1975/04/14 - 1975/04/17
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インコのキーちゃんさん
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もう30年以上前になりますが、赴任先の沖縄から家族3人で、初めての海外旅行に出発しました。しかも、子供はまだ一才になっていないときで、多少の不安を抱えながらの旅行でした。
日程を追い、当時を思い出しながら作成してみました。
第一日目 昭和50年4月14日(月)
7:50 PAA843にて台北へ出発。
ただし、機内へ搭乗後、翼の一部が壊れているとのことで、修理に時間を要し、出発は大幅に遅れた。搭乗時間は鹿児島へ行くより短く、1時間ほどだった。
到着後、台北市内観光。忠烈祠の兵隊が印象に残る。
宿泊は台北第一飯店(カールトンホテル)
第二日目 昭和50年4月15日(火)
松山空港から花蓮空港へ。かなりオンボロのプロペラ機で、上空で突然水蒸気が吹き出してヒャッとしたものだった。
大理石が作るタロコの大渓谷を観光し、おみやげに翡翠の指輪と大理石の湯飲みを買う。
第三日目 昭和50年4月16日(水)
台北郊外の基隆、野柳を観光。小さな岬で奇岩が並ぶ景勝地。
第四日目 昭和50年4月17日(木)
15:05 PAA844にて沖縄へ出発。
出発前に歩いた台北市内は、蒋介石総統の服喪中ということもあって、にぎわいに欠けていた印象だった。
昼食に出された色付きのゆで卵は、誕生日の人を祝うためのものということで、かく言う私のことを、ガイドさんが祝ってくれたものだった。
- 同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- いたさん 2006/09/03 19:05:34
- すごいですね
- 30年前とは・・・海外旅行がまだまだ贅沢な頃でしたよね。写真のお子さまも30歳過ぎだと思えば、実感がこみ上げてきそうですね。
- インコのキーちゃんさん からの返信 2006/09/04 09:31:28
- RE: すごいですね
- メッセージありがとうございました。
このころは、沖縄自体が返還直後で海外という雰囲気でした。赴任する時は、パスポートが必要とか、アメリカ兵ばかりだとか、いろいろな話がありました。鹿児島へ行くよりも台湾の方が近いため、同僚ではしばしば台湾へ出かける人が何人もいました。
私達も正月休みにフィリピンのツアーに行こうとしたのですが、当時は予防接種が必要ということで、赤ちゃんも必要と言われたので断念したものです。しかし、しばらく経って、台湾は必要ないことが分かり、行くことにしたのです。旅行記にも書きましたが、その時は蒋介石総統の服喪中でしたので、台北市内は華やかさは控え、少し寂しい感じでした。
今年の春、機会があって、再び台湾へ行ってきました。タロコは懐かしかったですし、忠烈祠の兵隊さんはすっかり観光化されていましたが、ずいぶんと賑やかな都市になったと感じました。いずれまた、旅行記を作成しようと思っています。
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