2007/01/03 - 2007/01/03
3727位(同エリア4367件中)
もろずみさん
年明けのお出掛けにはいつも頭を悩ませます。
今年は正月らしく芝居見物にでも出掛けようか、ということで浅草です。
浅草寺への初詣客で仲見世は人酔いしそうな賑わいですが、これはこれで正月らしくて良いものです。
さて、江戸歌舞伎発祥の地は浅草ではなく実は京橋でかの地に石碑があります。
中村座、市村座、森田座、山村座が櫓をあげたのは中橋南地(今の京橋)です。櫓をあげるのは官許の印で紛れもなく発祥の地だということです。
ところが水野越前守の天保の改革で揃って猿若町へ引っ越して来ました。中村座、市村座、河原崎座(のちに森田座)を称して江戸三座といいました。
歌舞伎が隆盛を極めたのはそのあとなので、発祥の地に準ずるということで良いかなと勝手に解釈。何でも一日千両売り上げたとか。
大混雑の浅草寺境内はほどほどに浅草歌舞伎の史跡を巡ってみました。石碑ばかりで掃苔録のようになりますが・・・。
お嬢吉三じゃないけれど、
「月も朧に白魚の かがりも霞む春の空(中略)こいつぁ春から 縁起がいいわえ」
となりましたかどうか・・・。
- 交通手段
- 徒歩
-
なぜか地下鉄の駅のホームからスタートです。
田原町駅の下り線ホーム。 -
歌舞伎ファンには周知ですが、ここには役者さんの家紋がずらりと並んでます。
一つ一つ見て行くことから始まります。
まずは松嶋屋。当代の仁左衛門さんは知ってますが、俄か歌舞伎通には11代目と言われても・・・。 -
そして音羽屋。こちらも6代目菊五郎ですか・・・。
天才と呼ばれた踊りの名手であったとか。
きりがないので家紋を並べるのはこれくらいにします。 -
いきなり墓で恐縮です。国際通りを脇に入った清光寺の境内には岡崎屋勘六の墓。
芝居文字の勘亭流の創始者です。 -
勘亭流とはどんな文字かと言うと、あれ本堂の扁額がこの通り。
墓の隣には長谷川一夫の功績碑もありました。 -
雷門通りに折れて少し行くと、久保田万太郎生誕の地を示す記念碑があります。
数々の芝居脚本を書いた人ですね。 -
そのまま進んで雷門。ここが浅草のシンボルということで人や人力車がいっぱいでした。
正月らしく常磐堂の福袋を前景にして撮ってみました。
もちろん中身は雷おこしの詰め合わせ。 -
仲見世は午前中から初詣客で大賑わい。
今日の芝居の役者名の入った招きがありますね。
やはり正月の浅草は歌舞伎で正解。 -
仲見世の途中で脇にそれた所に、河竹黙阿弥住居跡の碑がありました。
おや、ここに住んでいたんだと思うような場所です。
当時は浅草寺の支院が建っていたそうですけど。 -
伝法院通りに戻って向かうは浅草公会堂。
今日の芝居はここで演じられる「新春浅草歌舞伎」です。
幟が立っていて仲見世に負けない華やかさ。 -
公会堂の前はスターの手形がずらりと並んでいます。
これと同じようなのがハリウッドにもありましたっけね。
ここでご贔屓の役者を探しつつ時間つぶし。 -
はい、当世一番人気の勘三郎さんの手形です。
まだ勘九郎だった頃に作ったのですが、襲名しても簡単には変えられないのですね。 -
役者さんに混じって池波正太郎先生の手形もありました。
先生は浅草生まれだし、新派の脚本をたくさん書きましたから縁りの人です。 -
と言っているうちに開場です。
今日の芝居は「義経千本桜・すし屋」と「身替座禅」です。
新春らしく華やかで面白い演目が並びました。若手人気役者の顔見せ興業なので大入り満員でした。
これが今年の道楽初め。いや〜面白かったです。 -
公会堂から伝法院通りが俯瞰できます。こちらも人が出てますねぇ。
ここからだと鼠小僧も上から見ることができます。 -
芝居を堪能して仲見世に戻ります。
午後になると仲見世は一方通行、かつ大渋滞になってました。
やっとの思いで境内に辿り着きましたが、写真を撮れる状態ではないです。
いやはや初詣も体力勝負。我慢我慢のダルマです。 -
続いて三社様の浅草神社へ。こちらは普通の混み具合でした。
実は三社様の境内にはお宝がいっぱいあるのです。 -
「女房も 同じ氏子や 除夜詣」
