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デルフィ(Delphoi)<br /><br />待っているとフロントからバスが迎えに来たという連絡が入った。申し込みをしたホテルの客を拾っていくようだ。もう先客はいる。「カリメーラ」(おはよう)<br /><br />全員が揃うとバスは郊外に向かって走っていく。難易も植わっていない畑は綿畑だそうだ。ギリシャの毛皮や革製品は特産とは聞いていたけど、綿の産地とは知らなかった。あとで人に聞くとギリシャ綿は特産品なのだそうだ。<br /><br />途中休憩したところで青い目玉の魔よけを買った。こちらでは幸福の目玉として売られている。しかし荒俣宏さんの講義で青い目はメドゥサの目で、もともと眼病除けのためのものだったということだ。メドゥサはギリシャ神話では見る物を全部石に変えてしまう化け物として、ペルセウスの冒険話に登場する。ペルセウスは盾に目動作の姿を写しながら。これを退治する。荒俣さんの話だと、メドゥサは小アジアでは力のある神様だった。よって力封じのために化け物にして退治してしまったというのである。たしかに、多くの民族が畏れ多いものは蛾ね物にするか祀り上げるかしている。こんな礼は日本だってたくさんある。バッカスもアフロディテも小アジア出身の神様なのだが、メドゥサは悲運の神様なのかも。<br /><br />デルフィは遺跡というより私達にはアポロン信託の場として馴染み深い。ギリシャ悲劇を読んでいても、プラトンはじめギリシャ思想を読んでいてもを、デルフィに捧げ物をしておいてくれといったセリフにお目にかかる。斜面に残る遺跡はアポロ神殿を中心に柱が立ち並んでいる。かつてはここは世界の中心的場であり、人々でにぎわったのだろう。今は静けさが支配している。<br /><br />デルフィの地は信託の場として栄えたが、デルフィの富を支配しようとする争いが起こり、ついにはローマの支配になり、キリスト教が広まるにつれ、デルフィは衰退していった。デルフィの富も美術品もほとんどローマに持ち運ばれた。それでも1892年にはじまった発掘によって、神殿・大祭壇・競技場・劇場・城壁・宝庫などの跡が見つかり、アポロン賛歌をしるした壁も発掘された。また、碑文も4000枚以上出土しているそうだ。<br /><br />デルフィ博物館には、ここで出土されたものを展示してある。ガイドが説明を聞いて、いっしょに移動するように言ったが、写真を撮っていてつい遅れて叱られた。昼食は近くの村のタベルナで各自好きな物を。ミュンヘンから来た日本人女性とフランクフルトから来たご夫妻と同じテーブルについた。<br /><br />フランクフルトのご夫妻が「ドイツに来たことがあるか」とたずねたので、話が始まった。奥さんはハンガリー人で、私達がハンガリーに行ったことがあるというとよろこんだ。ハンガリーはどこが気に入ったか、というので、ショプロンと答えると、奥さんはショプロンの出身だった。<br /><br />日本人女性は熊本の人で熊本の人でパンの修行にミュンヘンに来ている、行く行くは熊本でドイツパンのお店を開くのだと言っていた。異国人であるし、女性でもあるので、修行は厳しいとも話してくれた。お店を開いたら教えてね、食べに行くからと言ったが、まだお知らせはない。でもきっともう開業しているだろう。<br /><br />往きと同じく、帰りも各ホテルに客を降ろして行った。みんな親しくなって「ヤーサァス」(さようなら)<br /><br />近くの旅行会社へ行った。翌日のワン・デイ・クルーズとその後の手配を頼みにである。ワン・デイ・クルーズは今日と同じく、迎えがまわってくる。その次はどこに行こうか、行きたいところばかりだけど、クレタ島にしうようよ、クノッソスがあるから、とクレタ島に行くことにした。クレタへは往復飛行機、ホテルはギャラクシーに2泊、アテネへ戻って、じゃぁイスタンブールに行こうかということでイスタンブール行きの航空券、そしてイスタンブールからウィーンへ戻る航空券も頼んだ。<br /><br />旅行者のスタッフ達も親切で、来月東京で國際観光見本市があるので、自分達も参加するが、東京は詳しいかと聞かれた。大丈夫、と答えると、日本は物価が高いそうだが、安い食べものはあるか、ホテルは大崎にとってあるが、成田からどういったら安くいけるか、など聞かれた。食事は高いものは高いけど、安いものもたくさんあるから心配しないでいい、大崎までは日暮里まで私鉄の京成で来て、日暮里で山手線に乗り換えるよう教えた。山手線の地図を書いて、日暮里、鶯谷、上野・・と駅名を書き出すと、いささかうんざりした感じ。でもやっとこ大崎が出てきて、なるほどと安心したようだった。その地図は大事にしまっていた。<br /><br />ついでに「インペリアル パレスは近いか?」と聞かれた。「インペリアル・パレス?インペリアル ホテルのこと?近いよ」と説明すると「違う、違う、ホテルではない。パレスだ」という。「パレスなんてあったかな???」そしてやっと気がついた。「エンペラーズ レジデンス?」「イエス。イエス」毎度お堀の傍を通っているくせに皇居が頭から抜けていた。もちろんちゃんと説明したけど、変な日本人だと思われちゃったかな。<br /><br /><br />

