2007/01/05 - 2007/01/08
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nonmamさん
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63年前に京城で生まれた叔母Kと、終戦で引き上げてきた2ヶ月後に生まれた叔母Rと一緒に、母が住んでいた京城(現ソウル)の町を歩いてきました。
<2年も前の旅行記ですが、PCの中で迷子になっていた写真が出てきたので、写真を増やしてremakeすることにしました。>
母の一家は戦争中、祖父の仕事の関係で京城に住んでいました。
そして終戦になり、御多分に洩れず、当時1歳だった妹の服にお金を縫いこんで命からがら引き上げてきたそうです。
当時母と一緒に女学校に通っていた叔母Mは、怖かった思い出が思い出されるからと、今回の旅には参加しませんでした。
当時1歳だった叔母Kは、ソウル生まれなのに今回の旅の為に生まれて初めてパスポートを取りました。
終戦で引き上げて来た直後に生まれた叔母Rは、韓国はあまたある外国の一つであると感じたようです。
35年程前、母とソウルを訪れた我が弟は、母が突然町の人と韓国語で話し始めたのを聞いたそうです。
私は母が亡くなるまで、一度も母が韓国語を話すのを聞きませんでした。
人それぞれ、思いは色々…
今回のミッションは
1:母たちの住んでいた家を見つける。
2:母の女学校を見つける。
3:叔母Kの生まれた病院を見つける。
… 一方 …
そもそも韓国大使館図書館の司書の山村さんが嘉會町(当時の住所)の地図を見つけて下さったのを皮切りに、「宮宴」のおじさんや辛さん、地下鉄の乗り方、目薬の買い方、目的地へ行き方など分からないことを質問するたびに全てハングルで紙に書いて私に持たせてくれたホテルパシフィックのフロントのお嬢さん、バリバリ韓国語しかしゃべらないけれど、忘れ物を走って届けてくれた部屋係のオバさん、饅頭屋で一生懸命通訳してくれた女子高生達など、この旅を通じて本当にたくさんの方々に親切にしていただきました。
日本人は、外国人に、こんなに優しく出来るだろうか…
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- 大韓航空
-
1日目。
羽田より大韓航空で金浦へ出発。
羽田は近いからめちゃくちゃ楽ですぅ☆ -
ソウルに到着早々、古い建物を発見!
東京は空襲にあっているので、戦前の建物を見つけるのは結構大変ですが、ソウルは昔の建物をしっかり守っているようです。
ちょっと感激… -
今回お世話になるパシフィック・ホテルです。
広い道路を挟んだ反対側が明洞。
地の利は最高です。 -
ホテルから出たところに、石の地図がありました。
つまり我々のホテルは南山方面に建っているということです。 -
宿泊は勿論オンドル部屋。
今回のお部屋には最初から加湿器が装備されていました☆
日本にもある床暖房の感覚で、床を触ってもあまり暖かくなかったので、フロントに「オンドルがきかない」と電話して温度を上げてもらうと、夜中に半端なく暑くなってしまいました。 -
「教えてトラベラー」で、1月は寒いぞ!着込んでお行き☆と言うアドバイスをたくさんの方々からいただいたので、叔母たちに厚着をさせ、夜の明洞にカンジャンケジャンを食べにいきました。
-
叔母たちは日本にない食べ物に大感激!
