1997/01/01 - 1997/01/08
5011位(同エリア6060件中)
ぷろこふさん
02334/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その1
(15) 96/05/25 08:23 02333へのコメント コメント数:1
1997.1.1(月)
今回はエジプトである。正直言って、今回も出発まで全く気が進まず、結局
2捨択一で捨てた中国SL撮影ツアーのことばかり考えていた。こっちだったら
知り合いも沢山参加するが、エジプトはまたもや、一般ツアーへの1人参加で
ある。この場合は添乗員とツアーメイトの質に大きく左右されるが、果たして
今回はどうか。不安はつきない。
今回は初めてグローバルツーリストビューローという会社のツアーに参加を
する。ここは、私が申し込んだTIS大阪の井上さんが「ここだったら間違いは
ないです」と太鼓判を押してくれたからである。
出発は年が変わった96年の1月1日の午後1時関空発のエジプト航空カイロ
行き直行便である。2時間前の集合なので、11時に関空へ行けば良い。という
ことは、9:40梅田発のリムジンに乗れば良い。正月だから道もすいているだ
ろう。アラスカ旅行でリムジンを使って以来、関空へ行くにはリムジンを愛用し
ている。
朝、9時に自宅を出発。天気の良い暖かい穏やかなお正月だ。いつもの三国商
店街もひとかげがなく、トランクをガーガー転がしていても気が楽だ。
三国から阪急で梅田へ、そこからは9:40発のリムジンで関空へ。予想通り
道路はがらすきで、10:30頃関空に着いてしまった。これだったらもう30
分あとのバスでも間にあったなあ。
関空は出発のピークは過ぎておりすいていた。さっそく団体カウンターにて
グローバルの受け付けカウンターを探すがまだ時間が早いので設けられていない
ようだ。
グローバルの日程表を手に持ってウロウロしていると、「グローバルの方です
か?」と女性係員から声をかけられ、「向こうに添乗員の浜田さんがいますので
お手続きして下さい」ということで、いよいよ今回の旅行の鍵を握る添乗員との
対面となった。
さて、その浜田さんは、縁無し眼鏡をかけたインテリ風の大人しそうな人だっ
た。そして、集まっているツアーメイトの構成を見て驚いた。中年夫婦が1組。
これはまあ普通だ。あと、男の1人参加が私ともう一人。これもまあいい。そし
てあと残りの8人が全員若い女性の2人連れという12人のツアーなのである。
人数は理想的だが、私は女性の2人連れというのが苦手だし、今までのツアー
でもだいたい、女性2人連れというのは閉鎖的で、つまらない場合が多かったの
だが、それが4組とは。う〜む、失敗したなぁと思う。しかし、旅行が進むに
従ってこの心配は全く杞憂に終わった。やはりエジプトに行こうなどと考える女
性はそこらにいる普通のOLとは違う素晴らしい女性達だったのである。
それはさておき、エジプト航空である。エジプト航空は10月からA340型
旅客機で関空ーカイロ間ノンストップ便を就航させているが、月曜しか来ないの
で、今日初めて見ることになる。成田ーカイロ間も飛んでいるが、あちらは航続
距離の短いB747−300型なので、マニラ、バンコックを経由する2ストッ
プフライトで時間も順調に飛んで、行きが20時間20分、帰りが18時間と
関空発着便よりも6時間も余計にかかる。東京に勝った気持ちだ。
そのエジプト航空のA340であるが、関空の南ウイングの50番スポットと
いう隅っこにいるので(4角の1角)機首の部分がガラス越しに見えるだけで
ある。
いよいよ搭乗だ。A340に乗るのは初めてである。内部は2+4+2の配列
で、ジャンボよりはずいぶん狭い。あらかじめ窓際希望のことを添乗員の浜田さ
んに伝えてあるので、席は33A席である。隣にはもう一人の男性1人参加者で
ある中田さんが座った。
今日は向かい風が強いので、バーレーンに給油のためテクニカルランディング
を行うのでカイロ到着が22:30過ぎになるとの放送がある。
13:00を過ぎてもいっこうに動かず、13:30過ぎになってやっとプッ
シュバックしてタキシングして滑走路に向かう。しかし、このA340のタキシ
ングのスピードは本当に遅い。時速30〜40キロしか出ていないように見える。
その点、ボーイングなどの飛行機は時速70キロくらい出すこともある。
今日はR/Wは24を使っている。滑走路のエンドの近くの展望デッキには
観客が鈴なりである。このエンドのあたりでももたもたして、ようやく14:0
0前にやっと離陸した。
やはり、向かい風が強いからであろう。スピードは560〜660キロとプロ
ペラ機なみに遅い。
