2006/08/05 - 2006/08/06
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opchinさん
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土日を使って、ちょっとだけ里帰り。5年ぶり位なので、帰郷というより旅行者気分がありました。
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静岡駅南口。駅舎自体は基本的には、ここ数十年変わっていないんですが、駅前ロータリーが整備されたり、この写真を撮っている再開発ビルが建ったりと、周辺は様変わりしています。
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今回は三保まで足を伸ばして子供と海水浴。その写真は、恥さらしになるので出しませんが(苦笑)、対岸の清水を望んでいます。海、山、レジャー船、工場が混在する眺望。自分にとって「これぞ、清水」という風景です。
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連絡船を使って、清水市街へ。エスパルスの関係で整備が成された埠頭で、エスパルスドリームプラザと呼ばれる施設が併設されています。すしミュージアムや、ちびまる子ちゃんランドなんてのもあるんですが、今回はスルー(;^^)
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この日(8月5〜6日)は清水港まつりが執り行われており、各所で催し物がありました。これは、おそらくブラジル移民の会の集団。老若男女揃って、サンバの演奏。炎天下30分近くも休み無しで、演奏を続けていました。老人パワーおそるべし(笑
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手前の少年は、この後に出演するアンデス楽団と一緒にダンスを披露していました。表紙の写真も彼らです。ペルー移民の末裔なんでしょうか?そういえば、学生時代(もはや四半世紀前)に友人から「静岡って、海があって、3000m級の山があって、温暖で、サッカーが得意で、ブラジルみたいだ」と言われてましたが、後にJリーグが始まり、同じような謳い文句が出てきたのには苦笑しました。
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新静岡−新清水間を結ぶローカル線「静鉄」。ヘッドマークにあしらわれている広告の文言「次郎長でいかざぁ」は「〜でいこう(よ)」という方言ですが、本来は「行かず」だと云います。うちの死んだ爺さんの言うことにゃ「戦国時代に暗号として、肯定型と否定型を取り替えていた名残だ」ってんですが、真相は知りません(笑
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戦国時代といえば、お城。と、いってもココ駿府は家康の隠居所だから、戦国時代の城というわけでも無いか。因みに、この巽櫓も、最近になって(ここ十年ぐらい)復元されたもの。自分がいたころは、城跡と言うより、陸軍錬兵場跡の方が印象深い。奥にかかっている橋の脇に錬兵場時代に将校の銅像が建っていたという台座があったんですが、櫓再建に当たって撤去されてしまいました。
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巽櫓を上空から。隣に建つ県庁別館の21階に展望室があり、そこから旧静岡市内を一望できます。写真左端に城内堀がちょっと写っていますが、昔はこんなの無かった。だだっ広い公園というイメージだったんですが、城址として売り出そうとしているようです。ただ、天守閣は、自分が子供のころから資金不足で再建不可と言われて来ましたが(汗
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城の西側の風景。すぐ近くまで伸びてきている山の麓に浅間神社が鎮座しています。神泉苑に相当する施設は覚えがありませんが、竜脈が城に力を注ぎ込みにやってきているようにも見えます。
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外堀を渡ります。本当は内堀端にわさびの像があったのですが、子供が暑がってあまり散策させてくれなかったので、写真に撮れなかった。「わさび」といいながらどうみても芋虫ってのが何ともな像なんですけど。
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掘割を出たところに建つ、旧・市役所。昭和初期の建築だったはずの、ドームが印象的な建物です。自分が小学校当時は(社会科見学で)此処に上がると、市内のかなりの部分が見渡せたし、隣の(これも近代的な物に建替えられた)消防署の火の見櫓からは県庁新館(16階建て)の裏側以外は全部見渡せたものですが、現在では街に埋もれるようになってしまいました。因みに、隣に新庁舎が建っていますが、これも合併により静岡市役所・葵区役所に名称変更されています。
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