私の株は急上昇!! -
話は少々それますが、今年韓国は「ブタ年」です。
いたるところにブタさんがいました。
タクシーの運転手さんに「日本はいのしし年だ」と伝えると「えっ?じゃ、ブタ年ってないの?」と驚かれました。
私は韓国がブタ年であると聞いた時点で「そりゃ冗談だろう」と思ったものです。 -
先ほどの豚ちゃんたちの展覧会会場の外には、こんな大きな豚ちゃんもいました。
ベア・フリックの様に、どの豚ちゃんも形はよく似ています。 -
今回不参加だった叔母M(終戦当時女学生)にオンドルの快適な過ごし方を習っていきました。
1.布団を敷く前に、先ず部屋に軽く水を撒く。
2.その水が乾いたところで布団を敷く。(オンドルは結構乾燥する)
3.寝る段階でその布団を裏返す。そうすると即暖かい布団に入れる。
4.夜中寒くなったら隣の人の布団の下に足を入れる。(オンドルもたじたじになるほど、韓国の冬は寒い…らしい)
事前情報であまり「寒い寒い」と聞いていたのでビビり過ぎ、我々は温度調節を間違った模様。
夜中には床が高温になり、隣で寝ていた叔母Kはあまりの暑さにフライパンで炒められる夢を見た、らしい。
…うなされていました… -
2日目。
いよいよ本日は嘉會町探検です。
朝食は明洞でおかゆをいただきます。 -
おかゆ屋さんの看板
裏から撮ってあとでレタッチで反転させようと思ったのですが…
出来ませんでした(TwT。) -
3人それぞれのおかゆ。
-
3人それぞれのお茶。
-
ミッション No.1
いよいよ嘉會町へ向けて出発です!
注:寒いし曇ってはおりましたが、雪はこれっぽっちも降っていませんでした。 -
明洞より4号線で1駅、忠武路で3号線に乗換、安国へ。
-
地下鉄を出ると…
…辺りは冬景色でしたぁヾ(≧▽≦)ノ -
私は冬ソナを見たことはありません。
が然し、事前調査によると、この道をまっすぐ10分ほど行くと、主人公の通っていた中央高校があるらしく、本当に雰囲気のある場所でした。
この左手は裁判所です。で… -
これが冬ソナの雰囲気を壊す、『生家探検隊』です。
ただもう雪だということに大はしゃぎ。
後にある「現裁判所」は、私の持っている1936年の地図によると、当時は学校だったようです。 -
この一角が嘉會町170番地、現在の嘉會洞170番地、私の母の家族が終戦まで住んでいた家のあった場所です。
ちなみにこの建物は「中国美術学校」。
写真に写っているのはベンチ。二つの顔が口にベンチの腰掛ける部分をくわえている…というデザインになっています。
結構素敵なオブジェでした。 -
嘉會町170番地。
この一角のいったいどの当りに母の住んでいた家があったのか…
日本に残っている叔母Mがここに立ってみれば分かったのかも知れませんが、出発前にボンヤリと聞いた話だけでは私達には判断つきませんでした。 -
嘉會町170番地。
この瓢箪の干したような奴は、何かのおまじないでしょうか? -
「宮宴」 (この建物も嘉會洞170番地)
あの「チャングム」の宮廷料理を監修した方のレストランだそうです。
出発前に奇しくも母の家があった(かもしれない)ところに、このレストランがあるのを知りました。
事前に予約して、夜のみのメニュー「長今晩餐」をいただきました。
宮宴の方には、母達が63年前にこの場所に住んでいた!と話さなくては!!特に今日一緒に来ているこの叔母Kは63年前にこの近所で生まれたんです☆と言おう、とはりきっていたのですが、お料理があまりに感激的で、お料理の写真を撮ったり、お店の方の丁寧な説明を聞いたり(勿論日本語です)、それを忘れないように書き取ったり、お料理に舌鼓を打ったりしているうちに、残念なことにコロリと忘れてしまいました≧(´▽`)≦アハハハ。 -
韓国料理といえばキムチに代表されるように、辛いというイメージがあります。
然し、宮廷料理には一切唐辛子が使われていません。
チャングムのころには唐辛子は無かったのですって。
で、その唐辛子は後になんと日本から入ってきたものだそうです。びっくりです。 -
嘉會洞周辺はガイドブックによると今は「北村」と言うらしいのですが、この辺り、博物館が多いのです。
宮宴を出たところで、一体何処に行こうか?と地図を片手に迷っていると、宮宴の駐車場のおじさんが飛んできて「何処に行きたいのですか?」ときいてくれました。
「刺繍博物館に行こうか、北村文化センターに行こうか迷っています」と日本語で言うと、私の地図を見ながら(日本語表記)しばし考えてから、手招きをして歩き始めました。
ついて来い!と云う事らしい。
しかも私の持っていた、すでに朝一で買った物が入っっているショッピングバッグを持ってくれると言い張り、雪道を革靴でずんずん行きます。
雪道だからすべらないように気をつけろと何度も後ろを振り返りジェスチャーで教えてくれます。
歩き始めてすぐに気が付いたのですが、彼は日本語が堪能ではありません。
しかも仕事中。
なのに見ず知らずの私達のために結局1時間ほど博物館めぐりに付き合ってくれて、博物館の中では一生懸命展示物の説明をしてくれて、一緒に写真を撮ってくださいとお願いすると、「いい、いい」と、美しいほど恥ずかしがって…
この写真の博物館は、彼が「お金がかかるから見なくていい」と云った嘉會博物館です。
嘉會町の歴史を知るために訪韓した私達としては喉から手が出るほど見学したかったところなのですが、彼の親切に報いるべく、入館せずに通り過ぎました。 -
宮宴のおじさん と わたし達
めちゃくちゃ恥ずかしがっていたおじさんですが、でも最後は潔くフレームに収まってくれました。
しっかり私達の荷物を持って…(。≧Д≦。)mスマーン!!