昼食後、コックピットの見学に行くため、いつものように、私が撮った飛行機
の写真集を持ってパーサーに頼みに行く。しかし返事は「後で」ということだっ
たので、一旦座席に戻って映画を見る。映画はジャングルブック他3本立てだっ
た。映画が1本終わったところで再びパーサーのところへ行く。パーサーは、
「しょうがないな」といった顔つきで私をコックピットまで連れて行ってくれた。
A340のコックピットには操縦管が無いので、今までのコックピットを見慣
れた目には異様に写る。操縦管の変わりとなるのは、椅子の横についた小さな
サイドスティックで、なんかこんなもので操縦されていると考えると不安に思え
る。キャプテンはエジプト人で制服を脱いでジャージー姿になりすっかりくつろ
いでいる。コパイは、欧米人のようだった。そしてこのコパイに、コックピット
のいろいろな機器の説明をしていただいた。もちろん英語だったので半分も判ら
なかったが、バンコックやボンベイの上空を通ってバーレーンまで行くことや、
個々のエンジンのモニターの見方など詳しく教えていただいた。
やがてさっきのパーサーが迎えにきたので席に戻る。少し眠って3本目の映画
を見る。外はもう日が暮れだした。西に向かうのだからもっと日は長いと思って
いたのだが、まだ日本時間で18時頃である。
インドの上空に来た頃には外はもう闇である。上空には無数の星が光っている。
やっと半分ほどきた。スピードは相変わらず700キロ前後しか出ていない。
座席は狭く、おまけにそれほどリクライニングしないのでもう苦痛になってきた。
おまけにこのA340は最新鋭機のくせに、私の座席の直前の窓沿いの
蛍光灯が周期的に付いたり消えたりする。しかし、乗務員も乗客も一向に
気にしていないようだった。
現地時間の20:30頃やっと、ペルシャ湾岸にある「バーレーン」に到着。
本来だったらもうカイロに着いている時間だ。ここで給油のため、1時間ほど
停まる。機長と副操縦士は、鞄を持って後ろの方に歩いていった。どうやらここ
で交代のようだ。
ここからカイロまでは、もう目と鼻の先のように思えるが、まだあと3時間か
かるとのこと。結局カイロ国際空港に着いたのは夜11時30頃で、ホテルに
到着したのはもう1月2日の1時頃だった。深夜なのに、露天とか果物屋がたく
さん店を開いているのには驚いた。
(つづく)
02335/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプト旅行記 その2>SUGAYA
(15) 96/05/25 08:28 02334へのコメント コメント数:1
1997.1.2(火)
1月2日の朝である。窓の外はまだ暗いが、なんと、ピラミッドが見えるでは
ないか。カフラー王のピラミッドだ。パンフに書かれていた、「宿泊はピラミッ
ドを仰ぎ見る5つ星ホテル」という文句はウソではなかった。その向こうには、
クフ王のピラミッドの頭が見える。
昨日の晩はあまりよく眠れなかったが、これでしゃきっと目が覚めた。
今日は当初の予定では、午前中ピラミッドを見学したあと、午後はカイロの
エジプト考古学博物館を見学して夕方早くにはホテルに戻って来るというものだ
った。しかし、このギザの奥にあるメンフィス・サッカラという所の観光がこの
ツアーには入っていなかったのだが、行きたいという希望をもつ人が多かったの
で、そこに最終日にオプションとして行くことになり、今日のうちにカイロ市内
の観光はできるだけ済まそうということで、午前中、カイロ市内でモハメド・ア
リ・モスクの観光と考古学博物館を見学して、夕方にギザのピラミッドを観光す
ることになった。
朝食後、まず、ピラミッドに背を向けてカイロ市内へ向かう。ゆったりとした
布だけの衣服を身にまとっている人が多い。車の助手席側にはたいていミラーは
ない。昨日の深夜にホテルに向かった時は道はすいていてナトリウム灯に照らさ
れる道路とかライトアップされているモスクなど、幻想的な眺めだったが今は
まるで違う街のようだ。車と人が多い。観光バスを見ると手を振る子どもも多い。
自然と顔がほころぶ。
まずは、エジプト最初の観光地としてモハメド・アリ・モスクへ。
回りを城壁に囲まれた要塞のような立派なモスクである。
ただ、みやげものを売る男が代わる代わるつきまとい、うるさい。
モスクに入るには靴を脱がなければならない。中は絨毯が敷いてあり、絢爛豪
華なつくりになっている。中ではいくつもの我々のようなツアーのグループが固
まって現地ガイドから説明を受けている。そうそう、我らが現地ガイドは若林さ
んというしっかりした女性で、旅行中ずっと本当に色々世話になった。
次に、エジプト考古学博物館に行く。ここでは荷物は全部預けて予備のフィル
