア国境の町コパカバーナを経由してラ・パスに入ることにした。朝7時30分のバスに乗り込むと隣にアジア系の若い女性が先に座っていた。話しかけると韓国人で名前はシンネちゃんという。ソウル出身でヨーロッパからブラジル、アルゼンチン、ペルーと旅してきたらしい。すでに旅に出て8ヶ月目。南米で長期の韓国人旅行者と会うのは珍しい。お互い一人旅なので僕らはすぐに仲良くなれた。

 しばらくするとバスの添乗員らしき人物が入国カードを配りだした。シンネちゃんは細かく彼に質問し出した。韓国とボリビアには国交がないため50ドルのビザが必要らしく、その詳細を確認したいようだ。しかし、添乗員と彼女の会話がさっぱりかみ合わず、大事な部分が意思疎通できない。20分も問答は続いたが「なるようになるわ」と彼女のほうが諦めてしまった。

 シンネちゃん。会ってまだ30分程だが、かなりおっちょこちょいな性格とみた。添乗員と話をしている間にボールペンは落とすし、小銭は落とすわ、入国カードを書き間違えるわ。横で見ていて思わず笑ってしまう。

 退屈しないまま、まもなくバスはペルー側の国境ミグラシオンに到着。出国スタンプを押してもらうため乗客は一旦外に出なくてはならない。

 そこで事件が起こった。彼女はペルーの出国カードを持ってなかったため、係員からスタンプを押してもらえなかったのだ。聞くとバスのトランクにある大きなバックに忘れてしまったらしい。

 バスはすでにボリビア側のミグラシオンに行ってしまっている。彼女と一緒に僕も走ってバスを追い掛ける。やっと捕まえたバスの添乗員は、無常にもトランクを開けることはできないという。時間がないのが理由らしいが単に面倒くさいだけだろう。ミグラシオンに5ドル賄賂を払えば押してもらえるからそうしろと。彼女は泣く泣く5ドルを払いにペルー側に戻った。

 無事バスに帰ってきたシンネちゃん。表情が暗いので問うとペルーでの滞在日数がオーバーしていたため更に5ドル徴収されたらしい(入国時に何日滞在するか自己申告し、スタンプ横に記入される。彼女の場合、最初の申告日数が短すぎた)。

 「まぁ、これからいいことあるさ。」なんて横で励ましつつバスはボリビア国境の町コパカバーナへ到着。ここでバスを乗り換えなければならない。バスのトランクに詰め込んだ荷物を取り出すと、なんと彼女のバックのキャリアのパイプが一本折れてなくなっていた。さらにバック全体が凹んでひしゃげてしまっている。おそらくトランクへの詰め込み方が悪かったのだろう。

 彼女は抗議する気力もなく「もういいわよ、ご飯でも食べましょう」と自棄っぱち気味に言う。すでにキャリアの意味をなさないバックをズルズル引きずるのを手伝って町をさ迷う。彼女はあっさりサバサバしているので僕は気を使わない。彼女に従うまま、バスの発車時間まで湖岸沿いのレストランテでランチすることに。

「今日は8ヶ月の旅行で最悪の一日よ。」彼女はそう嘆いた。

 それでも彼女の明るい性格からか表情は暗くない。むしろ笑い話のネタとして喜んでいるようだった。

 伸びきったパスタを食べながら、彼女は身の上話を切り出した。彼女はソウルでCMをつくる広告代理店でプレゼンテイターの仕事に就いていたという。若いのに結構大きな仕事を任されていたにも関わらず、3年半働いて仕事を辞めてしまう。その理由はお金至上主義の世界に絶えられなかったかららしい。仕事を受注するためには全て金、金、金で左右され、夜遅くまで絶え間なく働く毎日。そんな人生に嫌気がさして旅に出たという。

 お隣の国、韓国でも日本と状況はあまり変わらないようだ。そして僕が旅に出た理由ととても似ている。そんな話を聞いてさらに彼女に親近感を持つようになった。

 ラパス行きのバスは定刻から40分も遅れて出発した。やっと座り込んだ席で僕が文句をいうと彼女はいう。

 「南米が時間にルーズなのは仕方ないわ。自然がこんなに広大であればルーズにもなるわよ。その代わり、彼らは私たちにない心の余裕を持っていると思うの。人生はお金や仕事よりもそっちのほうが大事だと思う。南米をずっと旅行して私はそんなことに気が付きつつあるわ。韓国社会に復帰できるかちょっと心配だけれども。」

 彼女のほうが僕よりも5歳以上も年下だったが、南米の旅と考え方についてはぜんぜん先輩だった。彼女は長い旅を経て大事なことに気が付きつつあるようだ。


 ボリビアに入り、窓からの風景はさらに美しくなった。太陽の光に反射して映えるテティカカ湖の蒼さのなんと美しいことよ。
 
 その光景をカメラのレンズで必死でおさめようとする彼女。不器用で何度撮ってもブレてしまう。「横着しないで首枕をまずは外したらどうかな。」と思ったが口には出さず、風景よりも愛くるしい彼女をずっと眺めていた。

 到着時間は相当遅れそうだが、なんとか無事ラ・パスにこのまま到着できそうだ。いつも国境越えで起きるトラブルは全て彼女が請け負ってくれたのだと思う。


 ペルーからボリビアに入ってもそれほど違いは感じられない。バスから眺める町並みも人の顔も変わらないように思える。もともとこの辺の国境なんて曖昧で遥か昔は存在しなかったのだから当然か。

 そして、ペルーとボリビアの国境の差がほとんど感じられないように、日本人の僕と韓国人の彼女の差もほとんど感じられない。国境、国籍なんて人の意識、気持ちの問題だ。

 実は、国境越えのバスのなかで時間が経つに連れ、僕は彼女のことが好きになりつつあった。おっちょこちょいな彼女は飽きさせず可愛らしい。そして打たれ強く、無邪気で、純粋な姿が好きだ。何より人生に関する考え方に深く共感できる。横で座っている彼女がたまらなくいとおしく感じてきた。できればこの国境バスに永遠乗って、無国籍なまま彼女とずっと旅していたいとも思う。


 こんな気持ちになるのも国境の不思議な魔力によるものなのだろうか。国境では必ず何かが起きる。やはり今回もそれは例外ではなかった。

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