2006/08/01 - 2006/08/01
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リバティーさん
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『ニコライ堂』が見たくて、御茶ノ水へ。
その後、聖橋を渡り、湯島聖堂、神田明神,湯島天神へ行く予定が・・・・・。
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御茶ノ水には何回か行ったことがあるのですが、いつも反対側に降りていたため、まだ、見たことがなく・・・。本当に駅の目の前にこんな素敵な洋館があるとは・・・・。気づくのが遅すぎですね。
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撮影は、営利目的はだめと書いてありましたが・・・・。
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建物の中にも、礼拝が行われている時は入れるようですが、時間が遅くてもう礼拝は終わってました。
内部の写真も教会のサイトで見ましたが、すばらしいですね。信仰の厚さが伝わりました。 -
ニコライ堂を見て、駅に戻り、今度は聖橋を渡って湯島聖堂へと向かいます。ちょうど、電車が入ってきました。
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沢山の電車が行きかいます。
風も吹いて涼しいです。 -
聖橋を渡りきったところに小さな公園(?)が。
そばの大きな木には沢山の鳩がとまっていました。 -
聖橋の由来が書いてありました。
『ニコライ堂』に由来しているそうですよ。
鳩の糞が・・・・。 -
やはりこんな注意書きがありました。
本当に沢山いましたから・・・。 -
聖橋を渡って、少し行って右に曲がると、こんな壁が続いています。風情がありますね。
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かなりありましたよ。ちょっと暑いです。
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どうやら裏門に来たらしいです。
ぐるりとまわって、聖橋のほうに行かなくては・・・。ふ〜。 -
正門に着きました。かなり広いようです。
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ここから入ります。
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中は木が多く、ひんやりとしていました。
でも、蚊が・・・・。
かなり献血したようです。 -
ちょっとかわいい。
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突然現れた、大きな像。
『孔子』の像でした。
この聖堂は、孔子の教えを学ぶために作られたようですが、詳しいことは・・・。 -
階段を上り、門をいくつかくぐると・・・その先に聖堂が現れました。
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この中で、様々なことをいろんな人が学んだのですね。座ってお話を聞いただけで、自然と知識が入ってきそうな雰囲気でした。
以下、湯島聖堂に関するホームページから
「徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。」
現在もここでは、『孔子祭』や文化講座等が開かれているようです。
ちょっと参加したいですね。
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