1975/07/21 - 1975/07/22
1735位(同エリア2789件中)
koiさん
世界主要7都市を効果的に結ぶ人気の16日間
ヨーロッパ5都市とアメリカの2都市を訪問。飛行機と鉄道を利用して効果的に回るコースです。
ホテル 高級ホテル
食事 毎朝食 6回の昼食12回夕食付
添乗員 同行
オブショナルツアー 8コース用意
日程 1975年7月21日〜8月5日
訪問した都市とコースと日程
7月
21.東京発 サンフランシスコ着
22.サンフランシスコ発 ニューヨーク着
この旅は、私の青春時代いや新婚旅行で行った時のものです。
新婚時代と言っても私は、団塊の世代で物価も現在と違い、また海外旅行も費用がかなり高い時代であった。しかしサラリーマンで長期に休める機会が無いために何故か行ってみたくなり大枚をはたいて行くことにした。
当時の費用でJALパック586000円+オプション費用10万円+事前のビザ代(不明)+チップ+自由時間の食事代や交通費それに土産物代など合わせて一人100万円位使ったと思います。
私は、カメラマンだったので16ミリのカメラと100フィートのネガフィルム、それにミノルタオートコードの6X6版とSR-1の35ミリカメラとフィルムを入れた重いバッグ携えての新婚旅行ならぬ撮影旅行というスタイルでした。
前置きは、此所までにして無事に東京の国際空港を夕刻飛び立ち一路アメリカのサンフランシスコ目指しての早周り世界一周コースの長旅でした。他にもありましたがこれしか休みの関係で日程が取れませんでした。ついでに当時は世界一周22日間の旅741000円もありました。しかし休みが取れずあきらめました。
途中何処にも依らずサンフランシスコに直行なので時差に直面して寝不足で到着した時は、夕刻で頭がフラフラしていました。しかし、あこがれのアメリカでありその土を踏んだ喜びはひとしお?でした。市内観光では、ゴールデンブリッジやハリウッドスターの豪邸などを見学してから、港近くの豪華なフィッシャーマンズワーフで食事をしました。
申し訳有りませんが、はるか昔の記憶をたどって書いているためあやふやなところがあります。
ホテルにつきバッグなどの整理をした後、さっそく二人でケーブルカーに乗って先ほど食事したフィッシャーマンズワーフという港町まで出かけました。
観光地図を片手にアップダウンの激しいケーブルカーでしたがどの様にしてお金を支払ったのか不明です。ただ、あちこち思いつくまま乗っている内に夕方となりチャイナタウンがあることに気づきそこを歩きました。しかし夜になると寒くなってきたのでトイレに行きたくなりましたが公衆トイレが見あたらず、近くの公園の木陰で用をたしました。
地図を見てもチャイナタウンが明記されてなかったので帰り方が判らずウロウロしていたところ救急車や消防車が突然やってきたので「ヒルトンホテル」は何処かと片言の英語で聞いたがいくら歩いても到着しないので交通整理している警官に聞きやっとホテルにたどり着きました。
夜は、お世話になった方達に絵葉書を送るため深夜2時までかかって礼状を書きました。
23.ニューヨーク滞在 ワシントン日帰り観光
24.ニューヨーク発 市内観光 夜マドリードへ
25.マドリード着 市内観光 夜フラメンコショー
26.マドリード着滞在 トレド観光
27.マドリード発 ロンドン着 市内観光
28.ロンドン発 パリ着 ウインザー城観光
29.パリ滞在 市内観光 ムーランルージュのディナーショー
30.パリ滞在 ベルサイユ宮殿見学
31.パリ発列車で ジュネーブ着 市内観光
8月
1.ジュネーブ発 モンブラン登山観光 列車でローマへ
2.ローマ着 市内観光 カンツォーネ聞き夕食
3.ローマ滞在 ナポリ・ポンペイ周遊観光
4.ローマ発 南回りで帰国
5.東京着 最低催行人数25名
《旅行の動機》
実は、この4トラで「世界一周」を公表した時に一通のメッセージを頂きました。内容は、「当時で旅行が出来たのは・・・」という内容のものであった。費用的に言えば確かに贅沢な旅行であった。しかし、私は、男の三悪「飲む・打つ・買う」をするならその分お金を貯めて旅行をしようということで少しずつ貯金していたものです。決してお金持ちで」なかったのです。そのきっかけは、高校時代に音楽の先生がヨーロッパへ行かれた写真を見て私も何時か行きたいと思った時からでした。
【警告】
油の高騰により燃油特別深運賃が高騰しているが、20008年7月から更に急高騰し、総旅費の半分以上になる場合が発生している。ゆえに当分海外良好は見送った方がよい。
■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
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- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
今回の世界一周コースのパンフレットなど
無事に東京の国際空港を夕刻飛び立ち一路アメリカのサンフランシスコ目指しての早周り世界一周コースの長旅でした。他にもありましたがこれしか休みの関係で日程が取れませんでした。ついでに当時は世界一周22日間の旅741000円もありました。しかし休みが取れずあきらめました。
途中何処にも依らずサンフランシスコに直行なので時差に直面して寝不足で到着した時は、夕刻で頭がフラフラしていました。 -
フィッシャーマンズワーフの食事券
市内観光では、ゴールデンブリッジやハリウッドスターの豪邸などを見てから港近くの豪華なフィッシャーマンズワーフで食事をしました。 -
ケーブルカー
ホテルにつきバッグなどの整理をした後、さっそく二人でケーブルカーに乗って先ほど食事したフィッシャーマンライフという港町まで出かけました。
観光地図を片手にアップダウンの激しいケーブルカーでしたがどの様にしてお金を支払ったのか不明です。ただ、あちこち思いつくままに乗ったり降りたりしていました。 -
ケーブルカーの中から撮った写真です
乗っている内に夕方となりチャイナタウンがあることに気づきそこを歩きました。 -
騎馬警官
アメリカのサンフランシスコでの騎馬警官 -
チャイナタウン
夕方となりチャイナタウンがあることに気づきそこを歩きました。しかし夜になると寒くなってきたのでトイレに行きたくなりましたが公衆トイレが見あたらず、近くの公園の木陰で用をたしました。
地図を見てもチャイナタウンが明記されてなかったので帰り方が判らずしていたところ救急車や消防車が突然やってきたので「ヒルトンホテル」は何処かと片言の英語で聞いたがいくら歩いても到着しないので交通整理している警官に聞きやっとホテルにたどり着きました。
■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
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日本へ送った記念はがき
夜は、お世話になった方達に記念の絵葉書を送るため深夜2時までかかって礼状を書きました。
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