ある意味 ミッション No1. コンプリート? -
3日目。
私の友達に紹介してもらった韓国人の辛さんに通訳と足をお願いしてソウル観光をしました。
先ずは辛さんに薬の市場に連れて行ってもらいました。 -
今回の旅でミッション以外にやったみたかったのが漢方医院に行くこと。
河童橋と御徒町をあわせたような町中が漢方薬で溢れかえっていて、一見人間の口にいれる物の扱いではないよなぁと思わせるディスプレーの漢方薬問屋が続く中、いかにも老舗という店構えの一軒に入りました。
ガイドブックにも載っていましたが、先生が脈をみて診断して、私だけの為の漢方薬を作ってくださいます。 -
これは漢方薬(になる前の素材)が入っている引き出しです。
先生は何処に何があるか完全把握しているらしく、ハリーポッターのダイアゴンアレーの杖屋さんが天井まで届く杖の山の中から適格に一本の杖を選び出すように、壁の引き出しから木やら実やらを取り出してゆきます。
違いは、杖屋さんのように神経質でないこと。
引き出しからガバッと掴んで秤に乗せ、大体OKというところで袋に入れます。
机にこぼれたのも手で集めて袋に投入! -
全ての薬剤が入った袋です。
私がどうやら抱えられるぐらいの大きさです。
ところで
「先生が薬剤を袋詰めしながら『あ〜貴女達のには痩せる薬も入れておいたから〜』と叔母Rと私に言っているよ」と辛さんが通訳してくれました (*^m^)o==3 -
ここは、カッコ良く言えばラボ。
調合された薬をこれらの大きな圧力釜で煮て私用の漢方薬の出来上がり。
抽出に半日以上かかります。
出来上がったら1回飲みきりサイズのパックに入れてくれます。
40日分頼んだのですごい重さです。
次の日(つまり帰国する日)にホテルまで送ってもらいました。 -
お昼は有名な「土俗村」
サムゲタン、美味しかったぁ…
写真、撮り忘れましたヾ(≧▽≦)ノ -
!!ミッケ!!
叔母Kが
「私は国立病院か大学病院で生まれた」
と言っていたのですが、事前の調査ではそれらしき病院は発見できず…
然し、叔母Mは
「妹が生まれたというので、学校から帰ってきて、一人で歩いて見に行った」
と言っていたので、辛さんに嘉會洞附近の大きな病院に連れて行ってと頼みました。
辛さんは、「そのあたりならソウル医大かなぁ」とソウル医大の付属病院の広大な敷地のなかの、とりあえず本館に連れて行ってくれました。
その本館の駐車場を挟んだ反対側に「医療博物館」という何やら古びた建物があり、その脇に「大正11年7月・実験動物慰霊碑」と言う石碑が建っているの偶然発見!!
