2006/10/27 - 2006/10/27
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井上@打浦橋@上海さん
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日本全国1万2千3百4十5人のレスリー・ファンの皆様、お待たせしました。北京の東単の大華影院の喫茶店の壁のレスリーのサインへの行き方を、お知らせします。(「の」が多すぎるのだぁーっ!!)
本部からのミッション・インポッシブルに成果を挙げられずガックリ落ち込んでしまった私は、今回は運が向いていないのかも、最後の指令に対しても成果は挙げられないかも、と思い始めて来ました。
しかし、二鍋頭を飲み、グースカ寝てしまい、朝起きましたら、もう、そんなことは忘れてしまい、最後の指令を達成すべく、北京の中心部へ、心も脚も軽く体重は重く、繰り出したのでした。
最後のミッションは、表紙の写真が、どこで撮られたかを、探し当てることです。
大華影院という映画館の、どこかにあるはずだという情報しかありません。
果たして、探し当てることが出来たか・・・・・
-
「果たして、探し当てることが出来たか・・・・・」
なんてことを書いていながら、一発目で探り当てた写真を貼り付けてしまいました。
そうなんです、結構、簡単に、いや、運が良かったからかもしれませんが・・・
探り当ててしまったんです。
表紙の写真と見比べてください・・・。
まさにココでしょう。 -
大華影院はどこにあるのか・・・
いや、その前に「影院」とは・・・
中国では映画のことを電影と言います。
ですから、影院は映画館のことなんです。
大華影院は、いわゆる東単という地区にあります。
正確に言いますと、東単北大街という道沿いにあります。
北京の銀座通りと言われてるのが王府井大街ですが、東単北大街は王府井の1本東を走る道です。
地図上では地下鉄・東単站から上に伸びる道が東単北大街です。
どちらの道も、北京のメインストリート長安街から北へ伸びる道です。
地図上では長安街の字は表示されていませんが、地下鉄の赤いラインが東西に走る道が長安街です。
大華影院は長安街から東単北大街をチョイ北に行ったところの右にあります。
対面には協和医院があります。
地下鉄で行くなら東単站で降りるのが一番近いと言うことです。 -
貼り付けた写真に写ってる建物は東方新天地です。
オフィス、ショッピングセンターなどを抱え込む東西に長いビル群でして、西が王府井大街に、東が東単北大街に接しているんです。
手前の道が東単北大街でして、東方広場の前を、向こうに伸びる道が長安街です。
大華影院へ行くには、この東単北大街を北へ行きます。
この画面では右に行くと言うことです。 -
では、東単北大街を北へ行きます。
向こうが北ですね。
左には東方広場の東端が見えます。 -
東単のバス停です。
108路、111路、204路と3つのバスが止まりますね。
108路に乗れば、私が住む亜運村まで行きます。
実は、ココに来るのには、108路バスで来たんです。 -
ビジネス・ホテルなんでしょうか。
中安廼家という名です。
酒店連鎖となってますからチェーン店になってるんでしょう。
ココは、東単店ということなんでしょう。
中を覗いてみましたら、単人間289元、大床間299元、標準間299元となっていました。 -
東単北大街を北に行きますと、またビジネス・ホテルが新規開業準備をしていました。
○山賓館となっていますね。 -
東単北大街を北へ行きます。
-
左向こうに協和医院が見えてきましたから、もうスグでしょう。
-
包子で有名な狗不理もありますね。
-
右手前は新華書店です。
向こうには、高く掲げられた大華電影院の縦長の看板が見えてきました。 -
大華影院の手前にある胡同です。
西総布胡同と言うらしいです。 -
これが協和医院です。
米ロックフェラー財団により1921年に設立されたそうです。
70年代初期に北京に出入りしてました私の知り合いから聞いた話ですが・・・
当時は、この協和医院は「反帝病院」(反帝国主義病院)と名前を変えていて、その近くの小さい道路には「抗日路」と名前がついていたそうです。
もう1つ、この医院に関する面白い話は、北京原人が、ここから姿を消したと言う話です。
コレに関しては松本清張訳の「北京原人失踪」(原作=クレア・タシジアン)とか中薗英助の「北京原人追跡」とかに書かれてるそうです。 -
コレが大華影院ですね。
正式には大華電影院なんですね。
さて、司令部から送られたレスリー関連スポットは、どこにあるのか・・・ -
さて、困った、どこから攻めるべきか・・・・
ということで、この大華影院のチケット売り場でウロウロしていましたおっちゃんに、レスリー関連スポットの写真を見せました。このおっちゃん、チケットをたくさん手に持っていましたのでダフ屋なのかもしれません。
そのおっっちゃん、写真をウ〜ンウ〜ンとうなりながら20秒ほど眺めて、ウン、そうだ、あっちだろう、あそこへ入って行けと言われました。 -
「あそこだ」と言われたのがココです。
上の写真で言いますと、一番左にあるところです。
つまり、大華影院の建物の一番北側にあるところです。
