2006/09/21 - 2006/09/21
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わまぽさん
天草編
天草と言えば、キリシタン縁の地ですね。
キリシタンは漢字で切支丹と書きます。
初めは何のことかわかりませんでした(´∀`)
天草、島原、九十九島、平戸、五島列島、全部九州の西有明海沿いにあるので景色も似通っています。
間違えないように!
ちなみに天草は熊本県、他は長崎県です。
地理的に五島列島は少し離れていますが、平戸→九十九島→島原→天草と南下して行きます。
島原は半島で平成2年に噴火した雲仙普賢岳がある場所です。
その島原半島に海峡を挟んだ位置にある島が天草です。
現在天草と島原間で連絡船が出ており、熊本本島とも天草五橋で繋がっているので交通の便は楽になっています。
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天草の秋空。
正面に見える施設は天草パールセンターです。
総合レジャー施設で、天草五橋をめぐる遊覧船の発着場、海中水族館、レストラン、商店、資料館といろいろあります。 -
天草4号橋(前島橋)と天草四郎時貞像
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大江天主堂(改装中)
明治、キリスト教解禁により異国の地からたくさんの宣教師達が日本を訪れました。
その中のフランス人宣教師ガルニエ神父により、昭和8年に建設されました。
ガルニエ神父は生涯を通して、貧しい人や孤児の救済に尽力したそうです。
明治40年、与謝野鉄幹・北原白秋等5人の詩人・歌人が九州を旅しこの天草を訪れた紀行文「五足の靴」を書いています。
その紀行文の登場人物はイニシャルで書かれていますが、本文中に出てくるパアテルさんとはこのガルニエ神父のことだそうです。 -
天草の民家には伝統として、一年中しめ縄を玄関に飾っています。
これは元々は隠れキリシタンの偽装工作だったんですね。
しめ縄を飾る事により「自分は仏教とです」と示していたそうです。 -
大江天主堂は丘の上にあり、この小道を下ったところにロザリオ館という資料館があります。
1549年鹿児島に渡来したフランシスコ・ザビエル(山口県ではサビエル)により始まったキリスト教布教でしたが、キリシタン大名(キリスト教の殿様)による神社仏閣破壊が、豊臣秀吉の神仏崇拝と対をなし、秀吉はキリシタン禁止令を発令します。
その発令の影響で長崎の地で、1597年26人の宣教師・信者(日本人20人外国人6人)が処刑されます。 -
ですが、南蛮貿易は奨励していたのでキリスト教布教は止まらず、危機感を感じた徳川家康が1612年改めてキリスト教禁止令を発動、キリシタン受難の時代が始まりました。
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ロザリオ館
隠れキリシタンに関する資料館は数ありますが、ここは隠れキリシタンの実生活についての史料が数多くあります。
その他、大江天主堂と五人の靴に関する史料もあり勉強になります。 -
殉教公園の千人塚
徳川家康のキリシタン禁止令によるキリシタン弾圧に、不満の頂点に達した島民達が起こした一揆「島原の乱」による戦死者を祭った記念碑です。 -
このときの総大将が弱冠16歳だった天草四郎時貞でした。
本名を益田四郎といい、小さい頃から才覚にすぐれ長崎へと留学していました。
天草へ帰郷した四郎はそのカリスマ性から総大将へと担ぎ出され最後原城の本丸で殉教しました。 -
てまり塚
四郎の恋人の物語です。
一揆勃発と共に、四郎と離れ離れになりました。
幕府軍12万6千人、キリシタン軍3万7千人(内婦女子等非戦闘員半数)の戦い結果は目に見えていました。
キリシタン軍は一揆終盤には島原の原城に篭城するようになりました。
砲弾相次ぎ食糧難の中、幕府軍は原城を焼打ちにしました。
通常大将の首を取った段階で戦は終わるのですが、農民自体がキリシタンであったためほぼ全員が打ち首にされたそうです。 -
その光景を高神尾山から見ていた四郎の恋人は後を追おうとします。
ですが、その時四郎から送られたてまりを見た娘は考えを改めます。
そして、四郎の事を思いながら生涯てまりを作り続けたのだそうです。 -
今でも原城跡を発掘すると、頭蓋骨などが出土する事もあるそうです。
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天草最初の殉教者 アダム荒川
小さい頃ある過ちを犯し処刑を命ぜられますが、とある神父の取り計らいで赦され、それ以降教会に生涯をささげます。
信者の世話や伝道士としての活動が際立っていたため、幕府側の番代川村四郎左衛門に棄教を勧められますが、
それに従わず番代の迫害は酷いものへとなって行きました。
あらゆる迫害にも耐え、アダム荒川は信者達を励まし祈りをささげました。
最終的に棄教しないのならば殺してしまえという命により、斬首され最後を向かえました。
遺体には重石をくくりつけられ、海に沈められたそうです。 -
殉教公園は山になっています。
その山を取り囲むように一方通行の道路が整備されています。
下から、千人塚→キリシタン墓地→アダム荒川記念碑→切支丹館という資料館へと上っていきます。
天草四郎が島原の乱の時に使用した陣中旗などが展示してあり、館長さん自ら掘った天草四郎時貞像も見ごたえがあります。
このグラスのようなものは、陣中旗に描かれているパンとワイン(キリストの肉と血の意味)のワインです。
なお、切支丹館は2006年の10月18日より改装工事に入り、本渡市立歴史民俗資料館での仮営業となります。
工事は2009年までです。 -
ここは山の頂上でもあるので、本渡市を見渡せ風の通りも良く非常に気持ちがいいです。
でも、重々しい歴史があったところなんですよね…
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