2006/09/25 - 2006/09/26
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kakusanさん
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9月25日台湾旅行に出発だ。燃料費を余分に支払った。一人分7800円である。旅行費用には明記されていない。カウンターで荷物を預けた。搭乗手続きをした。エバエアに乗りこんだ。キティマークの飛行機だ。12時30分に福岡を出発した。1時に昼食が出た。メインディシュは魚かふた肉だった。魚を選んだ。そばとケーキとデザートがトレイに載ってきた。デザートはメロン、ミカン、ブドウが少しだった。ごはんも量は少なかった。ウーロン茶を飲んだ。紙コップもキティの図柄だった。飛行は順調だった。機内で入国カードと裏の出国カードを書いた。間違えたので乗務員に確認した。現地は29度だった。時差は日本と1時間違う。時計を1時間もどす。入国のスタンプを押してもらう。荷物を受け取るゲイトで時間がかかった。現地の添乗員が紙を掲げて待っていた。派手なバスに乗った。16名の参加だから座席はがらがらしている。ハイデッカーバスで、荷物は下における。高速に乗り台北へ向かう。現地の添乗員の話しでは、人口2300万人、面積は九州ぐらい。1960年代は農業国であった。バナナを輸出していた。今はノートパソコンは世界の70%は台湾製だ。桃園国際空港に中正空港から名前が変わった。133メートルの山があり、新高山は3800メートルある。6時10分に日が暮れて、4時30分に陽が昇る。1000元が3700円ぐらいだ。軽工業に360万人従事している。101ビルは4,6の地震に揺れたが、大丈夫だった。660トンの鉛が免震のための支柱にしてあり、それを見ることが出きる。バスの中から街を見るとバイクがやけに多い。市民の足となっている。2人乗せてもよい。バイクは高速を走れない。中には家族で何人も乗っているバイクを見かけた。車道は片側3車線で広い。クラクションは鳴らさない。電信柱は見かけない。台湾は北から東に発展している。徴兵制度があり20歳から入り2年間である。今日泊るホテルの近くの龍山寺は朝までやっている。一番賑やかだとのこと。飛行機がスムーズだったので、明日の観光地を一つ済ませることになった。4時25分、忠烈祠は英霊を祭る祈念堂である。儀杖兵が銅像のように動かない。1時間ごとの衛兵交代がある。門には「義取」「仁成」と彫ってある。その後5時10分に夕食に行った。梅子飯店である。丸テーブルの8人掛けである。ビールは150元である。台湾ビールと書いてある。台湾料理で脂っこい。5時47分に夕食は終わった。ウエイトレスは日本語が出来た。中国語で言うと日本語で返された。台湾の三大行事は10月5日の中秋、1月1日、5月5日である。平均給料は10万から12万である。子供2人の家族は月8万で生活できる。都市部は一坪100万から120万はする。マンションは400万から450万円はかかる。郊外で半分と思ってよい。途中免税店に寄った。円を元に両替した。千元5枚、500元4枚、100元11枚だったので1元約3,65元ぐらいである。牛乳が20元、水1リットル30元、キーホルダー20元である。ホテルは麒麟ホテルで三つ星のエコノミーホテルである。かなり古いホテル。風呂に入り、その後ホテルの近くを散歩した。夜店みたいに通りに多く出ていた。市民の人が食事をしていた。いろんなものを売っている。古物商などがあり一つ一つ値を出していた。車やバイクがどんどん来るので信号であろうとさっさと渡らないと危ない。信号機のマークはユニークで時間が来ると一緒に走り出す。縁起物のぶたのホルダーを10元で買った。
朝6時30分食事に行く。ごったがえしていた。中国らしい朝の食べ物があった。いろいろとって食べるのでおなかが一杯になる。珍しいものもあった。いなり寿司もあった。ご飯はぱさぱさしている。ホテルそのものは三ツ星で古い。隣の物音はする。良く寝てない。天気は好天だ。9時5分バスはホテルを出発だ。まず龍山寺に行く。ホテルから20分ぐらいで着いた。この建造物は1738年に建立された台北一古い仏教寺院。門をくぐってすぐ、きらびやかな本殿には本尊の観音菩薩はじめとした数々の仏様がある。なぜか後殿には三国志で有名な関羽帝や天上聖母(媽祖、台湾で大人気の女神)のような道教の「神々」も祭られているんです。 長い線香をもらって、香炉で自分の名前を言って線香を灰の中に投げ入れる、願い事をする。台湾の人は供え物をしたら持ち帰る。南中国独特の風習だ。胡蝶蘭が綺麗である。4000円ぐらいで買える。魚や豚でなく大根を供える。馬姐とは母親の思いを忘れないように子供をおんぶして耕した。赤ん坊に1ヶ月後脂ご飯を食べさせる。金の指輪をさせる風習がある。関羽は商売の神様として奉られている。そろばんの神様である。三国時代はまず金が重要であった。この龍山寺は赤い紐で縁結びで有名である。バスから総督府の前でデモが会っていた。 この総督府は清国から日本へ割譲され、日本領となった台湾を統治するために設置された当時の日本の官庁名である。本庁舎は現在も使用されている。次に中正記念堂に行った。89歳でなくなった蒋介石元総統の偉業を記念する中正紀念堂である。 公園の正面入り口にあるのが大中至正門でばかでかい白亜の門である。正面門からこの2階にたどり着くまでが、またタイヘン!なんと階段は90段あるのです。この数は蒋介石が1975年に亡くなった時の年齢です。実際の年歳は89歳なのですが、台湾では数え年をつかうので90段になったわけです。 蒋介石のブロンズ像の両脇には直立不動の衛兵がいて、一時間ごとに交代式が見られます。次の交代する衛兵と銃を投げ合って交換したり、くるくる回したりするのですが、それが一糸乱れないパフォーマンスです。門に二人立っているのですがぴくっともしません。大理石で作ってある。華僑が作った。衛兵は空軍で忠列祠の衛兵とは違う。扉は17トンあり自動でである。レストランへ行く。バスの中で台湾の説明をした。高雄市は工業都市である。 ユダヤ人がチョコレートを紹介した。日本のデパートは3軒ある。三越やそごうである。降りて水を買う。18元した。小龍包で有名なレストランに行った。ごったがえしていた。何種類もの小龍包を食べた。生姜の上に醤油をかける。皮は薄い。スープはすっぱく辛い。大繁盛で待つ人も居る。12時55分に故宮博物館に向かう。途中工業団地を通る。エリートはボーナスを株券で2000万円もらう。人材を残すためである。故宮博物館は24度に設定してある。漢時代は瓦、唐時代はれんがである。豚は富を表す。一升枡の基準が展示されている。龍のつめは帝のみ使える。二時間半見て廻り足と腰が痛くなった。売店でキーホルダーを二つ買った。一つが50元である。添乗員の説明はなかなか良かった。漢方屋と民芸店に寄った。4時ごろホテルへ着いた。風呂に入り夕食を取りに行った。龍山寺の地下街に行った。足のマッサージなどがあった。マンゴージュースを飲んだ。ファーストフード店があった。中国らしいメニュウだった。夜市をうろついた。大通りで夕食を量り売りで食べている労働者がいた。試しに買った。持ち帰りにした。色々買うと値が張った。日本人だと思われたのかもしれない。ごはんが20元、おかずは85元、水16元である。ホテルに帰りボーイに言って、温めてもらうことにしたが、全部してくれなかった。先日の残り物も含めて食べた。
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