早速70歳を超えていますがパソコンの達人の叔母Mに「ひょっとするとこの病院?」と、正面からの写真を写メすると、「そうそう!それがK子の生まれた病院よ!!! 姉妹の中で、唯一大病院で生まれた子ですからよく覚えているわ」とメールが返ってきましたぁぁぁ☆。
ミッション No.3 コンプリート!! -
運悪く日曜日だからなのか、休憩時間だからなのかか、そもそも部外者立ち入り禁止なのか、私達は中に入れてもらえませんでした。
叔母Kは自分を取り上げてくれた産婆さんとこの場所で偶然にも出会い、『貴女があのときの子なのね』とという歓喜の言葉と共に、二人で涙の再開がしたかったらしいのですが…
残念なことに、こそ泥よろしく窓の外より中をうかがう事しか出来ませんでした… -
4日目(帰国日)
明洞大聖堂
修復中…
私は運が悪いらしい。
ミラノのドゥオーモも修復中だったなぁ… -
いまだ馬やの飾りつけがしてあってクリスマス気分が抜けていない韓国。
叔母Rは所持金(ウォン)を全て献金する!といって、蝋燭を買い、お供えしていました。
このおかげで、帰りの金浦空港で私におごってもらう羽目になったんだから… -
今回ソウルの町で自転車を見かけなかったのは冬だったからでしょうか?それとも、ソウルは坂の街だからでしょうか?
ソウルの街のお店は女のひとであふれています。パワフルです。
ソウルの街角のいたるところにある屋台は、食欲をそそる食べ物を提供してくれます。
戦争を境にお互い芳しくない感情を抱いていた時期もあったけれど、この何年かの韓流ブームで今や韓国は日本人の憧れの地になりました。
今回残念なことにミッション No.2、母達が通っていた女学校を見つけることが出来ませんでした。
再度「女学校を探す旅」を決行する、かどうかは分かりません。
でもやさしい人たちに会う為に、魅惑的な町韓国へは行きたいと思います。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- norimamaさん 2016/01/05 15:35:04
- お世話になりました
先日は地図の件で大変お世話になりました。
お正月に義父に会って、確認することができました。
私は6年前から韓流にはまりまして、韓国語を勉強していて
時々ソウルにも行っています。
調査したことをブログに書いてみましたので、お時間あるときに見てみてくださいね!
http://blogs.yahoo.co.jp/haradanb/36716191.html
本当にありがとうございました。
- nonmamさん からの返信 2016/01/05 17:06:48
- RE: お世話になりました
見つかったのですね!
おめでとうございます。
ストリートビュー、万歳\(^o^)/
義父様に、庭の石、お土産にできます様に(*^o^*)
>
> 先日は地図の件で大変お世話になりました。
> お正月に義父に会って、確認することができました。
>
> 私は6年前から韓流にはまりまして、韓国語を勉強していて
> 時々ソウルにも行っています。
>
> 調査したことをブログに書いてみましたので、お時間あるときに見てみてくださいね!
>
>
> http://blogs.yahoo.co.jp/haradanb/36716191.html
>
>
> 本当にありがとうございました。
>
>
-
- norimamaさん 2015/11/21 21:56:21
- はじめまして
はじめまして。私も今、義父のために戦前のソウルの地図を探しています。
ソウルに行かれてからだいぶ経ちますが、まだその地図をお持ちでいらっしゃいますか?
いくつか地図をネットで見つけて大体の場所はわかったのですが、番地までは書いてありません。
場所は城東区の新堂町というところです(往十里駅のそば)
nonmanさんの地図には番地まで書いてあるのでしょうか。
もし書いてあるのであれば、私も大使館に問い合せてみようかと思っています。
- nonmamさん からの返信 2015/11/22 15:55:22
- RE: はじめまして
- norimamaさん
はじめまして
今確認してみましたところ、番地、書いてあります。しかもかなり詳しく!
ただ、地図の名前までは控えておらず、しかも母が住んでいたのが、昌徳宮の近くで、当時日本人が住んでいた街より北で、その近辺しかコピーをしてありません。
今、写真をスキャンしてこのメールに添付しようと試みたのですが、4トラメールに写真は添付できない模様…
義父様の住んでいらした地区の当時の町名はわかりますか?当時から城東区新堂でしたか?明洞を中心にして、上下左右、どちらの方向いなりますか?norimamaさんのお住まいは東京ですか?韓国大使館に気軽にいらっしゃれる場所ですか?何かお手伝いはできますか?
nonmam
>
> はじめまして。私も今、義父のために戦前のソウルの地図を探しています。
>
> ソウルに行かれてからだいぶ経ちますが、まだその地図をお持ちでいらっしゃいますか?