ムも持たずにカメラだけ持って入館したのだが、そのカメラに詰めたASA80
0のフィルムがあろうことか24枚撮りだった。36枚のつもりでばんばん撮っ
ていたので、最後のツタンカーメンの王座などの宝物は撮ることができなかった。
しかし、どの宝物も無造作に、ドン、どんと置かれていた。見学時間が1時間半
くらいしかなかったので、駆け足見学となってしまったが、ミイラ室は良かった。
ここにはあのラムセス2世など、有名無名のミイラが暗い部屋に展示してある。
ミイラは本当によく出来ていて、何か木彫りの彫刻のようだったが、目を閉じて
長い眠りについているミイラをじっと見つめていると感動に身が震えた。
博物館の後は、ギザに戻ってレストランで遅い昼食後(2時を回っていた)、
いよいよギザの3大ピラミッドである。
まず、クフ王の大ピラミッドへ。もう夕方で観光客は少ないが、四方八方から
みやげもの売りがまとわりつき、うるさいことこのうえない。ゆっくりと写真も
撮れない。これ1ドルとか、全部で1000円とか言ってずっとつきまとう。
しかしよくもこれだけ大きい石をこんなに積み上げたものだ。
ピラミッドの中へ入る。中まではみやげもの売りは入って来ない。
まず、バハーリの盗掘口から入り、急な階段を上がっていくと、やがて身をかがめ
ないと通れない狭い通路がずっと上に延びていてそこをどんどん行く。すると
いきなり、高さ3メートルはある大回廊に出てそれをずっと上がる。すると、今
度は水平に狭い通路があって、そこを行くと「王の間」と呼ばれる部屋に着いた。
しかし、ここには壊れた石の棺以外は何もない。そして、中はむちゃくちゃ
蒸し暑い。冬ですらこの暑さなのだから、夏にはどうなるのだろうか。
壁はピシっとしっくいで固めてありつるつるである。穴が2つあいているが 、
これは通気口と呼ばれており、まっすぐピラミッドの外まで通じているという。
それも、作る当初から石に穴が開けてあったというから当時の技術水準のすごさ
がしのばれる。
次に女王の間に行くが、ここには棺も何もない。ただ、通気孔は王の間と同じ
ように開いている。
帰りは急な通路を手すりにつかまって慎重に降りていかないと、落ちそうに思
える。
ピラミッドの外に出ると、またみやげ物売りがつきまとって来る。もううるさ
くてしょうがない。らくだの写真を撮ると、金をよこせときた。1ドルだという
ので1ドルしぶしぶ渡したところが20ドルだった。あわてて取り返し、バスの
中に逃げ戻る。
次は3大ピラミッドを見渡せるビューポイントの丘に行くが、ここでもみやげ
物売りがバスを降りたとたんにつきまとう。全部で1000円というのでうるさ
いので買ってしまう。すると、また別の物売りがつきまとい、もううるさくて
写真も撮れない。ようやく写真を撮って、らくだに乗る。らくだは背が高くて
立ち上がる時ものすごくこわい。らくだに乗って撮った記念写真はなぜかパノラ
マに切り替わっており、全て失敗していた。しかし、ピラミッドを撮った写真は
ちょうど西日を浴びて黄金色に輝き、綺麗だ。これで来年の年賀状の写真は決ま
りだな。
次はスフィンクスである。もう随分と日が落ちてなかなか良い雰囲気だ。
間近で見るスフィンクスはいたるところで補修工事がされており痛々しい。
スフィンクスを後ろから見ると、随分と頭の小さいことに気づく。
顔は鼻もなく、随分と崩れている。
スフィンクスを見学後、バスでパピルスの専門店へ移動。しかし、もう日没
間近で雲がなんともいえない良い色をしており、移動するのはもったいない。
でも、パピルス専門店は幸いスフィンクスからはそれほど離れていない、ピラ
ミッドの見える場所で、ピラミッドの後ろに真っ赤に染まった雲がある。私は暫
く店に入らず写真を撮った。
店の中ではパピルス作りの実演などしていた。その後、ホテルに帰り、ビュッ
ヘの夕食。ツアーの全員で揃って食べる。こうして見渡すと、この8人の女の子
達は皆水準以上のかわいい子ばかりのように見える。もう随分と打ち解けてきた。
明日は午前2:00に起床というめちゃくちゃなスケジュールなので、9:0
0も寝た。昨日良くねむれなかったので、すぐに眠れた。
<つづく>
02336/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その3
(15) 96/05/25 08:32 02335へのコメント コメント数:1
1996・1・3(水)
今日は、アブシンベル神殿まで一気に飛行機で飛ぶ。アブシンベルはエジプト
アラブ共和国の南端である。そこで午前中観光するために、2時起床3時半出発
という、ハードなスケジュールが組まれている。こんな早朝なのにちゃんとレス