中村吉右衛門の句碑です。
と言っても今の吉右衛門さんではなく初代。 -
河竹黙阿弥顕彰碑です。
言わずと知れた「白波五人男」「三人吉三」「河内山」など、名作歌舞伎を次々に生み出した江戸歌舞伎を代表する狂言作者です。
江戸末期から明治時代まで大活躍ということは浅草歌舞伎とともに歩んだわけです。 -
「翁の文字 まだ身にそわず 衣がえ」
市川猿翁の句碑です。
この句は猿之助から猿翁を襲名したときに読まれたとか。
調べてみると昭和37年です。 -
浅草寺裏にはご存じ九代目團十郎の「暫」の銅像。
見得を切ってこれほど格好の良い像はなかなか見つけられません。
顔を見るとちゃんと隈取りしているようです。 -
さてここからは石碑探し。
言問通りを越えて裏道を行くと待乳山聖天の手前が旧猿若町。江戸三座が櫓を上げた通称芝居町です。
もはやその面影はなく正月とは言え人影もありません。 -
最初は市村座跡の石碑。
建物の影にあって結構探すのが大変。 -
少し行くと守田座跡の石碑。
周囲は芝居気は少しもないので本当にひっそり立ってました。 -
その先には中村座もあったはずですが石碑もないというので省略。
そういえば「浅草に江戸芝居小屋を」というポスターを見かけました。数年前に浅草寺裏に平成中村座の仮小屋が建ちましたが、こんな運動が起こっていたのですね。
ネットでも署名も受け付けていますのでどうぞ。
http://www.e-asakusa.jp/shibai/index.html -
こちらは明治時代にできた宮戸座跡の石碑です。
先ほど句碑を見た猿翁も初舞台を踏んだという小屋で、数々の名優を生んだことから出世小屋と呼ばれました。 -
千束通りに出ると街角に猿之助横町の石碑。
さりげなく立ってますが、どうやらここは生家の跡らしいです。
浅草生まれ、浅草育ちの役者ですからあちこちで猿翁に巡り会いますね。 -
歌舞伎関連史跡をひと通り見て回り、再び賑わいの町に戻ってきました。
はやり正月は賑やかな所の方が良いですね。
ひさご通りに吸い込まれて行きます。 -
途中にある江戸下町伝統工芸館。職人さんたちの作品が展示されています。
池袋のメトロポリタン口にもありましたが、あっちの方が見応えあるかな。こちらはやや庶民的。 -
ひさご通りのアーケードを抜けると六区ブロードウェイ。
六区興業街は演芸ホールをはじめとして今も小屋が建ち並んでいます。
大勝館から奥山の大木戸を望みます。
どこか昭和の香りがするこの辺り、いずれ詳細に取材してみましょう。 -
まぁ、歌舞伎を見に行ったついでの史跡探訪コースですが、思いの外楽しい散歩になりました。
浅草の奥の深さを少しだけ感じました。まだまだ歩き方があるような気がしてます。
そうそう、人力車の後をついての浅草観光が残されてますね。
ということで本年も楽しく歩きましょう。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- コクリコさん 2007/01/08 14:16:59
- 田原町に。
- もろずみさん、こんにちは。
地下鉄田原町のホームに歌舞伎の家紋が展示されているとは知りませんでした。
上野駅のステンドグラスも気が付かなかったし、今度浅草に行く時は田原町から行ってみますね。
妹がPCの壁紙をもろずみさんの「コスモス」から「歌舞伎の看板」にかえたそうです。
これでPCもお正月らしくなるのでは。
来月は豆まきでしょうか?もろずみさんのことだからどこかに出没しそうですね。成田山では混み過ぎですよね。
- もろずみさん からの返信 2007/01/08 20:34:00
- RE: 田原町に。
- コクリコさん、どうも。
観察力が足りませんねぇ。(笑)
うそうそ、私も他の方の受け売りです。
ホームで写真撮っているとちょっと恥ずかしかったです。
豆まき?今年は休日にあたるのかな?
何年か前に日枝神社にオフで行きました。
成田山の方が旅行記の素材としては良さそうですね。
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