2007/02/12 - 2007/02/12
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satoshi.sさん
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〜淀川・西国街道旅情への誘い〜
古くから舟運の隆盛と共に一大経済都市を築いた淀川・西国街道沿いの村々。淀の小船で風流に歌会を催す知識人。往時の人々の息吹きが淀川の風に乗って伝わる。烏丸家の法皮を着て農業に従事する上牧の村人達。西国街道を走り抜け法灯を守りき教線を広めた。名僧、傑僧。そして、天変地異と闘った祈りの社。諸人達の夢の跡がここにある。この淀川西国街道沿いの村々は豊富な歴史遺産が残る。哀愁の村々をじっくり歩いて来ました。
コースの内容
藤原鎌足ゆかりの春日神社。信長の末裔が創建の源覚寺。菅公の哀愁溢れる春日神社。国家を憂う日親が創建の一乗寺。神仏習合神仏の遺産、畑山神社。淀川の旅情を味わい西国街道に明日を夢見た人々の往時を偲びたい。
JR高槻駅 (10時20分)→東天川バス停(10時45分)→春日神社(東天川)→前島→源覚寺→鵜殿の葦の原碑→春日神社(上牧)→本澄寺→一乗寺→畑山神社→梶原バス停(13時36分)→JR高槻駅(14時00分)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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山門
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鐘楼
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畑山神社
神仏習合時代を偲ばす貴重な神社
畑山神社は神仏習合時代の建物配置を偲ばす神社として貴重である。社殿の前には山門が今なお残り、そのよすがが偲べる。また、多宝塔も残っていたが、今は埼玉県のユネスコ村に移築されている。その時の寺名は永福寺、元亀年間(1570年代)、林丹波守といわれる武士が金仙寺の鎮守三十番神の霊験を勧請して、合祀したのが始まりであると言われる。明治5年(1872)には先に発された神仏分離令に従い、この寺と神社は分かれ、ここを畑山神社と称した。境内はその時から時間が止ったようにセピア色の世界に包まれ、参詣者はその凛として廃されたような自然のままに美しさを感じる。本殿は1間流造背面3間桧皮葺で、拝殿は入母屋造り桟瓦葺きと江戸中期の建築。風雪に耐え、静かな時を紡いできた中から生まれた落ちついた色合いの社殿は、優れた美術を見るようで安らぐ。境内には、林丹波守の供養塔や多宝塔の代わりとされた多宝殿があり、本殿横のクスノキの巨木は圧巻である。なお市内随一、古い梶原寺跡は7世紀頃にここにあった。 -
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手洗い
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本堂
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けやきの大木
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梶原バス停
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