トランは開いていて、ビュッヘの朝食をとる。他にも同様のグループが何組か
いた。
バスで夜中のカイロを空港へと向かう。
空港に5:00頃には着いたが、6:00発のアスワン経由アブシンベル行き
の飛行機は遅れるとのこと。
関係者にどれぐらい遅れるのか聞くと手を広げて見せる。
7:00になった。日が登ってきた。雲が茜色に染まり、近くのエジプト航空
のジャンボがシルエットになり、綺麗だ。写真を、ネガ、ポジの両方で撮る。飛
行機が遅れたおかげで撮ることが出来た。幸先が良い。しかし、その時撮った写
真のうち、ポジで撮った方はなんと二重写しをやってしまい失敗した。そのフィ
ルムには昨日のピラミッドの夕景も写っていたのに。
今回の旅行ではカメラ2台で、ネガとポジで同じ写真を撮るということをした
ので、ネガの方はちゃんと写っていた。
飛行機が遅れたおかげで美しい夜明けの写真も撮れた。そして7:20分にい
よいよ搭乗開始。1:20遅れである。カイロ国際空港は、ボーディングブリッ
ジは一切なく、すべて沖止めしてある飛行機にバスで乗り付けるという昔ながら
の方法だ。私としてはこの方が飛行機をバスで移動中や搭乗するときによく見え
るので有り難い。
バスは駐機してある飛行機の間をどんどん走る。ウクライナ航空のTuー15
4や、エジプト政府の専用機である、B7O7やA340の横も走った。
やがて、バスは駐機している飛行機の一番はずれに止めてある、何のマークも
入っていないホワイトボディのB737の横に止まった。この飛行機らしい。
しかし、未だにエンジンを整備中で、整備士が3人ほど蓋を開けて何やら引っ張
ったり、押し込んだりしている。
整備は終わったらしく、飛行機はタキシングを開始した。ボーイングの飛行機
のタキシングはエアバスと違ってスピードが速い。この時も時速70キロくらい
出ていたが、延々と走る。ツアーの子の誰かが言っていたが、この飛行機は実は
バスで、このままずっと地上を走ってアブシンベルに行くのではないかと思える
ほどだった。しかし、やがて滑走路に入り、ぐっと加速して無事離陸した。
眼下にはすぐ砂漠が広がる。ここでさっき空港のタキシング中に駐機していた
飛行機や、朝焼けの飛行機を撮ったフィルムが終わったのでカメラから取り出す
時に飛行機の床に落としてしまった。そして見つかったのだが、まだ撮っていな
い未使用のフィルムと手の中でごっちゃになり、結局二重撮影してしまうという
大ポカをやってしまった・。
それはさておき、アスワン空港で乗客を追加し、アブシンベルに到着。さすがに
暑い。女の子の一部はさっと夏服に早変わりである。
アブシンベル神殿まではバスで10分くらいである。駐車場より歩いて行くと、
ナセル湖が見えはじめ、やがて大きな岩山の横に出る。うるさいみやげもの売り
がいないのは非常によいことである。岩山の反対側の側面には写真でおなじみの
巨大なラムセス2世の像が4つ(左から2つめは無惨にも削り取られている)、
見えてきた。岩山の正面に回り込むにつれて次第に全容が見えてくる。
それにしてもでっかい。そいに、像の足の間に小さな像があるなど、結構複雑で
おもしろい。
空は抜けるような青空で、岩の白っぽい色とのコントラストが強烈だ。
大神殿の中に入る。岩をくりぬいていくつもの部屋があり、絵が書いてある。
ここで、ガイドの若林さんが飴を落とした。乾燥しているので若林さんはのど飴
を手放さない。ふつうの日本人だったら地面に落とした飴なんか拾わないだろう
が、「わーん、落としちゃたぁ、食べちゃう」と言って、砂にまみれたで
あろう飴をはらいもせずに口に入れてしまった。これには皆唖然としていたよう
だ。
さて、このアブシンベル神殿は、アスワンハイダム建設のおり、水没してし
まうため、ユネスコなどが中心となって、細かいブロックに分けて移築をした。
しかし、内部も外部もまったくその痕跡はわからず素晴らしいものだ。
(帰ってから写真をみると、外観にはやはり継ぎが見えた)
ところが小神殿の観光も終えて、撮影タイムの後、大神殿の下の小さな入口か
ら中に入いると、そこにはコンクリートのドームが広がっていた。一瞬これは
なになのか理解できなかった。そう、これはアブシンベル神殿の構造だった。
移築の際、外観の岩と部屋以外は空洞としたのだった。つまり現在のアブシンベ
ル神殿は悪く言えば張りぼてだったのである。
アブシンベル神殿の観光を終え、空路アスワンへ。
アスワン到着後は、アスワンハイダムと切りかけのオベリスクの観光だが、
双方とも予想通りあまり面白くはなかった。
ホテルは、ナイル川の中に浮かぶ「イシスアイランドホテル」である。
船着き場からけっこうでかい立派な船に乗って10分くらいでホテルに着いた.