それらしい感じがしました入ってみました。 -
おおお・・・・まさにコレは司令部から送られてきた写真そのもの・・・
-
コレが司令部から送られてきた写真です。
-
しかし、まだレスリーが坐った場所が分かりません。
どこにあるんでしょうか・・・
更に奥に入っていきました。 -
向こうに「三庁四庁」という看板が掲げられています。
あれは、何でしょう・・・行って見ましょう。 -
なんか喫茶店らしいですね。
三庁四庁というのが、この店の名なんでしょうか。
入ってみました。 -
中に入って、スグココだと分かりました。
なんせ、向こうのほうに例の映写機が見えます。
一応、ここは喫茶店のようですが、午後3時半の今は、誰も客はいません。店のお姉さんは暇そうにしていました。写真を撮ってイイかい、と聞きましたら、イイよというような表情をしましたので、撮らせてもらいました。 -
向こうに回ってみました、まさにレスリーが坐ってた場所です。
やったぁー!!・・・ですね。
ココで、店のお姉さんが、なんで、写真なんか撮ってんだと聞いてきました。
司令部から送られてきたレスリーがココで坐ってる写真を見せてやり、ここは、以前、レスリーが坐ったんだと、教えてやりました。彼女そのこと知らなかったようで、ヘェー・・?、なんてな顔をしていました。 -
次はサインですね。
このレンガ風の壁のどこかにサインがあるはずです。
おっ、壁に掛かった絵の下に、それらしきものが・・・ -
まさに、そうです。
再び、やったぁ〜っ!!です。
それにしてもやけにハッキリしている。
下の司令部から送られた写真ではレスリーのサインはぼやけてるんですが・・・
退色したんで、最近、なぞったのかなぁ・・・ -
これが司令部から送られた写真ではレスリーのサインの写真です。
光の具合でぼやけて写ってるのかも知れません。 -
この店は、映画俳優が良く来てるのかも知れません。
壁には、それを示すサインが書き散らされています。
壁に掛かってる写真の映画は古そうですね。1960年代と言う感じです。 -
これはビビアン・リー、ロバート・テイラーの「哀愁」ですね。
-
これは最近の映画ですね、そうなると私は、全く分かりません。
「龍巻風」となっていますね。 -
柱にも写真が貼り付けられ、俳優だかのサインもあります。
-
-
-
店を出まして、東単北大街に戻ります。
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このあとは、大役を果たしたあとのオマケの散歩記録です。
東単北大街を真っ直ぐ北へ、擁和宮手前までのオマケの散歩記録です。
経路は真っ直ぐですが道の名は変わっていきます。
東単北大街⇒東四南大街⇒東四北大街⇒擁和宮大街となります。
この写真の建物は大華影院の北にあるわけですが、協和医院の職員の住居のようです。 -
東四北大街にあります北京で一番狭い胡同です。
いや、一番かどうかは分かりませんが、やけに狭い胡同ですね。
ちゃんと、名前が付いていました。○子胡同という名でした。○部分が分からないんですが・・・。 -
コレはコンビニですね。
物美というコンビニです。
初めて見ました。 -
向こうに見えますのは孔乙己酒店です。
紹興料理屋なんでしょう。
北京には、この孔乙己酒店は何店かあるようです。
上海にもありますが、同じ系統かどうか・・・
私が上海でよく行くのは、文廟にあります孔乙己酒「家」です。 -
こんなところに護国寺小吃店がありました。
-
擁和宮大街に入りました。
左には、相当古い風格のある建物が見えてきました。
しかし、ガランドウでしたね。
上海でしたら、こういった建物、洋風のレストランやブティックかカフェにしてしまうんですが・・・。 -
一瞬、なんだコレは・・・!!「假」の字があるから、ニセもの商品を売って、捕まった人達を晒し首的に、ここに公開してるのかなと、思いました。
良く見ましたら、どうもカツラの宣伝のようです。
使用前と使用後の写真が並べられています。 -
この甘栗屋、行列が出来ています。
金栗聖という店名です。 -
この店、なんかイイですね。
雰囲気ありますよ。
なんか、ポツンと一軒残ってるようにありました。
上の大きな看板は、店の名なのか、あるいはこの店の名物料理なのか・・・
老湯鹵煮とは料理名ですが、店の名でもあるのか・・・
5時過ぎていたら、私は絶対、ここに引き込まれていったでしょう。
そして、老湯鹵煮を食い、羊雑などを食い、二鍋頭をチビリチビリやり、店を出る頃にはスッカリ老北京人になっていたはずです。 -
擁和宮大街を更に北へ行きますと、見えてきました・・・擁和宮の西門が。
-
そして、その対面にあります牌楼がこれです。
成賢街と書かれていますね。
この下の道はここから始まり、西へ行き、安定門内大街を西端として終わる短い道です。
この道は、国子監街と言いますが、この道が、これまた、なかなか素晴らしい道です。この日、初めて入り込んだ道ですが大いに気に入りました。もう日が落ち始め、イイ写真が撮れませんでしたので、翌日また、ココに来ることを決めて帰途に着きました。
これで「北京・レスリーの足跡を辿る・大華影院」は終わりです。
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