>
> いくつか地図をネットで見つけて大体の場所はわかったのですが、番地までは書いてありません。
> 場所は城東区の新堂町というところです(往十里駅のそば)
>
> nonmanさんの地図には番地まで書いてあるのでしょうか。
>
> もし書いてあるのであれば、私も大使館に問い合せてみようかと思っています。
- norimamaさん からの返信 2015/11/23 10:34:16
- RE: RE: はじめまして
- 早速のお返事ありがとうございます。
義父が住んでいたところは城東区新堂町402−14です。
ソウルの地図で言うと明洞より向かって右側で東大門の斜め右下という感じ
です。
北村からは少し離れていますのでないかもしれませんね。
今の地図でいうと、2号線の新堂駅と上往十里駅のあたりの南側が当時の新堂町だというところまでわかっています。
急ぎませんのでそのスキャン画像を送っていただけませんでしょうか?
lasbossnoriko@yahoo.co.jp
義父は妹と20年ほど前にソウルへ行ったらしいのですが、自分の住んでいるところはさがしたけれど見つからなかったそうです。
今は区割りが変わっていて新堂町は中区に変わっていたためじゃないかな?と思われます。
私が住んでいるのは埼玉県で、時々東京に行くこともあるので、大使館にメールしてみようかと思っています。
お手数をおかけしますがよろしくお願いします。
> norimamaさん
> はじめまして
>
> 今確認してみましたところ、番地、書いてあります。しかもかなり詳しく!
>
> ただ、地図の名前までは控えておらず、しかも母が住んでいたのが、昌徳宮の近くで、当時日本人が住んでいた街より北で、その近辺しかコピーをしてありません。
>
> 今、写真をスキャンしてこのメールに添付しようと試みたのですが、4トラメールに写真は添付できない模様…
>
> 義父様の住んでいらした地区の当時の町名はわかりますか?当時から城東区新堂でしたか?明洞を中心にして、上下左右、どちらの方向いなりますか?norimamaさんのお住まいは東京ですか?韓国大使館に気軽にいらっしゃれる場所ですか?何かお手伝いはできますか?
>
> nonmam
> >
> > はじめまして。私も今、義父のために戦前のソウルの地図を探しています。
> >
> > ソウルに行かれてからだいぶ経ちますが、まだその地図をお持ちでいらっしゃいますか?
> >
> > いくつか地図をネットで見つけて大体の場所はわかったのですが、番地までは書いてありません。
> > 場所は城東区の新堂町というところです(往十里駅のそば)
> >
> > nonmanさんの地図には番地まで書いてあるのでしょうか。
> >
> > もし書いてあるのであれば、私も大使館に問い合せてみようかと思っています。
-
- ツーリスト今中さん 2012/07/19 23:04:54
- 思い出探しで新しい発見が(*^_^*)
- おばさまたちとnonmamさんの韓国旅行はとっても感動的ですね。
戦争と言うこの上ない不幸を作り出すのは人間だけれどそれを乗り越えて幸せを作り出せるのもまた人間なんですよね。
優しい隣人たちを私たちも見習いたいものですね
語彙不足表現力不足で素敵な旅への感想感動をうまく伝えられずに、、、申し訳ない!
- nonmamさん からの返信 2012/07/22 12:09:07
- RE: 思い出探しで新しい発見が(*^_^*)
- ツーリスト今中様
わ、私めの旅行記においでいただけるなんて、恐れ多くて…
最近は、どなたからもコメントをいただくのを恐縮して、旅行記は全て書き途中にしてアップしていません。
> 語彙不足表現力不足で素敵な旅への感想感動をうまく伝えられずに、、、申し訳ない!
そんな、そんな。
叔母達の記録にもなる様にと、なんだか肩に力は入りまくりの旅行記でしたから、恥ずかしい限りです。
この叔母達がくせ者で…語ると長〜くなるので割愛いたしますが、我が愛する叔母達との旅行記にご訪問いただけた事、大変嬉しく思います☆
ありがとうございました。
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