1時間くらいの休憩の後、ファルーカ(帆掛け船)でのセーリングに出かける。
この頃になると、メンバーは随分打ち解けて良い雰囲気である。
途中、たらいのような小さな船に乗った少年が小さな洗面器をかいにして
ものすごいスピードで追いついてきたり、小さなファルーカの中で踊りを踊って
いる韓国人グループもいる。
ファルーカのあとは実は私はホテルに帰って休みたかったが、皆でアスワンの
スークをぞろぞろと買い物である。若林さんや、浜田さんも一緒なので安心して
買い物ができる。ふっかけられても対処できる。
ここで、リヤカーにパンツやシャツを売っていたのであるが、後ほど部屋に帰っ
て」パンツを変えようとしたら1枚も無かった。どうやらカイロのホテルに
パンツの袋を忘れたようである。さっきのスークで売っていた、パンツが目に浮
かぶ。手持ちのパンツは今履いているものと、携帯用紙パンツが1つだけである。
日本からはいてきたパンツはカイロのホテルで捨ててしまった。せめてあれさえ
捨てなければ何とかなったのだが。。
そして、さっきスークで買ったTシャツが全くサイズが合わず大失敗の巻であ
る。ホテルの売店にはパンツは売っていないだろうが、とりあえず見に行く。
その前に両替をして5千円ほど替えた。そして落ち込んでいたからでもあるが、
一人のアクセサリー売場の商人に両替したばかりの5000円近い大金をしょう
もないもので巻き上げられてしまった。まったくもって自分のふがいなさと、
お人好しさに嫌気がさした。
ということで、アスワンではそれほど良い思い出は無い。
(つづく)
02337/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その4
(15) 96/05/25 08:36 02336へのコメント コメント数:1
1997.1.4(木)
次の日も早朝より移動だ。、飛行機はエジプト航空のA300で、この国として
は珍しい定刻出発だった。
あっという間にルクソールに到着である。まずは、ルクソール最大の見所である、
カルナック神殿の観光である。
カルナック神殿は今まで発表されている写真にはロクなものが無いため、良い
写真を撮ってくるようにと父から言われている。
まず、入口の大きなかべに向かって道があり、その両脇に狛犬のような小さな
スフィンクスがずらっと並んでいる。そこを進んで行って壁の向こうにはいると
大きな広間でその向こうに有名な大柱列がある。大柱列は高さ20メートルくら
い、直径3メートルくらいで柱のまわりの長さは10メートルにもなる、太い柱
が100本以上立っている。いったいどうやってこんな大きな柱をこんなに沢山
建てたのだろう。
ピラミッドとはまた違った、ものすごい建造物だ。
しかし、ピラミッドとは違ってカルナック神殿は全体的にとりとめがなく写真に
なりにくい。大柱列にしても、それを写真に写し撮ることは不可能だった。
大柱列のあとにも、沢山の神殿跡、オベリスクなどが建っている。
ツタンカーメン王の像と思われるうしろにラムセス2世のカルトゥーシュ
がこれでもかというくらいたくさん彫ってある像も面白かった。
どうやら、このツタンカーメンの像を自分の像として後世に伝えるべく、自己顕
示欲が異常に強かったラムセス2世が彫らせたものらしい。
レストランで昼食後、エジプト古代文明の絵文字である「ヒエログリフ」を使
って自分の名前を金のペンダントに彫ってくれるという政府公認の店に行く。
ガイドの若林さんが「Wakabayashi」という文字を全てヒエログリフにした
立派な格好良いペンダントをしているので、皆で欲しがったからである。
やはり18金ということもあって結構高く、私はイニシャル(M.S)のみをヒ
エログリフにした一番安いやつにした。それでも2500エジプトポンド(25,
000円)もした。
しかし、現代のアルファベットと古代のヒエログリフがだいたい照合するとい
うのは不思議な気がした。
次にルクソール神殿へ行く。ここはカルナック神殿を小降りにしたような
感じで全体の構造もよく似ていた。
ただ、神殿の一部に回教の寺院が建てられてしまっている。
こちらの観光はそれほどの感激もなく終えた。
その後はまたスークの探訪と買い物である。今度も浜田さんと若林さんが同行
しえくれるので、ちょっと一人ではいけないような古い汚いスークにも行くこと
が出来た。
頭に物を乗せて、なんの支えも無く歩く女性も見かけるが、あれはすごいと
思った。
ちょうど、ルクソールはなにかのお祭りの時期で、ものすごい人だった。
露店の商人は我々が通ると、急に品物を飾り始めて声をかける。
そして、この人混みの中で解散することになった。私は近くの国鉄ルクソール駅
に行きたいので、ずっと前から希望を言ってあったが、やっと行くことが出来る。
ほかのみんなは固まってまだスークを見学するようなので、また浜田さんと若林
さんが同行してくれる。人、人、人、の大通りを進んでゆくと、立派な駅舎が
見えてきた。
中に入り、ホームへ急ぐ。ホームは日本のように高い。おりしもラッキーなこ