デルフィ

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1996/11 - 1996/11

139位(同エリア147件中)

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1

buchijoyce

buchijoyceさん

デルフィ(Delphoi)

待っているとフロントからバスが迎えに来たという連絡が入った。申し込みをしたホテルの客を拾っていくようだ。もう先客はいる。「カリメーラ」(おはよう)

全員が揃うとバスは郊外に向かって走っていく。難易も植わっていない畑は綿畑だそうだ。ギリシャの毛皮や革製品は特産とは聞いていたけど、綿の産地とは知らなかった。あとで人に聞くとギリシャ綿は特産品なのだそうだ。

途中休憩したところで青い目玉の魔よけを買った。こちらでは幸福の目玉として売られている。しかし荒俣宏さんの講義で青い目はメドゥサの目で、もともと眼病除けのためのものだったということだ。メドゥサはギリシャ神話では見る物を全部石に変えてしまう化け物として、ペルセウスの冒険話に登場する。ペルセウスは盾に目動作の姿を写しながら。これを退治する。荒俣さんの話だと、メドゥサは小アジアでは力のある神様だった。よって力封じのために化け物にして退治してしまったというのである。たしかに、多くの民族が畏れ多いものは蛾ね物にするか祀り上げるかしている。こんな礼は日本だってたくさんある。バッカスもアフロディテも小アジア出身の神様なのだが、メドゥサは悲運の神様なのかも。

デルフィは遺跡というより私達にはアポロン信託の場として馴染み深い。ギリシャ悲劇を読んでいても、プラトンはじめギリシャ思想を読んでいてもを、デルフィに捧げ物をしておいてくれといったセリフにお目にかかる。斜面に残る遺跡はアポロ神殿を中心に柱が立ち並んでいる。かつてはここは世界の中心的場であり、人々でにぎわったのだろう。今は静けさが支配している。

デルフィの地は信託の場として栄えたが、デルフィの富を支配しようとする争いが起こり、ついにはローマの支配になり、キリスト教が広まるにつれ、デルフィは衰退していった。デルフィの富も美術品もほとんどローマに持ち運ばれた。それでも1892年にはじまった発掘によって、神殿・大祭壇・競技場・劇場・城壁・宝庫などの跡が見つかり、アポロン賛歌をしるした壁も発掘された。また、碑文も4000枚以上出土しているそうだ。

デルフィ博物館には、ここで出土されたものを展示してある。ガイドが説明を聞いて、いっしょに移動するように言ったが、写真を撮っていてつい遅れて叱られた。昼食は近くの村のタベルナで各自好きな物を。ミュンヘンから来た日本人女性とフランクフルトから来たご夫妻と同じテーブルについた。

フランクフルトのご夫妻が「ドイツに来たことがあるか」とたずねたので、話が始まった。奥さんはハンガリー人で、私達がハンガリーに行ったことがあるというとよろこんだ。ハンガリーはどこが気に入ったか、というので、ショプロンと答えると、奥さんはショプロンの出身だった。

日本人女性は熊本の人で熊本の人でパンの修行にミュンヘンに来ている、行く行くは熊本でドイツパンのお店を開くのだと言っていた。異国人であるし、女性でもあるので、修行は厳しいとも話してくれた。お店を開いたら教えてね、食べに行くからと言ったが、まだお知らせはない。でもきっともう開業しているだろう。

往きと同じく、帰りも各ホテルに客を降ろして行った。みんな親しくなって「ヤーサァス」(さようなら)

近くの旅行会社へ行った。翌日のワン・デイ・クルーズとその後の手配を頼みにである。ワン・デイ・クルーズは今日と同じく、迎えがまわってくる。その次はどこに行こうか、行きたいところばかりだけど、クレタ島にしうようよ、クノッソスがあるから、とクレタ島に行くことにした。クレタへは往復飛行機、ホテルはギャラクシーに2泊、アテネへ戻って、じゃぁイスタンブールに行こうかということでイスタンブール行きの航空券、そしてイスタンブールからウィーンへ戻る航空券も頼んだ。

旅行者のスタッフ達も親切で、来月東京で國際観光見本市があるので、自分達も参加するが、東京は詳しいかと聞かれた。大丈夫、と答えると、日本は物価が高いそうだが、安い食べものはあるか、ホテルは大崎にとってあるが、成田からどういったら安くいけるか、など聞かれた。食事は高いものは高いけど、安いものもたくさんあるから心配しないでいい、大崎までは日暮里まで私鉄の京成で来て、日暮里で山手線に乗り換えるよう教えた。山手線の地図を書いて、日暮里、鶯谷、上野・・と駅名を書き出すと、いささかうんざりした感じ。でもやっとこ大崎が出てきて、なるほどと安心したようだった。その地図は大事にしまっていた。

ついでに「インペリアル パレスは近いか?」と聞かれた。「インペリアル・パレス?インペリアル ホテルのこと?近いよ」と説明すると「違う、違う、ホテルではない。パレスだ」という。「パレスなんてあったかな???」そしてやっと気がついた。「エンペラーズ レジデンス?」「イエス。イエス」毎度お堀の傍を通っているくせに皇居が頭から抜けていた。もちろんちゃんと説明したけど、変な日本人だと思われちゃったかな。


同行者
カップル・夫婦
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
その他
  • 神殿の跡

    神殿の跡

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