とに、2本の列車が止まっている。1本はカイロ行き急行列車のようだ。
現在時間は17:00頃。手元のクック時刻表によればもうあと5分くらいで
発車となる。
そして、この時刻表通りの時間に発車して行った。これはなかなかの感激物
だった。編成は長くて15両くらいつないでいたが、3等と1等」の格差の大き
さがすごい。3等は本当にもうボロボロの客車だが、1等は冷房付でいかにも
豪華そうな客車だった。
発車を見届けてから、馬車でホテルに帰る。馬車は安くて40エジプトポンドくら
い。(約400円)
しかし注意していないと、頼みもしないのにみやげ物屋に連れて行かれるとの
こと。果たして1軒のみやげもの屋で止まったが、こちらには若林さんがいる。
相手が悪かったですな。
馬車は、パカパカと良い音を響かせて夕暮れのルクソールを進む。
馬車はホテルに到着した。そして、若林さんは、私のパンツを買いにわざわざ
行ってくれることとなった。
夕食後、名高いカルナック神殿の「音と光のショー」を見に行く。照明が当た
って綺麗だったが、音声が英語で理解できず、退屈で寒かった。
(つづく)
02338/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その5
(15) 96/05/25 08:39 02337へのコメント コメント数:1
1997.1.5(金)
今日は、ルクソール西岸への観光の日であるが、午後出発と遅いので、それま
での時間にホテルから近い「ルクソール博物館」に見学に行った。 小さな博物
館なので20分くらいで隅々まで見ることができた。その後ナイル川沿いに散歩
し、スークをちょっとのぞいたりしてみた。
昼食は、エジプト名物鳩料理だったが、これはおいしかった。俗に名物に
うまいものなしと言われるが、これは数少ない例外であろう。
昼食後、ホテルから歩いて船着き場へ行く。泊まっている、エタップというホ
テルは本当に便利な場所にある。船に乗って10分くらいで対岸に着く。ここか
らはバスでまず、「メムノンの巨像」を見た後、「ハトシェプト女王の葬祭殿」
の観光である。
これは、岩山に5階建てくらいの平べったい建造物が堀抜かれており、なかな
か格好の良い、左右対称の綺麗な遺跡である。あまりに綺麗すぎて何千年も前に
作られたとは信じがたいが、一番驚いたのが、その内部の美しい壁画であった。
内部とは言っても、直射日光が直接か間接的に当たるのに、美しい色はほとんど
残っている絵が多い。
何千年も日光を浴びているのに、なんと強い顔料なのだろうか。
次は王家の谷である。バスから原住民の民家が見えるがこれはもう、遺跡と言っ
ても良い位の崩れた日干し煉瓦作りの家である。
どことどこの墓を見たのか、残念ながら覚えていないが、どこの墓も壁画が見
事だった。
カメラチケットを買えば、こういう壁画もフラッシュを焚かなければ撮影できる。
ツタンカーメンの墓だけは撮影禁止で、余分に日本円にしても600円くらいと
言う、当地にしてみれば法外な値の入場料を取られるが、せっかくなので見学し
た。中は本当に狭くて、この中にあのカイロ博物館の2階のほとんどを占めると
いう宝物が入っていたとは信じがたい。そして、この中には今でもツタンカーメ
ンの本物のミイラが黄金の棺に入れられて安置してある。中はむっとした暑さだ
った。
王家の谷の観光はツタンカーメンの墓の他、3つの墓を見学して終了した。
帰りの船からはナイルの夕日を思う存分撮影できた。
夕食のあと、浜田さんと若林さんとツアーの何人かが残っていろいろ話した。
グローバルツーリストビューローという会社がいかにひどい?かという裏話や、
いろいろなツアーのこと、そして日本でエジプト考古学者として有名な「吉村作
治」のことも話題になった。どうも彼はテレビに出すぎだというのが皆の一致し
た考えのようだった。
この日、エジプト製パンツを2枚入手できた。
(つづく)
02339/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その6
(15) 96/05/25 08:42 02338へのコメント コメント数:1
1997.1.6(土)
今日はルクソールを後にしてカイロに戻り、今回のエジプト旅行最後の観光で
メンフィス、サッカラに行くことになっている。夜はナイル川ディナークルーズ
だ。
ところが最後になって大きなトラブルが待ち受けていた。乗る予定だった、7
時発カイロ行きの飛行機がキャンセルになったという。
原因はわからない。しかしエジプトではよくあることということで、添乗員の
浜田さんもガイドの若林さんも全く動じない。
しかし、貴重な時間がどんどん過ぎて行く。こんな無駄な時間は無い。
サッカラやメンフィスに行けなくなってしまうではないか。
代わりの飛行機をよこすらしいというので、飛行機が飛んでくる度に、今度こそ
と思うが、違う。
イライラするうちにとうとう定刻より5時間もたってしまった昼過ぎ、ようやく
代わりの飛行機が用意された。国際線仕様のA300だった。
5時間半遅れで、ようやく乗り込む、窓際を確保できた。
行きしにギザのピラミッドが離陸直後に見えたということを聞いていたので、カ
イロ着陸の時には目をこらしていたが、やはり、離陸時とはコースが違うのか、
ピラミッドは全く見えなかった。
カイロ空港到着後、空港近くのレストランで昼食であるが、そこに行くまでの
道中でツアー全員の希望が聞かれた。もう今からではメンフィス・サッカラと
カイロのハリーリというスークの観光両方に行くのは不可能で、どちらかにしな
ければならない。そして、メンフィス・サッカラももし行くのだったら両方は無
理でどちらかにしなければならない。
そして結局サッカラだけに行くことになったが、これは本当によかった。
というのも、着いたのがもう夕方の4時頃で普通の観光客はもう帰ったあとで
あり、、有名な階段ピラミッドには西日があたってとても綺麗だ。おまけに警備
員のらくだがに乗っていて絶好の被写体になっている。何よりもギザのようなう
るさいみやげもの売りがいないのは有り難かった。
ピラミッドの中やマスデバの中にも入れ、他に観光客もいないので、ゆっくり
と見ることができた。
その後ホテルに戻ってディナークルーズに出発である。ここで、ずっとお世話
になったガイドの若林さんとはお別れである。
ディナークルーズは最高の雰囲気だった。今回のツアーのメンバーは中年夫婦
の大竹さんを除いて皆歳が接近しており、女の子がほとんどという奇特なツアー
だったが、面白い子ばかりだった。ツアーが終わって分かれてしまうのが惜しい。
ベリーダンスでは浜田さんを囲んで、踊り子のお姉さんと手を繋いで踊る。
本当に素晴らしかった。
ベリーダンスの後は回るおじさん登場。とにかく出てきて音楽に合わせて回る回
る。回りながら履いているスカートを脱ぐ。脱ぐときは上から脱ぐのでなんか駒
みたいな形になった。15分くらい回り続けてやっと終わった。これは面白かっ
た。その後皆で甲板に出て写真を撮り合う。2階でも同じ回るおじさんが演じて
いるのがガラス越しに見えたが、こちらでは思いっきり手を抜いていて、5分
くらいで終わってしまった。
カイロは昼よりも夜の方が綺麗だと甲板から流れ行くカイロの夜景を見て
思った。
(つづく)
02340/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その7
(15) 96/05/25 08:45 02339へのコメント コメント数:1
1996.1.7(日)
翌早朝、カイロ駅へ行く。これは旅行前から希望を言っていたことであったが、
浜田さんが同行してくれるという。朝6:00にホテルロビーで待ち合わせ、ま
だ暗い眠っているカイロの街を少し歩くと地下鉄の「サダト」駅があり、そこか
らカイロ中央駅最寄りの「ムバラク」駅まで3駅ほど地下鉄に乗る。
駅は綺麗で、新しい。写真を撮ろうとすると、軍服を着た警備員がやってきて、
撮らないように、と注意された。
車両は日本製であった。車内はセミクロスシートで結構混雑している。
エジプトはイスラムのため休日は日曜ではなく金曜なのである。
ムバラク駅に着いた。階段を上がるとそこに瀟洒な石造りのカイロ駅舎がある。
立派だ。
駅内はまだ時間が早いのでまだそれほど混雑していない。ようやく夜が明け始め
た。カイロは結構緯度が高いので四季による日照時間の差が大きい。
エジプトの鉄道は英国が作ったので、改札口があり、ホームが高い。改札口の係
員に、写真を撮りたいのだが、と浜田さんが説明すると、どうぞどうぞと通して
くれた。
ドーム型の櫛形構造でナトリウム灯のオレンジ色に照らされたホームと列車はま
るでヨーロッパのようだ。客車の形も、ヨーロッパのそれである。
撮影しながらホームの端へ。そこから発着する列車を撮る。ようやく写真が撮れ
るくらいまで明るくなってきた。
駅は8線9面くらいあるが、2つのグループに分かれていて、1つの方は、駅舎
の外にある。どういう基準で別れているのかはわからなかったが、多分近距離用
と遠距離用だろう。
非電化なので架線がなくすっきりしている。一昔前の高松駅のようだ。
その線路上を大勢のエジプト人が何はばかることなく横断している。構内は結構
広い。
時間がたってエジプトのラッシュがはじまった。ひっきりなしに列車が発着する。
全て客車列車である。しかしなんと客車の種類の多いことだろう。ボロボロの3
等車から、金色に光るアスワン−カイロ間を走る寝台特急の客車。種々雑多な
客車がわらわらと繋がっている。機関車はどうも感じでは正面2つ窓の銀色の箱
形DL1種類が主力のようで、面白味に欠けるが時々違う形の機関車もみかけた。
1つは正面3つ窓のフロントガラスに柵が付いている機関車で、これは2両ほど
見かけたが、なんと屋根にも10人位人が乗っているのである。これにはぶった
まげた。そして、その機関車の後ろのフロントガラスの柵には数人の人がつかま
って、機関車にぶら下がっていた!!!
カルチャーショックを受けてしまった。
列車の写真を撮っている私をエジプト人が好奇の視線で見ていく。
ということで、6:30〜8:00までカイロ駅で過ごして地下鉄でホテルに戻
った。
(つづく)
02341/02341 GBC01446 菅谷 守宏 正月エジプトツアー その8
(15) 96/05/25 08:49 02340へのコメント
1996.1.7(日)〜1.8(月)
ホテルは10時頃出発して空港へ向かう。飛行機は13:00発である。
空港には当初、免税店が無いと聞いていたが、たくさんありしかも安い。
コインセットとかいろいろ小物を買ってしまったので、ほぼ手持ちのエジプトポ
ンドと米ドルを使い終えてしまった。
1:00過ぎ バスでエジプト航空大阪行きA340へ移動する。移動中に
エアーウクライナのtu145とかいろいろ珍しい飛行機を思いっきり撮る事が
できた。そして我がA340は行きに乗ってきた飛行機と同じ機体だったが、横
になんと、エジプト大統領専用機のA340が駐機している。もちろん写真を
撮った。そして大統領専用機の反対側にはアエロフロートのtu134と145
駐機していたので、これも撮る。
原則的にはエジプトでは空港内は撮影禁止なのだが、観光客が撮る分については
黙認されているようである。
一路ノンストップで大阪へ向かう。紅海を渡ってアラビア半島の上空を飛ぶが
自転の方向に飛ぶのですぐに日は暮れ夜になった。ナビゲーションをなかなか
写してくれないので、どこを飛んでいるのかわからないが、時々眼下に太い
光の帯が見える。いったいなんだろう。
ファーストクラスの大竹さんのところに遊びに行く。さすがに座席はエコノミ
ーの2倍くらいあってシートピッチは10倍くらいあるが、この程度の設備で値
段は往復正規だと95万もする。しかしさすがにエジプト航空は安くて他の
ヨーロッパ便だと125万ほどするようだ。そして、今回のツアーではこの
ファーストクラスは30万の追加料金で乗れたそうだが、なんだかなあという
感じである。
大竹さんにコックピット連れて行ってもらう。機長は往路と同じエジプト人で
相変わらずジャージ姿のラフな格好をしている。副操縦士は違う人でまじめそう
なアラブ系の人だった。
しばらくファーストクラスの座席に横になる。さすがに楽ちんだが、あの値段
差の割にはどうも釈然としないものが残る。
その後自席に戻り、少しまどろむともう夜が明けており、ベトナムの上空を
通過していた。朝食後また少し寝て起きると台湾の南海上だった。ナビゲーショ
ンをずっと写してくれているのでよく解る。そしてスピードがどんどん上がって
きていることに気が付いた。復路はだいたい920〜950キロくらいで飛行
してきたのだが、台湾上空でついに1000キロを超え、その後もじわりじあり
とスピードが上がってついに1100キロを超えた。これはA340の能力を
上回るスピードだ。機体が破壊されるのではないか。。。
(A340はジャンボよりも足が遅くて巡航最大速度は980キロくらいのはず
である)
しかし、四国に近づくにつれ、スピードダウンして880キロくらいになった。
そして大阪湾を回り込んで帰りも北側からの進入(R/W24)で定刻よりも1
時間早い
、
午前9時に無事関空に到着した。
大阪は雨だった。
再会を期して、ツアーメイトたちは次々と去って行き、現実に戻って行った。
(完)
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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